第4話 まともじゃない編成
空の色はすでに夕暮れへと傾きはじめていた。西の空に沈みかけた陽が、石造りの建物の壁を赤く染め、往来を行く人々の影を長く引きのばしている。昼間の喧騒はまだ完全には消えていないが、それでも街の空気は少しずつ夜の時間へと移り変わりつつあった。
俺とガルドは、その色の変わり目みたいな道を、無言のまま歩いていた。正確には、ガルドは特に何も考えていない顔で歩いていて、俺だけが考え込んでいた。森での一件が、頭に引っかかっていたからだ。
「街道封鎖、物資の強奪、複数都市への攪乱…… 放っておけば国が大混乱を起こす規模だ」
正直、そこまでの話になると実感がない。この国は平和だと思っていた。少なくとも、自分の見える範囲ではそうだった。その裏で、ああいう連中が組織立って動いていたなんて、思いもしなかった。
……いや。まさか、これすら“そういうことだった”なんて話じゃないだろうな。最初からそうだったことにされている、みたいな。——さすがに、それはないか。そこまで考え始めたら、ただの考えすぎだ。……ほんと、嫌になる。
「何ぶつぶつ言ってんだ」
ガルドが横で言う。
「なんでもない」
そう答えて、思考を切る。
さて、今の俺たちはようやく仕事から解放された身であり、本来なら少しは肩の力を抜いてもいいはずだ。だが、そんな気分にはなれなかった。というより、これから向かう先に、別の意味で面倒な連中が待っている時点で、気を抜けるわけがない。
酒場だ。いつもの場所。俺たちが仕事のあとに合流することが多い、王都の中心から少し外れた場所にある、いかにもという店構え。木の扉を押し開けると、すぐにぬるい熱気と酒の匂いが流れ込んでくる。笑い声と怒鳴り声が混ざったみたいなざわめき。慣れた空気だ。安心はしないが、見慣れてはいる。
そして、その空気の中に混ざって、あいつらがいた。
「遅いですよ、レイ」
最初に声をかけてきたのは、ミアだった。席に着いたまま、こちらを見上げる。相変わらず整った顔立ちに、柔らかな物腰。外から見れば、どこか育ちの良い、上品な治癒師にも見える。見えるだけだ。
「時間は有限です。待つ側のことも考えてください」
「待ってた割には、元気そうだな」
「待っているだけなら疲れませんから」
即答だった。その通りではある。そういうところだけは妙に筋が通っているのが腹立たしい。
ミアは僧侶だ。しかも、ただの僧侶じゃない。回復に関してだけ言えば、俺がこれまで見てきたどの治癒師よりも上だ。正直なところ、この女の回復能力だけは、異常という言葉でしか説明がつかない。
通常の回復魔法は、傷を“消す”ものじゃない。治りを早めるものだ。切り傷なら塞がるまでの時間を縮め、骨折なら癒合を促進する。だから当然、痕は残るし、深手であればあるほど限界もある。
だが、ミアのそれは違う。傷が消える。痕すら残らない。まるで最初から何もなかったかのように。
ただし、その力を使った瞬間に話は変わる。
「今日は治してませんから、今のところ請求はありません」
「助かる」
「ええ、私も無駄な労力は使いたくありませんので」
水を飲む仕草まで無駄がない。
この女のやっていることは単純だ。回復を売っている。それも、容赦のない値段で。それでも、自分が何もしていない時には一切請求しない。その一点だけは、妙に筋が通っている。
——本当に、それだけか。
一瞬そう思うが、考えても意味がないと分かっている。
その隣で、小柄な老人がゆっくりとこちらを見上げる。黒いフードの奥、鳥の顔のようなマスクの長い嘴。隙間から長い白髪が流れ落ちている。マスクのせいで顔はわからない。声から察するに男だと思う。
「……天機応変因果巡礼」
何を言っているのかは、よく分からない。ただ、不思議と雰囲気だけは伝わる。今のはたぶん、「よく戻ったな」みたいな意味だ。
「おう」
適当に返すと、爺は頷いた。
「レイ、爺さんが何言ってるか、なんでわかるんだ?」
ガルドが不思議そうに聞いてくる。爺が何を言っているかわかるわけではない。ただ雰囲気でなんとなく返しているだけだ。
俺は、このパーティーがどうやってできたのかを知らない。“あいつ”との対話が終わった瞬間、気づいたときには酒場にいて、こいつらがそこにいた。全員が当たり前みたいな顔をしていて、俺だけが状況についていけていなかった。
この爺も、その中にいた。
ミアの話では、こいつはミアの後に加わったらしい。理由は単純で、金の問題だ。ミアの回復は文句のつけようがないが、その分だけ金がかかる。パーティーの財布が持たない。それを補うために、俺がどこからか連れてきた——。ミアはその時のことを、不満げに話していた。
正直、その辺りの記憶はない。ただ、言われてみれば筋は通っている。純粋な回復ではミアに劣るが、補助や解呪、細かい対応は異様に幅広い。万能型というやつだ。しかも金を取らない。
「……正直、私は今でも別に要らないと思っていますけど」
ミアが言う。
「回復役が二人いるのは非効率です」
「お前が言うな」
「私は合理的です」
その基準がズレているんだが。
「この人は便利ですけど」
ミアが爺を見る。
「便利止まりなんですよね」
「辛辣だな」
「事実です」
「……有象無象森羅万象」
たぶん、「好きに言わせておけ」だ。
その向こう側で、空気が妙に甘くなる。
「おかえり、レイ」
リリアだった。距離が近い。妙に近い。長い髪を流しながら自然に寄ってくる。胸元は無駄に開いているし、座り方も周囲の視線を意識しているとしか思えない。
「疲れてるでしょ?」
さらに距離が詰まる。近い。普通に近い。やめろ、と心の中で思う。
リリアは魔法使いとしては異常なレベルだ。戦力としては文句がない。だがそれ以外がひどい。性にだらしないというか、必要以上に俺を誘惑しようとする。本人がどこまで本気なのか、それもよく分からない。
その奥で、荷物が揺れる。
「あ、お、おかえり……」
男の持った袋が落ちる。いつも通りだ。
こいつは今日も安定して不安定だった。ぶつかる、落とす、遅れる。それでも最終的には運ぶ。それだけはできる。だから一応成立している。一応。
こいつに関しては、本当に分からない。どうしてここにいるのか、何のためにいるのか、まるで見えてこない。あの神様気取りの嫌がらせとしか思えない。あいつなら、こういう中途半端に腹立つやつを混ぜるくらい平気でやりそうだ。
ため息が漏れる。
戦士、僧侶、僧侶、魔法使い、荷物持ち。
並べるだけで頭が痛くなる構成だ。僧侶二人ってなんだ。まともじゃない。まともなやつがいない。それを俺が決めたことになっているのも腹立たしい。それが一番、気に入らない。
「……最悪だ」
呟きは、酒場のざわめきに溶けて消えた。




