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歪んだ因果の勇者譚 ~世界を救えと言われたが、勝手に選ばれた仲間が問題児だらけで、しかも一人でも追放すると俺が爆散する~  作者: たま8


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第23話 リリア、脱ぐ

 山火事の件から数日後、王城からまた使者が来た。依頼そのものは珍しくない。いまの立場になってからというもの、王城絡みの仕事はむしろ増えたくらいだ。だが今回は、内容が違った。


 慰労、とのことだった。


 あの山火事の件については大いに助かった、ついては数日ばかり仕事を空けて、街道沿いの宿で休んでくるといい――そういう話だった。


 あの王のことなので、もしかするとただ気を利かせたというだけでもないのだろうが、こういう申し出をはねつけるほどこちらも意地を張る理由はない。


 何より、少しばかり仲間を落ち着かせる意味でも悪くない気がした。


 目的地は、西の街道沿いにある湯宿だった。王城絡みの役人や地方へ向かう使者が時々使う宿らしく、湯も料理も悪くないと聞いている。


 道中は、拍子抜けするほど穏やかだった。


 ラッキィが馬車の窓から外を覗き込みながら、のんきに言う。


「うひゃー慰安旅行! いいですねえ」


「あまり気を緩めるなよ」


 俺が言うと、ラッキィはにこにこと頷いた。


「しかも王様手配の馬車での移動ってちょっとえらい人っぽくないですか?」


「そういう言い方をされると急に落ち着かなくなるからやめろ」


「国主さまですもんねえ」


「だからその呼び方を面白がって使うな」


 横でガルドが短く笑った。


「まあまあ、国主様」


「お前までいい加減しつこい」


「いいじゃねえか。せっかくなんだから慣れとけ」


「慣れたくて慣れるもんでもないだろ」


 すると爺が、面の奥から低い声を漏らした。


「君主逗留。気位温存。疲労散逸」


「例によってあれだが、たぶん休めって言ってるんだな」


 向かいでリリアがくすくす笑った。


「でもよかったじゃん、レイ。たまにはそういうのも。ずっと肩肘張ってても仕方ないでしょ」


「誰のせいで肩肘が張ることが多いと思ってる」


「やだなあ。レイっていつも大げさ」


「大げさで済むなら胃は痛まない」


 ミアは窓の外も見ず、腕を組んだまま、いつもと変わらない調子だった。


「休めと言われているなら休めばいいでしょう。仕事でないなら、こちらとしてはその方がありがたいです」


「お前はもう少し気を緩めてくれ」


 こうして馬車に揺られながら他愛もないやり取りを聞いていると、これが本当に王城絡みの慰労なのか、単なる変な集まりなのか分からなくなる。だが、少なくとも山火事の現場へ向かった時のような張りつめた空気はなかった。そのことに、俺は少しだけ安堵していた。


 湯宿は、街道から少し入った先にあった。


 山間の秘湯、というほど奥まった場所ではない。旅人が立ち寄るにはちょうどよく、だがそれでいて少し世間から離れている。木を多く使った建物は派手ではないがよく整えられていて、門口のあたりから既に湯気の匂いが漂っていた。


 帳場へ顔を出すと、女将らしい中年の女が丁寧に頭を下げた。


「ようこそお越しくださいました。陛下からお話は伺っております。お部屋も湯もすぐにご用意できますので、ごゆるりとなさってください」


 こういう時、王の手回しの良さはありがたい反面、やはり少し落ち着かない。俺たちが着く前から話が通っている、という状況に未だ慣れきれていないのだと思う。


 もっとも、そういうことをいちいち顔へ出していても仕方がない。


 湯を使い、一息ついてから、夜は広間の卓へ案内された。


 卓の中央には、大きな鍋が据えられている。だしの色はやや濃く、湯気と一緒に独特の香りが立ち上っていた。見慣れない肉や皮つきの部位、薬草めいた葉や根菜も入っている。


「この辺りの名物料理でして」


 女将が少し誇らしげに説明する。


「滋養がつく料理として知られております。旅人や兵の方にも人気なんですよ。見た目は少々癖がありますが、味は確かですので」


 ラッキィが目を輝かせた。


「へえ。精がつくんですか」


「はい。昔から、そういう料理として評判でして」


「なんでまた、そんなのが名物になったんだ」


 俺が聞くと、女将は鍋の蓋を少しずらしながら答えた。


「この辺りを治めていた領主様が、観光政策の一環として推し進めたんです。山や川の幸を整理して、旅人向けの名物として打ち出してくださって。いまでは、この宿だけでなく、この辺り一帯で知られた料理になりました」


 なるほど、と俺は思う。


 ただうまい物がある、ではなく、それを土地の名物として押し出す。その発想があるかないかで、人の流れは大きく変わるのだろう。


「すごいやり手もいたんだな……」


 思わずそう漏らすと、横からガルドが言った。


「お前もそういうの考えたらどうだ、国主様」


「うぅ」


 見事に詰まった。


 実際その通りだから困る。俺が治めることになったあの小国にしたって、立て直していくならそういう発想は必要になるのかもしれない。必要になるのかもしれないが、じゃあ今すぐ何か思いつくかと言われれば、ぐうの音も出ない。


「いや、そういうのは……その、もうちょっとちゃんと考える時間がいるだろ」


「考える気はあるんだな」


「ないとは言ってない」


「まあ、国主様だしな」


「だからその呼び方を面白がって使うな」


 ガルドはそれ以上言わなかったが、口元にはうっすら笑いが残っていた。こういう時だけ妙にまともなことを言うのだから腹立たしい。


 女将はそんなやり取りに少し笑ってから、ふと表情を緩めた。


「あの方がご存命だったら、もっとこの辺りも栄えていたのでしょうけど」


「どうしたんだ?」


 俺が尋ねると、女将は声の調子を少し落とした。


「火事で……屋敷が焼けまして。夜の火だったそうで、ご一家はその時に……。ただ、お子様が一人助かったと聞いておりますが、その後のことは分からないままで」


 火事。


 その言葉に、俺はほんの一瞬だけ、先日の山火事を思い出した。だがそれとは違う、もっと人の生活へ近い火だ。


「そうだったのか」


「はい。急なことで、どうにもならなかったと聞いております」


 その時、ガルドが小さく呟いた。


「……ああ、この辺だったか」


「ん?」


 俺はそちらを見た。


「知ってるのか」


 ガルドは一瞬だけ黙り、それからすぐに首を振った。


「いや、なんでもねえよ」


 その横で、爺も何かぼそりと言った気がしたが、よく聞こえなかった。


 少しだけ引っかかるものはあった。だが、そこで無理に聞き返すほどでもなく、その場では流した。


 鍋が煮え始めると、そんな空気もだんだん薄れた。


 だしの匂いは濃いが、くどくはない。ひと口含むと、疲れた体の奥にじわりと熱が染みていくようだった。肉は柔らかく、皮に近いところは独特の弾力がある。薬草の苦みも、うまく溶け込んでいた。


「おいしいねえ」


 リリアが言った。


 湯上がりのうえに酒も入っているせいか、かなり機嫌がいい。


「なんか、体の中からあったかくなってくる感じ」


「滋養がつく料理らしいからな」


「じゃあ効いてるんだ」


「何がだ」


「いろいろ」


「曖昧すぎる」


 ラッキィも調子に乗っていた。


「これは元気になりますよ、きっと。明日の朝には全員ものすごく元気かもしれません」


「お前は普段から余計なところだけ元気だろ」


「それは否定しません」


「しろよ」


 ミアは淡々と鍋をよそっていた。食べる速度も変わらない。相変わらずである。


 ガルドは酒をあおり、爺は静かに箸を動かしている。こうして見ると、ただの食事風景だ。普通の旅の夜に見えなくもない。もっとも、そう思った瞬間にだいたい何かが起きるのが俺たちなのだが。


 案の定、酒が回るにつれてリリアの様子が少しずつ危うくなっていった。


「ねえレイ」


 頬を赤くしたまま、リリアがこちらを見る。


 聞こえてはいたが、あえて返さなかった。


「ねえってば、レイ」


 もう一度呼ばれたが、やはり無視した。


 正直、このあたりで相手をするのが面倒になっていた。せっかく慰労だ何だと言われて湯宿まで来ているのに、ここで酔っ払いの相手までしていたら休みに来た意味がない。


 向かいを見ると、ミアは相変わらずだった。こちらの騒ぎなどどこ吹く風で、鍋の具を淡々とよそい、淡々と口へ運んでいる。


「お前は変わらないな」


 思わずそう言うと、ミアは箸を止めもせずに答えた。


「何がですか」


「何がって、そういうところだよ」


「意味が分かりませんね」


「分かってるだろ。そうやって何でもないみたいな顔して、ずっと一歩引いたところにいるの」


 ミアはそこで初めて、わずかに視線を上げた。


 俺は続けた。


「そんな態度ばかり取ってて、お前楽しいのか」


「……別に」


「もう少し素の自分を見せたらどうだ。いつもいつも、そうやって突っぱねるみたいにしてなくてもいいだろ」


 少し言いすぎたかもしれない。


 そう思ったのは、ミアが珍しく顔を変えたからだった。


 あまり見たことのない顔だった。ほんのわずかだが、目を見開いている。


 そんなにきつく聞こえたのかと思った。だが、どうも違う。


 ミアの視線は俺ではなく、その向こうへ向いている。


 何だ、と思って振り返る。


 振り返った時には、もう全部終わっていた。


 リリアは全部脱いでいた。


 一瞬、何が起きたのか分からなかった。卓の向こうで、湯気の向こうで、酒で頬を染めたリリアが、きれいさっぱり何も身につけず立っていた。頭が理解を拒み、目だけが先に理解する。


「――は?」


 間の抜けた声が出た。


「きゃはは、レイの顔」


「お、お、おま、お前ぇぇぇぇぇ!」


 何を言えばいいのか自分でも分からなかった。脱ぎ始めたのならまだ止めようがあった。だが振り向いた時には、すでに何もかも終わっていた。対処のしようがない。


「お鍋食べたら体がぽっぽしてきてさ!ねえレイ、どう?」


「どうもこうもあるか! 服を着ろ!」


「えー、なんで?」


「なんでじゃない! 宿だぞここ! 人前だぞ!」


 リリアは上機嫌なまま、わざとらしく腰に手を当てた。


「ええ、あたしは構わないけど」


 そこで妙に見栄を切るみたいな格好をするものだから、余計にたちが悪い。


「お前が構う構わないの話じゃない!」


 その横で、爺がすっと腕を伸ばしたかと思えば、後ろからガルドの目元を覆った。


「なにしてんだ爺!」


「視覚遮断。風紀保全」


「何言ってるか全部は分からんが、なんでガルドだけなんだ!」


「粗暴優先。危険上位」


「爺さん! 納得いかねえぞ」


 ガルドの低い声が、爺の手の下から漏れた。


 その一方で、ラッキィは両手で目を覆っていた。


「ぼ、ぼくは見てませんからね!」


「指の隙間が開いてるぞ!」


「これは事故です!」


「事故でそんな綺麗に隙間できるか!」


 ミアはそこでようやく口を開いた。


「騒がしいですね」


「お前ちょっとは反応しろ!」


「どうせ止めても聞かないでしょう」


「正論で済ませるな!」


 当の本人は上機嫌だった。


 前にあいつは言っていた。あの妙に色っぽい振る舞いは演技なのだと。パーティーに馴染むために、そういう女のふりをしているだけなのだと。


 だが、ここまで来ると、やはりあれは素なのではないかと思えてくる。


 いや、酔っているから本性が出ているだけなのか。どちらにせよ、こちらとしては迷惑だった。


「レイ真っ赤ー」


「お前のせいだ!」


 結局、俺が上着を引っ掴んで無理やりリリアへ被せるしかなかった。リリアはきゃっきゃと笑っている。こちらは笑い事ではない。心臓と理性と今後の精神衛生に深刻な被害が出ている。


 それでもひとしきり騒いだあとは、リリアは案外あっさり落ち着いた。上着にくるまったまま、また鍋へ戻る。


「おいしいねえ」


「何事もなかったみたいに言うな」


「何かあったっけ?」


「ありすぎたわ!」


 そう怒鳴ったものの、場の空気はほとんど笑い話になっていた。ガルドは爺の手を振り払いながら不満そうに酒を飲み、ラッキィは最後まで見てませんを主張し続け、ミアは結局一番落ち着いて食事を進めていた。


 夜も更け、部屋へ戻った頃には、俺は心底疲れていた。


 山火事より疲れた、とは言わない。だが種類の違う消耗が確実にあった。人は見なくていいものを見た時にも、それなりに疲れるらしい。


 床に就き、ようやく静かになったはずなのに、頭の中は逆に静かではなかった。


 夕食の席で、ガルドが「ああ、この辺だったか」と言ったことが少しだけ引っかかっていた。何のことだったのか。昔この辺で何かあったのか。考えようと思えば、考えるべきことはそちらのはずだった。


 だが、目を閉じるたび、別のものが勝手に浮かんできた。


 見なくてよかったはずのものが、妙にはっきりした形を伴って脳裏へ戻ってくる。あの場で慌てて目を逸らしたつもりだったが、人間の目というのは余計な時に限って余計なものをしっかり拾うらしい。


 最低だな、と思う。


 思うが、浮かぶものは浮かぶ。考えたいことは別にあるのに、そちらへ集中しようとするたび、酒で上機嫌だったリリアの声と、見てしまった光景が勝手に邪魔をした。


  そのあたりで、ふと別の考えが頭をよぎった。


 ――待て。


 もしあの場に、女将や給仕や、他の客がまだ残っていたらどうなっていた。


 王国の筆頭勇者パーティーが公然猥褻まがいの騒ぎでしょっ引かれでもしたら、それこそ大問題になるところだった。


 そこまで考えて、俺ははっとした。


 そういえば、あの時――妙に、周りに人がいなかった気がする。


 さっきまでたしかに女将もいたし、給仕の姿もあった。広間の隅には他の客らしい気配もあったはずだ。なのに、いざあの馬鹿が全部脱いだ時には、妙に都合よく、俺たちの周りだけが空いていた。


 たまたまか。


 いや、そうかもしれない。食器を下げに行った、他の客が部屋へ戻った、そういう説明はいくらでもつく。


 だが、よりによってあの瞬間だけきれいに人払いでもしたみたいになっていたのを思い返すと、どうにも嫌な想像が頭をもたげる。


 ――まさか、あれも祝福か?


 だとしたら、発動の使いどころがだいぶおかしい。


 いや、あの場で全員に見られていたら、確かにしゃれにならなかったのも事実だが。


 助かったのか、助かっていないのか、よく分からない。だめだ。考えるほど馬鹿馬鹿しくなってくる。


 俺はそこで無理やり目を閉じた。その夜はやけに寝つきが悪かった。


 翌朝、目を覚ました時には頭が少し重かった。酒が残っているわけではない。単純に寝不足だ。俺は布団の上でしばらく天井を見てから起き上がり、広間へ出た。


 すでに何人かは起きていた。ミアは朝食を前に変わらず無表情で、ガルドは黙って茶を飲み、ラッキィは眠そうに欠伸をしている。


 ただ、一人いない。


「……爺は?」


 俺が言うと、ガルドが湯呑みを置いた。


「朝からいねえな」


「また勝手にどっか行ったのか」


 しばらくすると、爺が宿の戸を開いた。


 黒い僧衣の裾に、わずかに朝露の色がついている。歩き方はいつも通り遅く、何もなかったような顔――というか、面で何も見えないのだが、そんな雰囲気だった。


「遅いぞ」


 俺が言うと、爺は一拍置いてから低く答えた。


「朝祷巡回。些末遅延」


 そう言って席につく。


 俺はその姿を少しだけ見た。問いただそうかとも思ったが、どうせ素直に話すとは思えない。


 とりあえず、いまは朝食を食うしかない。


 そう思って椀へ手を伸ばしたところで、向かいの席のリリアが、何も覚えていない顔でにこりと笑った。


「おはよ、レイ。なんか顔色わるくない?」


「誰のせいだと思ってる」


「え?」


 本当に分かっていないらしい。俺は深くため息をついた。

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