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完結です。
突然ひざまずいた俺に、ユキは目に見えてオロオロとしていた。けれど、今の俺はそんなことには構っていられない。俺だってオロオロしているのだ。
「ユキ、聞いてくれ」
「は、はい」
「ユキに会ってから、俺はいろいろなことをユキから学んだ」
初めてあったのは、騎士になった直後のこと。
財布を拾って詰所に届けた孤児を、スリじゃないかと疑ったところからだった。
連れ添いで来ていたユキが、それに激高したのが始まりだった。
『騎士様は、孤児だというだけで私たちを犯罪者にするんですか!!』
『孤児がみんなスリになるなんてどうしていえるんですか?それに、スリをしている孤児たちが悪だとどうして言い切れるんですか?』
『それぞれの環境で、生き抜くためにみな必死なだけなのに、それを悪だと決めつける権利が騎士様にはおありなんですか?』
『お城の中しか知らない籠の中の鳥さまには、お分かりにならないのですね』
衝撃的だった。年下に見えた少女が、実際は同じ年だったが、自分以上に世の中を知っていることに。そして、自分がいかに世間知らずだったかを。
のちにこの話をしたとき、ユキが『ミカエル真面目すぎよね。普通、小娘にこんなこと言われたら怒り狂ってその場で切り捨てるでしょ。そのまま、城勤めやめて町の警備騎士になるなんて、真面目過ぎるわ』と言われた。
けれど、感謝している。おかげで市井の暮らしを見ることが出来た。城の中だけではわからないことを学ぶ機会が得られてたのだ。それに、ユキのそばにいられたから。
「ユキはいつだって、自分のことは二の次で、困っている人のために動いてしまう」
「・・・・そんなこと」
「あるよ。その度に、俺がどれだけ心配したか知ってる?」
「なんか、説教されてるみたい・・・」
口をとがらすユキすら可愛いなんて、俺は重症かもしれない。
「だから、守らせてほしいんだ」
「そんなこと!!ミカエルに迷惑かけられないよ!!」
「違う。迷惑なんかじゃない、俺がそうしたいんだ」
そっとユキの右手を両手で包み込む。小さくて、働き者の手は、貴族のすべすべした手とは違い、ちょっとざらっとしている。
「み、ミカエル」
「他人のためにがんばるユキを、一番傍で見ていて、困っていたら手をかして、昨日みたいに抱きしめたいんだ」
「ど、どうしたの?砂糖みたいに甘いよ」
みるみるうちに朱に染まるほほ。左右にキョロキョロと動く瞳すら、愛おしい。
「ずっと前から、俺はユキに捕まってるんだよ」
「・・・・」
うるんだ目でこちらを見下ろすユキ。いつもと反対である。
「好きだ。俺の傍にいてほしい。俺と結婚してください」
「・・・・だ、だって私孤児だよ?」
「だから?」
真っ赤な顔のまま駄々をこね始めたユキに、俺は自然とほほが緩んでいた。
「孤児の血が、貴族に入ったらだめでしょ?それに、私小さいし、その、む、胸だって・・・」
「孤児だから、貴族と違う?同じ人間だっていったのは、ユキだろ?」
「うっ」
「それに、ユキだからこうやって抱きしめれる」
「うぎゃ」
さっと手を引いて立ち上がる。そのまま攫うように抱き上げ、腕の中にすっぽりと包んでしまう。
「返事は?」
「えっ、えっと、うんと・・・・」
鈍いのは分かっている。恋愛感情に疎いことも。それでも、もう待てないのだ。
「と、友達から」
「あれ?もう友達だろ?」
意地悪く言うと、ユキは途端に言葉につまる。
「うっ、じゃあ、友達以上恋人未満から?」
「ん?なんだって?」
悪いが、もう待てない。だいぶ不本意ではあるが、ここは殿下の真似をさせていただこう。
「俺たち、普通の友達よりもう仲がいいと思うんだけど?」
「そっか、じゃあ親友以上恋人未満?」
「親友かな?俺たち、異性同士だろ?異性で友達以上の関係って・・・」
「あ、恋人だ」
思いついた、みたいに声を上げて、その一瞬後にはリンゴみたいに顔が真っ赤になっていた。
「そう、恋人から」
「うきゃあ」
そっとほほに口づけを落としたら、色気のない悲鳴が上がった。
恋人から、すぐに婚約者になると思うけど、な。
すでに根回しが始まっていることを、ユキは知らない。