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歪んだ因果の勇者譚 ~世界を救えと言われたが、勝手に選ばれた仲間が問題児だらけで、しかも一人でも追放すると俺が爆散する~  作者: たま8


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第35話 隣人たちの荷ほどき

 王都に戻った翌日、俺たちのアジトの隣には、すでに四人分の仮宿舎が用意されていた。


 仮宿舎、と聞いていたから、俺はもっと簡素なものを想像していた。雨風がしのげて、寝床があって、荷物を置ければいい。その程度の小屋のようなものだと思っていたのだが、実際に目の前にあったのは、少し手を入れればそのまま普通の住居として使えそうな建物だった。


 王の仕事が早い。


 ありがたいのは間違いない。だが、ありがたいと思うたびに、勝手に物事を進められているようで腹も立つ。


「……本当に建ってるな」


 俺がそう呟くと、シャドウが目を輝かせた。


「おお、異世界の新居っすね」


「仮宿舎だ」


「でも、秘密基地感ありますよ」


「秘密にする気はない」


 俺はため息をついた。


 王からは、しばらく四人の面倒を見るようにと言われている。軍に入れるにはこいつらの振る舞いは自由すぎる。完全に放っておくには危うい。閉じ込めれば余計に歪む。だから、外を見せながら慣らした方がいい。理屈は分かる。分かるからこそ面倒だった。


 とはいえ、寝床があるだけでは生活は始まらない。寝具、食器、灯り、掃除道具、簡単な保存食。細かいものは結局こちらで揃えるしかない。


 買い出しにはリリアとラッキィを行かせた。


 ガルドと爺は現場に残した。力仕事や家具の移動を考えると、結果的には適材適所でもある。だがそれ以上に、街へ放つには少し不安があった。ガルドは以前、街中で悪徳貴族を殺している。爺も爺で、何をするか読めないところがある。俺の目が届く場所にいてくれた方がいい。


 ミアは、外の席で茶を飲んでいた。


「お前は手伝わないのか」


「怪我をしたら呼んでください」


「怪我をしないように手伝えと言っている」


「怪我をしないなら私の出番はありませんね」


 こいつはこういう女だった。


 俺は諦めて荷物を運ぶ。


 シンゴは力仕事に向いていた。ガルドほどではないが、体格がいいだけあって重い荷物を普通に持てる。ガルドと二人で棚を運んでいる姿は、引っ越しというより何かの訓練に見えた。


「シンゴ、そっちをもう少し上げろ」


「分かってるって。ガルドさん、力任せすぎんだよ」


「これくらいで壊れる棚なら捨てろ」


「発想が荒いな!」


 ヒナは細かい整理を手伝い、サチコはその横で布類を畳んでいた。サチコはまだ遠慮がちだが、三人の近くにいる時だけは少し表情が柔らかい。


 爺は爺で、何かよく分からない術を使って部屋の埃を一箇所へ集めていた。


「塵集、隅封、息清」


 便利だ。


 便利なのだが、どこからどこまでが掃除で、どこからが危ない術なのか俺には分からない。


 そんなこんなで、夕方前にはどうにか形になった。


 ちょうどその頃、買い出しへ出ていたリリアとラッキィが戻ってきた。


 だが、リリアの様子がおかしい。戻ってくるなり、荷物を卓へ叩きつけた。


「……何かあったのか」


「ラッキィが余計なこと言った」


 余計なこと?


「ラッキィ、お前、いったい何を言ったんだ」


 俺が問いただすと、ラッキィは悪びれもせずに言った。


「えっと、最近レイさんがヒナさんといい感じみたいなので、リリアさんは大丈夫ですかって」


「は?」


 俺が間の抜けた声を出すと、ラッキィは首を傾げた。


「え、違います? 最近レイさん、ヒナさんとよく話してますし」


「違う」


 俺が答えるより先に、ヒナが両手を振った。顔が少し赤い。


「な、な、な、なにを言ってるんですか。そんなわけないじゃないですか」


 なぜかシャドウも慌てた様子でそれに続く。


「そ、そうっすよ。レイさんはほら、リリアさんとあれじゃないっすか」


「あれって何よ」


 リリアの声が一段低くなる。


 シャドウはそこで、自分が余計な方向へ踏み込んだことに気づいたらしい。


「いや、その、幼なじみで、運命的なやつだけど、なかなか報われないというか……よくある恋愛もののパターンというか……」


「影山、前半で止めとけ」


 シンゴが低く言った。


「後半が全部余計だよ」


 ヒナも額を押さえる。


「……ごめんなさい」


 サチコまで小さく謝った。


 シャドウは露骨に視線を泳がせ、それから慌ててミアの方を向いた。


「そ、そういえばミアさんはどうなんすか。そういう恋愛とか」


 自分が悪くした空気を、話の向きを少しずらして誤魔化したかったのだろう。だが、相手が悪かった。


 外の席で茶を飲んでいたミアは、少しだけ目を上げる。


「私はそういうことには興味ありません」


「へ、へえ。そうなんすね」


「どこかの魔法使いさんと違って、年中発情していませんから」


「は、発情って!」


 リリアが即座に噛みついた。


「違うんですか」


「ち、違うよ!」


「その格好で否定できるの、すごいですね」


 ミアが言っているのは、リリアの服のことだ。確かにリリアの格好は、魔法使いとして見ればかなり目立つ。目立つというか、俺としては見ないようにしている部分が多い。


「これは途中から格好を変えるのも面倒になったというか、慣れちゃったというか……」


「何があったかまでは知りませんが、本当に嫌なら普通の格好に戻しますよね」


「ミ、ミアさん、今日はずいぶん刺してくるね」


「図星を突かれたからそう思うのでは」


「突かれてない!」


 リリアが立ち上がりかける。


 まずい。


 俺は反射的にそう思った。


 いや、普通に考えればただの口喧嘩だ。こんなことでパーティーがどうこうなるわけがない。ないはずなのだが、俺のパーティーはそういう普通が信用できない。何より、こんなことで崩壊でもされたらたまったものではなかった。


「じゃ、じゃあここで俺が一発」


 シャドウが急に立ち上がった。


 黒い穴から剣を一本引き抜く。


「燃え上がる恋のフレイムソード!」


 剣を頭上へ突き上げる。刀身の周りで、炎のような黒い影が揺れた。


「フレイムっていうか真っ黒じゃないか、お前の剣」


「暗黒の炎っす」


「それめっちゃ邪悪なやつじゃないか」


「雰囲気っす」


「悪化してるぞ影山」


 シンゴが呆れたように言う。


「じゃあ俺も何かやるか?」


「赤木くんはやらなくていいから」


 ヒナが慌てて止めた。


 そして、そのままリリアの方を見る。


「でも、私はリリアさんの格好、素敵だと思いますよ」


「え?」


「私たちの世界だと、そういう格好って、ファンタジーの魔法使いっぽいというか……結構ありって感じです」


「……ほんと?」


「はい。すごく似合ってます」


 そこで、黙っていたサチコが小さくうなずいた。


「……私も、似合ってると思います。リリアさん、きれいだから」


「サチコ……」


 リリアの表情が少し緩む。


 シャドウとシンゴが、サチコに向かって無言で親指を立てた。サチコは一瞬驚いたあと、少しだけ照れたように視線を落とす。


 リリアはまだ少し頬を膨らませていたが、ラッキィの方を見てため息をついた。


「……もういいよ。次から変なこと言わないで」


「はい。気をつけます」


「本当に?」


「たぶん」


「そこは言い切りなさい」


 その声には、もうさっきまでの棘はなかった。


 俺は深く息を吐いた。


 四人の面倒を見るはずだった。気づけば、俺たちの方が助けられている。


 その日の夜は、仮宿舎の片付けが一段落したこともあって、十人で食事を取ることになった。


 食後には、北の友好国から持ち帰った雪蜜果を出した。


 白く柔らかな果皮は、北の国で見た時とほとんど変わっていない。普通なら半日も経てば香りが落ち、味も変わると聞いていたが、爺の薄膜に包まれたそれは、採れたてに近いように見えた。


「これ、本当にまだ食えるのか?」


 シンゴが少し疑わしそうに覗き込む。


「外の空気に触れないようにしている、という感じなんでしょうか」


 ヒナも感心したように言った。


 爺は少しだけ胸を張った。


「薄膜封天、香息留命、腐風拒絶」


「ええと、自慢してるのか?」


「たぶんそうっすね」


 シャドウが小声で言う。


 正直、これは便利どころではない。果物を潰さず、香りを逃がさず、外気から切り離す。言葉にすれば簡単だが、こんなことができる人間を、俺は爺の他に知らない。


 いざ食べようという段になって、爺は保存膜を解くため、袖の奥から小さな道具を取り出そうとした。


 その拍子に、古びた布包みが床へ落ちた。


「あ、落ちましたよ」


 ラッキィが何気なく拾う。


 止める間もなかった。


 布包みの端が緩み、中から薄い板のようなものが覗いた。そこには、若い夫婦と、小さな女の子の姿が焼きつけられていた。


「それ、何なんすか?」


 シャドウが不思議そうに覗き込む。


「影写しかな。俺もあまり見たことはないが、風景や人の姿を紙や薄板に残すものだ。高級品のはずだぞ」


「写真みたいなもんですね」


「しゃしん?」


「俺らの世界で、見たものをそのまま残すやつっす」


「へえ。ミルルさん、そういうの持ってたんですね」


 ラッキィはそれをひらひらと持ったまま、首を傾げた。


「ミルルさんのご家族ですか? お子さんと、えーと、お孫さん?」


「お爺さん、ミルルさんって名前なんすね。可愛い名前っすね」


 シャドウが何気なく言った。


「なんか、女の子っぽいというか」


「影山くん」


 ヒナがすぐにたしなめる。


「人の名前のことを、そういうふうに言わない」


「いや、悪い意味じゃなくて」


「悪い意味じゃなくても。私たちの世界にも、女性っぽい名前の人はいるでしょ」


「まあ、いますけど……」


「本人が嫌がるかもしれないでしょう」


 その瞬間、空気が変わった。


 爺は怒鳴らなかった。


 ただ、低く言った。


「返却」


 短い声だった。


 それだけなのに、部屋の中の音が一段遠くなった気がした。薄い膜が俺たちと外の空気の間に張られたような、妙な圧迫感がある。


 ラッキィも、さすがにまずいと思ったらしい。慌てて影写しを差し出した。


「す、すみません。珍しかったので」


 ラッキィに悪気がなかったのは分かる。だが、その悪気の無さで人の地雷をいとも簡単に踏み抜いてしまうのが、ラッキィという男だった。


「人の物を勝手に見ちゃだめだよ」


 リリアが強い声で言った。


 ガルドも低く続ける。


「今のはお前が悪い」


 ミアは何も言わなかった。ただ、茶の杯を持ったまま、爺の方を見ている。


 ラッキィは肩を落とした。


「ごめんなさい」


 今度は、いつもより少しだけ声が小さかった。


 ヒナがゆっくり口を開く。


「ラッキィさん、たぶん、本当に大事なものだったんだと思います」


「……はい」


「でも、悪気がなかったのも分かります。だから、ちゃんと謝った方がいいです」


「ごめんなさい、ミルルさん」


 サチコも小さく言った。


「……見られたくないものって、ありますから」


 爺はしばらく黙っていた。


 それから影写しを布に包み直し、懐へしまう。


「灰残家灯、不可触夢」


 意味は分からない。


 だが、怒りが少しだけ収まったことは分かった。


 場の空気が戻る。


 俺はもう一度、あの影写しのことを思い出していた。若い夫婦と、六歳くらいの女の子。女の子は笑っていた。白く波打つ髪が肩のあたりで揺れていた。


 その時、ガルドがぼそっと言った。


「……あのガキ、どこかで見た気がするな」


「え?」


 俺が聞き返すと、ガルドは面倒そうに首をひねった。


「知らん。気のせいかもしれん」


 それきり、ガルドは酒の杯に口をつけた。


 爺は何も言わない。


 ラッキィはまだ少ししょんぼりしている。


 影写しはもう見えない。爺の懐の奥に戻されていた。


 それでも、食事が終わったあともしばらく、あの小さな女の子の笑顔だけが、俺の頭の隅に残っていた。

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