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『リュウノノコリガ……………………。――ハカイ………………スル』
結晶騎士は言語プログラムさえも書き換えて、独立した音声を発する。翡翠の騎士はその強大な槍を構えた。もともとの機巧部を司っていた合金の部分はすべて半透明な魔結晶へと変換されて、人間の創った代物とはもう呼べない。動力もエンジンを捨ててすべてが、色濃い心臓部に装填された魔結晶がエネルギーを発しているのだ。
僕は深く前傾姿勢をとると――まるで四足獣の構え。
「戦地を駆けよう“飛竜”」
飛竜とは二足の脚と、両腕の前腕部から対になる二翼を持つ竜である。他の竜に比べると小柄な上に翼とは別に独立した四足を持たないことから“ワイバーン”などと呼称されると、“竜”ではないという声も多かった。
――決して、未熟だからではない。
それは高い機動力と無尽蔵のスタミナから戦地を暴れ回る過激の化身だったからだ。
元来の“竜”は大いなる力を蓄え、その時がくると“絶対的な一撃”を放つ。その王者たる堂々の姿が恐れられていた。
対する“飛竜”は自らが戦地を引きずり回し権威を示す――“暴君”。
竜ならざる“最強”の種。それが飛竜“ワイバーン”だ。
なぜ僕が彼に思い入れが強いのかは自然に答えが思いつく。
いつも、背に乗せてもらっていたから。とても懐っこい飛竜は師匠の元へとくるといつも僕に構ってくれて、スリル満点の戦地を狂わした機動力を、そして、風を教えてくれた。
僕は実際に飛竜の背に跨がってみてからは、騎手なる夢をみたくらいだ。
落ちそうな僕をからかうように、気持ちよく疾走してくれた、神林レースのスリルは今も忘れない。
ダンッ! と脚を踏み込むと騎士も僕の迅速な移動に反射してエネルギー弾を発砲した。直線的には捉えられてしまう、その凶弾をジグザグにに躱していく。
『カイセキ……完了……。命中率95.9%』
結晶騎士のハイブリット式演算能力は人間のたたき出す数値より、さらに精密に動く。それは誤差をゆるさない。だとすれば、僕が次の攻撃を避けられる可能性は一割もないのだが…………、
「――飛竜のスピードはこんなものじゃない」
さらに両腕も利用し、立体的に機動する。まさにその軌道は予測ではない後出しの回避。
発射されてから躱せば十分に間に合う。それが四肢を巧みに利用した戦地を引っ掻く飛竜の暴力だ。
ドシャシャとエネルギー弾が地面を抉っても、そこに僕はいない。どんどんと抉られる地面が騎士に近くなる頃、巨体には足下が疎かになりやすい。
小回りの利く僕が死角に入り込んだ。
『クシザシニ…………シテヤル』
直接、巨槍の刺突が迫るが当たるはずもなく、騎士の脚へと肉薄すると、
「――【龍聖】」
右膝への大打撃。スピードを乗算した攻撃がクリーンヒットした。
――ピシキシっ。
「思ったより、だいぶ硬いなぁ……」
砕くはずの一手がヒビを入れるほどに収まってしまった。もう一撃で壊せそうだが………………。
そこに留まれば反撃を浴びる。よって追加の二撃を入れるよりも回避を選ぶ。体格差からわかる巨体の直撃は避けるべきだろう。
ドスンと落とされる左の蹴撃を背後に向かって避けた。流れるように背中への一打。騎士がつんのめって膝を地につける。反撃の裏拳を発する時には僕は頭部へと移りかかと墜とし。視界を縦横無尽に引っかき回せば、騎士は徐々に身体を軋む。
僕はすかざず、防御が甘くなった隙を貫く心臓部をめがけて一蹴。
――しかし、その“一撃だけ”は左の腕部を犠牲にして護られた。
そして、体格差から空中に身を置いている僕へと反撃の機械音。
『【全方位エネルギーバースト】』
身体が全壊する前に騎士はエネルギーを体外へと爆発させる。僕は両手で身を庇い、なるべく身体を小さく纏めた。するとその衝撃からピンボールのように打ち出され、僕の身体は宙に弾かれた。着地のない空に打ち上がった僕にはただ青空を感じ、落ちていくことしか出来ない。耳には風切り音がまとわり、身体中の五臓六腑が浮き上がった高揚感が僕を晴れやかにし、太陽が僕の背中を押す。
僕の影には緑の槍が僕を貫こうと見参していて、僕は身体を捻り出すと大気を受けて回転を始めた。螺旋を巡り落下する“飛竜”の急降下。
僕が与えたすべての破損は【全方位エネルギーバースト】と同時に【治癒】。完治されて磨いたように結晶が逆行を与えていた。
『――リュウヲコロス』
――【クリスタル・エクステンド】
「僕を乗せ世界を荒げた“暴君”よ。不器用ながらに我先と仲間を護るための“特攻竜”を誰もが忘れない。その姿は種族を超えて世界を戦慄させた“最強の竜”にこそふさわしい。開戦の怒号を轟かせろっ! ――――“飛竜”」
――【飛竜の竜騎兵】
僕の螺旋と左の掌。結晶騎士の結晶槍が激突するとバキンと大きく音がなった。
それとともに身体には負荷がかかり巻き起こる突風が追い風の中、僕は着地する。
音の正体は結晶槍の欠ける音。その大きな音に綺麗に重なっていたのだが、ギシシと小さな軋みが隠れていた。小さな音が似合うのは騎士ではなく、僕の方だ。左腕には染み入るような深い痛みが走って熱く発熱する感覚があった。
「――ひび、いっちゃったな」
僕は苦笑いとともに騎士のすぐ足下にいるという覚悟をした。槍はどんなに欠けようとも【治癒】が発生して、元通り。僕を睨むと槍を天に突き上げて振りかぶった。
頭上を翡翠に覆われればまるで空を敵に回したようだ。
左手をこれ以上に使える保障もなく、いくら攻撃しようとも心臓部にダメージが届かなければ【治癒】される。僕は地に頭を垂れるしかなかった。
「“飛竜”…………。君の乱撃はこの騎士には届かなかった。ここまで接近できたのは力だよ。ありがとう……」
『アトカタモナク、ムザンニ、チレ』
騎士は槍を両手で持つと容赦なく地面にうなだれた僕にその先を突き立てとどめを……。
「――あとは天を穿つ大地の覚醒に任せるよ」
僕は大地に寄り添って身体を低くすると、翡翠の眩さに目を閉じた。感じるのは、波。
波長を掴み、音を悟り空間を支配するのは――“土竜”の役目。
どんだけ光り輝こうと物理攻撃であれば、波形が生まれる。接近を許すために、【治癒】にエネルギーを使わせてみせた。しっかりと接地したこの激突の瞬間は“土竜”の土俵だ。
「大地のエネルギーよ。僕の身体を伝播し、寿の波動を滞留せよ」
――【土竜の化身】
僕の右手が槍に触れた時、騎士の動きがピタリと止まった。
槍をはじめとし地面から流れる大地の激流が騎士の全身を震わせる。振動はどんどんと大きくなると騎士の至る部位にはパシンっとヒビは入る。
『【治癒】』
そこがすぐさま光り輝き【治癒】はじまる。
次いで、そことは位置を変え、ピシリっ、ピシリっ全身の亀裂が大きくなった。
腕、肩、脚、膝、もも、股、腹と背。次々と光の修復が始まるが…………、すでに共振は心臓部を捉えた。必死に穴を塞ごうと光はどんどんと強くなる。
『【治癒】【治癒】【チユ】チユ………………チユチユチユチユチユ……………………ちっ、ちち』
すでに喉となる音声機まで治している暇はなくなった様だ。僕の右手もその反動に大いに痺れている。“竜技”にはそれだけの代償を伴うのが普通だ。――本来、竜の神聖な身体があって成立するのだから。
だけど、僕にはまだ脚を動かす理由があった。
うなだれた両腕からは脱力して、崩壊と治癒の応酬が続く動かずの騎士の操縦室を一蹴した。へしゃげた装甲は大穴をあけ、僕が通れるような風穴を開けた。
「……たまには換気した方が良いですよ」
僕がその部屋に踏み入れると一人の男が僕と対面を待っていた。白衣をきていてやや痩せ細った黒毛の男だ。
「この“怪物”を止めるとは素晴らしい………………いや、恐ろしい力だ。結局、私の夢物語で人生も終わるのだな…………」
男は中年皺がよって瞳を潤わせた。
「あなたはこのようになることを分かってこの戦闘機を発明したのですか?」
「分かっていたのかもしれない。我々には扱いきれない力だと」
「じゃあ、あの結晶はどこで手に入れた?」
ヒビが入っては修復を繰り返す動力源は緑の原色を放って一際、暴力的に美しかった。
「大地に埋もれていたのを発見した。偶然。まさに運命だよ」
「そんな未知の力を使ってまであなたがしたかった事はなんですか?」
「私はただ若者が才能に左右されて欲しくない。誰もが平等に面白い発想を研究できるそんなラボを創りたかったかなぁ…………。それなのに、人を殺すモノを創ってしまって…………くっ……」
ドリルエントは自らの罪に涙を垂らした。そんな心の弱い彼に合理的ではない部分を僕は理解している。頭が良いのに心が許さなかった腑に落ちない点。
「なんでこの場所にあなたは同乗したのですか? 開発だけを続けることも出来たはずなのに……」
「私はぁ…………バカなんですよ。こんなモノを創っておいて、自分はせめても救われようとこの怪物と一緒に死のうとした。もしもの時はこの自爆装置で…………心中するはずだった」
博士は白衣のポケットから遠隔スイッチを取り出して手が充血するほどに握りしめていた。そのスイッチに付属するランプは赤に光っていて自爆装置はすでに……もっと前に起動をしていたのだ。
だけど、【治癒】の前には怪物には役に立たない。博士は自粛して、破壊をしようとしたという気休めのボタンとしかならなかったのだ。
「たしかに馬鹿者だよ。この結晶はおそらく“エルフの胎児の化石”だ。【治癒】の力は上位種族エルフが得意とした秘術だった。上位大戦で消滅の寸前、その身を変換することで胎児だけでもいかそうしたんだろうね。この近さなら匂いでわかるよ」
僕はその魔結晶を睨んだとき、ちょうど【治癒】が限界を迎えて粉々に崩壊された。
「君は……人間以外の種族にも詳しいのだね。私には及ばぬばかりだ」
「心臓部が壊れた以上、この騎士も崩壊する。僕はまだしも生身の人間が耐えきれるような重量じゃない。ここから脱出しよう」
敵の僕が関与するのは一般的におかしいのかもしれない。それでも僕は博士が命を落とすこと希望は生まれないと思うんだ。
「私の償いはここにあるのです。あなただけで逃げて下さい」
博士はそう言ったのだった。苦し紛れな笑顔で成り果ての殺人機と開発者の心中がかなう。それで人生が終わらせられると思っているのだろう。
「…………ほんとうに大馬鹿者だっ。お前ら人間はぁ……死ぬのが美学とかそういう運命だとか罪滅ぼしだとか。大馬鹿者ばかりだ」
僕は博士の胸ぐらを掴んで、喉を張り裂けそうなくらい怒った。腕の痛みを我慢しながら、それこそが生きること、生きていくことだと分かっているから。
「君はまだ若い……。その上、強すぎるからこそ。知らないだけだ。こうしなければいけないことだってある」
博士は僕と目を合わせようとはしなかった。そうやって逃げ場ばかりをつくって正当化しようというのなら僕は“自己犠牲”という言葉は卑怯だと思う。
「だったら、なんで戦いを始めたんだっ!! ――戦いの“後”にしかないものを求めたんだろっ。戦わなきゃ得られないモノを欲しがった。なんで“死ねば解決”なんて折れてんだよ。同種族で殺し合って“罪から逃げたいなんて”殺された敵に言えるか? 死んでいった仲間に言えるか? 生き残された仲間に言えるかのかよ?」
僕は口調を荒げてただ博士をまくし立てた。僕は“終戦”を知っている。
気持ちいいと言い切れない複雑の気持ちの中には弔いの念や敵への情けが一気に溢れていたのはわかる。それだけ振り返ることをやめてただ勝利に向かって戦ってきたのだから。
「だったら……、私はどうすれば良いんだ?」
博士は答えを先急いだ。僕はそのまだ決めきれない中途半端さが生きる事への未練となると信じて、穏やかになだめた。
「知らないよ…………。聞けば良いんじゃないの? 知ってる奴に。答えられる強さを持っているやつに縋ればいいんじゃないのか? 人の世では死人に口無しっていうんでしょ……。夢を継げるために生きるしかないんじゃない?」
◆◇◆◇◆◇◆◇
それは出撃前の何気ない会話だ。
「リベルテ王女。研究職の私に何が出来るか分かりませんが私も機巧の騎士の生みの親として同乗させてください」
「分かりました。ただし、何があろうと」
――“生還して下さい”。それがあなたの任務です。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「リベルテ…………様ぁ……そうか、リベルテ様はそのことを」
博士は僕と誰かを重ねて見ているようで何かをやっと理解した満足と穏やかな涙。僕にはその名前が聞き覚えがあった。
「生きるよりどころは見つかりましたか?」
僕はその瞳の輝きの再生に答えを聞くことは無かった。弱さを見せるのは男の恥だ。なるべくそっとしてあげるのも心遣いだから。
――――ババッン!
結晶騎士が崩壊を始めた時、博士を背負い頭上を蹴り破る。
「ディメンションナイトが崩れるぞっ」
「隊長。中から人影がっ」
僕が飛び出すとすぐ近くに声が聞こえてきた。それは武器を失い撤退に努める賊兵団の一団だった。僕は何も言わずにその進行路に博士を降ろすと崩れた城壁の方へと向かった。
「っち。アマトの野郎。終わらせやがった。これが“竜の軍服”の力かよっ」
僕はアホらしく笑うシガーンを目にした。そして、接近すると微笑み返した。
城壁のダメージと相応に僕らの傷も深いばかりだ。そして、僕は護った物に目を向けてからとても深い深呼吸をする。それは一つの決心の表れだ。
「シガーン、僕たちも行こう。――やるべき事は帝国にはないとは思わないか?」
「おいおいっ。“竜の大将”がそれを言って良いのかよ」
シガーンは分かりきっているのにお手上げ状態でくしゃっと笑った。
「僕は“竜の弟子”だよ。人間が勝手に決めた制度に縛られる義理はない」
「それで俺を道連れにしようっていうのか?」
「僕が何を言おうが君はこの帝国からさるつもりだろ?」
僕は遠くを見つめるシガーンの視界にしっかりと入り込んだ。放浪するよりももっと良いことがあるって、心の奥底で理解していて表情に出しえないだけだから。
「何でもお察しかよ……。アマト“さん”よー」
シガーンは僕の手を取ろうと歩み寄ってきた。弓を握る手は強くなってそれはシガーンの決意を表れに違いない。僕の方へと帝国の外側へとゆっくりと一歩。大きな一歩を踏み込んでいる。
「“さん”付けはやめてくれよ。僕らはこれからは上下関係がない。そんな所に行くんだからさ」
僕は気さくに微笑んだ。もう誰かの暴行を黙って見過ごす様な帝国に身を置くのは辞めた。便利とか特権があるとか“才能”に恵まれたとか。そんなのに左右されない場所を追い求める。
「――あったりめぇよ」
「――“軍服”は返すよ」
僕とシガーンは命を張り、ボロボロとなった軍服を脱ぐと風に放った。この帝国のために戦うことは二度と無い。次に会うときは敵対してるかもしれないのだから。
「シガーンっ。アマト大将っ!! この帝国を棄てれば特務軍全員を敵にまわすのだぞっ。俺だけじゃない。竜の大将が黙っちゃ………………っ…………」
今のセルシード少将から向けられるのは心配の念だ。〈竜殺しの剣〉を失った今、交戦をするつもりは全く無いのだろう。僕にはそれが感受できた。
だからこそ、これからは情けなど無用なんだ。僕らだって容赦はしない。
「セルシードっ。次は当てるぞ」
ただそれを遮って、シガーンが矢を返した。“威嚇射撃”という名の――――帝国への“宣戦布告”。僕らは堂々と帝国を出た。
この日、“英雄”を迎え入れるだけの“帝国の城門”を破り、堂々と出国した帝国兵“以外”の“人間”は帝国歴上、初めてとなった。
「クソガキども行くぞっ」
「レイド君とレイナちゃんだったよね? 僕はアマトだ。よろしく」
双子の兄弟を含めれば、侵入を許した敵を帰すもの初めてとなることだろう。レイドとレイナはさほど大きな傷を負うこともなく、
「兄ちゃんたち、僕ら側につくの?」
「――信じても良いの?」
双子が警戒心を立たせて近寄ってくる。それにシガーンは、
「疑いたきゃ、疑ってろ。俺はガキどもに殺されるつもりはねぇ」
甘い言葉を使わない。それがシガーンなりの計らいなんだろう。対する僕は身振り手振りジャスチャーを加えて、明るい雰囲気作りに身を緊張しながら
「竜は人を食べないんだよ」
そう教えてみる。情報源は僕自身。生きてることが何よりも証拠だ。
「まぁ、弓のおっちゃんに勝てても。アマト兄ちゃんには勝ってこなさそうだしなぁ」
レイドが僕とシガーンを見比べて、遠慮なく本心を語る。そういう無邪気なところは可愛らしい。贔屓目なしに僕から見ても上手くいけばシガーンに勝つのはそう遠くない未来になりそうだ。――もちろん、近距離戦であれば、だけど
「誰が、弓のおっちゃんだ。クソガキぃっ」
シガーンの口角も上がっていた。誰もが笑いに空気を包まれて、帝国では感じられなかった和みを僕は知った。
「もう全然恐くないよ。そういう脅し」
レイナはスキップから前方でくるりと回るとシガーンにウインクをした。ずいぶんとシガーンを気に入ったようでそこからは剣呑とした空気は起きなかった。
ただ一時的に無言になる時間がたった一度だけあった。
――それは、
「コウノーシャ…………お疲れさん」
コウノーシャの相棒。〈大斧オオゲツ〉が地に突き刺さっていたのを目視したときだ。自然に双子はしゃべるのを辞めて、ただ無言で何を思うのもやめたのだろう。
双子にとって、コウノーシャはもとから軍服の敵だったのだ。敵の死に何も思うところはない。それでも、ただ黙って待つところをみるとただの子供ではないとつくづく感じた。
「うおっしゃああぁあっ!」
シガーンが傷のまだ塞がりきらない細身でそれを持ち上げるにはかなりの負荷がある。それを見てたった一度だけ僕はシガーンに声をかける。
「代わりに持とうか?」
シガーンはそれを口を結んで首を横に振ると、どれだけ汗を垂らし息を乱そうとも目的の場所へと運ぶまで弱音を吐かなかった。
その目的の場所とは――――〈形無き国〉。
「まさか、あなた方が来られるとは思ってませんでした」
「こんなに早くまた会うとは僕も思わなかったよ」
「〈形無き国〉で代表をさせていただいているリベルテと申します」
「住居を失った流れ者のタツモリ=アマトと言います」
決して纏う衣類は高級とは言えない。それでも美しい。たたずまいが彼女を引き立てて、振る舞いこそが“王女”と回りに呼ばせられる所以なのだろう。
僕は緊張気味に丁寧に会釈を織り交ぜた。リベルテの所作だけではない。〈形無き国〉の周りから向けられる大勢の目にあたふたしてしまっているのだ。どうしても大勢の前には立ち慣れないのが性分らしい。すると、
「帝国の“元”大尉シガーンだ」
シガーンはなんの遠慮もなく、誰も寄せ付けないような睨みを利かせた相貌で見得を切った。回りはただ押し静まって王女の声を待つ。
怖じ気づくことのないリベルテの気概が僕の尊敬にあたった。
「アマト。シガーン。私のことはリベルテと呼んで下さい。今後、どうぞよろしく御願いします」
たったこれだけ。疑われもしない。
これが僕が生活する新たな国の入国審査であったんだ。




