表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歪んだ因果の勇者譚 ~世界を救えと言われたが、勝手に選ばれた仲間が問題児だらけで、しかも一人でも追放すると俺が爆散する~  作者: たま8


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/44

第36話 転移者たちの基礎訓練

 転移者たちは強い。


 それは、もう何度も確認している。シンゴは素手でガルドとやり合えるだけの力があり、シャドウは影を使えば人の目で追いきれない動きをする。ヒナの光魔法は、リリアや爺でさえ黙り込むほど異質で、サチコの回復魔法も、普通の僧侶の水準から見れば相当なものだった。


 だが、強いことと、危なげがないことは別だ。


 王都に戻り、四人が隣の仮宿舎で暮らし始めて数日。俺は彼らの動きを見ていて、何度か同じことを思った。力はある。あるのだが、扱い方が危うい。自分の力がどこまで周囲に影響するのか、願いの力を使わない状態で何ができるのか、何ができないのか。まだ体で覚えきっていないように見える。


 だから一度、基礎から見ることにした。


「今日は、お前らのその妙な力そのものは使うな」


 訓練場で俺がそう言うと、シャドウが露骨に肩を落とした。


「え、影もっすか」


「影もだ」


「剣も?」


「普通の木剣を使え」


「俺のアイデンティティが……」


「訓練だ。諦めろ」


 シンゴは木剣を片手で振りながら、少し不満そうに眉を寄せていた。


「俺も、変な力はなしってことだよな」


「なしだ。願いでどうこうするのもなし。今のお前達自身で、どこまで動けるか見る」


「まあ、それはそれで燃えるけどな」


 シンゴはそう言って笑ったが、ガルドが木剣を持って前に出た瞬間、その笑みは少し引きつった。


「安心しろ。殺しはしねえ」


「それ、安心できる言い方じゃないんだよなあ」


 まずはシンゴとシャドウが、ガルドに立ち回りを見てもらうことになった。ガルドは剣の達人というより、戦いそのものに慣れている。相手が素手だろうが武器持ちだろうが、どう近づき、どう崩し、どう潰すかを体で知っている男だった。


 そのガルドが、最初に言った。


「構えがなってねえ」


「まだ何もしてないっすよ」


「だから構えを見てんだろ」


 シャドウが木剣を構えたまま固まる。


「俺、そんなに駄目っすか」


「影から出て斬る分にはいいんだろうな。だが、普通に立って普通に斬るなら隙だらけだ」


 ガルドはシャドウの木剣を軽く払った。たったそれだけで、シャドウの体が半歩流れる。


「うわっ」


「足が先に逃げてる。剣を振る前に体が浮いてる。刃物を持ってそれをやると、腕ごと持っていかれるぞ」


「こわ……」


「怖がるのはいい。怖がった上で動け」


 次にシンゴが前へ出る。シンゴは体格もよく、力もある。木剣を持っても様にはなっていた。だが、ガルドは一合目でシンゴの木剣を押さえ、そのまま肩を入れて体勢を崩した。


「おおっ」


 シンゴが踏ん張る。だが次の瞬間、足を払われて尻から地面に落ちた。


「力で止めるな。武器を持った相手にそれをやると、止めたつもりの場所と違う場所を斬られる」


「いや、今のはガルドさんがうますぎるだろ」


「今ので崩れるんなら、実戦じゃ死ぬぞ」


 ガルドは当たり前のように言った。


 シンゴとシャドウは、それからしばらくガルドに転がされ続けた。特殊な力はなし。影移動もなし。願いの力もなし。ただ足を動かし、間合いを測り、木剣を振る。すると、二人の強さの底にある粗さがよく見えた。


 与えられた力が強いから勝てていた。


 それはつまり、その力が通じない場面では危ういということでもある。


 少し離れた場所では、リリアがヒナに魔法の基礎を教えていた。


「一般的には五属性で教えることが多いんだよ。火、水、風、雷、地」


「五属性なんですね」


「うん。でも、私は最初から地属性を分けて教えないかな」


「どうしてですか?」


「地属性って、ただ地面を動かす力って覚えると、そこで止まっちゃうことがあるの。砂を動かすのか、土の中の水分を操るのか、圧をかけるのか、風で巻き上げるのか。そういう中身を見た方が、結果的に地属性の精度も上がるんだよ」


 ヒナは真剣に聞いていた。光魔法という、この世界では失われた魔法に近いものを使えるくせに、基本属性の話になると素直にうなずいている。その姿を見ていると、やはり転移者たちは不思議だった。


 頂上みたいな場所に、いきなり立っている。


 なのに、足元の階段を知らない。


「だからまずは、火、水、風、雷。ここをちゃんと押さえた方がいいと思う」


「火は攻撃、水は回復……みたいな感じですか?」


「そこまで単純じゃないよ。火は攻撃に使いやすいけど、熱を扱えるから加工にも使えるし、水は治療というより流れや状態の操作に強い。風は速度や範囲、雷は瞬発力や貫通力。もちろん、使い手次第でいくらでも変わるけどね」


「リリアさんは、全部使えるんですか?」


「使えるよ」


 リリアは少し得意げに言った。


「すごいです」


「まあ、私はすごいから」


 そう言い切れるのは、ある意味でリリアの強さだった。


「ちなみにね、地属性って言っても、地震とかは起こせないんだよ」


「地震は無理なんですか?」


「うん。あれって大地そのものが動いてるから。地下のすごく大きな岩盤みたいなのが押し合ったり、ずれたりして起きる現象だから、人ひとりの魔力でどうこうできる規模じゃないの」


「そういう知識は、この世界にもあるんですね」


 ヒナが少し驚いた顔をした。


「あるよ! 魔法は、いろんな仕組みの理解の上に成り立ってるんだよ」


 その後、俺は爺とサチコの方へ目を向けた。


 爺はサチコを相手に、回復や補助の基礎を教えていた。


 正直、一番不安な組み合わせだった。


「血急骨静、先留後癒」


「え、えっと……血が出ている時は、先に止める、ということでしょうか」


「半可」


「半分だけ……?」


 サチコは困っていた。


 爺はいつも通りだった。言葉は難解で、聞いているこちらも意味が分からない。ただ、身振りや術の実演を交えながら、何かを教えようとしていることだけは分かる。


「毒薄散脈、囲止拡拒」


「毒は……広がる前に、囲って止める?」


「近」


「近い……」


 サチコは必死に食らいついていた。


 回復魔法そのものの出力なら、サチコは相当なものだ。だが、爺が教えているのは単に傷を塞ぐことではなかった。出血を先に見るのか、骨を支えるのか、毒を止めるのか、意識を保たせるのか。戦闘中にどの順番で手を入れるか。回復の前に補助を置くのか、補助で悪化を止めてから回復に移るのか。


 それは、派手な力ではない。


 だが、現場では必要になる基礎だった。


 サチコはこの世界に来た時、頭の中に回復魔法の知識が流れ込んできたらしい。だから使える。だが、使えることと、判断できることはやはり違う。彼女は教えられたことを必死に理解しようとしていたが、相手が爺なので苦労は多そうだった。


 その時だった。


「きゃっ」


 小さな悲鳴が聞こえた。


 振り向くと、ヒナが尻もちをついていた。リリアが何かしたのかと思って近づくと、ヒナは目を丸くしたまま、自分の足元を見ている。


「おい、今のは何だ」


「ちょっと地面を揺らしただけだよ」


「さっき地震は起こせないって言ってなかったか」


 ヒナも同じことを思ったのだろう。尻もちをついたまま、リリアを見上げている。


「今のは地震じゃないよ。ヒナちゃんの足元の土の中の水分を少し動かして、そこに風で圧をかけて、足場だけを揺らしたの。大地そのものを動かしたわけじゃないから、厳密には地震じゃないんだよ」


「……そんなこと、できるんですか」


「できるよ。というか、地属性って呼ばれてるものは、こういう細かい操作の積み重ねだったりするんだよね」


 ヒナの目が、分かりやすく変わった。


「……お姉さま」


「え?」


「リリアさん、すごいです」


「あ、うん。ありがとう。今なんか呼び方変じゃなかった?」


「気のせいです」


 いや、気のせいではなかった。


 その一方で、ミアは何もしていなかった。


 訓練場の端で、いつものように涼しい顔をしている。


「お前は何もしないのか」


 俺が声をかけると、ミアは視線だけをこちらへ向けた。


「私の力は、サチコさんの参考にはなりません」


「そうなのか」


「回復という意味では、サチコさんの力はすでに最高と言っていい水準です。私が何かを教える必要はありません」


 それは、少し意外な言い方だった。


 ミアが他人を褒めること自体、あまり見ない。


「それでも、何か参考になるかもしれないだろ」


「ならないと思います」


「サチコのためだ」


 ミアは少しだけ黙った。


 それから、面倒そうに息を吐く。


「仕方ありませんね。ガルドさん、少し付き合ってください」


 その場にいた転移者たちが、一斉に首を傾げた。


「なんでガルドさんなんすか」


 シャドウが代表して聞く。


「町へ行けば、たぶん分かります」


「嫌な言い方だな」


 俺達はそう言いながらも、ミアについて町へ出ることにした。ガルドも特に拒否しなかった。むしろ、暇つぶしができると思っている顔だった。


 王都の通りは、昼下がりということもあって人通りが多かった。露店が並び、荷車が行き交い、子供が走り、どこからか焼いた肉の匂いが流れてくる。訓練場の空気とは違って、ここでは少しの力の使い方を間違えるだけで、すぐ誰かを巻き込む。


 その時、前方で悲鳴が上がった。


「泥棒!」


 人波が割れる。


 男が一人、こちらへ向かって走ってきていた。手には小さな袋。追いかける女がいたが、途中で突き飛ばされ、石畳に強く倒れ込む。


「ガルド、加減しろよ」


 俺がそう声をかけると、ガルドが笑った。


「ほいきた」


 次の瞬間には、もう動いていた。


 逃げてきた男がガルドに気づき、進路を変えようとする。だが遅い。ガルドの拳が男の顔面にめり込む。鈍い音がして、男の体が半回転しながら地面に転がる。


 やりすぎだ。


 男の顔は変形し、口元から血と歯が飛び散っていた。前歯どころか、見える範囲の歯はほとんど抜けているように見える。周囲の人間が一歩引いた。


「……加減しろと言っただろ」


「死んでねえ」


「基準がおかしい」


 ミアはその男の前にしゃがんだ。


 そして、治療の前に報酬を提示した。


 相変わらずえげつない額だった。


「いや、そいつスリだぞ」


 シンゴが思わず言う。


「そうですね」


「そっちを先に治すんすか?」


「治します。こちらの方が重症ですので」


 ミアは淡々としていた。


 周囲の目はきつい。無理もない。逃げるために人を突き飛ばしたスリの方を優先し、そのうえ金まで取ろうとしている僧侶に見える。実際、その通りだった。


 ミアは男の顔に手をかざした。


 光が走る。


 歪んでいた顔が戻っていく。砕けた歯も、切れた唇も、腫れ上がった頬も、何事もなかったように整っていく。男は痛みが引いたことに呆然とし、次の瞬間、ミアを見て顔を引きつらせた。


「報酬はいただきます」


 ミアの声は冷たい。


 男は何か言おうとしたが、ガルドが横に立っているのを見て黙った。


 次に、ミアは突き飛ばされた女の方へ向かった。女は腕を押さえてうずくまっていた。転んだ拍子に肘をひどく打ったらしく、骨がずれているようにも見える。


 ミアはそこでも、治療の前に報酬を提示した。


 こちらも、安くはなかった。周囲の目が痛い。


「あの人からも取るのか」


「被害者っすよ」


「僧侶って、ああいうものなのか」


 シャドウとシンゴも困惑している。俺は頭が痛くなった。


 ミアは気にしない。女が震えながらうなずくと、腕に手をかざした。さっきと同じように光が走り、歪んでいた腕が元へ戻る。女の顔から痛みが消え、代わりに困惑と恐れが浮かんだ。


「終わりました」


 ミアはそれだけ言って立ち上がる。


 サチコはその一部始終を見ていた。顔には戸惑いが浮かんでいる。理解が追いついていない顔だった。


「参考になったか」


 俺が聞くと、サチコは困ったように視線を落とした。


「……分かりません」


「まあ、そうだろうな」


「この世界に来た時、回復魔法のことは頭の中に入ってきました。傷を塞ぐとか、血を止めるとか、自然に治ろうとする力を助けるとか……そういう感じのことは、なんとなく分かるんです」


 サチコは言葉を探すように続けた。


「でも、ミアさんのは……すごすぎて、よく分かりませんでした。何をどうすれば、あんなふうに治せるのか……私の知っている回復魔法とは、レベルが違いすぎるというか」


 俺はミアを見た。


 ミアは何も言わない。否定もしない。ただ、もう用は済んだと言わんばかりに、通りの向こうを見ている。


「つまり、参考にはならなかったのか」


「す、すみません……」


「いや、お前が謝ることじゃない」


 結局、サチコの参考になったのかどうかは分からない。


 ミアの性格のおかしなところが、また一つ露呈しただけのような気もした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ