第27話 異世界からの転移者たち
「……へ?」
自分でも間抜けな声が出たと思う。だが、仕方がないだろう。
別の世界。
執政が口にしたその言葉を、俺はすぐには理解できなかった。
いや、言葉の意味そのものは分かる。ここではない、どこか別の場所。俺たちの住む世界とは異なる世界。そういう意味なのだろう。
問題は、それが昨日の酒場で聞いた与太話と、あまりにも繋がりすぎていたことだった。
こことは違う世界に行く。神様からすごい力をもらう。いい女をはべらせて、自由気ままに生きる。酒の勢いで男たちが笑いながら話していた、どうしようもない与太話。
その与太話が今、四人の人間の形をして俺の前に立っている。
黒いぼろぼろのマントを大事そうに抱えた男。細身で、顔立ちにはまだ少年らしさが残っている。声も少し高く、ぱっと見ただけでは男か女か迷うほど中性的だった。
もう一人の男は、ガルドほどではないが肩幅があり、衣服の上からでも身体つきがしっかりしているのが分かる。こいつらは全員同じ年頃らしいが、この男だけは下手をすれば俺より年上にも見えた。
背筋を伸ばして周囲を観察している様子の女。浮かれているわけでもなく、ただ今置かれている状況を理解しようとしている目だった。
最後の一人は、おどおどと視線を泳がせる女だった。誰かの後ろに隠れたいのを必死にこらえているようで、両手を胸の前で小さく握っている。四人の中で、一番この場に馴染めていなかった。
信じる信じない以前に、頭が追いつかなかった。その沈黙に耐えきれなかったのか、黒いマントを抱えた男がこちらを見た。そして、どこか得意げに笑う。
「えっと、偉い人……っすよね?」
ああ、俺のことか。偉い人と言われても実感はないが、この場では否定するのも面倒だった。
「一応な」
「じゃあ、改めまして」
男は、抱えていたマントを少し持ち直してから、胸に手を当てるような仕草をした。おそらく本人なりに、格好のいい挨拶なのだろう。
「俺はシャドウ。異世界から来た勇者、ってところっす」
部屋の中が、また静かになる。
シャドウ。どう考えても本名ではなさそうだった。隣の体格のいい男が、すぐに口を挟む。
「いや、影山翔太だろ」
「シンゴ、それは今言うなって」
「だって名前聞かれてんだろ」
「こっちではシャドウで通すって言ったじゃん」
黒いマントの男――シャドウと名乗った男が慌てる。
体格のいい男は悪びれた様子もない。
「俺は赤木慎吾。シンゴでいい……です。戦士、かな。たぶん」
三人目の女が、額に手を当てるようにして小さく息を吐いた。
「たぶんじゃないでしょ。役割は最初に確認したじゃん」
その言い方はしっかりしていたが、年相応の女の子らしさも残っていた。「委員長」という言葉があるなら、たぶんこういう人間を指すのだろう。
彼女はこちらに向き直る。
「佐倉陽菜です。魔法使いを担当しています」
担当。
その言葉が、少し引っかかった。魔法使いというのは、担当するものなのだろうか。
ただ、話し方自体は落ち着いていた。年齢は若いが、四人の中では一番まともに話が通じそうに見える。少なくとも、この場の意味を理解しようとはしているようだった。
最後の僧侶風の女は、しばらく視線を泳がせていた。
やがて、小さく頭を下げる。
「お、大原……幸子です。僧侶……です」
サチコ。
名乗った瞬間、彼女は自分の名前を早く通り過ぎたいような顔をした。気にしているのだろう。それに加えて、自分で僧侶などと名乗ることにも慣れていないらしく、言い終えた後には耳が赤くなっていた。
俺からすれば名前も役割もどうということはないのだが、本人にとっては違うらしい。
四人。
勇者、戦士、魔法使い、僧侶。
あまりにも分かりやすい並びだった。俺は思わず、黙ってしまう。
この世界にも勇者という職業はある。俺がそうだ。だが、彼らの言う勇者は、おそらく俺の知るそれとは違う。もっと物語めいた、特別な存在としての勇者なのだろう。
それは、昨日の酒場で話されていた妄想そのものに近かった。
シャドウが、こちらの沈黙をどう受け取ったのか、調子を変えずに続ける。
「まあ、そんな難しく考えなくていいっすよ。要するに、異世界転生ってやつっす」
「転移ね! 異世界転移!」
すかさず、隣の女が言葉を被せた。
「そこは間違えないで。意味変わるから」
「いや、だいたい同じでしょ」
「違うから」
あまりにもあっさりと、その言葉は部屋に置かれた。
異世界転移。
聞き慣れないはずの言葉なのに、意味は分かる。別の世界から、この世界へ移動してきた。そういうことなのだろう。
ただ、それでも俺の頭はまだ追いついていなかった。
昨日まで酒場の与太話だったものが、翌日には政庁の謁見室に立っている。世界というものは、もう少しまともであってほしい。
「……それで」
俺はようやく口を開いた。
「お前たちは、これからどうしたいんだ」
四人は顔を見合わせた。最初に口を開いたのはシャドウだった。
「え、逆に何すればいいんすか? やっぱ魔王討伐とかっすか?」
「そんなものはいない」
「え~~」
露骨に落胆した声が上がる。続けてシンゴが口を開いた。
「じゃあモンスター倒す感じか? 依頼受けて無双するやつだろ」
「もんすたー?」
俺は思わず聞き返す。
「なんだそれは」
「え~~」
今度はヒナまで加わり、三人が揃って同じような反応をした。だが、サチコだけは安堵した様子だった。
どうやら、想定していた世界と違うらしい。
仕方なく、俺はこの世界について簡単に説明することにした。
魔物と呼ばれるものはいること。だが、それは群れで出てくる獣に毛が生えた程度のものが多く、よほどの場所でなければ脅威とは言い難いこと。少なくとも、この辺りではそういう扱いであること。
話を進めるにつれて、四人の表情は分かりやすく変わっていった。
シャドウとシンゴはあからさまに肩を落とし、ヒナは眉をひそめて考え込む。サチコだけは最初から最後まで、不安そうに手元を握ったままだった。
「……なんか、思ってたのと違うっすね」
シャドウが率直に言った。
それはそうだろう。俺から見ても、お前たちは思っていた通りではない。そこはお互い様だ。
だが、だからといって放置するわけにもいかない。
身元不明。所属なし。得体の知れない力を持っている可能性もある。しかも今は、この国の立て直しの最中だ。余計な不安要素を抱える余裕はない。執政も同じ考えなのだろう。俺と視線を合わせ、小さく頷いた。
結論はすぐに出た。
「こいつらは王国へ連れて行く」
「ここで抱え込むには、事情が多すぎる」
四人は顔を見合わせたが、大きな反発はなかった。
自分たちの状況を、完全に理解しているわけではないのだろう。ただ、この場に置かれている立場が軽くないことくらいは、なんとなく感じ取っているようだった。
こうして、四人を王国へ連れて帰ることになった。
翌朝、俺たちは小国を出る準備を整えた。いざ自分の拠点である王都へ帰る日が来ても、まったく落ち着かなかった。
王都にはガルドたちがいる。俺が目を離している間に、ガルドが誰かを殴っていない保証はない。ミアが誰かに法外な治療費をふっかけていない保証もない。爺が理解できない祈祷で周囲を混乱させ、リリアが変な方向に張り切り、ラッキィが何かを台無しにしていない保証もない。
そして、もしそんなことが起きていたとして、また俺の知らないところで、あの“祝福”とやらが動いているのではないか。そんなことを考えるだけで、胃の奥が重くなった。
そこへ来て、こいつらだ。別の世界から来たという四人。いもしない魔王やモンスター退治を勝手に期待し、思っていた世界と違うと分かった途端、つまらなそうに肩を落としている連中。
もしこの世に神がいるとしたら、いったいどれだけ俺の気を揉ませれば気が済むのだろう。
そう思ったところで、ふと、あの言葉を思い出した。
「一回だけ、君の呼びかけに応えてあげる」
“あれ”の声が、耳の奥で蘇った気がした。




