第26話 処遇に困る四人
翌日、俺はまた政庁へ呼ばれた。
国主という肩書きには相変わらず慣れない。だが、昨日ほどそのことについて考え込む気力もなかった。考えたところで、俺の立場が急に分かりやすくなるわけでもない。
今日は執政の案内で、この国の中心部を見て回ることになっているらしい。
食品市場、鍛冶屋、武器屋、防具屋、繁華街、教会。そういった主要な場所を順に回り、今後の立て直しに関わる説明を受ける。言葉にすればそれだけのことなのだが、実際に歩かされる側としてはなかなか骨が折れる。
一時的とはいえ、この国に亡命していた俺だ。町そのものに見覚えはある。通った道もあれば、入った店もある。だが、執政の説明を聞きながら歩くと、ただ見ていた時とは別のものが見えてくる。
市場では、野菜や干し肉、穀物が並び、人々は普通に買い物をしていた。売り手も買い手も声を張り、値段に文句を言い、少しでも安くしようと粘っている。どこの町にでもある、ありふれた光景だった。
だがこの国は長い間、物流経路を絞られていた。物資が入りにくくなれば、当然、物価は上がる。生活は苦しくなる。そうなりきらないよう、執政は裏の金を使って市場の値を押さえ込んでいたらしい。
国民はその事実を知らない。今も、おそらく知らないままだ。
自分たちの暮らしが、どれほど細い糸の上で保たれていたのか。誰の手で、その糸が切れないよう結ばれていたのか。町を歩く人間たちの顔を見ても、そんな事情を知っているようには見えなかった。
この男は、この国を利用し、王国に牙を剥こうとしていた。俺たちを騙し、殺すつもりでもいた。褒められた人間ではない。少なくとも、善人などではない。
だが同時に、この国を何とか保たせようとしていたのも事実なのだろう。
人間というのは面倒だ。悪人なら悪人で、全部悪ければまだ分かりやすい。だが現実はそうなっていない。悪事を働く者が、別の場所では誰かの生活を支えていることもある。
だからといって許す気にはならないが、何もしていなかったと切り捨てるのも違う気がした。
鍛冶屋や武器屋では、王国からの支援で今後は鉄材の流通が安定する見込みだと説明を受けた。防具屋も似たような話だった。これまでは質のいい材料が入りにくく、価格も高止まりしていたらしい。今後は多少ましになるだろう、とのことだった。
繁華街では、思ったより人通りが多かった。店の看板も多く、酒場や宿、飯屋が並んでいる。亡命中に見た時もそれなりに活気はあったが、この普通の暮らしが執政の無理で保たれていたのだと知った今では、簡単にただの賑わいとは見られなかった。
教会では、王国側から派遣された者と、この国にもともといた聖職者が話をしていた。俺には詳しいことは分からないが、少なくとも表向きは落ち着いているようだった。
そういう意味では、俺たちの行動は、この国の状況を上向かせたと言ってもいいのかもしれない。
もちろん、そんなことを胸を張って言う気にはならない。俺たちがやったことは、いつだってまともな道筋を通っていない。結果だけ見ればよかったとしても、その途中にいた俺の胃は何度も痛んでいる。
町の案内が一段落したところで、俺たちは再び政庁へ戻った。
今後の方針について、改めて執政から説明を受ける。王都から派遣された、国の運営を担う者たちも同席していた。彼らは執政ともそれなりにうまくやっているようだった。
正直、少し意外だった。
もっとぎくしゃくするものだと思っていたのだ。元々この国を動かしていた執政と、王国から送り込まれた人間たち。立場も思惑も違う。下手をすれば、主導権争いが起こってもおかしくない。
だが、今のところそういう空気は薄い。
王の人選がよかったのだろう。さすがというべきか。あの人は、笑っている時ほど底が見えない。国の立て直しでくだらない内部抗争などが起これば、何も進まない。そのあたりまで見越して、人を選んだのだと思う。
一通りの話が終わった頃には、もう日も傾きかけていた。
今日の仕事はこれで終わりだろう。
そう思った瞬間、俺の頭には酒場のことが浮かんだ。昨日の酒は悪くなかった。適度に騒がしく、適度に放っておいてくれる。国主だの何だのと扱われた後には、ああいう場所で一杯やるくらいがちょうどいい。
今日の酒の肴は何にしようか。
そんなことを考えていたところで、執政が口を開いた。
「国主様。もう一件ございます」
俺は足を止める。
「もう一件?」
なんだったか。少し考えて、思い出した。
「ああ。処遇に困っている者共の件か」
「はい」
そういえば、そんな話があった。どう対処すべきか判断に困っている連中がいる。そんな説明を昨日受けていた気がする。正直、酒場のことを考えていたせいで、すっかり頭から抜けていた。
「分かった。会えばいいんだな」
「お願いいたします」
案内されたのは、かつて俺たちがこの執政に謁見した部屋だった。扉を見た瞬間、胸の奥に苦いものが戻ってくる。
あの時、俺たちはこの男の前に立たされた。へりくだり、言葉を選び、失礼のないように振る舞ったつもりだった。ガルドが余計なことを言わないか気を揉み、ミアが不機嫌にならないか気を揉み、ミルルが何を言い出すか分からず、リリアはリリアで張り切る方向を間違えていた。ラッキィに至っては、いるだけで不安だった。
その結果が、毒入りの食事と兵士の突入である。いい思い出ではない。
そして今度は、その部屋で執政がいた位置に、俺が立つことになる。気分としては、あまりよろしくない。
部屋の中は、以前と大きくは変わっていなかった。調度品の配置も、壁の装飾も、床の冷たさも覚えている。ただ、そこに立つ人間の位置だけが違っていた。
俺は用意された場所に立ち、執政は少し下がった位置に控える。
落ち着かない。
こういう場で堂々としていられる人間は、たぶん生まれつき何かが違う。俺はそうではない。少なくとも、自分が偉い側として誰かを迎えることに、まだ慣れていなかった。
しばらく待っていると、扉の外が少し騒がしくなった。
「偉い人なんだよな?」
「失礼のないようにしてよね」
「いや、分かってるって」
「本当に分かってる?」
そんな声が、扉越しに聞こえてくる。処遇を待つ者たちの声にしては、深刻さがない。
そこで違和感を覚えた。罪人か、捕虜か、あるいは厄介な流れ者かと思っていた。だが今の声には、追い詰められた人間の暗さがなかった。場にそぐわないほど、調子が普段のままだった。
執政も、その声を聞いてわずかに眉を動かした。
やがて扉が開く。
役人に連れられて、四人の男女が入ってきた。
四人は、揃いのような服を着ていた。同じ柄の生地が使われており、特に上着の形が独特だった。王国の服とも、この国の服とも違う。異国の衣装と言われればまだ分かるが、それにしては作りが整いすぎている。
後で聞いたところによると、あれは四人が通っていた学校の「制服」らしい。
学生が揃いの服を着るという考え方そのものが、少なくとも俺の知る範囲の国にはなかった。だからこそ、彼らの話に現実味が出てしまったのも事実だ。
その中で、一人だけ黒いぼろぼろのマントを大事そうに抱えている男がいた。
体格のいい男は、場の重さをあまり分かっていないような顔をしている。
背筋の伸びた女は、こちらを見ながらも周囲の様子を確かめていた。
最後の女は、おどおどと視線を泳がせ、できることなら誰かの後ろに隠れたいという顔をしていた。
年は、いずれも俺より少し若い。十代半ばくらいだろうか。服装だけではない。四人はこの部屋の中で、どうにも浮いて見えた。
場に慣れていないのは確かだ。だが、萎縮しているわけでもない。偉い人間の前に出された緊張はある。けれど、自分たちが本当に裁かれるとは思っていないような、場違いな余裕があった。
その余裕が、俺には少し引っかかった。
役人が一歩前に出る。
「こちらが、先ほど申し上げた者たちです」
執政が静かに頷く。
「身元不明。戸籍なし。所属なし。発見されたのは、この国の西側街道付近です。保護時、所持していた物品にも、この国および王国のものとは異なる特徴が多く見られました」
なるほど。
それだけなら、遠方から来た流民や、どこかの国の密偵という可能性もある。処遇に困るのも分からないではない。
だが執政は、そこで一度言葉を切った。そして、少し声を落として続ける。
「本人たちは、自らを――別の世界から来た者だと申しております」
「……へ?」
俺の口から漏れた、国主らしからぬ間抜けな声に、部屋の空気が止まった。




