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歪んだ因果の勇者譚 ~世界を救えと言われたが、勝手に選ばれた仲間が問題児だらけで、しかも一人でも追放すると俺が爆散する~  作者: たま8


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第41話 光と闇の魔法

 王から呼び出しがあったのは、魔獣という言葉が報告書に載ってから数日後のことだった。


 呼ばれたのは、俺とリリア、ヒナ、シャドウの四人だけだった。その時点で、嫌な予感はしていた。全員ではなく、この四人だけ。戦闘の報告でも、治療の確認でも、勇者パーティー全体への依頼でもない。魔法か、転移者か、あるいはその両方に関わる話なのだろう。


 王城に着くと、すぐに王のもとへ通された。


 王は机の向こうで待っていた。机の上には二冊の古い書物が置かれている。一冊は古びてはいるが、表紙に淡い白の装飾が施されたもの。もう一冊は、明らかに雰囲気が違った。黒ずんだ革の表紙に、銀とも鉛ともつかない金具が打たれており、表面には読めない文字がうねるように刻まれている。見ただけで、あまり触りたくないと思った。


 王は俺たちを見ると、少しだけ気まずそうに片手を上げた。


「やあ、レイ君。急に呼んで悪いね」


「慣れました」


「それはよかった」


「よくはないです」


 王は軽く笑ったあと、珍しく、少しばつが悪そうに視線を逸らした。


「えーっと……怒らない?」


「内容によります」


「だよねえ」


「なんなんですか。早く言ってください」


 俺が言うと、王は困ったように笑った。


「この間、ヒナ君の光魔法の話をしただろう。ケルベロスを倒した、派手な光」


「はい」


 ヒナが少し緊張した声で答える。


「あれ、最初は君たち転移者由来の、特別な魔法だと思っていたんだ。規模も形も、俺が知っているものとは違いすぎたからね」


「王様が知っているもの?」


「王家に伝わる古い術がある」


 王はそう言って、右手の指先を軽く上げた。


「実戦用ではなく、王家の証に近いものだ。儀式用のね。門外不出で、小さな光を灯す程度のものだけど」


 王の指先に、白い光が灯った。火ではない。雷でもない。水の反射でも、風の揺らぎでもない。


 小さい。ヒナがケルベロスを消した光の柱とは比べものにならない。王の指先に集まった光は、せいぜい小さな灯火ほどの大きさだった。それでも、そこにあるものがただの明かりではないことは分かった。白く、澄んでいる。この間、森の奥で見た光と、どこか似ていた。


「……これ、同じ系統かもしれない」


 王は、少しだけ気まずそうに言った。


 俺はしばらく言葉を失った。


「それを先に言ってくださいよ!」


「だから、最初は結びつかなかったんだって」


「結びつかなかったで済む内容ですか!」


「済まないから、こうして呼んだんだよ」


「先に怒らないか聞いた理由が分かりましたよ」


「怒ってる?」


「まあまあ怒ってます」


「まあまあで済んで助かった」


 王は悪びれずに光を消した。ヒナはまだ固まっている。シャドウも口を半開きにしていた。リリアだけは、驚きながらも王の指先をじっと見ていた。


「リリア?」


「……似てる」


 リリアが小さく呟いた。


「ヒナちゃんの光と同じではないです。でも、まったく別でもない。ヒナちゃんの光は、たぶんヒナちゃんの中にある“光魔法はこういうもの”っていう形が、そのまま出てる。あたしの知ってる魔法とは作りが違って見えたんです」


「じゃあ、これは?」


 王が尋ねる。


「これは……小さいけど、この世界の魔法として形があります」


 リリアは王の指先が光を灯した場所ではなく、机の上に置かれた白い装飾の書物へ目を向けた。


「それ、なんですか」


「光の書だよ」


 王は短く答え、続けた。


「王家に伝わる古い書だ。光魔法の使い方が書かれている。ただし、全部が継承されてきたわけじゃない。内容が難しすぎてね。今の王家に伝わっているのは、王家の証や儀式に使う基本部分だけだ」


「見てもいいですか」


 リリアが聞いた。


「そのために呼んだ」


「門外不出じゃないんですか?」


「そうだよ」


「いいんですか」


「よくはないね」


 王はあっさり言った。


「だが、ケルベロスなんてものが森に出た以上、門外不出だから出せません、というわけにはいかないでしょ」


 その言い方には、軽さがなかった。リリアも、それを聞いて真面目な顔になる。


「分かりました。見ます」


 リリアは慎重に光の書へ手を伸ばし、数枚だけページをめくった。古い文字と、見慣れない術式が並んでいる。俺には線と記号の塊にしか見えなかったが、リリアの目つきが変わったことだけは分かった。


「……読めるのか?」


「全部は無理。今すぐには」


 リリアはページから目を離さずに答えた。


「でも、最初の方は分かる。光の出し方、留め方、向け方。基本はちゃんと書いてある」


「それだけで使えるのか?」


「すぐ完璧には無理。でも、何をすればいいかは分かった」


 リリアにとってそれは、まったく知らないものを一から覚えるというより、すでに持っている技術に新しい入口を見つけたようなものらしかった。


「ヒナちゃんの光をそのまま真似するわけじゃないよ。あれはヒナちゃんの魔法。でも、この書にあるのは、この世界の光魔法の使い方。基本が分かれば、あとは今まで覚えたことを使えると思う」


 リリアは少しだけ笑った。怖がっていないわけではない。だが、未知の魔法体系を前にしたリリアは、やはり魔法使いなのだと思う。


「それと、闇の方だけどね」


 王は、机の上のもう一冊の書物へ視線を向ける。黒ずんだ革の表紙。光を吸うような色。縁の金具も、刻まれた文字も、何もかもが明らかに邪悪だった。


「光の書にも、対になる術として記載はある。ただ、実際の扱い方はこの闇の書にまとめられて、禁書庫に移されていた。昔は闇も王家の術だったらしいんだけど、ほら、闇魔法って印象が悪いだろう?」


 シャドウの肩が、わずかに揺れた。


「印象、悪いんすか」


「悪いだろう。黒い穴、光を返さない空間、触れたら戻ってこなさそうな気配。王家の祝福や継承を示すには、どうにも縁起が悪い」


「でも、そこがいいんじゃないっすか……」


 シャドウは小さく言った。


「この世界には、闇のかっこよさが分かる人はいないんすか……」


「いなかったから禁書庫に送られたんだろうね」


「つらいっす」


「まあ……闇は男の浪漫ですから……」


 シャドウは自分でそう付け足したが、声には少しだけ傷が混じっていた。


「そういう浪漫が、代々の王家には少し持て余されたんだろうね。結果として、光魔法だけが儀礼として残り、闇魔法は禁書庫行きになった」


「それを、王様が読んだんですか」


「基本のところだけね」


「少し読んで、どうにかなるものなんですか」


「試してみようか」


「え」


 王は左手の指先を上げた。


 その指先の前で、空気が小さく歪んだ。黒い点が生まれる。火ではない。煙でもない。そこだけ光が抜け落ちたような、小さな穴だった。穴の奥は見えない。部屋の明かりを受けても、何も返さない。ただ、そこにあるはずの空間だけが、ぽつりと黒く抜けている。


 シャドウの顔が変わった。


「……それ」


「君の黒い穴ほど大きくはない。何かを呑み込めるわけでもない。今はせいぜい、空間に針で穴を開けるような真似ができるだけだ」


 王は指を下ろした。黒い点は、何事もなかったように消える。


「だが、性質としては近いように見える」


「王様」


 俺は、思わず声を低くした。


「本当に何者なんですか」


「王だよ」


「それはさっき聞きました」


「闇の書に書かれていた基本を試しただけだよ。いかにも危なそうだったから、長いこと誰も真面目に使おうとはしなかったらしいけどね」


「基本だけ読んで、空間に穴を開けられるものなんですか」


「頑張った」


「頑張ったで済ませないでください」


 王は軽く笑った。その笑い方に、俺はふと嫌なものを思い出した。人を困らせるような言い方。肝心なところをはぐらかす態度。こちらが真面目に考えているほど、どこか楽しそうに見える顔。


 似ている。


 “あれ”に。


 もちろん、王が“あれ”と同じものだと思ったわけではない。王は人間だ。たぶん。少なくとも、そうであってほしい。


「……王様」


「何かな」


「人間ですよね?」


 部屋の空気が止まった。


 リリアが目を丸くし、ヒナとシャドウは何を言っているのか分からないという顔で俺を見る。王は一拍置いてから、ひどく心外そうに肩をすくめた。


「失敬だな。曲がりなりにも王に向かって、人間かどうかを疑うのかい」


「いや、そういう意味では」


「そういう意味以外に、どういう意味があるんだ」


「……すみません」


「まあ、俺も失礼なことは言う方だから、強くは責めづらいんだけどね」


「そこは自覚あるんですね」


「あるとも」


 王はさらりと言った。


 そこも少し似ていたので、俺は黙っておいた。


「つまり」


 リリアがゆっくりと言った。


「光も闇も、失われた魔法ではなかった、ということですね」


「少なくとも、完全にはね」


 王は頷く。


「大昔にはあった、と言われているだけだと思っていました」


 リリアは、机の上の二冊の書物を見る。


「まさか、今も残っているとは思いませんでした」


「シャドウ君たちの力が、この世界に埋もれていたものを強引に引きずり出しているのか。それとも、元いた世界の物語に合わせて、こちらの古い要素が使われているのか」


 王は静かに言った。


「そこまでは分からない」


 分からない。


 その言葉は、少しだけ優しく聞こえた。だが、状況は何も軽くなっていない。


 光も闇も、この世界に痕跡があった。なら、ケルベロスもそうなのか。三つ首の犬という形も、どこかにあった何かを引きずり出したのか。それとも、転移者たちの言葉に合わせて、この世界がそれらしい形を取らされたのか。


 考えても、答えは出ない。


「ただ、ひとつ言えるのは」


 王は続けた。


「対策の足場はある、ということだ」


 その時だった。


 部屋の扉が叩かれた。


 王が目を向ける。控えていた側近が扉を開けると、兵士が一人、息を切らして入ってきた。緊急の報告だと、その顔を見ただけで分かった。


「南方より急報です」


 南方。


 俺の胃が沈んだ。


「南の大森林か」


 王の声が低くなる。


「いえ。大森林からやや西へ外れた村です。森の端から離れてはいますが、同じ南方域です」


 兵士は報告書を差し出した。王がそれを受け取り、目を通す。表情は変わらない。だが、指先が一瞬だけ止まった。


「三つ首の犬のような魔獣を確認」


 王が読み上げる。


 部屋の空気が固まった。


「さらに、牛の頭を持つ人型の魔獣らしきものを目撃。斧のようなものを持ち、柵を破壊。家畜小屋と倉庫に被害。死者は確認中。負傷者多数」


 シャドウの顔から血の気が引いた。


 ヒナが口元を押さえる。リリアの表情も硬くなる。俺は、兵士が持ってきた紙を見ながら、心のどこかで、もう答えが出てしまったような気がしていた。


「牛の頭を持つ人型……」


 俺は言った。


 声が、自分のものではないように聞こえる。


 シャドウが小さく口を開いた。


「……ミノタウロス」


 その名にも、聞き覚えがあった。


 北の友好国の宴席。ケルベロスの名が出た時、シャドウたちは他にもいくつもの名を並べていた。その中に、たしかあった。牛の頭を持つ人型の怪物。迷宮だとか斧だとか、そんな話もしていた気がする。


 ひとつなら、偶然と言えたかもしれない。


 無理をすれば、だが。


 三つ首の犬が一匹だけ現れたなら、この世界にもそういう魔物がどこかにいたのだと、強引に納得することもできたかもしれない。だが、二度目のケルベロス。そして、ミノタウロス。どちらも、転移者たちが口にしていた名だった。


「……行くしかないね」


 王は静かに言った。


「レイ君。君たちをまた使うことになる」


「分かっています」


 俺は答えた。


 分かりたくはなかった。だが、分かっていた。


 俺たちはすぐに城を出た。


 今度は四人だけではない。ガルド、ミア、爺、リリア、ラッキィ、シンゴ、ヒナ、サチコも呼び集め、南西の村へ向かう。前回のように、森の奥へ入るのではない。村が襲われている。被害は、すでに人の生活圏に入り込んでいた。


 移動中、シャドウはほとんど喋らなかった。シンゴも報告を聞いた時、顔をしかめただけだった。いつもなら「牛の頭のやつか」くらいは言いそうなものだが、今回は何も言わなかった。


 ヒナはサチコの隣にいる。


 サチコは青い顔をしていた。ケルベロスの時よりも、さらに悪い。自分たちが話したことと関係があるのではないか。その疑念が、今度こそ形を持って目の前に現れようとしている。


 村に着く頃には、日が傾き始めていた。


 遠くからでも、煙が上がっているのが見えた。家畜小屋の一部が壊れ、柵は内側からではなく外側から潰されたように折れている。村人たちは避難していたが、泣き声と怒号が入り混じり、どこかで子どもが母親を呼んでいた。


 その向こうで、低い唸り声がした。


 ケルベロスがいた。


 三つ首の犬。喉の奥に黒い火を宿した、あの魔獣。ただ、最初に森で見た時ほどの圧力は感じなかった。体も少し小さい。危険であることに変わりはないが、あの時のように、こちらの呼吸ごと押さえつけてくるような重さはなかった。


 そして、そのさらに奥。牛の頭を持つ人型が立っていた。


 ガルドよりは大きい。厚い胸と太い腕。手には、粗末だが巨大な斧のようなものを持っている。だが、こちらも報告を聞いた時に想像したほどの圧はなかった。


 ただの魔物ではない。獣ではない。人間でもない。知性があると言うほどではないかもしれない。だが、武器を持っている。こちらを見て、間合いを測るような動きをしている。


「……マジかよ」


 シンゴが呟いた。


 シャドウは何も言わなかった。


「来るぞ!」


 ガルドが前に出る。


 ケルベロスの三つの口が開く。ミノタウロスが斧を持ち上げる。村人たちが悲鳴を上げ、遠巻きに下がっていく。その中で、リリアが一歩前に出た。


「ちょっと試していい?」


「今!?」


 思わず叫んだ。


 リリアは、こちらを見ずに指先を上げる。


「今じゃないと、試せないでしょ」


「そういう問題か?」


「大丈夫。たぶん」


「たぶんで村の命運を背負うな!」


 俺の抗議は、たぶん届いていなかった。


 リリアの周囲に、白い光が集まり始める。


 ヒナの光とは違った。ヒナの光は、本人の内側から溢れ出すようだった。願いというか、理想というか、本人が思い描く光魔法の形が、そのまま現実へ出てきたような派手さがあった。


 だが、リリアの光は違う。


 線が細い。小さい。けれど、無駄がない。指先から伸びた白い線が、空中で一度だけ折れ、地面へ落ちる。そこから必要な線だけが走り、必要な点だけを結んでいく。


 まず、ケルベロスの足元に白い術式が浮かんだ。


 ヒナの光柱ほど派手ではない。だが、見ていて嫌なほど正確だった。


「リリアさん……」


 ヒナが呟く。


「たぶん、こういうことだよね」


 リリアが言った。


 次の瞬間、光が立ち上がった。


 柱というほど太くはない。だが、鋭い。地面から走った光が、ケルベロスの黒い火を裂いた。ケルベロスの三つの首が同時に仰け反る。黒い炎が喉の奥で乱れ、光に触れた部分から煙のように薄れていった。


 攻撃というより、闇を照らして払っているように見えた。


 ケルベロスの体が大きく崩れる。黒い毛も、牙も、三つの首も、光に照らされたところから形を失っていく。


 リリアはそのまま、ミノタウロスへ光を向けた。


 白い線が地面を走り、ミノタウロスの足元に触れる。ミノタウロスは一瞬だけ動きを止めた。眩しそうに顔を背け、斧を持つ腕がわずかに鈍る。


 だが、それだけだった。


 傷はない。体が崩れることもない。ケルベロスのように薄れていくこともなかった。


「……あれ?」


 リリアが、珍しく間の抜けた声を出した。


「効いてないのか?」


「怯みはした。でも、傷はない。たぶん、この光は闇を払うのには向いてる。でも、光そのもので相手を壊すには、まだ応用がいる」


「つまり?」


「こっちは普通に切る」


 リリアが手を振った。


 今度は白ではない。空気が鳴り、風が刃の形を取る。


 ミノタウロスが斧を振り下ろそうとした瞬間、その首筋を風の刃が横から抜けた。牛の頭が宙に浮く。巨体が、少し遅れて膝をついた。暗い赤の血が飛び、地面に落ちる。やがてその血も、体も、少しずつ薄れていった。ケルベロスほど完全に煙のようではないが、そこにあったはずの質量が、地面に沈むように失われていく。


 後に残ったのは、壊れた柵と、荒れた地面と、村人たちの怯えた視線だけだった。


 誰も動かなかった。


 ガルドでさえ、剣を構えたまま少しだけ黙っていた。シンゴは拳を握った姿勢で固まり、シャドウは口を開けている。ヒナはリリアを見ていた。サチコは、何が起きたのか理解できないような顔をしている。


 リリアだけが、自分の指先を見ていた。


「……できた」


「今、初めて使ったんだよな?」


 俺が聞くと、リリアは少し考えてから頷いた。


「うん」


「うん、じゃない」


「でも、光の出し方と向け方は分かったから」


「それだけでこれか」


「闇を払うだけなら、思ったより通るみたい。でも、ヒナちゃんみたいに光そのものを攻撃として叩き込むなら、もっと応用がいるかも。やっぱり最後まで読まなきゃかな」


「今ので不満なのか」


「ミノタウロスには効かなかったでしょ」


 それはそうだが、風の刃で首を飛ばしておいて言うことではないと思う。


 シャドウが、消えかけたケルベロスの跡を見て、小さく言った。


「闇には光、ってことっすかね」


「決めつけるな」


 リリアがすぐに返す。


「少なくとも、ケルベロスの黒い火には光が通った。でも、他の魔獣にどう効くかは分からない」


「じゃあ、光っぽいやつには闇が効くんすかね」


 シャドウの声には、少しだけ期待が混じっていた。


「知らない。今は決めつけない方がいい」


「でも、ありそうじゃないっすか」


「ありそうだから怖いんだよ」


 俺が言うと、シャドウは黙った。


 俺たちは勝った。前回より、ずっと早く。


 それでも、それは喜ぶべきことではなかった。


 大森林のケルベロスと同じようなものがまた出てきてしまった。しかも今度は、ミノタウロスまで現れた。


 シャドウが、消えかけたミノタウロスの跡を見ていた。


「……俺たち、言いましたよね」


 誰も答えない。


「ケルベロスも。ミノタウロスも」


 シンゴが唇を噛む。


「偶然……じゃねえのかよ」


 その声には、力がなかった。


 ヒナはサチコの隣に立っている。サチコは何も言わない。ただ、目の前の壊れた村を見ていた。


 俺も、もう言えなかった。


 偶然だとは。


 ひとつなら、まだ言えたかもしれない。だが、三つ首の犬が現れ、また現れ、その隣に牛頭の人型が立った。どちらも、転移者たちが口にしていた名だった。


 もう、偶然という言葉の方が不自然だった。


 魔獣が発生しているのではない。


 転移者たちの物語が、この世界に形を持ち始めている。


 そのことを、この場にいる誰もが分かってしまった。言葉にした者はいなかった。


 だが、沈黙が答えだった。

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