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歪んだ因果の勇者譚 ~世界を救えと言われたが、勝手に選ばれた仲間が問題児だらけで、しかも一人でも追放すると俺が爆散する~  作者: たま8


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第6話 謎言語の爺僧侶

 朝の空気は乾いていた。昨日の湿り気を引きずっていない、妙にすっきりした朝だ。空は高く、雲は薄い。こういう日は、何も起きなければそれで終わる。少なくとも、そう思えるくらいには穏やかだった。


 王都を出てしばらく進むと、道はそのまま小さな村へと続いている。荷馬車の轍が残る、よく使われた道だ。人の出入りもある。見た目は普通の村だった。


「で、今回は何だ」


 ガルドが言う。


「村の様子がおかしいらしい」


「曖昧だな」


「そういう依頼だ」


 実際、内容ははっきりしなかった。病気というほどではないが体調を崩す者が増えている。家畜が落ち着かない。作物の育ちも悪い。どれも決定打には欠けるが、まとめて起きているのが気味が悪い、という話だった。


 村に入ると、その“なんとなく”が分かった。人はいる。普通に動いている。倒れている者もいない。だが、全体的に元気がない。声が小さい。動きが鈍い。説明しづらいが、空気が沈んでいる。


「……これで金になるんですかね」


 ミアが言う。


「さあな」


「なら優先度は低いですね」


 そう言いながらも、一応ついてくる。


 村人に話を聞くが、要領を得ない。「なんとなく調子が悪い」「夜に眠れない」「家畜が落ち着かない」。原因は分からない。誰も断言しない。


 俺は一通り見て回ったが、手がかりらしいものは見つからなかった。こういう曖昧な依頼は苦手だ。何をすればいいのかがはっきりしない。


 その時だった。後ろで足が止まる気配がした。振り向くと、爺がいない。


「……あいつは?」


 少し戻ると、村の外れで立ち止まっていた。何もない場所だ。道から外れた、ただの地面。だが、そこから動こうとしない。ゆっくりと、地面に手を触れる。


「……天機反転位相補正」


 低い声が、マスクの奥から漏れる。言葉の断片だけが、引っかかる。位置。流れ。歪み。そんなものだけが、ぼんやりと頭に浮かぶ。それが余計に気持ち悪い。


「……何してんだ、あれ」


「さあ」


 ミアは興味なさそうに言う。


「意味あるんですか?」


「分からん」


 それしか言えない。


 周りの村人たちも、少し離れた位置で様子を見ている。ざわめきが小さく広がる。


「あの人、何してるんだ……?」


「なんか変な言葉をぶつぶつ言ってる……?」


「気持ち悪いな、変なことされたら困るぞ」


 声は小さいが、警戒ははっきりしていた。それでも、誰も止めに来ない。爺の雰囲気のせいか、それとも単に判断がつかないだけか。


 爺はそのまま、しばらく動かなかった。地面に触れたまま、何かを“流している”ように見える。


 やがて手を離し、ゆっくりと立ち上がる。


「……巡礼完了」


 それだけ言って、戻ってきた。


「終わりか?」


 ガルドが聞く。


「……是」


 相変わらず、分かったような分からないような返事だった。


 その場では、何も起きなかった。村の様子も変わらない。空気も重いままだ。俺は少しだけ肩をすくめる。やっぱり、気のせいだったのかもしれない。そう思った。


 だが……


 昼を過ぎた頃から、少しずつ変化が出始めた。村人の顔色が戻っていく。声に張りが出る。家畜も落ち着きを取り戻す。夕方には、朝の違和感が嘘のように消えていた。


「……なんだこれ」


 思わず呟く。理由は分からない。だが、結果だけははっきりしている。


 夜、村長から話を聞いた。昔、この土地には守りの術が施されていたらしい。だが年月とともに歪み、逆に悪影響を及ぼしていた可能性がある、とのことだった。


 詳しいことは、誰にも分からない。ただ一つ分かるのは、爺が何かをしたあとで、すべてが元に戻ったということだけだ。


 宿へ戻る途中、横を歩く爺を見る。何も変わらない。相変わらず意味不明な存在だ。言葉は分からない。だが、半分くらいなら、なんとなく分かる。それでも、その先が繋がらない。結果に至る過程がまるで見えない。

 

 爺が村の外れで立ち止まった。あの時点で、あいつだけは分かっていたんだと思う。何をすればいいのかも、どこを直せばいいのかも。ただ——それがこっちには一切伝わらない。何を言っているのか分からない。何をしているのかも分からない。結果が出るまで、ただ見ていることしかできない。あれで間違っていないのが、余計に気持ち悪い。理解できないまま正解だけ見せられるのは、どうにも落ち着かない。

 

 納得できないまま、俺はしばらく黙って歩いた。


  ——さっきの村長の家でのことを、ふと思い出す。


「この度はありがとうございました。えーと……」

 

 爺に向かって村長がそう言うと、言葉を探すように視線をさまよわせる。そこで初めて、こっちも気づいた。そういえば、名前を聞いていない。普段の言葉が何も分からないせいで、聞くタイミングすらなかった。というより、考えたこともなかった。


「……未嚠瀘」


 爺が、いつも通りの調子で何かを言う。当然、意味は分からない。


「あ、え?えっと……」


「……みるる」


 今度は、はっきりとそう聞こえた。


「ミルル様、本当に助かりました」


 深く頭を下げる村長に、爺は何も言わなかった。ただ、あのよく分からない仕草で軽く頷くだけだった。


 ——ミルル、か。


 名前を頭の中で転がしてみる。爺の名前って感じじゃないな。名前負けしてる俺が言うのもなんだが。


 ……ん。


 ちょっと待て。


 ミア。ミルル。リリア。


 「……ややこしいな……」


 思わず、ため息が漏れた。

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