表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歪んだ因果の勇者譚 ~世界を救えと言われたが、勝手に選ばれた仲間が問題児だらけで、しかも一人でも追放すると俺が爆散する~  作者: たま8


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/24

第7話 誘惑する魔法使いリリア

 王都から南へ下ると、地面の感触が変わる。踏むたびにわずかに沈み、乾いた音の代わりに鈍い水音が返ってくる。背の低い草が広がり、視界は開けているが、そのぶん足場は信用できない。ところどころに濁った水が溜まり、踏み抜けば膝まで持っていかれる。湿原地帯だ。水を求めて魔物が集まりやすい場所でもある。今回の依頼は、その外縁で増えた魔物の駆除だった。


「足場悪いな」


 ガルドが言う。


「転ぶなよ」


「お前がな」


 軽く言い返しながら、足元を確かめる。沈む。思ったより深い。こういう場所での戦闘は、本来なら間合いと足運びを優先する。踏み込みすぎれば抜けなくなるし、退路も読みづらい。


 草の切れ目で、目標はすぐに見つかった。湿り気を帯びた地面を掘り返す獣型の魔物が数体。群れというほどでもないが、ばらけて動くには厄介な配置だ。囲んで順に落とすか、誘導してまとめるか。いずれにしても、派手にやる理由はない。


「——あ、いた」


 横から声がする。俺のパーティーの魔法使い、リリアだ。嫌な予感だけが先に来る。


「待て——」


 間に合わない。空気が歪んだ。次の瞬間、熱が一点に集まる。圧縮されたそれが弾けた。


 爆ぜる。


 湿った地面が一気に蒸気を上げ、周囲の草が焼け縮む。遅れて衝撃が腹に来る。音は一拍遅れて響いた。


 魔物は、消えていた。跡形もなく。白い湯気がゆっくりと立ち上る。湿原の一角だけが、乾いた地面に変わっていた。


「……やりすぎだろ」


「え?」


 リリアが振り返る。


「ダメだった?効率はいいでしょ?」


「効率の話じゃない」


「でも終わったじゃん」


 それはそうだ。何も言い返せない。結果だけ見れば最短だ。ただ、規模が合っていない。


 リリアは強い。魔法使いの完成形といってもよいだろう。全属性最高水準。完全無詠唱。狙いも正確だ。普通なら制御しきれずに散るような出力を、ほとんど無駄なく一点に叩き込む。外したところを見たことがない。


「……まあいい。帰るぞ」


 依頼はそれで終わった。想定より早いどころか、一瞬だった。湿原の一部が焼けた件は、報告に書くほどでもない。どうせまた水が戻る。


 夜、宿に戻る。装備を外していると、扉が小さく鳴った。甘い香りが扉の隙間から漂ってきた。開ける前に誰か分かる。


「……なんだ」


「開けてよ」


 リリアの声だ。


 ため息をついて扉を開ける。隙間から滑り込むように入ってくる。距離が近い。必要以上に近い。


 リリア。俺のパーティーの魔法使い。このパーティーの中で唯一の幼馴染だ。




 卒業式の日、“あいつ”との対話のあと、酒場で目を覚ましたとき、同じ卓にいた連中は全員、見知らぬ顔だった。


 ——いや、待て。


 見覚えのある顔が一人。


「……リリア?」


 名前が自然に出た。向こうは当然みたいな顔をしていた。そこでようやく繋がる。数年ぶりだ。三年か四年か、それくらいは会っていない。顔つきも変わるし、雰囲気も違う。


 気づかなくても不思議じゃない。


 ……ただ。じゃあなんで、こいつがここにいるのか。どうやって再会して、どういう流れでこのパーティーに入ったのか。そこだけが、きれいに抜け落ちている。


 それと、こいつこんな性格だったっけ?




 薄い布地の服だった。夜着のような形だが、まともに隠す気があるとは思えない。体の線をそのままなぞるように落ちていて、動くたびにわずかに揺れる。光を拾って、やけに目に入る。意図的だ。間違いなく。


「なにしに来た」


「分かってるでしょ」


 軽い調子だが、目は真っ直ぐだ。


「ねえ」


 一歩近づく。


「私とレイは遅かれ早かれ“そう”なるわけじゃん?」


「遅くも早くもそうならない」


 間を置かずに返す。


「えー約束したじゃん!」


「知らん」


 即答する。思い当たるものがない。パーティー結成前後の記憶が全くない俺にしてみれば、本当に知らないんだから。


「ひどくない?」


「国で決められた規定がある」


「またそれ?」


「職場恋愛厳禁ってやつだ。面倒の元になるしな」


「他のパーティー見てみなよ。守ってない人、いっぱいいるじゃん」


「俺は守る」


 勇者は現場責任者だ。関係がこじれれば戦力に影響が出る。余計なトラブルは避ける。それだけだ。


「つまんない」


「そうかもな」


 リリアは一瞬だけ黙る。何かを言いかけて、やめる。


「……ほんとに?」


「ああ」


 短く終わらせる。


 視線がぶつかる。逸らさない。数秒だけ、そのまま止まる。やがて、リリアがふっと息を抜いた。


「……そっか」


 小さく笑う。いつもの軽さに戻る。


「じゃあ帰る」


 くるりと背を向けそのまま扉へ向かうが、ドアの取手に手をかけたところで、立ち止まると目を伏せつぶやいた。


「……ほんとに覚えてないんだ」


 それ以上は何も言わず、俺の部屋をあとにした。


 ベッドに腰を下ろして今日の戦闘を思い出す。


 リリアは強いが、それだけに扱いが難しい。火力が足りない心配はないが、あの規模の魔法を平然と撃たれると、それが影響して何が起きるか分からない。


 あいつの言っていた“祝福”。自動で発動して、結果だけを整える。回数には限りがあるとも言っていた。どこで消費されるのかも分からない。だからこそ、無駄に使われるのが一番困る。


 ……まあ、今回は特に何も起きなかった、はずだ。少なくとも、俺の目に見える範囲では。


 目を閉じる。


 リリアの言葉が、ほんの少しだけ引っかかったが——深く考えるのはやめて、そのまま意識を手放した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ