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歪んだ因果の勇者譚 ~俺の仲間は問題だらけだが、1人でも追放すると俺が死ぬ~  作者: たま8


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第5話 銭ゲバ僧侶ミア

 朝の王都は、夜とは違う静けさを持っている。人の数はまだ少なく、開ききっていない店の戸の隙間から細く光が漏れていた。昨日の喧騒の残滓がまだ路地の奥に残っているような、そんな中途半端な時間帯。だからこそ、異物は目立つ。

 

 人だかりは通りの中央にできていた。中心には誰も近づかず、しかし完全に離れることもできない距離を保っている。好奇心と恐怖が、奇妙な均衡を保っている。その隙間を抜けると、倒れている男が見えた。顔色は悪い。呼吸は浅く、脈も不安定だ。外傷はない。だが、それが逆に異常だった。


「毒か……?」


 誰かが呟く。確証はない。だが、誰もが同じことを考えている顔をしていた。


「……どうする」


 ガルドが低く言う。珍しく、手を出す気配はない。殴る相手ではないと判断している。俺は一歩踏み出そうとして——止まった。横にいるはずの存在が、動いていない。


「……ミア」


 名前を呼ぶ。ミアは男を見下ろしていた。その目は冷静だった。


「……治せるか」


「治せます」


 即答だった。だが。


「——対価は必要です」


 静かな声だったが、その場の空気を凍らせるには十分だった。


「……今それ言うか」


「今だから言います」


 ミアは視線を外さない。


「これは取引です」


 倒れている男が、かすれた声を漏らす。意識はまだある。だが、長くは持たなそうだ。


「……いくらだ」


 ミアは一瞬だけ沈黙した。その沈黙は単なる計算ではなかった。何かを測っている、そんな間だった。

 

 そして提示された額は——常識外れだった。ざわめきが広がる。怒号が飛ぶ。


「ふざけるな!」「人の命だぞ!」


 ミアは動かない。ただ、待っている。


「……払う」


 男が絞り出すように言った。それで決まった。


 ミアが一歩前に出る。男の前にしゃがみ込み、静かに手をかざす。光は淡い。目を焼くような輝きはない。だが、“流れている”。何かが、確実に。ただ癒やしているだけではない。何かを引き出し、何かを補っている。そんな感覚があった。


 男の呼吸が整い、顔色が戻る。助かった。それは間違いない。だが同時に、ミアの指先がわずかに震えた。ほんの一瞬。誰にも気づかれない程度に。そして、すぐに消える。


「……終わりです」


 何事もなかったかのように立ち上がる。金が手渡される。ミアはそれを、無造作に受け取った。それだけだ。


 ——その場では。


 その日の夕方、俺たちはミアが助けた男について、こんな話を聞くことになる。


「あの人、何者だったんだ? 朝っぱらから毒を盛られるなんてよ。そんでもって、治療にあんな大金払わされてなあ……」


 男は言いながら、ちらりとこちら——正確にはミアの方へ視線を向けた。露骨ではないが、隠しきれていない。軽蔑と、わずかな嫌悪が混じった目だった。


 別の男が言った。


「知らねえのかよ。あの人、王都の財務に関わってる役人だぞ」


「は?」


 思わず声が出る。


「しかもただの役人じゃねえ。不正調査やってる連中の一人だ」


 嫌な予感が形になる。


「最近、王都周辺で不正流通の話が出てただろ」


「……ああ」


 聞いた覚えはある。正規の流通を通さずに物資を横流しして、裏で金を回している連中がいる——そんな話だ。規模が大きいとかで、酒場でも少し話題になっていた。


 点と点が繋がる。もし、あそこで死んでいたら、調査は止まる。そして不正はそのまま残る。


「ただな」


 男が少し声を落とす。


「証拠が足りなくて、なかなか踏み込めなかったらしい」


 なるほど、と思う。噂はあっても、動くには理由がいる。


「でな」


 男が続ける。


「あの人、今回の件で毒盛られただろ」


「……ああ」


「あれが決定打になった」


 少しだけ間が空く。


「国の役人に手ぇ出してきたってことで、強制的に踏み込む理由ができたんだと」


 腑に落ちる。本来なら、時間をかけて証拠を積むはずだった。だが、向こうが先に手を出した。なら、もう待つ必要はない。


「で、結果がこれだ」


 指で机を軽く叩く。


「押収、関係者拘束、全部まとめて終わり。表に出てた商会だけじゃねえ。その裏で繋がってた連中までまとめてだ」


 周りから小さく息が漏れる。


「で、押さえた金も相当な額だったらしい」


「……」


「その一部が、調査側に回ったって話だ。国からの特別ボーナスみたいなもんだな」


 視線が一瞬、こちらに向く。ミアは気にした様子もなく、水を飲んでいる。


 ……なんだよ、それ。


 小さく呟く。


 ミアは、ただ金を取っただけだ。いつも通り、容赦なく。


 それだけのはずなのに。


 結果だけ見れば、あの場で男の命を繋いだことで、調査は続き、踏み込む理由が生まれ、裏で回っていた金と組織ごと潰れたことになる。


 そして、その過程で押収された金が、結果的に元の流れに戻る。


 ——まただ。


 頭の奥に、あの軽い声がよぎる。


 “因果をいい感じに調整する力をあげといたよ”


 自動発動。回数制限あり。自分の意思とは関係なく、勝手に発動する。今のこれが、それじゃないと断言できる理由がない。


 むしろ——それ以外に説明がつかない。


 どこで使われたのかも分からない。何をきっかけに発動したのかも分からない。ただ、結果だけが整っている。


 そしてそのたびに、回数が一つ減っているはずだ。使いどころも選べないまま、勝手に消費されていく。


 ——ふざけている。


「……最悪だ」


 結果が良ければそれでいい、なんて話じゃない。何も分からないまま、何かが削られていく。


 その感覚が、一番気に入らない。

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