第22話 仲間たちと“祝福”
山火事の始末が一通りついたところで、リリアはふっと息を吐いた。さすがに消耗はあるらしい。だが、息も絶え絶えになるほどではないところがまた恐ろしかった。
王が、珍しく数拍遅れて口を開いた。
「……なるほど。これは確かに、“すごい”では済まないね」
「でしょ?」
リリアはすぐにいつもの調子へ戻って笑った。
「だから言ったじゃないですか。あたし、けっこうやるんですよ」
「けっこう、で済ませる自己評価もどうかと思うけど」
俺が言うと、リリアは肩をすくめた。
「女の子の慎みだよ」
「慎みの使い方をどこかで間違えてる」
ガルドが、面白くもなさそうに山を見ていた。
「便利だな」
「感想が薄いなお前」
「火も崩れも来ねえならいい」
それもまあ正しい。ガルドにしてはずいぶん実務的だった。
爺が低く言う。
「山貌改変。規格逸脱。日常延長」
「お前が適当に片づけてるのは分かる」
「洞察進展」
「褒めてない」
現地の指揮官たちは、処理後の斜面を確認するため慌ただしく動き始めていた。火は鎮まり、崩落の起点も消えた。もちろん細かい後始末や監視は必要だろうが、少なくとも最悪の事態は避けられたらしい。
それが分かった頃になってようやく、俺の中に遅れてきた疲労のようなものが滲んだ。山が燃えているのを見た時点で嫌な予感はしていたが、まさか最後に山の形まで変わるとは思っていなかったからだ。
帰りの馬車は、行きより静かだった。
他の面子が疲れていたというのもあるだろうが、それ以上に、俺が何をどう考えればいいのか少し分からなくなっていたせいもある。
リリアは窓際に座って外を見ていた。夕方の光が髪へ落ちて、横顔だけが淡く明るい。そこにいるのは、いつも通りの、年頃の明るい女の子にしか見えなかった。さっき山を相手にしていた女が、どうにも頭の中でうまく重ならない。
しばらくしてから、俺は声をかけた。
「お前……いつの間に、あそこまでになった」
リリアは視線だけこちらへ向けて、少し笑った。
「やだ、いまさら?」
「いまさらだ。いや、強いのは知ってた」
そこで言葉を切る。
「でも、あれは違うだろ。ほんの三年前まで、お前は――」
幼馴染として知っている、あの頃のリリア。魔法使いになりたいと言っていた、少し意地っ張りで、だが別に飛び抜けてもいなかった少女。
あそこから何がどうなれば、いま目の前のこれになる。
「……会ってない期間なんて、三年くらいなもんだぞ」
リリアは、ほんの少しだけ目を細めた。
「三年、かあ」
その言い方が引っかかった。
「外から見たら、そうかもね」
「どういう意味だ」
「別に」
リリアは窓の外へ視線を戻した。
「一人の時間、長かったし」
軽く言っているようで、その先へは踏み込ませない響きがあった。
俺は眉を寄せる。
「それで済む話か?」
「済ませるの」
返事は即答だった。
「強くなりたかったの。すごくね。だから頑張った。そういう話じゃだめ?」
「駄目だろ。頑張ったで山の形が変わるか」
「変わったじゃない」
「そういうことを言ってるんじゃない」
リリアはくすくす笑った。だが、その笑い方には、ほんのわずかに張りつめたものが混じっていた。
「細かいこと気にしすぎると禿げるよ、レイ」
「お前のせいで胃が悪くなることはあっても、髪まではまだ大丈夫だ」
「いま『まだ』って予防線張ったね」
「お前らといる以上、必要な予防線だ」
それで会話は一度切れた。
聞いても、たぶんこれ以上は言わないだろう。こいつが軽口で流す時は、本当にどうでもいいか、逆にそこへ触れさせたくないかのどちらかだ。今回はたぶん、後者だった。
三年。
その年月が短いとは言わない。だが、人間がここまで変わるには、それでは足りないはずだ。少なくとも、俺の知っている常識の中では。
燃えた山は、もう赤くなかった。白く湿った斜面から、細い煙だけが静かに上がっている。あの尾根の張り出しは戻らないだろう。王国の地図の上で、長く厄介事として残るはずだった場所は、一日で別の形に変わってしまった。
その事実よりも今は、向かいに座る女の方が、俺にはよほど現実味が薄かった。
会っていなかったのは三年。それだけのはずなのに、どうしてその間へ、こんな断絶が入り込むのか。
今までも、何かがうまくいきすぎるたびに、頭のどこかでは“祝福”のことを考えていた。また勝手に発動したのかもしれない。俺の知らないところで帳尻が合わされて、結果だけが都合よく丸く収まったのかもしれない。そう思えば、一応は話が通る気がしたからだ。
だが、あの山火事に関して言えば、祝福がどうこうという感じが薄い。少なくとも、俺の目にはそう見えた。あれは、どう見てもリリアがやった。しかも、こちらが想像していたよりずっと、とんでもない規模で、だ。
では、他の連中はどうなのか。
ガルドは分かりやすい。あいつの場合、気に入らないというただそれだけの理由で他人を害してきた。だがそれが良い方向に動く。一度や二度ならともかく、あれだけ続けば、何かしら人の目に見えない力が働いていると思うのが自然だ。
ミアもそうだ。あれだけ法外な金をふんだくっておきながら、善人を治したあとに、その相手が露骨に金絡みで不幸になるようなことは起きていない。
むしろ、妙に収まりがいいことの方が多い。
助かった命が、あとから別の形で腐るようなこともない。少なくとも、俺の知る限りでは。
爺は……分からん。いや、本当に分からない。あいつだけは最初からずっと分からない。何を言っているのかも分からなければ、何をしているのかも分からない。
ただ、あの意味不明な言葉のせいでもしかすると誰かの迷惑になったり、余計な混乱を広げていたのかもしれない。あれも、どこかで勝手に帳尻が合わせられているのだろうか。
リリアは、どうだろう。
今回にの件もそうだが、リリアの場合はほとんどの依頼でただ圧倒的な力を見せつけていただけで、そこから何か問題が起きる、ということはなかったように思う。
唯一、祝福くさいものがあるとすれば、以前、俺が必死でパーティーからの離脱を引き止めた時くらいか。
あれを、あいつがおかしな方向に受け取ったおかげで事なきを得た。あれがそうだとすればそもそも祝福の力でパーティーからの離脱という事自体起こり得ないということになる。
ここにきて次は「祝福は自動発動」という条件が絡んでくる。そういう場面になると自動的に発動するものなのかどうか。発動するかもしれないし、発動しないかもしれないのか。だが、ガルドが何か問題を起こした場合は、毎回発動しているとしか思えない。そう考えるとリリアのあれもやはり発動していたと考えるべきなのか。
ラッキィは、もっと分からない。
あいつのやらかしで俺たちは腕まで落とされた。それなのに、結局は爺が痛みを感じないよう何かの術を飛ばしてくれていたらしいし、落とされた腕はミアが何事もなかったみたいに戻した。そして多額の賠償金が手元に入った。
結果だけ見れば、うまく収まった。収まったのだが、あれだけは今でも少し気持ち悪さが残る。
もしあの時、爺とミアが別の用事でどこか遠くにいたらどうなっていたのか。だがそれは考えたところで仕方のないことだ。たらればで話を組み立てても意味はない。それでも、あの件だけは、妙に引っかかる。
そもそも、ラッキィのああいうおっちょこちょいが、そのままパーティーにとって最善の結果へ繋がったことがあっただろうか。
表向きにはただの失敗にしか見えないのに、あとから振り返ると、どこか別の場所で意味が生まれていた――そんなことが、俺の見えていないところで起きていたのかもしれない。風が吹けば桶屋が儲かる、ではないが、本人のドジが回り回って何かを助けていた、という可能性はあるかもしれない。
貴族殺しの時ですら、酷い責苦にあうようなことは結果としてなかった。だが、あれだって結局は仲間が強かったからどうにかなっただけなのかもしれない。
祝福が守ったのではなく、あいつらが無茶苦茶なまま押し切っただけだったのだとしたら、今まで俺が祝福だと思っていたものの中にも、ただ仲間の力で片づいていたものが相当混じっていることになる。
そこまで考えて、頭が痛くなった。
だめだ。まとまらない。
ひとつひとつ切り分けて考えようとするほど、かえって境目が曖昧になる。祝福のせいなのか、仲間が変なのか、その両方なのか。考えれば考えるほど、余計に分からなくなっていく。
疲れているのだろう。山ひとつ相手にしたあとで、こんなことを整理しきれるはずもない。
俺はそこで考えるのをやめた。まとまらないものを、無理にまとめようとしても仕方がなかった。




