第三十九話 魔法使いは魔法使い
通常、日本でも異世界でも一日というのは朝・昼・夜を迎えて繰り返す。
明るくなると同時に人々は外へと出て活発に動き始め、暗くなればその日の作業に区切りを入れて、体を休める為に外から姿を消す。
勿論昼夜が逆というのもあり得るし、俺が以前そうだった様にほぼ外に出ない例外もいる。
この様なサイクルは日常では当たり前の様に思える。
・・・・・・しかし、それが途絶えてしまう時が突然来るかもしれない。
例えば治る見込みの薄く、かかれば死に至ると言われている重病にかかってしまう。
死の恐怖を感じながら、じわじわと内面から侵食されていく恐ろしい瞬間である。
だが治る可能性が低いというだけで、希望が全く持てない訳ではない。
その人が生存している間にその病気に対する特効薬ができ、その人は救われるかもしれない。
願ったり叶ったりの理想的な展開だろう。
ではそれとは別に、命を落とす瞬間とは何か。
突然ということに重点を置くので、寿命という物はここでは除外する。
答えは殺される、ということである。
ある日見知らぬ人と目が合い、出会い頭に急にぶん殴られて殺される、なんてことはまずあり得ない。
そんなことをすれば当の本人も大変な目に合うと理解しているからだ。
しかし相手が人間と対立する、別の生物だとする場合はどうだろうか。
思いにも寄らない圧倒的力の前にねじ伏せられ、あっさりと亡くなってしまう時がくるかもしれない。
危険な生物が存在している私達の世界とは違う異世界なら、常にそんな危険と隣り合わせなのだ。
これは魔物と戦うことに興味を抱いた一人の青年が、軽い気持ちで危険な異世界へと行く事を望み、その世界で生き延び、歩んでいく物語である・・・・・・。
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「よし、準備はできたな」
冷たい気候に負けないぐらいに太陽が強く照りかざす早朝。
宿屋前の脇にバッグを二つ置き、前には仲間の三人が、その反対には俺が、バッグを囲む様にして立っていた。
俺が異世界へと来て二か月と一週間、遂に二つ目の町、フラットを出る時が来たのだ。
日本で見る機会が滅多に無かった雪が、この町では飽きる程に見ることができた。
その点ではこのフラットの町ではお世話になったとも言える。
・・・・・・まあ面倒な仕事を一つ押し任されたが。
「もしかしたら次の町が幹部に襲われているかもしれないし、早く行かないとだね。どんな奴と戦えるか楽しみだなあ・・・・・・」
パロマは目を輝かせながら腰に下げた剣の柄を持ち、左右に震わせながら言う。
こいつはどれだけ戦うことが楽しみなんだ。
かつては俺も戦えることがそれ程に期待していた頃があったのが、今では嘘のように感じられるぐらいだ。
以前この町に幹部と名乗る、アデルマンドという大柄なドラゴンの魔物が、部下の大群を引き連れて現れた。
魔王らしく無い魔王のサンデニスが、アデルマンドを止めようとしたのだが、別の幹部のゴースディから渡された魔王を弱体化させる光を放つネックレスを持っており、一度は幹部に痛手を負わせたものの、二度目はそのネックレスの力であっさりと敗れてしまった。
アデルマンドはサンデニスを苦しめた後、部下に町を襲うように仕向け、フラットの北にある氷山へと場所を移した。
しかしサンデニスはパロマとシルクから何かを感じたらしく、この二人がいれば幹部を倒せると俺に言う。
仕方なく俺達はアデルマンドの向かった氷山と名ばかりの山へと向かい、幹部の頭が弱い事も幸いして何とか倒すことに成功した。
しかしその直後にネックレスを作り、アデルマンドを仕向けた張本人のゴースディが現れ、不穏なことを言い残していった。
サンデニスはこの件の様に他の町にも幹部が襲い掛かる可能性が高いという。
俺はその魔王に幹部達を討伐してくれと任されたのだ。
・・・・・・実際俺は魔王の前ではそれを断っており、シルクに説得された感じで請け負ったのだが。
「そういえばサンデニスの奴はもうこの町を出たのか?あれから姿を見ていないぞ」
魔王・・・・・・というよりは妙に人間味のある奴だった。
元が人間ってことが大きいのだろうが。
サンデニスは魔王でありながらも世界を征服したり大げさに崩すことはせず、ありのままの形で保ち、変装して人間の生活の中に溶け込んでいたおかしな奴である。
一応は俺みたいにこの世界へと来た、一部の異世界人だけは始末しているらしい。
その気になれば町の一つくらいは一瞬で滅ぼせるという。
魔王らしい力だけはあるのだが、アデルマンドにより町が襲われた際は、守るというよくわからない立場にまでなっていた。
幹部側としてはそんな生易しい魔王の行動が気に食わず、ゴースディも魔王の下の立場でありながら、何か計画を練っているとの事だ。
そんな変わり者の魔王は、ゴースディの居場所を突き止めるべく世界を回ると言っていた。
ちょっと世界旅行に行ってくる、ってくらいに軽々と。
その魔王と俺が幹部討伐の話をした後から一か月が経つのだが、この町ではそれ以来一度も姿を見ていなかった。
「あの変なヒトならトウヤが逃げ出した後すぐ姿を消したわよ。いなくて当たり前よ」
「べ、別に逃げてないし!? ・・・・・・そうか。奴には奴でやることがあるしな」
ミナキが俺にぶつかってくるようにそう言う。
正直、幹部討伐なんてのもサンデニスにやってもらいたいのだが、その対策として魔王用の弱体化ネックレスが他の幹部にも渡っているはずだ。
そうなると本人が手出しすることはできなくなる。
完全に幹部らの反抗期ですよ魔王さん。
「そろそろ行きましょうか。今まで町に滞在していたのは旅の準備の為。・・・それに寒いので早く出たいです」
相変わらずピンクのローブ姿のシルクが身を振るわせながら促してくる。
この町にいる間ずっとこんな調子なのだが、諦めて上着を買えばそれで済む話である。
それを今後の荷物になりかねないと拒否していた。
宿屋に預けることだってできるんだし、そんな細かい意識はいらないと思うんだけどな。
「そうだな。・・・・・・今日パロマとシルクがバッグ持つ番だけど、パロマはともかくとしてシルクは持てるのか?」
小柄な魔法使いの少女が、パンッパンに膨れたバッグを持つことができるのだろうか。
とてもだが想像し難い光景だ。
それよりも力でシルクに負けてたら流石に立場が無くなってしまう。
できれば持てないと嬉しいです。お願いします。
「私を甘く見てはいけませんよ。杖を振って遠距離から攻撃するだけの魔法使いじゃないことを見せます」
バッグに手を置き、自身満々にそう言うシルク。
・・・・・・しかし表情は引きつっているように見える。
む、無理しなくていいんだからな?
バッグの前でしゃがみ、両手をかける。
そして手を握りしめ、一呼吸置く。
パロマとミナキもシルクの一連の動作をじっくりと見つめている。
本当にこいつの言う通り、俺でさえ苦労させられた物を持てるのだろうか・・・・・・?
「ん・・・んんっ・・・!ふぬぬぬ・・・・・・」
何度か立ち上がろうと試みるが、完全にバッグの重みには勝てない様な状況だ。
頑張って持ち上げようとして漏れる声に、若干何かを感じるのだが、それは仕方ないと放っておこう。
しばらくの間その作業を続けた後、調子を整える為に再び呼吸を入れる。
どうせ持つことはできないだろうと俺は笑みを浮かべる。
「くっ、おりゃあああああああああ!!!」
すると突然大声を上げ、その大きなバッグを見事背負い立ち上がった!
「見ましたか?これが、おおっと。こっ、これが真の魔法・・・わっ!使いっとと、という物ですよ」
まさか持ち上げてしまうとは・・・・・・。
目の前の少女は足が震えており、誰が見てもバランスを上手く取れていないとしか思えない。
頑張って笑みを浮かべようとしているのだが、それを見ていてとても切ない気持ちになってきた。
すると耐えられなくなってきたのか、その場でよろめき始めるシルク。
やはりこいつではこれを持ち歩くことはできないだろう。
そう勝ち誇った気分に浸っていた時だった。
「どうした?シルク。やっぱりきついのか?無理しなくてもいいんだぞー。・・・・・・ってちょっ、うわあああああああああ!!」
ドサッ!!
遂にバランスを崩したシルクは、よろよろとしながらそのまま俺の方へ近づいてくる。
そしてそのままバッグごと、俺の方へと倒れ込んで来た!
・・・・・・当然俺はバッグとシルクの下敷きである。
「す、すみません。私にはちょっと無理みたいです」
「俺に向かってくるって、やっぱり俺のことが好きなの?」
「それは断じてあり得ないでーすっ!」
「ぐええっ!?」
倒れたままの態勢で器用に体重を乗せてくるシルク。
バッグだけでも十分に重たい所為で凄く苦しい。
「こ、こら!二人とも、シルクを起こしてくれ!」
パロマがシルクの体を掴み、ミナキがバッグを押してようやく起き上がらせた。
出発前から散々な目に合わされた。
やっぱりシルクには持つことができないか・・・・・・。
逆にこれで俺の存在意義は無くならずに済んだというわけだ!
・・・・・・しかしこれはどうするべきだろうか。
四人中二人で一日ごとに交互に持つ予定が、一人減って三人へとなってしまった。
つまり三人で二つの荷物をローテーションで持たなければいけないということだ。
「? トウヤどうしたの?」
俺はすかさずミナキと向き合った。




