第9話 祝福の発動と爆散の危機
結論から言う。
俺たちは死んでいない。腕もある。……まあ、一回は切られたんだが。
やけに静かな部屋と、俺たちに集まる視線。罪状を淡々と読み上げられて、そのまま流れるように刑が執行された。上から落ちてくる刃が妙に光を拾って、やけに綺麗で——それが余計に恐怖を煽ってくる。
不思議と痛みはなかった。あとでわかったが、どうやらうちの爺の仕業らしい。例によって発する言葉がよくわからないので詳細は不明なのだが。
刑が執行されたあと、俺たちは宿に戻された。本来なら即刻国外追放らしいが、今回はその経緯を鑑みて温情だとか何とか。そんな説明を受けた。
腕は綺麗に元通りだ。動きにも問題はない。ミアだ。あいつが治した。
当然、相応の金は払った。提示された額は相変わらず常識外れで、手持ちをほとんど吐き出し、他の連中からも借り、それでも足りない分はなんとか融通をつけてどうにか間に合わせた。あの女はそういうところで一切容赦がない。
そして翌日、役人が真っ青な顔で訪ねてきた。
発端となった「王家のネックレス」は墓の十字架にかかったままだったらしい。つまりラッキィの首にあったのは、よく似た別物だったということになる。
要するに、俺たちは最初から何もしていなかった。
それが分かったのは、全部終わったあとだ。
さすがに頭にきたが、国が相手だ。どうにもならない。怒りはあっても、ぶつける先がない。そういう種類の苛立ちは、胸の奥に沈んで、ただ重く残る。
だが、その賠償として俺たちには多額の金が支払われた。今後の活動にも国が色々と便宜を図ってくれるらしい。
結果として、犯罪者の汚名も、ミアへの支払いも、あの件に関する損失はすべて埋め合わされた。
これの意味するところ——また一つ、“祝福”が使われたということだ。
ただ、発動タイミングが悪すぎるというか、遅すぎる。爺とミア、この二人がいなければどうなっていたことか。痛みがなかったのも、腕が戻ったのも、あいつらがいたからだ。
それとラッキィの首にかかっていたネックレスが、どこからどうやって現れたのか。疑問はいくつか残ったが、あの一件はここで終わりにする。これ以上は思い出したくない。
——別の話をしよう。
国からの賠償もあって、俺たちは街の外れに小さな拠点を構えることもできた。ハウスとかホームとかそんな感じの名前をつけるのが一般的らしいが、ガルドが「アジト」の方がいいと言い出したのでそのまま採用した。賊みたいだが、呼び名はこだわるとこでもないし、どうでもいい。
「世界を救ってもらいます」
“あいつ”はそう言っていたが、世界を救うために何をすればいいのかが分からない。指針も何もない。そのくせパーティーはいつ何をやらかすか分からない。となるとあの“祝福”がいつ使われるのかも読めない。
毎日がそんな戸惑いと、不安と緊張に包まれていた……はずなんだが。
しばらくは特に事件らしい事件もなく、俺たちはギルドの依頼を淡々とこなしていた。拍子抜けするくらいの平穏な日々が続いていた。
そんな中、俺の爆散の危機は突如として訪れた。
リリアだ。
「ねえレイ」
夕食のあと。アジトの居間で各々がくつろいでいると、リリアが俺の後ろから腕を回してくっついてくる。こいつはいつも距離が近い。近いというより、こちらの間合いに最初から勝手に入り込んできている感じだ。
「ちょっといい?」
「よくない」
リリアの腕を払いながら即答する。
「なんで!?」
「なんででもだ」
流そうとしたが、リリアは引かない。じっとこちらを見たまま一歩詰めてくる。
「ねえ、分かってるでしょ」
「分からん」
「分かってるくせに」
「分からん」
押し問答になる。いつもの流れだ。
周りを見ると、ミアは読書中。爺は何かぶつぶつ言っている。ガルドは酒を飲み、ラッキィは落ちて転がるコインを追いかけていた。
誰も俺を助ける気はないようだ。
「……もういい」
リリアがぽつりと言う。
そのまま背を向ける。
「どうせレイは覚えてないんだもんね」
「何の話だ」
「知らない」
振り返らない。
「もういいから」
そのまま扉へ向かう。
「おい」
呼び止めるが止まらない。
扉が勢いよく開く。
「私、抜けるから」
そう言い残してリリアはアジトを飛び出した。
——は?
一瞬、思考が止まる。抜ける? パーティーを? まてまてまてまて、それはまずい。色んな意味でまずい。というか主に俺が死ぬ。
「おい待て!」
反射的に立ち上がると、ガルドがちらっとこちらを見る。
「行かねえのか?」
「行く」
短く答えて俺はリリアを追いかけた。
見つけたのはアジトから少し離れた暗い路地だ。壁にもたれてリリアが俯いている。
「……なんだよ」
声をかけると顔を上げる。
「来たんだ」
「当たり前だ」
「来ないかと思った」
「来るに決まってるだろ」
距離を詰める。
「なんで抜けるなんて言い出す」
「……知らない」
「知らないで済むか」
視線を逸らす。
「だって」
小さく言う。
「レイ、全然相手してくれないし」
「関係ないだろ」
「あるよ」
即答だった。
「あるに決まってるじゃん」
少し強くなる。
「私は——」
言いかけて止まる。それでも目は逸らさない。
「……いいよ、もう」
力が抜けたように言う。
「どうせ覚えてないんでしょ」
「何をだ」
「そういうとこ」
意味は分からない。だがそこは問題じゃない。
「とにかく」
一歩前に出る。
「抜けるのはダメだ」
「なんで」
「なんででもだ」
「理由になってないよ!」
「いいからダメだ」
「だからなんで!」
食い下がる。ここで引くわけにはいかない。なんせ俺の命がかかっている。
「お前がいないと困るからだ」
「何に?」
「……全部だ」
少しだけ言葉を選ぶ。
「戦力的にも、色々と」
じっと見られる。
「それだけ?」
「それだけで十分だろ」
「……ふーん」
納得していない顔。まずい。だが本当の理由は口外できない。そんな状況でどうにか絞り出した言葉は、あまりにも単純だった。
「お前が必要なんだ!」
(じゃないと俺が爆散してしまう)
リリアの目が見開かれる。
「……ほんとに?」
「ああ」
しばらくの沈黙。
やがて——
リリアがふっと笑い、空気が軽くなる。張り詰めていた糸が、ようやく音もなく緩んだみたいだった。
「……そっか、じゃあ、やめる」
「は?」
「抜けるのやめるね」
あっさり言う。
「……そうか」
助かった。なんとか俺の体が爆散する危機を回避できた。
リリアがこちらに近づき、俺の顔を覗き込んでくる。
「ねえ」
「なんだ」
「やっぱり覚えてくれてたんだ」
満面の笑みで言う。
「結婚の約束!」
「……へ?」
人通りのない静かな路地で、俺の声だけが間抜けに響いた。




