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歪んだ因果の勇者譚 ~世界を救えと言われたが、勝手に選ばれた仲間が問題児だらけで、しかも一人でも追放すると俺が爆散する~  作者: たま8


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第2話 戦士ガルドの暴力

 王都の大通りは昼過ぎの光に満ちていた。


 露店の呼び声、荷車の軋み、人のざわめき。外に出ればいくらでも厄介ごとはあるが、この辺りは比較的人目も多く、治安も悪くない。だから人は少し気を抜いて歩いている。俺も、そうだった。隣を歩く男が口を開くまでは。


「おい、レイ」


 ガルドだ。筋骨隆々の体に大剣を背負い、そこにいるだけで空気を圧するような男だ。


「あいつ、気に入らねえな」


 視線の先には、ただの通行人がいた。急いでいるのか少し早足なだけで、特に目立つところはない。人混みの中ではよくいる類だ。


「……やめとけ」


 考えるより先に言葉が出た。理由はない。ただ止めないとまずい、という感覚だけがあった。


 だが、ガルドはもう歩き出している。一直線に。迷いなく。


「おい」


 短く呼ぶと、男が振り向く。


「さっき、肩ぶつけただろ」


「え? いや、すみません――」


 言葉は最後まで続かなかった。


 拳が振り抜かれたからだ。


 鈍い音とともに、男の体が横へ飛ぶ。石畳の上を転がり、荷箱の角にぶつかって止まった。通りの空気が一瞬で凍りつく。遅れて、悲鳴が上がった。


 最悪だ。


 兵士が来る。逃げるか。そう考えた瞬間だった。


「はい、ストーップ」


 場違いな声が響いた。


 時間が、止まる。


 人の動きも、音も、全部がそのまま固まる。風すら止まっている。露店の布も、飛びかけた埃も、宙でぴたりと動きを失っていた。


「……は?」


 声を出したのは、俺だけだった。


 隣を見る。ガルドは動かない。拳を振り抜いたまま止まっている。吹き飛ばされた男も、その姿のまま完全に固まっていた。


「いやーごめんごめん」


 あの声だ。


 振り向くと、何もない空間に“あれ”が立っていた。人の形をしているようでしていない、あの曖昧な存在。卒業式の最中、いきなり俺を引きずり込んできたあいつだった。


「ちょっと説明し忘れてたことがあってさ」


 相変わらず、口調が軽い。


「……なんだよ」


「祝福の話」


 あっさり言うが、嫌な予感しかしない。


「君にはねー、ん~~なんて言えばいいかな」


 少しだけ考える素振りを見せる。


「因果を、いい感じに調整する力をあげといたよ」


 意図的にぼかしているのか、言い方が曖昧だった。


「……は?」


「ほら、今のこれとか」


 顎で示す。止まったままの光景。


「普通なら、ただの暴力事件で終わるでしょ?」


 そりゃそうだ。


「でも、君のパーティーがやったことはね、最終的にいい感じに収まるように調整されるんだよ。すごくない?」


 さらっと言う。


「いい感じってなんだよ」


「いい感じはいい感じだよ」


 話にならない。


「ただし、自動発動だから、君の意思ではどうにもできないよ」


 続ける。


「でもまあ、結果的には君を助ける方向に転ぶと思う」


 “思う”で済ませるな。


「……制限は」


「あるよ」


 即答だった。やっぱりか。


「発動回数は無限じゃない」


「どれくらいだ」


「さあ?」


 笑う。


「一回や二回って話じゃないから安心していいよ」


 安心できるか。


「んーでも、百まではいかないかなー」


 軽い。


「じゃあ具体的には——」


「それは秘密」


 食い気味に遮られる。


「その方が面白いでしょ」


 こっちは面白くない。


「……ふざけてるのか」


「大真面目だよ?」


 本気の顔をしているのが、一番たちが悪い。


「あとね」


 指を立てる。


「これも口外禁止ね。でもって祝福の発動回数が上限までいっちゃうとー」


 さらっと付け足す。


「分かるでしょ?」


 分かっている。分かりたくないが、分かる。


「じゃ、そんな感じで」


 軽く手を振る。


「続き、どうぞ」


 その瞬間——


 その瞬間、時間が動き出した。


 音が戻る。風が流れる。世界が、元に戻る。


 ガルドの拳が完全に振り抜かれる。男の体が石畳へ叩きつけられる。


 さっきと同じ光景だった。


「なんでやった」


「ムカついたから」


 ガルドは即答する。本気でそれが理由だと思っている顔だった。


「どうなっても知らないぞ……」


 倒れた男は動かない。頭を打っている。腕も変な方向へ曲がっていた。


 そこへ、後ろからミアが前へ出る。


「治しましょうか?」


 何でもない口調だった。


「……治せるのか」


「治せますよ」


「なら早くしろ」


「その前に」


 ミアは倒れた男を見下ろしたまま言う。


「治療費は金貨五枚です」


「は?」


 思わず、俺が聞き返した。


「今その確認いるか?」


「必要でしょう」


 ミアは平然としている。


「私は慈善事業でやっているわけではありません」


「いや、だからって今――」


 そこで、倒れていた男がうめき声を漏らした。意識はあるらしい。ミアはすっとしゃがみ込み、その顔のすぐそばで静かに告げる。


「聞こえますか。治療費は金貨五枚です。払いますか?」


「ご、五枚……?」


 男の顔が痛みとは別の意味で歪む。


「高すぎるだろ……!」


「命と腕が元に戻るなら安いものです」


「今それを言うか!?」


 俺が言うと、ミアはわずかに首を傾げた。


「では治しませんか?」


「そういう意味じゃない!」


「払うんですか、払わないんですか」


 男は呻きながら、半ば泣きそうな声を出した。


「は、払う! 払うから治せ……!」


「最初からそう言えばいいんです」


 ミアはようやく手をかざした。淡い光が漏れ、折れた腕が元に戻っていく。打ちつけた頭の傷も塞がっていった。


 周囲がざわつく。


 人を殴り飛ばした大男。平然と法外な値段をふっかける僧侶。そこに突っ立っているだけの俺まで含めて、どう見てもまともな連中ではない。


「何なんだお前らは!」


 男が起き上がるなり叫んだ、その時だった。


「そこまでだ!」


 鎧の音と足音が重なる。兵士たちがこちらへ駆けてくる。


 ……終わった。


 そう思った。


「無事ですか!?」


「……は?」


 意味が分からない。兵士たちは俺たちではなく、起き上がった男の方を取り囲んでいた。いや、正確には、囲んだ上で剣を向けている。


「こいつだ! 間違いない!」


「長く追っていた指名手配犯だ!」


「誘拐と人身売買の件で手配されていた男だぞ!」


 男の顔色が変わる。


「ち、違う、俺は――」


「黙れ!」


 兵士が押さえつける。


 通りの空気が一気にひっくり返った。さっきまでただの被害者に見えていた男が、今は兵士たちに取り押さえられる犯罪者になっている。


 俺は隣を見た。


「なんだよ」


 ガルドが言う。


「ムカついたから殴っただけだぞ」


 知っている。問題はそこじゃない。


 兵士の一人が、今度はこっちへ向き直った。さっきまでの警戒が嘘みたいに深々と頭を下げる。


「ご協力、感謝します! こちらでも長く追っていたのですが、足取りがつかめず難航しておりまして……」


「……協力したつもりはない」


「結果として助かりました!」


 勢いがすごい。


「報奨金も出ますので!」


 その言葉に、ミアの目が少しだけ細くなった。


「ちなみに、治療費とは別ですよね?」


「え?」


「報奨金と治療費は別勘定ですよね」


「そ、そりゃまあ……」


「なら問題ありません」


「あるよ!」


 思わず突っ込んだ。


 ガルドは腑に落ちない顔で腕を組んでいる。


「なあレイ」


「何だよ」


「なんで俺、褒められてんだ?」


「……さあな」


「別にいいけどよ」


 よくない。全然よくない。


 これがあいつの言う祝福の力なのか。肩がぶつかった程度で理不尽に暴力をふるったって話が、どうしてこんな形で収まる。


 理解したくもないが、理解はしてしまった。


 こいつらがやらかしたことは、結果だけ見れば都合よく片づく。


 その仕組みの上に、俺はもう乗せられている。


「次、どこ行くんだ?」


 ガルドがもう話を終えた顔で言う。


「森の調査だ。近くの農場で家畜の被害が出てる」


「魔物か」


「たぶんな」


 ありふれた依頼だ。


「じゃあよ、気に入らねえやついたらぶっ殺していいか?」


「ダメだ」


「なんでだよ」


「ダメなものはダメだ」


「……はぁ」


 俺はこめかみを押さえた。胃が、もう少しずつ痛くなり始めている。


 これが、あと何回続くのかは――考えないことにした。

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