第28話 帰路
王都へ向かう馬車の中で、転移者たちは眠っていた。出発した直後こそ、四人はそれなりにはしゃいでいた。馬車の造りがどうだとか、外の景色が本当に異世界っぽいだとか、道が思ったより揺れるだとか、そんなことを口々に言っていたのだが、しばらくすると一人、また一人と静かになっていった。
今では、シャドウは黒いぼろぼろのマントを抱えたまま眠っている。シンゴは窓枠に頭をぶつけそうな姿勢で船を漕ぎ、サチコは膝の上で手を握ったまま小さく寝息を立てていた。
ヒナだけはまだ起きていた。もっとも、まぶたは重そうで、馬車が大きく揺れるたびに、はっとしたように顔を上げている。本人は起きているつもりなのだろうが、半分くらいは眠りに引っ張られているように見えた。
よく寝られるものだと思う。
別の世界に来た。王国に連れて行かれる。これから王に会うかもしれない。普通ならもう少し気を張っていてもよさそうなものだが、こいつらは馬車の揺れに身を任せている。図太いのか、まだ事態を現実として受け止めきれていないのか。そのあたりはよく分からない。
もっとも、俺も他人のことを言える立場ではなかった。
眠れないのは、気が張っているからというより、考えることが多すぎるからだ。
まずは王への面通しだ。執政から報告は行っているだろうが、俺の口からも説明は必要になるはずだ。問題は、あの王がどう出るかである。
おそらく、いつもの調子だ。
偉そうに構えるのではなく、友人か何かのような顔で話しかけてくる。あの人はそういうことを平然とやる。だが相手は王だ。本人が気にしないからといって、こちらまで気を抜いていいわけではない。
こいつらには、そのあたりを先に説明しておかなければならない。
そしてその後、こいつらをどうするか。
身元不明。所属なし。別の世界から来たと名乗る四人。得体が知れない。王都に連れ帰ったあと、一体何をさせればいいのか。
できれば王が、あとの面倒は任せろと言ってくれればいい。俺はそう願った。願ったところで、俺の願いなど大抵ろくな形では叶わないのだが、それでも考えずにはいられなかった。
そんなことを考えていると、向かいに座っていたヒナが小さく息を吐いた。眠気を払うように目元をこすり、それから窓の外を見る。
「まだ、かかりますか」
「ああ。しばらくはかかる」
「そうですか」
ヒナは少し恥ずかしそうに背筋を正した。寝ていたわけではない、という顔をしているが、さっきまでかなり危なかった。
彼女は眠っている三人を見た。シャドウとシンゴを見る目には、少し呆れが混じっている。
「こいつらとは、元から仲がいいのか」
俺が聞くと、ヒナは首を横に振った。
「全員が仲良し、というわけではないです。影山くんと赤木くんは、元から友達みたいですけど。私は同じクラスというだけで、大原さんとも特別親しかったわけではありません」
一瞬、カゲヤマという名前に引っかかった。
そういえば、シャドウの本名はカゲヤマショウタだった。本人があまりにも得意げにシャドウを名乗るので、こちらも面倒になって付き合ってやることにしたのだが、当然、向こうの世界では普通にカゲヤマと呼ばれていたのだろう。
「シャドウは、元からああいう感じだったのか」
「ああいう、というと」
「自分の名前を変えて、妙に格好をつけたり、今もこうやって黒いマントを大事そうに抱えているような感じだ」
ヒナは少し困ったように笑った。
「正直、私は意外でした。影山くんは、どちらかといえば、そういう話は好きじゃないタイプだと思っていました」
「そういう話?」
「異世界とか、勇者とか、闇の力とか……そういうものです。少なくとも、クラスではそういう話をしているところは見たことがありません。スポーツの話とか、流行りの音楽とか、そういう普通の話をしていたと思います」
すぽーつ。
また聞き慣れない言葉が出た。
ただ、今はそこを掘り下げる場面ではない気がした。意味を聞けば説明してくれるのだろうが、話の本筋からは外れそうだったので、聞き流すことにする。
ヒナは、黒いマントを抱えたまま眠るシャドウを見た。中性的な顔立ちにはまだ少年っぽさが残っていて、眠っていると余計に幼く見える。
「でも、本当に異世界に来てしまったから」
ヒナは続けた。
「もう隠す必要がなくなったのかもしれません。本人の中に元からあったものが、こっちに来て一気に出てきたというか」
「なるほどな」
分かるような、分からないような話だった。
人間は、場所が変われば振る舞いも変わる。今まで押さえていたものが、状況一つで顔を出すこともあるのだろう。シャドウの場合、それが黒いマントと勇者名乗りだったというだけの話かもしれない。
少なくとも、本人は楽しそうだ。それがいいことなのかどうかは、まだ分からないが。
「お前たちは、どうやってこの世界へ来たんだ」
俺が聞くと、ヒナは少し表情を改めた。
「たまたま教室に残っていたんです。放課後に。影山くんと赤木くんは何か話していて、私は委員の仕事が少し残っていて、大原さんは……たぶん帰るタイミングを逃していたんだと思います」
「それで?」
「気づいた時には、不思議な場所にいました」
「不思議な場所」
「真っ白というか、何もないというか……場所と言っていいのかも分かりません。誰かが目の前にいたわけでもありませんでした。神様みたいな人が説明してくれた、という感じではなかったです」
「誰とも話していないのか」
「はい」
俺は少しだけ言葉を選んだ。
「例えば、妙におちゃらけた感じの奴と話したりはしなかったか」
「おちゃらけた感じ、ですか?」
「ああ。こっちが真面目に聞いているのに、茶化すような言い方をする。人を試しているようで、どこまで本気なのか分からないような奴だ」
ヒナはしばらく考えてから、首を横に振った。
「いえ。そういう人とは会っていません。声が聞こえた、というのとも少し違います」
「では、どうやって事情を知った」
「頭の中に、情報が流れ込んできた感じです」
その答えを聞いた時点で、少なくとも“あれ”ではないのだろうと思った。
あいつなら、黙って情報だけを流し込むような真似はしない。もっと嫌な言い方をする。こちらが忘れられないような形で、余計な言葉を残していく。人を不安にさせるために話しているのではないかと思うほど、わざわざ腹の立つ言い回しを選ぶ。
ならば、この四人をここへ送った存在は、あれとは別の何か。それはそれで、まったく安心できる話ではなかった。
「情報が流れ込んできた、か」
「はい。言葉で聞いたというより、理解させられた、という方が近いです。自分たちが別の世界へ行くこと。役割を与えられたこと。勇者、戦士、魔法使い、僧侶。そういうものも、そこで分かりました」
役割。
昨日、ヒナが魔法使いを担当していると言った時の違和感が戻ってくる。彼らにとってそれは、職業というより、割り振られた役目なのだろう。
「他には」
「転移の際に、それぞれの役割に応じた力をもらった、ということ。それと、もう一つ」
ヒナは少し声を落とした。
「なんでも願いを叶える力をもらった、ということです」
俺は、しばらく黙った。なんでも願いを叶える。言葉としては分かる。だが、理解したくない種類の言葉だった。
「なんでも、か」
「そう理解させられました。ただ、私たちも詳しいことは分かっていません。何がどこまで叶うのか、何度使えるのかも」
「何度か試したのか」
「少しだけです。でも、その話は他の三人が起きている時の方がいいと思います」
俺は眠っている三人を見た。確かに、この話は一人から聞くだけで済ませていいものではなさそうだった。願いが叶う力。そんなものを持った人間が四人。しかも、そのうちの三人は今、呑気に眠っている。
俺は窓の外へ目を向けた。馬車は王都へ向かって進んでいる。道は見慣れたものに近づきつつあった。
こいつらをこの世界に転移させたのは、一体何者なのか。“あれ”とは別の何からしい。
考えても答えは出なかった。




