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お前もテイムしてやろうか  作者: 心許ない塩分
お前も【テイム】してやろうか
12/14

11 【テイム】(4)


「グッ」


 ──伸ばした腕の節々が無理な加重に悲鳴を上げた。


 チクリと頭の端で何か違和感も感じるが今はそれを気にするどころではなく目の前のぶらりと伸びきった腕に力を入れる。握る手のひらの中で感じる剣の塚、上へと上げた目に映る鈍色の光。必死に突き入れた刃の先は、辛うじて程度に蒼色の皮膚の奥へと埋まっている。



「はぁ、はぁ、クッ、はぁ」



 息が上がる。存在しないはずの心臓が警告を発してバクバクと。

 現実の俺はハリウッドスターでも有名なスタントマンでもない。こんな



「は、グッ!」



 『宙ぶらり』の格好なんて経験した事はなかった。

 土を踏み締めるはずの足から下には触れる事の出来ない透明な空気だけ。遠い彼方の地面は身動きするフォルネウスの振動に合わせて刻々と変わり、唯一支えとなる握り締める剣と腕は頼りない程にささやかでいつ抜けてしまってもおかしくはなかった。



「くッそ」



 岩片に吹き飛ばされて……それでも落ちて行く寸前で刃を立てられたのは幸運な事なのか。巨大な鮫の横腹、白が主となる腹と青が大部分を占める背中との丁度中間。微かに刺さった刃の先には滴るような血の色はなく、ただ全てを吸い込むような黒い穴が開いているだけだった……全年齢対応の後遺症か、欠損部分を示す臓物はなく白黒の砂嵐に似たノイズが穴の上を走るだけ。

 そもそもが巨体に対して傷が小さ過ぎて何かしらのダメージを与えたかどうかも怪しいものがあった……。



「このままじゃ……ぐッ」



 気を抜くと勝手にズルリと滑り落ちて行きそうな指先。柄を握る腕に力を込め、何とか最悪の事態にはならないように抑え込む。

 身体を振ってもう一度背に飛び付こうにも丸みを帯びた横腹は掴み所がなく上へと無事に登れる保証もない。


「……」


 万事休す。そんな言葉が頭を過ぎる。握る手を諦めて離せばいつか触れ合う硬い地面にぶつかる『落下死』だけ。

 高さによる影響か、増長して過ぎ去る柔らかな風が頬を撫で、それが余計に落ちる恐怖というものを掻き立てて意地でも離すかと喰らい付く。



「こっの……!?」



 不意に、視線を感じた。



『…………』



 向けた目の先で空中にあったのは静かにこちらを見下ろす鮫の顔……吹き飛ばされている間大分遠ざかったのか尾の付け根に近い位置に居る自分の顔を鋭利な牙の生え揃った口だけの顔が見ている。



「く、ぐっ」


『…………』



 盲目で瞳の無い鮫に顔。特徴的な鼻先と両端で弧を描く大きな口。

 長い身体を横へと折り『ボス』であるフォルネウスは僅かに口を開き、不快な笑み顔を保ったままで声を上げる。



『不様な……』


「ッ」



 嘲りにも聞こえる言葉──今はそれ所じゃない、手を離せば落ちるという絶対絶命の中でも聞こえて来た言葉に縫い付けられたように目を向けてしまう。


 『その台詞』は、死亡時の煽り文句じゃなかったのか。

 生きている間にも言ってしまうのか。


 これを組んだプログラマーは本当に一体どんな人間か……間違いなく性悪だよと恨み言を言ってしまいたくなる。



『少シ、期待ハシテイましたが、コんなものですか』


「……うる、さい」



 一語一句違いのない聞いた言葉。

 電子音声混じりの耳慣れない言葉に、二度目だというのに変わらぬ苛立ちを感じてしまうのは何故だろうか。



『失望。期待外れ……』


「……」



 目に見える、『笑んだ』口端が苛立ちを増長させる。

 下へと下ろした顎先、薄い三日月のような牙……ここに細め見下ろした眼でも加えれば、出来過ぎた『勘違いした者』の完成だろう。


 煮える胸底に握り締めた手先まで震えが走り、カチカチカチと高い音を鳴らすのは突き刺さった剣。鉛の光が頭上から注ぎ、体力低下の警告色が視界を揺する。



『不様という他アリマセん』


「──」



 ──……ここは、ゲームだ。

 遊びで『本気』になるなんてバカのする事。

 目に見えた楽しい演出も全て計算、高度なデータで成り立っている。目の前の不愉快な嗤いも、五感で感じる世界も、目に映る全てが偽物。


 そんな中で本気になれる奴がいるか。五感ダイブ型といって変わらない。結局は情報を得て、計算を考え、うまくやれる者が楽しく遊べる場所だ。


「──」


 ああ──今日は、『運』が無かった。

 



『もういいです』


「──」



 運が悪くてツキに見放されるなんて……なんて……



『消エてく──』


「……うる、さい」



 ──腹立たしい。



「うるさい」



 煮え来る胸底が形を成したように吐き出される声は低い。



「うざい」



 重く、太く、硬く……そんな所まで再現出来るというのか、ここは。



「苛、立つ。たかがゲームデータの癖にうだうだと……モンスターはモンスターだ、駒は駒だ。誰に、向かって……」



 厄日だ。

 厄日だ。

 厄日だ。


 何故。自分がここまで苛立っているのか分からない。まるで何か見えない『鎖』が突き刺さり胸の奥底から嫌な物を引きずり出すような不快感。それでいて自分でも分かる嫌な物をわざわざと手に取って見せつけてくるような不快感。腹の底から黒い物が這い上がるような不快感。



 【妖精女王オンライン】において【獣使い】はいわゆる嫌われジョブだ。

 職業的に他者を殺害する事に向いているというのもあるがそれ以上に、文字通りモンスターを血肉の果てまで使い潰すやり方が嫌われやすい。


 モンスターが仲間だと言うのは【モンスターテイマー】か。

 モンスターがペットだと言うのは【ドラゴンライダー】か。

 モンスターが相棒だと言うのは【召喚士】か。



 ──ふざけるな。



「お前は『テイム』の意味を知ってるか鮫……イベントリ、アイテム【マクサズのナイフ】」


『……消エてください』



 わざわざと決められた言葉を繰り返す。所詮はデータか。


 大きく身体をくの字に曲げ口を開いたフォルネウスの顔が迫る。肌へと張り付いた俺を身体ごと、何もかも喰い殺そうという魂胆か。


 かざした手の中に小型のナイフがどこからともなく現れる。短い刀身に刃渡りは迫る鮫の牙を模したようにギザギザとして歪……道中で邪魔をしてきた面白四人組から奪った代物だ。収納したイベントリから取り出した装備武器を手の中で握り締め。



「『テイム』なんて、そんないいものじゃない」


 ……投擲する。


「懐く、仲良く? 面白い事を言うな、愛し愛されじゃ勿論ない」



 グサリと、音だけは立派な刃が近くの蒼い肌に突き刺さる。片手で握った自身の剣を中心に振り子のように身体を揺すり、ギリギリ足の先で届いたナイフの柄を強く、『蹴り飛ばす』。


 下へと落ちてもどうせ死ぬ。


 上へと登ってもいつか死ぬ。


 むしろ、どうやったっても死ぬだろう。ボスなんてのはそういう理不尽な相手だ。

 だから嗤って見下ろして自分は平気だと思うか。



 ──折ってやりたい。



「折って、屈服させる。そんな程度のものだろう」



 思い知れ。

 厄日だ。

 ゲーム。

 不様。



 思い知れ。そして



「従えッ、フカヒレがあ!」

 ──折れろ!



 蹴った反動で飛び出した宙空、吹き付ける風。掲げた右腕が熱く、今か今かと発動を待つように叫びを上げる。

 迫る鮫の顔を飛び上がった分だけ見下ろす事が出来、上が無いと思った者がこちらを見上げる来る優越感。

 言葉を待たずとも不思議と文字が浮かび文様が形成される。立ち並ぶ不可解な文字の列は正三角の並びに意味の知れない数字と記号の羅列は逆三角の形に、互いに重なり混じり合い一つの星形となって手の先で浮かぶ。

 今か?まだか?と爆発を待つ文様に対し奴を縛れと待望していた『号令』を発してやる。






「お前も、【テイム】してやろうか」





 風が吹いた。

 空が逆さになる。

 地面が迫る。



 己の底を汲み上げたような支配の欲に彩られた黒い鎖。

 従属の願望を形にした禍々しい鉄。


 世界に生まれた真っ黒な楔は空を覆う程の蒼い鮫の身体へと空を割って瞬時に迫り、全てを絡め取る──。




「ガッ」


 落下には逆らえず落ちていく身体がダメージを発生する障壁に触れた。彩り豊かな眩しい火花が身体の中から派手に飛び散り……抗う事は出来ずに俺は【死亡】した。




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