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【完結】悪役令嬢の願い  作者: なむそ
《脱獄〜処刑》

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95.俺の今まで。3

セシル視点

 



 学年が上がり、しばらく経った頃。


 ネメシアの様子がおかしかった。

 目に見えて、傷が増えている。


 ……たぶん、セレフィーナ達の仕業だろう。


 だが、確証はない。


 俺はネメシアに問いただすため、人の少ない時間を見計らって声をかけた。


「ネメシア」


 彼女は振り返る。

 以前と同じ、事務的な表情。


 ……少しだけ、胸が傷んだ。


「最近、妙に静かだと思ったら……今度は、あからさまに荒れているな」


 俺はネメシアの手首――

 巻かれた包帯へと視線を落とした。


「……誰の仕業だ」


 ネメシアの瞳が、わずかに細くなる。


「殿下に、お答えする義務はありませんわ」


 その答えに、胸の奥がざらつく。

 ネメシアはそのまま俺の横を通り過ぎようとした。


 ――が。

 とっさに手首を掴む。


「離して」


 声が冷たい。

 けれど、構わない。


「……心配なんだよ」


 思ったより低い声が出た。

 自分でも、少し驚くほどに。

 ただこれは、本心だった。


 すると、ネメシアは小さく息を吐き、俺へと近づいてきた。


「まあ! セシル様が心配なさってるの?」


 その距離は、俺の胸元に指先が触れるほど近い。


「こんなに気にかけてくださるなんて……とても嬉しいですわ」


 ――演技だろうな。


 そう言いながら、意識は別の場所へ向いている。

 何気なく視線を流すと、柱の影に人影があった。

 セレフィーナの取り巻きの一人だ。


 ……なるほどな。


「……随分と、余裕そうだな」


 こんな距離でも平然としているネメシアに、ほんの少し苛立つ。

 少しくらい動揺してみせろ。


 俺は、掴んでいた手首を強く引き寄せた。


 その瞬間。

 ネメシアの瞳が、ほんのわずかに揺れる。


 ――今のは、演技じゃないな。


 口元が、自然と歪んだ。


「人前で、そんな距離まで詰めてくるとは……」


 言おうか迷う。

 だが――


「勘違いしそうになる」


 そう告げると、ネメシアの言葉が少しだけ詰まった。


「まさか。

 ……殿下は、単純すぎますわ」


 ――殿下。


 さっきは演技でも、そう呼ばなかったのに。

 元の呼び方に戻ったことに、妙に腹が立つ。


「呼び方が、違った」


 ネメシアの肩がわずかに揺れる。


「……何のことですの」


 とぼけた声。

 逃がすつもりはない。


「ネメシア」


 そして、静かに告げた。


「もう一度、呼べ」


 命令するような声音だった。


 ネメシアは一瞬だけ黙る。

 それから、わざとらしく首を傾げた。


「……セシル殿下?」


 何て呼べばいいか、知ってるくせに。

 わざとそっちを選ぶ。


 白々しいやつだ。


 俺が言い直すように視線を向けると、ネメシアはふっと視線を落とした。


 そして、小さく息を吐く。


「……セシル、様」


 その声音は、さっきまでよりずっと小さかった。


 演技じゃない。

 そう分かる声だった。


 胸の奥が、妙に騒ぐ。


 ネメシアの頬が、うっすらと赤く染まっていた。


 ……可愛いじゃねぇか。


「その呼び方、やめるなよ」


 そう言い残し、俺は距離を取った。


 すると、ネメシアはここから立ち去ろうとした。

 俺はそれを阻止する。


「傷」


 ネメシアの足が止まる。


「誤魔化したままにする気か?」


 ネメシアは、何でもないことのように視線を逸らした。

 シラを切るつもりらしい。


 だが、俺は言わせるつもりだった。


「誰にやられた」


 問い詰める。

 それでもネメシアは黙り込んだ。


 ほんの数秒の沈黙。


 ……なんで、頼ってくれないんだよ。


 苛立ちが胸の奥で燻る。

 思わず小さく舌打ちが漏れた。


「……仕方ねえ」


 息を吐く。


「そのうち、言わせるからな」


 そう告げると、ネメシアはゆっくり俺を見る。

 その表情は、少しだけ困ったようだった。


「覚悟しておけ」


 たぶん、こいつは頼ることを知らない。


 俺はネメシアから立ち去ろうとした。

 だが、数歩進んで足を止める。


 振り向く。


「――無茶はするな」


 ネメシアに向けて、それだけ告げる。


 俺はそのまま歩き出す。

 少し離れたところで、足を止めた。


 ……ネメシアの反応からして、理由は大体分かる。


 セレフィーナの嫉妬だろう。

 そうでなければ、俺を使って牽制なんてしない。


 だが、俺からセレフィーナに何か言えば――

 余計に面倒になる。


 なら。


「……俺が見ている所では、手は出さないだろ」


 セレフィーナは、俺に嫌われたくないはずだ。


 だから――

 しばらくは、これでいい。


 ネメシアをこれ以上、傷つけさせねぇ。

 俺が見ている限りは。


 案の定、セレフィーナ達のいじめは止まった。

 ネメシアの傷も、少しずつ消えていく。


「おい、ネメシア」


 一人で歩いているネメシアに声をかけた。


 彼女は振り返り、俺を見ると――

 少し嫌そうな顔をする。


「……今度は、なんですか」


 本当に、この女は面白ぇ。


「用がなきゃ話しかけちゃいけねぇのか?」


 俺の言葉に、ネメシアは一瞬だけ黙り込む。

 そして、何も言わずに歩き出した。


 ……相変わらずだな。


 仕方なく、その隣を歩く。

 しばらく沈黙が続いた。


 廊下に足音だけが響く。


「……そういや」


 何となく口を開く。


「今年も舞踏会がやってくるな」

「そうですわね」


 興味のなさそうな返事だった。

 それでも構わず続ける。


「今年もユリウスと踊るのか?」


 探るように問いかける。


 ネメシアはすぐには答えなかった。

 少しだけ歩調がゆっくりになる。


 やがて、小さく息を吐いた。


「いえ。ルミナがいるから、踊りませんわ」


 ……そういえば、ユリウスの婚約者が入学したんだったな。


 王宮で何度か顔を合わせたことはあるが――

 正直、あまり覚えていない。


「……ふうん。

 ……ユリウスから誘われてもか?」


 その問いに、ネメシアは少し息を漏らす。


「断りますわ」


 少し呆れたように告げた。

 その答えに、自然と口角が上がる。


「……さっきから何ですの?」


 ネメシアの声が、少し困ったように揺れる。


「何でもねぇ」


 ――ユリウスと踊らない。


 その言葉に、俺は少しだけ舞い上がっていた。


 すると。

 遠くの方から、妙な視線を感じた。


 静かにそちらへ目を向ける。

 教室の窓際。

 そこに、セレフィーナが立っていた。


 窓越しに、こちらを見ている。

 表情は見えない。

 だが――分かりやすい。


 もし次、何か起こすつもりがあるなら。


 俺の目が届かない場所。

 俺の手が届かない場。


 ……舞踏会だろうな。


 だが、そうはさせない。




 舞踏会当日。

 支度を終えた俺は、会場へ向かおうとしていた。


 すると、廊下の向こうで見覚えのある姿が目に入る。

 セレフィーナと、その取り巻き達だ。


「セレフィーナ様! 上手くいきましたわ!」


 弾んだ声。


 とっさに、俺は近くの柱の影へ身を隠した。


「ネメシアを無事、閉じ込めましたのよ!」


 ――閉じ込めた?


 思わず眉をひそめる。

 だが、その後の言葉は聞こえない。


 たぶん、セレフィーナが静かに制したんだろう。

 廊下はすぐに静まり返った。


 ……面倒なことをしてくれる。


 俺は踵を返す。


 会場とは逆の方向へ歩き出した。

 ネメシアを探すためだ。


 ――どこだ。


 空き教室。

 物置。

 手当たり次第に扉を開けていく。


 違う。

 ……ここも違う。


 舌打ちが漏れそうになる。


 残っている場所は――

 旧温室棟の奥。

 ほとんど誰も使わない場所だ。


 俺は足を速めた。


 薄暗い廊下を抜け、古い扉の前に立つ。

 鍵がかかっている。


 中から、微かな物音。


「……ネメシア」


 鍵を外し、扉を開ける。


 中にいたネメシアは、膝を抱えて床に座っていた。


 まるで――

 何かを諦めているみたいに。


 俺は彼女に歩み寄る。

 手を差し出し、ここから連れ出そうとして――

 ふと、止めた。


 ……戻ったところで、また何かされるだろう。


 だったら――

 ここで一緒にいた方がいい。


 俺はそのまま、ネメシアの隣に腰を下ろした。


 ネメシアは驚いた様子もなく、ただ小さく息を吐く。

 少しだけ、弱っているように見えた。


「……私など、いてもいなくても同じですわ」


 ――珍しい。

 こんな弱音を吐くなんて。


 俺は、即座に否定した。


 そんなわけあるか、と。


「無理して、笑って、平気なふりして……勝手に、全部背負い込む」


 一拍。


「そういうところが……放っておけない」


 ネメシアの瞳が揺れた。

 夜の光が差し込んで、その瞳を照らす。


 ……綺麗だと思った。




次の話でセシル視点が終わります!

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