第十八話 雪原の少女
「よし、出発するか」
俺は調子の悪いフリをして朝食を食べ終え、バレない様に着替えてニット帽とサングラスを装備し、バッグを持って準備を終える。
ってこう見ると凄く怪しい人みたいだけど仕方がない。
手持ちのなけなしのお金で昼用のヤングチキンのから揚げと、何があるかわからないので回復用の薬を買っておいた。
しかしこの格好で町中を歩くと、変に視線を集めてしまうのが気になる・・・。
買い物を済ませると、南の階段を上りトンネルの中へと入っていった。
「うう、やっぱり寒いな」
俺は身を震わせながらトンネルの中を歩いていく。
町の外の方が僅かに冷えている様に感じる。
鎧は壊れてしまったしそもそも重くて動き辛かったので、ほぼ私服の状態で歩いている。
黒猿の死体は消え、道の真ん中には俺の物であろう、赤黒い物が地面にこびり付いている。
モンスターの死体はこの世界では時間が経つと自然に消えるそうだが、こういった物は残ってしまうのか。
直視していると朝のが戻ってきそうなので、できるだけ目を逸らしながら歩く。
トンネルを抜け、チラチラと見えるスノースライムを避けながら、トゥロリテの町へと進んで行く。
今日の空は曇っており、雪が少し降っている。
視界が良いというわけではないが、この雪原にはあまりモンスターが生息していないらしく、特に問題無く進める。
だがゲームだとこういう一度戻る作業って、大体は何か途中でイベントがあるものだ。
雪国では急に雪崩が起こったり、遭難者がいたりだとかだ。
・・・・・・そんなのは無い方がいいなと考えながら雪の中を歩いていく。
雪と全く縁のない地域に住んでいた俺は、雪が降っている景色を見るだけで凄く幻想的に見えてしまう。
凄く寒いので早く町へと行きたいところだが、この珍しい景色はいつまでも見ていたくなる。
・・・ん? あれはなんだろうか。
雪について考えていると、道を少し外れたところに倒れている小さな人の様な物が見える。
まさか本当に遭難者だろうか。
俺は気になって慌ててその場所へと駆け寄った。
「おい!大丈夫か!!」
そこにいたのはシルクと同じくらいの、白いワンピースを着た小さな女の子だった。
この雪の中でうつ伏せで倒れているところを見ると、相当危険な状態かもしれない。
俺がフラグを立ててしまったせいか?
意識があるかを確認する為に俺は女の子を揺する。
しかし少女は気絶したままで反応がない。
体も当然の様にヒンヤリとしており、とても長い間触れていられるような状態じゃない。
どうしたらいいのだろうか。
俺が背負って町まで連れて行こうか?
いや万が一モンスターに不意を突かれたら抵抗ができずやられてしまいそうだ。
急いで町へ行って助けを呼ぶか?
あまり時間をかけているのはマズいし得策ではない。
うーん・・・・・・。
「ん・・・・・・」
どうするべきか、そう悩んでいると突然少女が目を覚ました。
この子雪の中で倒れていて無事だったのか。
少女はそのまま起き上がり、驚愕の表情を浮かべる俺をジッと見つめている。
その少女は気絶していたというより、眠っていた、と言った方が近い様に平然としている。
「おい・・・大丈夫なのか?」
俺はその少女の様子を見て、声をかける。
すると少女はニコリと笑って。
「うん。大丈夫です」
そう元気に返してくる。
何故あんな状況になっていて平然としていられるのだろう。
そもそもこの雪の中でワンピース姿って・・・。
この子何か危ない系の人かな。
とりあえず遭難者かどうか聞いてみるか。
「――えっと、何で雪の中で倒れてたんだ?親とはぐれたのか?」
俺がそう聞いてみると、少女は表情を曇らせコクリと頷く。
遭難ということで間違いないだろう。
「家はどっちの方角だ?」
少女はトゥロリテの方角を指差す。
なら丁度いい、一緒に連れて行こうか。
モンスターが襲ってくるかもしれないし、一人にさせておくのは不安だ。
「ほら、立てるか?」
俺は少女を起こそうと手を伸ばす。
すると少女は困ったような表情をし、迷った後に申し訳なさそうに手を取る。
その行為がちょっと気になったが、そのまま少女を立ち上がらせる。
ふらついたりする様子はなく、普通に歩けそうだ。
これなら自分で歩くこともできそうだし、モンスターに出くわしても何とかなる。
「それじゃ俺もあの町に用があるし、一緒に町まで行こうか」
少女は微笑んで頷く。
俺達はトゥロリテの方角へと向かって歩き出した。
「俺はトウヤって言うんだ。そこら辺にいる普通の冒険者だよ。町までだけどよろしく」
「私はアカリです。よろしくお願いします」
「なあ、何があってはぐれちゃったんだ?モンスターにでも襲われたのか?」
自己紹介をしつつ二人で歩く中、俺はアカリに聞いてみる。
・・・しかしアカリは困ったようにオロオロするだけで、答える様な素振りは見せない。
何か言えない事情でもあるのだろうか?
困らせたままにするのも悪いので質問を変えてみるか。
「言い辛いなら答えなくてもいいよ。じゃあ話を変えるけどさ、この雪の中ワンピース姿で大丈夫なのか?変な子にしか見えないんだけど」
この子を見た時から違和感があったことを聞いてみた。
雪原で肌も露出するワンピース姿の人はまず見ない。
明らかに普通ではないだろう。
「私は・・・その・・・大丈夫です。むしろお兄さんの方が怪しい人に見えます」
そんなことをアカリにさりげなく言われてしまう。
もしかして時々怖がったり困っているように見えるのは俺のせいだったのだろうか。
フラットからは随分歩いたことだし、もう外してもいいだろう。
俺はニット帽とサングラスを外してバッグにしまう。
一応防寒具でもあるので、外したら外したでまた寒い。
でもこの子は大丈夫って言っているんだよな。
その辺りがよくわからないが、あまり詮索しない方がいいのだろうか。
そっとしつつしばらく歩いていると、隣からお腹の鳴る音がしてきた。
そういや大分歩いてそろそろお昼時だろうか、俺もお腹が空いてきた。
バッグの中を探って、朝買ってきたヤングチキンのから揚げを一袋取り出す。
・・・しまった一人分しか買っていなかった。
本当に遭難者に会うとは思わなかったわけだし仕方がない。
「ほら、食べるか?」
そう言って俺はから揚げの袋をアカリに差し出す。
俺だけが食べておいて、この子の腹を空かせたままにしておくのは流石に抵抗がある。
「・・・・・・いいんですか?」
アカリは差し出された袋を見て、申し訳なさそうに聞いてくる。
「ああ、まだ町まで距離があるし食べておけよ。俺なら食事を抜くことに慣れてるから大丈夫だ」
「変なことに慣れてるんですね。・・・ありがとうございます」
アカリはクスリと笑いながら礼を言い、から揚げを頬張る。
シルクとは違って見た目相応の可愛らしさがあり、見ていて微笑ましい。
俺はネトゲに集中して、昼飯を食わないことなんてよくあることだったし大丈夫だろう。
しばらく歩いていくと見慣れたトゥロリテ周辺の平原へと出てきた。
この辺りまで来れば町はもう少しだ。
見栄を張ったのはいいが、体は正直で先程からずっと腹から音が鳴り続けている。
日も暮れてしまうし町まで急ごうか。
そう思いながら町に向かって歩いていると、森の方から姿を見せた三匹のゴブリンと目が合ってしまった。
ゴブリンは勿論迷いもせずに、こちらへと駆け寄ってくる。
面倒なことになったな。
町まで追っかけられてきても面倒だし退治しておくか。
「アカリは俺の後ろにいてくれ。あのゴブリン達を退治してくる!」
アカリがコクリと頷いたのを見届け、俺は三匹のゴブリンに向かって走り出した!
「はあ・・・はあ・・・、やっと終わったか」
今の俺なら楽勝だと思って突っ込んで行ったのはよかった。
しかし腹が空いていることでかなり動きが鈍り、倒すのに手間取ってしまった。
空腹もこの世界では命取りということか。
ゴブリンを倒し、アカリの元へと戻ろうとする。
しかし後ろを振り向くと、あまり見たくはない、酷い光景が俺の目に飛び込んできた。
俺が戦っている時に気付かない様に迫っていたのか、二匹のゴブリンがアカリを襲っていた!
「アカリッ!!!」
俺はアカリの方へと駆け寄り、ゴブリン達を思いっきり剣で薙ぎ払う。
集られていたアカリはかなり傷を負っていた。
クソッ、俺としたことが!
「大丈夫か!?アカリ!!」
俺は剣を手放し、アカリの上半身を起こす。
アカリは微笑みを浮かべながらコクリと頷く。
何とか無事だった様で、俺はホッとする。
しかしアカリは左手で俺の後ろを指差し、急に脅えたような表情になる。
俺も不思議に思い、後ろへと振り向く。
それを見た瞬間、唐突のことに俺も体が怯んでしまい、動けなかった。
倒したと思っていた、二匹のうちの一匹のゴブリンが起き上がって俺のすぐ後ろまで来ていた!
ヤバいヤバいヤバい!
剣は俺の手元からは離れた場所にあり対抗することはできない。
何とか逃げようとするも、空腹の影響と先程の戦闘で傷を負ってしまい、無理に体を動かすことができなかった。
ゴブリンは既に棍棒を振り上げている!
回復している時間ももう無い!
「こりゃ、ちょっと無理だな」
俺はそう言って、柄にもなくアカリを上から覆うように庇う。
こいつの攻撃なら辺り所が悪くなければ、俺のステータスならまだ死にはしないはずだ。
痛いかもしれないが受けた後に反撃するしかない。
俺は男だ、来るなら来い!!
そう目を瞑って、覚悟を決めていると。
「ダメッ!!!」
突然アカリの悲痛の叫び声が聞こえてきた。
「ゴ、ゴエッ!?」
するとゴブリンの聞き慣れない、驚いた様な鳴き声がアカリの叫び声に続けて聞こえる。
ゴブリンからの攻撃も無く恐る恐る俺は目を開けると、そこには今までと一変し、指を指しながら真剣な表情で後ろを見つめるアカリの姿があった。
つられて俺も後ろを振り向く。
「えっ・・・!?」
俺の見た先には、驚くことに宙に浮かんでいるゴブリンの姿があった!
ゴブリンは棍棒を握って手足をバタつかせたまま、成す術もない状態になっている。
一体何が起こっているのだろうか。
するとアカリはコブリンを指差す左手を上へと弾く。
それと合わせるように、ゴブリンも空へと上昇していき・・・・・・、
『ドーーーン!!』
上昇していったゴブリンが、耳を裂くような爆音と共に突然破裂した!
武器も落ちてこず、跡形もなく消えてしまった様だ。
一瞬唖然とした俺は辺りを見回すが、俺達以外に誰かいる様子はない。
まさかこの子が・・・・・・?
「・・・アカリ。お前がやったのか?」
そう言うとアカリは泣きそうな表情になり頷く。
この子にそんな能力があったとは。
「ごめんなさい。私が最初からこうしておけば・・・・・・」
「二人とも助かったんだ。気にすんなよ」
大事には至らなく無事でよかった。
しかしこの子の言う通り、何故その力を隠していたのだろうか。
襲われずに抵抗もできていたと思うんだが。
「あの・・・、この状況恥ずかしいのでそろそろ・・・」
「あっ」
そうだった、アカリの上に覆い被さってる状態だった。
頬を赤らめるアカリに言われて、俺は慌てて立ち上がる。
「痛っ!」
ちょっと体を動かしすぎてしまったらしく、ゴブリンから受けた傷が痛む。
回復しとくか。
「『ヒール』!」
「きゃっ!?」
俺は自分の体に回復魔法を唱えると、アカリの痛みに苦しむ様なな声がした。
そうだ、アカリの治療もしてやらねば。
「ああ先にかけちゃってごめんな。ほらアカリにもかけるよ。『ヒー――」
「わわわわ待ってください!ヒールはやめてください!」
俺が手を出して魔法を唱えようとすると、慌てて止めるアカリの声で俺の魔法が遮られる。
何か回復したらマズい事情でもあるのだろうか?
「どうしたんだよ。その傷じゃ動くのは辛いだろ?遠慮しなくていいって」
「いえその・・・私は大丈夫ですから」
そうは言われてもなあ。
見ているこっちが辛いから何とかしてあげたい。
でもヒールをかけられないとなると、一体どうすればいいか。
そういえば確かフラットで買った薬があったような・・・。
俺は鞄を探り、赤い薬を差し出す。
「ほら、これならどうだ?安物だけど回復用の薬だ」
アカリは差し出された薬を見て恐る恐る手に取る。
そして蓋を開け、中身を飲み干した。
するとみるみるうちに、アカリの傷が無くなっていく。
安物だから心配していたが、効果はしっかりあったようだ。
しかし何で魔法はダメなんだろう。
「あ、ありがとうございます!」
アカリは立ち上がり、慌てて頭を下げてお礼をしてくる。
「そんな丁寧にしなくていいよ。暗くなってきちゃったし、そろそろ行こうか」
俺は剣を拾うと、アカリと一緒に再び町へと歩き出した。
雪の中で倒れていたのに平然としていて、対応がぎこちなく、それでいて無邪気な一面もあるが、見たことのない凄い能力を隠し持っている。
この世界に来て、サンデニスよりも不思議な子に出会ったかもしれないな。




