12 エピローグ 水底
『くッ』
──舞い散る自身の火花の中を突き抜け、支える物のない身体は落ちていく。
透明な障壁を【死亡】して通過。
身体を撫でる風圧と厚い風。
芯から冷えていくような底冷えする冷たさを身体全体で感じるが……生憎の事『操作権』は既に手から離れていた。死亡時の伸び切った指先は寒さの中でピクリとすら震える事もなく、ただただ下へと墜ちていく。
されるがまま。
するがままに。
身動きの取れないキャラクターは自由落下に合わせて速度を増し、やがて最果ての地面の硬い岩肌へと迎え入れられると……激突した。
『グガッ、ア』
漏れた吐息はキャラの口からではなくどこか副音声じみて遠くから耳を揺らすもの、墜落に立ち上がる高い砂煙が視界全体を覆い隠している。茶と黒の、入り乱れた嵐の底で一切身動きの取れない身体、見たいとは思わなくともどうしても目には入ってしまう頭上に輝く【DEAD】の四文字。それらの状況がありありと今の自分を頭に伝えてくる。
『俺……』
──死んだ、か。
『……はぁ』
鈍く、頭を巡る情報が理解に結び付き。時間を掛けて噛み砕き終わると胸の内に湧き上がったのは先程までの苛立ちに代わって強い徒労感。
気持ちを形にしたように吐き出す息は『自分はよく頑張った』という慰めよりも『なんだよ』とどうしようもない物へと傾倒した達観に近いもの。
ボスを前にいいようにやられ。落ちて倒れたキャラクターが一人、地面に転がっているというだけだ。
『く、全く……ハァ』
少しでも冷静になって来ると自分が馬鹿らしく思えてくる。
一体、何を熱くなっていたのか『死亡状態』という見るも明らかな勝敗の結果は余計に頭を冷やし、ここまで一方的だと自分でも擁護のしようが無いレベルだろう。
もう、蘇生薬はないんだ。後は死に戻るしか道はない。
『負け、まけ、た……くっそ、うまくいくかと思ったのに……第一ボスが卑怯過ぎるだろ。ただでさえ強いのに、しかも壁付きって。それに……あああああ、誰だよこんな【デマ】を! クソ』
一度目の死の経験より、冷静になった分言いたい事も次々と出て来る。
そもそも一エリアのボスをたかが一人のキャラが支配可能なんてどう考えても不可能だ……そんな不具合を残していたらとっくに運営側が是正しているだろう。
なんでそんなものを真面目に検証しようなんて思ったのか、わざわざ高い消費アイテムまで使用して。
『犬死に』という言葉が頭を過ぎると、限界を越えて最早笑い話のようにも感じてくる。
『たく、立つ瀬がない。いい土産話として笑われに報告するしかないか。ハァ…………ん?』
──言いたい事は内心まだまだあったが
『ハ?』
……吹きさらす風が砂煙を払って行く。眼前の障害物が取り除かれ、どこか愚痴じみてきた呟きも、開けた視界の中で目に入って来た『二つの』モノによって塗り変えられる。
『──』
一つはすぐ近くにあった。
眼前の端に浮かぶ簡素なウインドウ、いつ現れたとも知れない角張った枠の中身はとても見知った物であり……それと同時に今この場では決して在るはずのない『正否』の結果
『【テイム】 complete』
『──』
一瞬、目が点となった。まさか、本当に成功したのかと……これだけだったら感じた驚きよりもむしろ報われた喜びの方が強かったが問題はその奥だ。
『な、に』
盲目の鮫が、眼を見開いている。
蒼い皮膚が覆う鼻先の上が縦に割れ、裂け目の中から充血した白濁の白、夜の闇よりも尚暗い黒。
未だに笑む牙の上で揺れる巨大な『一つ目』は確かにこちらを見下ろして眼を細め、意識が向いた事に気付いたのか弧を描く口端が更に際限なく限界以上に上へと吊り上がって行く。
【素晴らしい】
『──』
耳へと聞こえた来たその音は本当に同じ声なのか。今までの不出来な電子音声から逸脱し心臓を上から鷲掴みにするような低く重い音。
【フォルネウス】が再び浮上を始める。四角いボスの間を円を描き飛び、壁際に飾られたいくつもの松明の光が青白い炎だけとなって蒼い尾ヒレを後ろから追随する。
炎は次第に文字となり、揺らめく光が円となる。速度を速める蒼白の駆けた後、空に浮かび上がる端の見えない巨大な紋様。上中下と三つに別れた正確な円の上を鮫は巡り、頭上高く空まで舞い上がると全ての円の中心を割って『墜ちてくる』。
『な』
止める声も動かぬ身体も遮る事は出来ず、急転直下に地上へと侵攻した鮫は、地面へと触れた瞬間深く沈み込んで消えて行く。
硬い地表から跳ね飛ばされた砂の欠片は空中で汚れた水へと変貌し。
舞い上がった煙は次の瞬間空から落ちる強いスコールに早変わりする。高く尾を引く生まれた波紋は捲れ上がった地面の内部へと沈み込み、黒く廻る一つの渦となって−(マイナス)側へ沈んで行く。
『ァ……ハ? なんだ、これ』
−(マイナス)
−(マイナス)
−(マイナス)
生まれ出た流砂は地上に存在する渦潮。中心の黒く先も見えない空間へと誘ない周りの全てを巻き込んで行く。
『ッ、ログアウト!』
咄嗟に何かを感じ、行動を起こすが効かない。
『死亡状態』は特例を除いて逃げる事は許されず。ログアウトも、瞬時に街へと帰る事も不可。
ただ受刑を待つ死刑囚のようにその場でジッとしている事しか出来ない。
『な、やめっ──』
もたもたしている内に足が流砂に飲み込まれる。
『このッ──』
腰より下が渦へと囚われる。
『なんだよ、コ──』
近くになって明確に見える負の方向への中心。光を通さない黒に対して沸く感情は言葉にならない嫌悪感だけだった。少し触れただけで帰れなくなるような粘着いた泥、侵入する水。肌へと張り付き伸ばされる手のように頭まで引き込まれ
『ヤ──』
視界が、黒へと
堕ちた。
《称号:新たなる暴君を獲得しました》
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【不具合発生に関係するお詫びと連絡】
いつも妖精女王オンラインをご利用頂きありがとうございます。
先日──年──月──日23時頃から未明に掛け一部ダンジョンエリアにて深刻な不具合が発生した為、当該エリアへの侵入を一時的に禁止とさせて頂きました。
不具合発生時刻に当エリアにてプレイ中であった皆様には大変ご迷惑を掛けてしまいましたが調査終了し次第取得経験値とアイテムへのフィードバックを行いますのでご了承下さい。
不具合の発生したエリア及び詳しい内容は以下の通りです。
▼場所
地下探索型ダンジョン【悪魔の棺】
最深部『ボスの間』周辺
▼障害内容
ボスモンスター『眠れる魔鮫 フォルネウス』に関する突発的なバグの発生と一部ダンジョンエリアのデータ欠損
該当エリアにてプレイしていた皆様には緊急措置として近隣の街エリアまで転送させて頂きましたが、操作するキャラクター本体にまで影響を与える不具合ではないのでご安心下さい。
現在総力を上げてシステム復旧に取り掛かっておりますが、根本的な原因が解消されるまで『悪魔の棺』への立ち入りは硬くご遠慮させて頂く事となります。
この度は皆様に大変なご迷惑をお掛けしてしまったことを深くお詫びします。
スタッフ一同このような事が二度と起こらぬよう尽力致す所存ですのでどうかこれからも『妖精女王オンライン』をよろしくお願い致します。
妖精女王オンラインお客様対応係:早房




