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【完結】悪役令嬢の願い  作者: なむそ
《脱獄〜処刑》

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98.双子の呪い。

 



 あれからセシル様は、一度王宮へ戻っていった。


『処理してくる』


 それだけ言い残して。


 ……おそらく、貴族派たちのことだろう。


 セシル様が倒れていた間に、好き勝手に動いていた連中。

 その後始末をするとなれば、簡単に終わるはずがない。


 暫くは、こちらへ来られないわね。


 でも、私は私でやるべきことがある。


 まずは――セレフィーナ。

 あの毒を、どこで手に入れたのか。

 それさえ突き止めることができれば、証拠として提示できる。


 ただ私は今、追われている身だ。

 だからこそ、自分の足で動くことはできない。

 ……そこは、セシル様に頼るしかなかった。


 そして、もう一つ。

 私が向き合わなければならないことがある。


 ――双子の呪い。


 その問題も、まだ解決していない。


 唯一の希望だった人物。

 地下牢にいた、占星術師に取り憑かれていると言われていた男。


 地下牢へ投獄をお願いしたのも、彼に会うための理由の一つだった。

 けれど、私が地下牢に入った時には、すでにいなくなっていた。


 その事実を知った瞬間。

 私は、また一から考え直さなければならないのだと悟った。


 王宮で侍女として働き始めた時も、同じことを考えていた。

 王宮図書室なら、何かあるかもしれない。

 占星術について、もっと知ることができるかもしれない。


 そう思っていた。

 けれど――

 そこにも、何もなかった。


 本棚をいくら探しても。

 古い記録をめくっても。


 占星術に関する書物は、一冊も見つからなかった。


「……ふぅ」


 小さく息を吐く。


 たとえ今の問題をすべて片付けたとしても。

 破滅するかもしれない未来があるという事実は、変わらない。


 私は机の上に広げていた占星図へ、そっと視線を落とした。


 ……私って、こんなにも無力なのかしら。


 胸の奥が、少しだけ沈む。

 考えれば考えるほど、答えは見つからない。


 その時だった。

 静かな部屋に、扉を叩く音が響く。


 ……ルミナかしら?


 私は顔を上げた。


「……どうぞ」


 声をかけると、ゆっくりと扉が開いた。

 中へ入ってきた人物を見て、私は目を見開く。


「よぉ」


 軽い挨拶。


 そこに立っていたのは――セシル様だった。


「セシル様! 随分お早いですね」


 思わず椅子から立ち上がる。


「一段落ついたからな。顔を見に来た」


 そう言って、セシル様はこちらへ歩いてくる。

 ふと、その視線が机の上へ落ちた。


「……占星図か?」


 そう呟きながら、手前に置かれていた紙を拾い上げる。


 私は一瞬、言葉を失った。

 このことを――彼に話してもいいのだろうか。


 胸の奥で、迷いが揺れる。

 けれど、私は意を決して口を開いた。


「セシル様は――双子の呪いを知っていますか?」


 その瞬間、セシル様の眉がぴくりと動いた。


 ……やっぱり。

 知っているのだわ。


「実は、それは災いとして――」


 説明を続けようとした、その時。


「呪いが解けて、幸せになる話だよな?」

「……え?」


 思っていた言葉とは、まったく違う返答。

 私は思わず、声を漏らしていた。


 呪いが――解ける?


 そんな話、聞いたことがない。


 お母様の残した占星図にも。

 地下牢の男の言葉にも。

 そんな未来は、一度も示されていなかった。


 私はゆっくりと、セシル様を見上げる。


「……どういう、意味ですの?」


 胸の奥が、わずかにざわめいていた。


 ――もし、それが本当なら。


「おとぎ話で聞いたことないか? “双子の王子様と一人の少女”という本。

 小さい頃によく聞かされていたんだ」


 セシル様はそう言うと、どこか懐かしむように目を細めた。


 ――その題名。

 聞いたことがある。


 胸の奥で、遠い記憶がゆっくりと揺れた。


 小さい頃、リサに読んでもらったことがある。

 たしか――




 ―――――――――




 ページをめくる音。

 膝の上に広げられた大きな絵本。


『――双子の王子様が誕生しました。


 けれど、生まれたその瞬間。

 二人の王子様には、恐ろしい呪いがかけられてしまったのです。


 一人の王子様は、光として。

 もう一人の王子様は、闇として。


 このままでは、やがて大きな災いが起きてしまいます。


 呪いを止めるには――

 どちらか一人が倒れなくてはなりません。


 困ってしまった、二人の王子様。


 その時でした。

 一人の少女が、二人の前に現れたのです。


 少女は、不思議な力を持っていました。

 少女が手を伸ばすたびに、闇の呪いは少しずつ浄化されていきました。


 闇を纏っていた王子様も、やがて――

 光を宿すようになっていきます。


 そしてついに。

 二人の王子様を縛っていた呪いは消えました。


 こうして。


 一人の少女のおかげで、双子の呪いは解け――

 世界には、再び平和が訪れたのです』


 ぱたん、と本を閉じる。


『このおんなのこ、すごい!』


 私は目を輝かせて、顔を上げた。

 胸の奥が、じんわりと温かい。


『わたしも……こんなこになれるかな』


 少しだけ不安になって、隣にいるリサを見上げる。

 すると。


『……ええ。ネメシア様なら、きっとなれますわ』


 リサは、やわらかく微笑んだ。

 その声は、とても穏やかだった。


『ほんとう?』

『ええ』


 優しく頷く。

 私は嬉しくなって、ぎゅっと本を抱きしめた。


『じゃあね、わたし――がんばる!』




 ーーーーーーーーー




 ……思い出した。


 そういう物語が、確かにあったことを。


 けれど――

 あれは、ただの絵本。


 現実とは、あまりにもかけ離れているはずなのに。


 ……でも。

 私は、ゆっくりと顔を上げる。


「ネメシア?」


 目の前の彼を見る。


 青い髪。

 ――闇。


 そして、金の髪。

 ――光。


 もし、それが意味を持つのだとしたら。

 もし、あの物語と繋がっているのだとしたら。


 胸の奥で、ばらばらだったものが一つに繋がる。


「おーい。大丈夫か?」


 黙り込んだままの私を覗き込むように、セシル様が顔を寄せてくる。

 ――その声で、はっと我に返った。


「……セシル様!」


 思わず、名前を呼ぶ。


 確信に近い何かが、胸の奥で弾けた。

 ずっと探していた答えの欠片が、ようやく形を成し始める。


 私はたまらず、一歩踏み出して。

 そのまま、彼に抱きついた。


「お、おい?」


 少し驚いたような声。

 けれど、すぐに優しい声音に変わる。


「……どうした?」


 その一言で、我に返る。


「……失礼しました」


 名残を断つように、ゆっくりと身体を離す。


「少し、取り乱してしまいましたね」


 自分でも分かるほどに、鼓動が速い。

 舞い上がっていたとはいえ――一国の王子に抱きつくなんて。


「俺としては、役得だがな」


 軽く肩をすくめながら、セシル様は満足げに笑った。


「んで?」


 そのまま、探るようにこちらを見る。


「また何か企みでも考えてるのか?」


 その言葉に、ほんの少しだけ息をつく。


「……いえ」


 首を横に振った。


「もう、“企み”は終わりましたわ」


 静かに、けれどはっきりと告げる。


 過信してはいけない。

 けれど――あの物語が、ただの空想ではないのだとしたら。

 ほんの少しだけ、未来に余白が生まれる。


「セシル様」


 声音を和らげ、視線を向ける。


「その絵本、私も読みたいですわ」

「……あ?」


 予想していなかったのか、わずかに眉を上げる。


「今さら、子ども向けの本か?」

「ええ」


 迷いなく頷く。


「確かめたいのです。

 ただの昔話なのか――それとも」


 ほんの一瞬だけ言葉を区切る。


「“意味を持った物語”なのか」


 静かに告げると、セシル様は数秒こちらを見つめたあと――

 ふっと、小さく笑った。


「確か、まだ王宮にあったはずだ」


 思い出すように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「今度、持ってきてやるよ」


 何気ない調子。けれど、その言葉には妙な確かさがあった。


「ありがとうございます」


 自然と、柔らかな笑みが零れる。


「そしたら――」


 彼は軽く顎を引き、こちらを見た。


「何か分かったら、俺にも教えろよ」

「もちろんですわ」


 迷いなく頷く。


 胸の奥では、確かに何かが動き始めている。

 点と点だったものが、ゆっくりと繋がり始めている感覚。


 まだ形にはならない。

 けれど、確かに“そこにある”と分かる。


 静かな空気が、部屋を満たす。

 その中で私は、わずかに息を整えながら――

 来るべき時を、ただ待つことにした。



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