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歪んだ因果の勇者譚 ~世界を救えと言われたが、勝手に選ばれた仲間が問題児だらけで、しかも一人でも追放すると俺が爆散する~  作者: たま8


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第42話 伝説の金属、その名は

 王城の会議室に入った瞬間、俺は自分の場違いさを思い知った。


 広い部屋だった。玉座の間ほど華美ではないが、壁には古い地図や家紋の入った旗がかけられ、長い卓の上にはいくつもの書類と封蝋の付いた報告書が積まれている。窓は高く、外の光は差し込んでいるのに、室内にはどこか重い空気が沈んでいた。


 ここで、この国の色々なことが決められるのだろう。


 人をどこへ動かすか。金をどこへ回すか。どの町を守り、どの危険を先に潰すか。そういう、俺が普段できるだけ遠ざかっていたい種類の話が、この部屋の中では当たり前のように扱われている。


 そして今、その部屋に俺たちは呼ばれていた。


 俺、ガルド、ミア、爺、リリア、ラッキィ。そこにシャドウ、シンゴ、ヒナ、サチコの転移者四人。さらに俺の隣には、小国の執政が座っている。


「あ、執政さん。お久しぶりっす」


 シャドウが軽く頭を下げた。


「その節はどうも」


 シンゴも片手を上げかけ、途中で少しだけ礼らしい形に直した。ヒナはきちんと会釈し、サチコも小さく頭を下げる。


 執政は穏やかに目を細めた。


「皆様も、ご無事で何よりです」


 声は落ち着いている。だが、本来はそんな軽く声をかけていい相手ではない。俺の隣に座っているこの人は、ついこの間まで小国の中枢を握っていた人物だ。今は俺の補佐という形に収まっているが、実際にあの国を動かしているのはほとんど執政である。


 もっとも、この会議室にいる人間は、だいたい全員そんな相手だった。


 重々しい衣をまとった老臣。鎧姿ではないが、明らかに軍を動かす側の顔をした男。書類を抱えた官僚らしい者。貴族だか役人だか、俺には区別もつかないが、とにかく偉いことだけは分かる人間たち。


 そして、困ったことに、今の俺もその一人として数えられている。


 小国国主。筆頭勇者。


 どちらも、俺の中身に対してあまりにも大きすぎる肩書きだった。


 長卓の奥に王が座っていた。


 今日の王は、いつもの軽い笑みを浮かべていない。背筋を伸ばし、卓についた者たちを静かに見渡している。その視線だけで、部屋の中の言葉が勝手に整えられていくようだった。


 個人的に話す時の王とは違う。


 そこにいたのは、まぎれもなく王だった。この国の意思を背負い、その一言で人も金も軍も動かす側の人間だった。


「揃ったな」


 王の声が落ちる。


 それだけで、会議室の空気がさらに固くなった。


「此度集まってもらったのは、南方に現れた魔獣についてである。すでに報告は回っているはずだが、改めて確認する。三つ首の犬に似た獣。牛頭の人型。いずれも従来の魔物とは明らかに異なる」


 書記らしき者が、卓の端で筆を取った。


「魔獣という名称は仮のものだ。だが、名が仮であろうと被害は現実に出ている。最初の出現では死者も出た。二度目も、村の施設と家畜に大きな被害が確認されている。今後、同様の存在が各地に現れれば、一勇者、一部隊の働きで済む話ではない」


 王の視線が、俺たちの方へ向いた。


「レイたちの働きは大きい。転移者諸君の力も有効である。だが、彼らだけで国の全域を守ることはできぬ」


 それは、その通りだった。


 魔獣が一箇所に現れたなら、俺たちが行けばいい。二箇所でも、十人で何とかなるかもしれない。だが、さらにもっと多くの場所で同時に現れたとしたら。


 どれほど急いでも、間に合わない場所が出る。


 俺たちが向かっている間に、誰かが死ぬ。


 それを想像すると、腹の奥が重くなった。


「まず、各地の兵と勇者資格者を再配置する。通常魔物の討伐任務をすべて止めることはできぬが、魔獣と思しき報告を優先する体制を作る。退役兵、狩人、傭兵、民間の腕利きにも協力を募る。報告網も見直す。村単位で情報が止まれば、対処は遅れる」


 王は淡々と続けた。


「魔獣と通常魔物を見分ける基準も必要だ。火を吐く、黒い霧をまとっている、人語を理解する気配がある、魔力に似た反応を示す。そうした特徴はすべて記録させる。死骸、爪、牙、血液、焼け跡、残留物。持ち帰れるものは持ち帰り、持ち帰れぬものは絵と文で残す」


 会議室の者たちが頷く。


 俺は半分ほどしか理解できていなかったが、国が本当に動き始めているのだけは分かった。


 魔獣は、もう俺たちだけの問題ではなくなっている。


 その時、卓の反対側に座っていた男が、静かに手を上げた。


「恐れながら、よろしいでしょうか」


 王が視線を向ける。


「申せ」


「魔獣への対処方針については異存ございません。しかし、その前提として確認すべきことがあるかと存じます」


 男の声は丁寧だった。丁寧すぎるほどだった。


 嫌な予感がした。


「今回の件、魔獣の発生に、転移者殿らの言葉が関わっている可能性があるとのこと。であれば、彼らを対策の中心に据えること自体、危ういのではありませんか」


 部屋の空気がわずかに揺れた。


 シャドウの肩が強張る。ヒナは唇を引き結び、シンゴは不快そうに眉を寄せた。サチコは椅子の上で小さくなっている。膝の上で握った手だけが白くなり、今にも謝り出しそうで、けれど何に謝ればいいのか分からない顔だった。


 男は続けた。


「無論、彼らを責める意図はございません。彼ら自身も巻き込まれた側であることは承知しております。しかし、願ったつもりのない言葉が形を持つのであれば、まずは彼らの行動と発言を厳しく制限するべきでは」


 それは、正論に聞こえた。


 だからこそ、厄介だった。


 男の視線が、次に俺へ向く。


「加えて、筆頭勇者殿にもお尋ねしたい」


 筆頭勇者殿。


 丁寧な言葉なのに、そこには明らかな棘があった。


「筆頭勇者殿は、かつて王国を離れ、当時の敵国へ身を寄せようとされた身でございます。現在は小国国主として王国に連なる立場とはいえ、国家の中枢に関わる魔獣対策を、そのまま委ねてよいものか」


 胸の奥が冷たくなる。


 反論はできなかった。


 言い方には棘がある。だが、事実ではある。俺はあの時、この国から逃げようとした。ガルドが貴族を殺し、俺たちは追われる身になり、どうしようもなくなって、敵国だった小国へ身を寄せようとした。


 あの時の俺に、他の選択肢が見えていたかと聞かれれば、今でも分からない。


 でも、それが王国から見てどう見えるかくらいは分かる。


「レイさん、そんなことしたんすか」


 シャドウが小声で言った。責める響きではない。ただ、知らなかったことに驚いているだけだ。


「……やむにやまれぬ事情ってやつだ」


 俺はそれだけ返した。


 あまり思い出したくなかった。


 男はさらに、俺の隣へ視線をずらした。


「しかも、その小国で実務を握っていたのが、そこにおられる執政殿です。かつて我が国に対し、間者を用い、内側から揺さぶりをかけていた人物を、この場に同席させてよろしいのでしょうか」


 執政は表情を変えなかった。


 背筋も伸びている。視線も落としていない。けれど、机の上に置かれた指先だけが、わずかに固まっていた。


 平気ではない。


 俺も平気ではなかったので、それだけは分かった。


 卓のあちこちで、小さな同意の気配が生まれる。声に出す者はいない。だが、今の発言を完全に否定する空気でもなかった。


「そこまでだ」


 王の声が、会議室を沈めた。


 誰も動かなかった。


「疑義を呈することは許す。むしろ、それができぬ者に政は任せられぬ。転移者諸君の言葉が魔獣の発生に関わっている可能性があることも、筆頭勇者レイがかつて当時の敵国へ身を寄せようとしたことも、そこにいる執政が我が国に仇なしていたことも、事実である」


 王はそこで一度言葉を切った。


「そのうえで、余がこの場に呼んだ」


 発言した男が、わずかに目を伏せる。


「彼らを無条件に信じよとは言わぬ。だが、使えるものを使わず、知る者を遠ざけ、ただ潔癖で国を守れると思うな。今必要なのは、過去を裁くことではない。魔獣を止めることだ。民を死なせぬことだ」


 王の視線が、男を射た。


「なお同じ趣旨の発言を重ねるなら、代案を持ってこい。彼らを外し、なお魔獣に対処できる策を示せ。示せぬなら、以後は国難に乗じた妨害と見る」


 重い沈黙が落ちた。


 この国で、王の言葉は重い。


 それは権力があるからというだけではない。たぶん、この人が王として間違えないと、少なくとも多くの者がそう信じているからだ。実際、俺も今の言葉に逆らえる気がしなかった。


 王は本当に王なのだと、今さらのように思った。


 そこで俺は、ようやく気づいた。


 王は、俺と執政をただ必要だから呼んだわけではない。


 一度この国の外へ逃げようとした人間と、それを受け入れようとした人間。その二人を同じ場に置き、同じ疑いを浴びせ、そのうえで守るつもりだったのだ。不信を陰で膨らませるくらいなら、表に出させて、王の言葉で潰す。その方が早い。


 たぶん、それが本筋だ。


 ただし、この人の場合、それだけで終わる気がしなかった。


 俺と執政が並んで気まずそうにしているのを、少し見たかった。


 そんな余計な遊び心が、絶対に混じっている。


 その王が、ほんの一瞬だけこちらを見た。


 片目を閉じた。


 ……今、やったな。


 この空気で、今、確かにやったな。


 俺は思わず顔をしかめそうになったが、ここは会議室で、俺も一応は小国国主兼筆頭勇者である。必死にこらえた。


 隣の執政は、見なかったことにした顔をしていた。


 たぶん見ていた。


 その後の会議は、驚くほど早く進んだ。


 王が場を押さえたことで、誰も余計な横槍を入れなくなったからだ。各地への兵の再配置、勇者資格者への緊急招集、民間協力者の募集、魔獣らしき存在の報告基準、死骸や痕跡の回収、負傷者の搬送体制、避難経路の整備。次々に方針が決まっていく。


 もちろん、すべてがその場で片付くわけではない。


 兵を動かすにも限界がある。村を守るにも人がいる。物理で倒せる魔獣ならまだしも、ケルベロスのような闇をまとう相手に通じる武器は、現状どこにもない。光魔法や闇魔法に関する知識も、まだ王家の古い書物とヒナやシャドウの力に頼っている状態だった。


 それでも、何も決まらないよりはずっといい。


 国が動く。


 その事実だけで、ほんの少しだけ呼吸がしやすくなった。


 会議が終わると、俺たちは別室へ案内された。


 王の執務室だった。玉座の間ほど広くはないが、机の上には書類が積まれ、壁には地図と何本もの印がついた紐が張られている。国を動かす人間の部屋という感じがした。


 扉が閉まり、重役たちの気配が遠ざかる。


 残ったのは王、俺たち、転移者四人、執政、記録係の補佐官が一人。それから武器や素材に詳しいらしい役人が一人だった。


 王は椅子に腰を下ろし、ふっと肩の力を抜いた。


「いやー、重い会議だったね、レイ君」


 砕けた。やっぱりこうなる。


「王様、さっきの、わざとですよね」


「何のことかな」


「俺と執政殿を並べて、あの場に出したことです」


「必要なことだったよ」


「楽しんでもいましたよね」


 王は否定しなかった。


「少しだけね」


「少しじゃないでしょう」


「失礼だな。俺はちゃんと君たちを守ったじゃないか」


 それは、そうだった。


 だから余計に文句が言いづらい。


 執政は静かに息を吐いた。


「陛下のお考えは理解しております。いずれ、どこかで表に出る話でした」


「そういうこと。陰で言わせておくより、表で言わせて潰した方が早い。君も、執政くんも、これから働いてもらう。いつまでも亡命未遂だの敵国の元執政だのと言われて足を引っ張られては困る」


「それは分かりますけど」


「それに、二人ともなかなかいい顔をしていた」


「やっぱり楽しんでるじゃないですか」


 王は悪びれずに笑った。


 この人は本当に厄介だ。


 ただ、その笑みはすぐに薄くなった。


「さて。ここからは、もう少し現実的な話をしようか」


 補佐官が筆を構える。


「魔獣が各地に出るとして、問題は人手だけではない。武器だ。普通の兵に普通の武器を持たせても、魔獣に通じなければ意味がない」


 王が役人へ目を向ける。


「強力な武器としては、大筒武器がある」


 王が言うと、シャドウが少し反応した。


「大筒武器、っすか」


「火薬で弾を飛ばす大型の武器だ。シャドウ君たちの世界にも、似たようなものはあるのかな」


「あります。ただ、俺らの世界だと、小さくて扱いやすいものも多いっす」


「なるほど。ならば、そこは少し違うね。少なくとも、我が国の大筒武器はそうではない」


 王は役人へ視線を向けた。


「大きく、重く、運用には人手が要ります。装填にも時間がかかり、狙いを定めるにも場所を選びます。城壁や大型魔物、動きの鈍い相手には有効ですが、村を襲う魔獣へ即応するには不向きです」


「当たれば効くかもしれない。だが、当てるまでに村が壊れる」


 シャドウは少しだけ残念そうな顔をした。


「じゃあ、銃で全部解決ってわけにはいかないんすね」


「その銃というのは、小型の筒武器のことかな」


「まあ、そんな感じっす」


「ならば、そういうことだね。少なくとも我が国の大筒武器は、魔獣を追って村々を回れるようなものではない」


 王が言う。


「となると、魔獣に通じる武器が必要になる」


 魔獣と一口に言っても、性質は違う。


 各地へ散る兵たちの大半は、魔法を使えない。使えたとしても、火や水や風の基礎魔法がせいぜいで、光魔法を扱える者などいない。物理攻撃が通る魔獣なら、まだ何とかなるかもしれない。


 だが、そこへケルベロスのような闇をまとう魔獣が現れたら。


 普通の剣と槍しか持たない兵には、どうにもならない。


「……武器に、魔法の力を乗せるとかできないんすかね」


 シャドウが、ぼそっと言った。


 全員の視線が向く。


「俺らの世界だと、そういうのよくあるんすよ。炎の剣とか、光の剣とか、闇の剣とか。武器に魔法の力が宿ってるやつっす」


「武器に魔法を宿す、か」


 王は面白そうに目を細めた。


「そうっす。まあ、俺らの世界に実物があるわけじゃないんすけど。物語とか、ゲームとかではよくあるんすよ」


「げえむ」


 王が、聞き慣れない言葉を確かめるように繰り返した。


「ええと……遊びというか、物語を自分で動かすというか。まあ、物語みたいなものっす」


「なるほど」


 王は少し考えるように指先を組んだ。


「面白い。ないものを、あるものとして皆が知っているわけだ」


 王が役人を見る。


「記録には?」


「古い研究として、似た発想はございます。武器に魔力を宿し、一時的に性質を変えるという構想です。ただ、具体的にどう術式を組むか、魔力をどのように定着させるか、その段階で議論が止まっております。実戦で試された記録はございません」


「なるほど。考えた者はいたが、形にはならなかった」


「そのように理解しております」


 そこで一瞬、全員の間に嫌な沈黙が流れた。


 できないなら、願いの力でどうにかするか。


 誰も口にはしなかったが、たぶん全員が考えた。魔獣を生んでいるかもしれない力で、魔獣を倒す道具を作る。理屈としては分かる。だが、それを重ねていけば、この世界はどんどん転移者たちの物語に近づいていく。


 魔獣を止めるために、さらに世界を書き換える。


 それは、本当に対策なのだろうか。


 その時、爺が顔を上げた。


「器物一時祝光定着可能」


 全員が爺を見る。


 俺は少し間を置いてから、意味を考えた。


 たぶん、武器に一時的に光を宿せる、ということだ。


「……本当に何でもできるな、この爺」


 思わず声が出た。


 王も頷いた。


「おたくのお爺ちゃんもすごいよね。もはや僧侶じゃないよね」


「ミルルさんはすごいです」


 ラッキィが誇らしそうに言った。


 爺は何も言わなかった。たぶん褒められていることは分かっていると思うが、あの面の下の表情は読めない。


「願いの力に頼る前に、お爺ちゃんとリリア君で試してみる価値はあるね」


 王が言う。


「うん。やってみる」


 リリアが軽く立ち上がった。


 執務室の近くには、近衛兵の訓練や武器の確認に使う小さな訓練場があった。


 そこへ移動すると、石造りの広い空間に、木製の案山子や厚い試験用の木材、古い鎧を着せた標的が並んでいた。


「誰の武器で試す?」


 リリアが聞いた。


 自然と視線がガルドへ向いた。


「俺かよ」


「一番頑丈そうな剣を持っているからね」


 王がさらっと言う。


 ガルドは少し嫌そうにしながらも、背の剣を抜いた。大きく、厚く、いかにもガルドらしい武器だった。刃には使い込まれた傷があり、飾り気はないが、手に馴染んでいるのが分かる。


 爺が剣の近くへ歩み寄る。


「刃身受術」


 リリアが剣身へ指を向けた。


 光が生まれる。


 ヒナの光とは違う。ヒナの光は、内側から溢れ出してくるような強さがある。願った形を、そのまま世界に押し出すような光だ。


 リリアの光は、もっと細い。


 必要な線だけが走り、必要な点だけを結ぶ。無駄がなく、静かで、冷たいくらい整っている。この世界の理屈に沿って組まれた光だった。


 その光が、爺のよく分からない祈りのようなものに絡め取られ、ガルドの剣へ薄くまとわりつく。


 剣が白く輝いた。


 ガルドの大剣に、聖なる光のようなものが宿っている。


 似合わない。


 悪人が神々しく光っているようにしか見えなかった。


「……似合わねえな」


 シンゴが、俺の心をそのまま口にした。


「うるせえ」


 ガルドが低く返す。


「いや、でも魔法剣じゃないっすか。これ完全に魔法剣っす」


 シャドウが声を漏らした。


「ガルドさんの悪人面は置いといて、たしかにかっけえな」


 シンゴも素直に言った。


「本当に、物語みたいですね」


 ヒナの声にも、少しだけ高揚が混じっていた。


 サチコも目を丸くしている。さっきまで今にも泣きそうだった顔が、ほんの少し明るくなっていた。


 ガルドは剣を見下ろした。


「振っていいんだな」


「軽くね」


 リリアが言う。


「ガルドさんの軽くは信用できないけど、できるだけ軽く」


「うるせえ」


 ガルドは標的の前に立った。


 試験用の木柱だ。普通の剣なら、深く食い込ませるだけでもそれなりの力がいる太さだった。


 ガルドが剣を振る。


 大きな音はしなかった。


 ただ、木柱が斜めにずれた。


 切断面は焦げても潰れてもいない。ただ、そこにあったものが、最初から二つだったように分かれている。


「おお……」


 シャドウが感動したような声を出した。


「これはすげえな」


 シンゴも笑う。


 ガルド自身も、少し驚いた顔をしていた。


 その直後だった。


 剣身に、細い亀裂が走った。


 乾いた音が訓練場に響く。


 白い光がほどけるように消え、次の瞬間、刃が半ばから砕け落ちた。


 誰も声を出さなかった。


 ガルドが、壊れた剣を見下ろしていた。


 怒鳴るかと思った。文句を言うかと思った。だが、ガルドは何も言わなかった。砕けた刃を拾うこともせず、ただしばらく、手の中に残った柄と短くなった刃を見ていた。


 その顔が、思っていたよりずっと寂しそうで、俺は少し困った。


 ガルドにも、こういう顔があるのかと思った。


 ガサツで、乱暴で、何でも力任せに扱う男だと思っていた。けれど考えてみれば、剣はこいつにとって、ただの鉄の塊ではなかったのかもしれない。


「……ごめん」


 リリアが小さく言った。


「いや」


 ガルドは短く答えた。


 それだけだった。


 それだけだったから、余計に少し、かわいそうに見えた。


 王も、そこは茶化さなかった。


「……威力は十分。だが、素材がもたないか」


 役人が壊れた剣を調べ、難しい顔をした。


「刃の内側から割れております。通常の打撃や衝撃による破損とは違います」


「原因は分かるか」


 王が聞く。


「断定はできません。ただ、先ほど魔力を宿したことで、剣そのものに想定外の負荷がかかったのだと思われます。通常の剣は、人を斬る、鎧を断つ、魔物の骨に当たる、そういった力を想定して鍛えられています。魔力を内側に抱えたまま振るうことまでは、想定されておりません」


「代わりになる素材はあるのか」


「皆目見当がつきません。今の剣より硬い金属ならございます。粘りに優れた合金もございます。ですが、それらが魔力を宿した状態で武器として振るえるかどうかは、試してみなければ分かりません」


 役人は、砕けた刃を慎重に布の上へ置いた。


「少なくとも、現時点で“これなら耐えられる”と申し上げられる素材はございません」


 場が少し沈んだ。


 硬いだけでは駄目なのだろう。さっきの剣は、何かにぶつかって折れたのではない。魔力を宿しただけで、内側から壊れたように見えた。


「あー、もう! いけると思ったのに!」


 シャドウが本気で悔しそうに頭をかいた。


「魔法剣っすよ? 光の剣っすよ? ここまで来たら、あとは魔力を宿しても壊れない金属があれば完成じゃないっすか! オリハルコンみたいなやつが!」


 言ってから、シャドウの顔が止まった。


 俺も止まった。


 王だけが、楽しそうに記録係へ目を向けた。


「今の、記録」


「はい」


「いや、待ってください。今のはただの例えで」


「そのただの例えが、冗談で済まないから困っているんだよ、シャドウ君」


 王は、悪戯を見つけた子どものような目でシャドウを見た。


「それで、その“おりはるこん”とは何だ」


「ええ……。俺も正確には知らないっすよ。なんか、すごい金属です」


「すごい金属」


「硬いとか、軽いとか、魔法と相性がいいとか、作品によって違うんすけど……とにかく、伝説の武器とかに使われるやつっす」


「なるほど。硬く、軽く、魔法と相性がよく、伝説の武器に使われる金属」


「まとめると怖いんでやめてほしいっす」


「記録」


「待ってくださいって!」


 シャドウの悲鳴に近い声が、訓練場に響いた。


 誰かが笑った。


 俺も少しだけ笑いそうになった。


 だが、すぐに笑えなくなった。


 願いの力に頼る前に、この世界の力で試す。


 そういう話だったはずだ。


 だが、魔法剣はできても、それを支える素材がない。そして、その素材の名を、今シャドウが口にしてしまった。


 俺たちは結局、また同じ場所へ戻ってきている。


 魔獣を止めるために武器が必要で、その武器を作るために、また転移者の世界の言葉が使われる。冗談で済まないから記録しろと言っておきながら、今度はその冗談に頼ろうとしている。


 いや、頼ろうとしているというより、もう世界の方が拾いに来ているのかもしれない。


 魔獣が発生しているのではない。


 世界が書き換わっている。


 そんな言葉が、喉の奥に引っかかった。


 そして数日後。


 王のもとへ、これまでにない強度を持つ新合金の完成報告が届いた。以前から研究されていた素材ではあったらしい。ただ、配合も処理も決め手を欠き、実用には届いていなかった。


 それが突然、最後の一手を得たように完成した。


 王はその報告書に目を通し、しばらく考えたあと、名称の欄に一つの言葉を書き加えた。


 どうやら名前は、王の中でもう決まっていたらしい。

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