93.俺の今まで。
セシル視点
小さい頃から、俺は周りと違った。
王族の髪は、皆きれいな金色だ。
父上も、母上も。
兄上も。
そして――ユリウスも。
なのに俺だけ、青。
初めてそれに気づいた時のことは覚えていない。
けれど、周りの視線は嫌というほど覚えている。
「変わった色ですな」
「王族には珍しい」
遠回しな言い方をしていたが、言いたいことは分かっていた。
――気味が悪い。
そういう顔だ。
父上も母上も言ってくれた。
「気にするな」
兄上もユリウスも、同じことを言った。
だが――
周りの貴族どもは、そんなこと気にしない。
あいつらが好きなのは、比べることだ。
「やはりユリウス殿下は素晴らしいですな」
「聡明で、礼儀正しい」
「将来が楽しみです」
そして、その後に続く。
「それに比べて……」
そこで言葉を濁す。
――双子なのに。
そんな視線を、何度も見てきた。
まあ、実際その通りだ。
ユリウスは俺より頭がいい。
それに、あいつは世渡りもうまい。
俺みたいに、思ったことをそのまま口にしたりしない。
だからどうしたって話だ。
俺は俺だ。いちいち気にしてられない。
だが――
ユリウスは違う。
「……なんで、比べるのかな」
ぽつりと呟く。
「あ?」
今は剣術の稽古の休憩中だった。
木剣を地面に突き立て、ユリウスが俯く。
「セシルと僕を比べるってこと。
双子とはいえ、違うのにね」
「そんな気にすんなよ」
軽く言うと、
「気にするよ!」
食い気味に返ってきた。
「セシルが気にしなくても、気にするに決まってる……」
少しだけ声が小さくなる。
「……兄弟なんだから」
「……たくっ」
俺はため息をついた。
そして、ユリウスの額を指で弾く。
「いてっ」
「言いたいことは言わせておけ」
俺はにやっと笑った。
「……俺が王になったあと、あいつらの焦ってる顔を見たいしな」
ぽかんとするユリウス。
俺はわざと意地悪く笑う。
「その方が面白いだろ」
そう告げると、ほんの少しだけ沈黙が落ちた。
「……セシルは、変だ」
ぽつりとユリウスが言う。
「それは、褒め言葉だな」
俺が笑うと、ユリウスは呆れたように肩をすくめた。
――それから、いくらか時が経った。
王宮が、妙に騒がしい。
廊下の奥からざわめきが聞こえる。
普段は静かな場所なのに、今日は人の声が重なっていた。
「なんだ……?」
眉をひそめながら、騒ぎの方へ歩く。
足を進めるたび、声が大きくなる。
騎士の怒鳴り声。
誰かの悲鳴。
金属がぶつかる音。
胸の奥が、妙にざわついた。
嫌な予感がする。
人だかりを押し分けて前へ出る。
そして――見えた。
一人の男が騎士たちに押さえつけられている。
男は地面に押し倒され、腕をねじ上げられていた。
顔は蒼白で、必死に何かを叫んでいる。
「離せ……!」
だが、俺の目に入ったのは――
その男じゃない。
少し離れた場所。
そこにいたのは、腕から血を流しているユリウスだった。
白い服が、赤く染まっている。
「――ユリウス!」
考えるより先に、体が動いていた。
俺は人を押しのけて走る。
「おい!どうした!」
ユリウスの前に滑り込む。
血は腕から流れていた。
床にぽたり、と赤い滴が落ちる。
「……平気」
ユリウスは、いつもの落ち着いた声で言った。
けれど、その顔は少し青い。
「平気なわけあるか!」
思わず怒鳴る。
「誰だ、やったのは」
振り返ると、騎士たちに押さえつけられた男が暴れていた。
その手には、短い刃物が握られている。
さっきまで、あれを持っていたのか。
胸の奥が、一瞬で冷えた。
「……暗殺未遂です」
近くにいた騎士が低く言う。
「ユリウス殿下を狙ったようで――」
その言葉を聞いた瞬間。
俺の中で、何かが切れた。
――暗殺未遂。
ユリウスを?
視線がゆっくりと、騎士に押さえつけられている男へ向く。
男はまだ暴れていた。
顔を歪め、何かを叫んでいる。
けれど、俺の耳にはもう入っていなかった。
胸の奥で、どす黒いものが静かに渦を巻く。
こいつが、ユリウスを刺した。
こいつが、俺の弟に刃を向けた。
今すぐ首をねじ切ってやりたい。
だが――
「……セシル」
隣から、静かな声。
ユリウスだった。
血の滲む腕を押さえながら、こちらを見ている。
「大丈夫だから」
その声で、俺は我に返った。
……そうだ。
今ここで俺が何かすれば、騒ぎはもっと大きくなる。
そして――
ユリウスが、また面倒なことに巻き込まれる。
俺はゆっくり息を吐いた。
怒りを、喉の奥に押し込める。
視線だけで男を睨みつけた。
……覚えておけ。
絶対に、逃がさない。
その場では、それだけだった。
後日。
徹底的に、調べさせた。
あの男がどこから来たのか。
誰に雇われたのか。
誰が金を出したのか。
そして、行き着いた。
ある貴族の名。
王宮でもそれなりに力を持つ――
貴族派と言われる、一人だった。
報告書を机に置き、俺は椅子にもたれた。
「……なるほどな」
思わず、小さく笑う。
つまり、こういうことだ。
ユリウスが邪魔なんだ。
王位争いにおいて。
だから、消そうとした。
俺は天井を見上げる。
胸の奥で、あの日の怒りが静かに燃えていた。
俺はゆっくり呟いた。
「利用してやる」
――貴族派。
あいつらは、自分たちが国を動かしていると思っている。
王族よりも賢いと、本気で思っている連中だ。
なら、その思い込みを利用する。
近づいてやる。
信用させてやる。
そして――
全部、俺の手の中で踊らせる。
「ユリウスには、もう手を出させない」
俺は机の上の報告書を指で叩いた。
「……覚悟しろよ、貴族ども」
低く笑う。
「俺の前で、好き勝手できると思うな」
それからだ。
俺は、貴族派を見張るようになった。
ユリウスに敵意を向ける者。
王位争いの駒にしようとする者。
そういう連中は、逆に利用した。
味方に引き入れる。
取り込めないなら牽制する。
それでも動くなら――こちらから手を出す。
貴族どもは気付いていなかっただろう。
自分たちが動いているつもりで、実際は――俺の手の中で動かされていることに。
「俺を、舐めるなよ」
小さく呟く。
そして、数年後。
王宮は、また騒がしくなった。
――聖女の出現。
奇跡を起こした少女は、瞬く間に国中の噂になった。
当然、王宮も無視はできない。
やがて、その話は俺のところにも来た。
「セシル殿下の婚約者候補としてどうか」
そう言い出したのは、やはり貴族派だった。
……くだらない。
聖女は平民の出だ。
貴族どもにとっては扱いやすい。
王族の婚約者にすれば、いくらでも利用できると思ったんだろう。
だが、俺は断った。
「平民の娘を? 俺はやだね」
そう告げると、やつらは露骨に困った顔をした。
だがそれ以上は何も言ってこない。
もともと、平民など好いていない連中だ。
そして――
聖女は、ユリウスの婚約者として選ばれた。
思ったより文字数が多くなってしまったので、続きを次話に回します。




