第1話 このパーティー、絶対に普通じゃない
俺の名前はレイ。職業は――勇者。
もっとも、その響きから想像されるような大層な存在ではない。この国でいう勇者とは、学校を出て資格を取れば誰でもなれる職業の一つだ。討伐、調査、護衛。国家が手を回しきれない治安仕事を請け負い、現場で判断し、成果を報告し、何かあればまとめて責任を取る。
要するに、中間管理職である。
剣は振れる。人並みより少しだけましな程度には。戦場で死なない動きも、それなりに身についている。だがそれ以上はない。魔法は使えないし、特別な血筋もない。一言でいえば凡庸な人間だった。
少なくとも、卒業式の日までは。
名前を呼ばれ、前に出る。形式的なやり取りを済ませて席に戻るだけのはずだった、その瞬間。周囲の音が消えた。そして、それに気づく間もなく視界が切り替わる。
何もない。床も壁も天井も、あるのかないのか分からない。ただ空間だけが、どこまでも白く曖昧に広がっていた。
その中央に、何かがいた。
「はい、どうもー」
軽い調子の声だった。人の形をしているようにも見える。だが輪郭が定まらない。男なのか女なのかも分からない。ただ、そこに“いる”という事実だけが妙にはっきりしていた。
「いやー、やっと来たね。待ってたよ」
馴れ馴れしい口調に、反射的に眉をひそめる。
状況が理解できないまま黙っていると、それは気にした様子もなく話を続けた。
「結論から言うとね、あなたにはこれからある"祝福"を与えます。そんでもって、あなたには世界を救ってもらいます」
子供にちょっとしたおつかいでも頼むかのような調子で、そいつは俺に言った。だが言っている内容が噛み合っていない。
「……は?」
「いや、正確にはあなたのパーティーに、かな。ま、細かいことはどうでもいっか」
そこで、嫌な予感がした。こういう予感はたいてい外れてほしい時に限って当たる。
「でね、お仲間はぜーんぶ、こっちで選んでおきますから。ちょーっと個性的だけどね。何にもないとつまんないでしょ。ふふふ……」
笑い方が気に入らなかった。
「でね、いくつかルールがありまーす」
指を立てるような仕草をする。
「まず一つ。メンバーの変更はだめ。チェンジNGでーす」
軽い調子だった。両手の人差し指で小さく×を作る仕草まで腹立たしい。
「誰か抜けたいって言っても、絶対に引き留めてね。固定メンバーだから」
そこで一拍置いてから、そいつは二本目の指を立てた。
「二つ目。今のやり取り、口外禁止ね」
あっさり言う。
「この二つは絶対だから。ルール違反は――まあ、分かるでしょ?」
分かるわけがない。黙っていると、そいつはわざとらしく首を傾げた。
「あー、分かんないか。じゃあ説明するね」
次の瞬間、声の調子はそのままに、内容だけが異様なものへ変わった。
「まず体が爆散します」
ぞっとした。それは脅しというより、決まった仕様を説明するみたいに淡々としていた。
「でね、それだけじゃ終わらなくてその先もまあ色々あるんだけど――」
「えっとね、その肉片一つ一つにちゃんと意識と痛覚が残るの。バラバラになっても終わらない。全部が“自分”だからね。それがどれくらい続くかっていうと——」
「分かった。もういい」
それ以上聞く必要はなかった。冗談ではない。冗談に聞こえない。内容そのものより、その語り口に現実味がありすぎた。
「お、理解が早いね。助かるよ」
満足そうに言う。
「じゃあそんな感じで――」
「待て」
自分でも、なぜそこで口を挟んだのか分からなかった。ただ、そのまま終わらせるのが妙に引っかかった。
「ん?」
「何か質問あるー?」とでも言いたげな、ふざけた声音だった。
「さっきの話だ」
「うんうん」
「世界を救うって、どういう意味だ」
この世界は別に滅びかけているわけではない。おとぎ話に出てくるような魔王に支配されているわけでもない。街は機能し、物流は回り、人々はそれぞれの仕事と暮らしを続けている。国同士の小競り合いや紛争もあるにはあるが、常に世の中の全部が戦時色に染まっているわけでもなかった。
魔物もいる。だが知性もなければ言葉も通じない。ただの生き物だ。少し強く、少ししぶとい害獣。放っておけば被害が出るから駆除する。それだけの話だ。
少なくとも俺の知る限り、この世界は“今すぐ救わなければならない世界”には見えなかった。
あれは少しだけ考えるような間を置いた。
「んー……それはまあ、ほら」
間延びした声だった。真面目に答える気があるのか怪しい。
「あれですよ」
軽く手を振る。
「なるようになる!」
数秒、沈黙が落ちた。
「……それ、今使う言葉か?」
思わず口に出ていた。なんか違う。どちらかといえばそれは俺がこのあとに発するような言葉であって、その使いかたとか、質問に対する答えとしてとか、意味がどうこう以前に、その場に合っていない。
「え、ダメ?」
「ダメだろ」
「えー、いいじゃん別に」
さっきからこの調子で話が噛み合っている感じがしない。ただ適当に、その場で思いついた言葉を口にして、話の焦点をわざとずらしているようにも思えた。これ以上聞いても無駄だと判断した俺が口を閉ざすと、あれは勝手に満足したように頷いた。
「はい、質問タイム終わりー。じゃ、そんな感じでよろしくね、勇者くん」
その瞬間、視界が戻った。
音が戻る。ざわめき、笑い声、酒の匂い。さっきまでいた異様な空間はどこにもない。
俺は卒業式の会場ではなく、酒場の卓に座っていた。
「レイ? どうしたの?」
最初に声をかけてきたのは、向かいに座る女だった。
知らない顔ばかりの中で、その女だけは一瞬、どこか引っかかった。長い髪を指先で払いながら、心配より先に面白がっているような目でこちらを見ている。下着の上から薄い布を軽く羽織ったような、やけに肌の見える格好をしていた。そのせいで最初は顔よりそちらへ目が行ってしまい、気づくのが遅れたのかもしれない。
「……リリア?」
口にしてから、自分でも少し驚く。
「うわ、何その反応。ひど」
笑っているがやたらと距離が近い。知っている顔のはずなのに、今ここでこうして当然のように同じ卓を囲んでいる理由が、俺にはまるで分からなかった。
「おい、本当にどうした」
低い声が飛んでくる。
視線を向けると、大剣を背負った大男が不審そうにこちらを見ていた。腕も首も太く、座っているだけで威圧感がある。いかにも短気そうな面だった。
「ガルド、脅かしすぎ」
「脅かしてねえよ」
「もう顔が脅しなの」
「知るか」
知らない名前。知らない顔。知らないはずなのに、周りは誰一人そこに違和感を持っていない。
右隣では、僧侶姿の女が冷めた目でこちらを見ていた。整った顔立ちだが、優しさより先に打算を連想させる目だった。
「酔ったんですか?」
「飲んでない」
「なら寝不足ですか」
「それでもない」
「じゃあ何ですか」
「……こっちが聞きたい」
言うと、向かいの隅に座っていた黒いフードの老人らしき人物が、鳥の嘴みたいな仮面の奥から低い声を漏らした。
黒ずんで見えるが、服の形は僧服だ。杖まで持っているし、たぶん僧侶なのだろう。なのだろうが、見た目はどう見ても不気味だった。
「心神揺転、時序錯綜、暫時混濁」
「最初から最後まで普通に喋ってくれ」
「老骨常態」
意味が分からない。だが分からないこと以上に困るのは、他の連中がこれをまるで普通のこととして受け入れていることだった。
最後に、小柄で頼りなさそうな男が、おずおずと頭を下げた。荷物持ちらしい風情で、見るからに気が弱そうだった。
「えっと、よろしくお願いします」
「今さら何言ってるの?」
リリアが笑う。
「だって空気悪いじゃないですか」
「それはそうだけど」
戦士が一人。僧侶が二人。魔法使いが一人。荷物持ちが一人。こいつらが俺のパーティーなのだ。そうとしか思えなかった。
仲間になった経緯は知らない。ここへ来るまでの時間も体験していない。俺の中では、ついさっきまで卒業式の途中だったのだ。なのに現実の方は、それを無視して先へ進んでいる。拒否権など最初からなかった。”あれ”が俺をここに飛ばしたのだ。盤上にそっと駒を置くみたいに。
そう思いながら、改めて編成全体を見回して、ようやく別の違和感が言葉になった。
「……いや、僧侶多くないか?」
一拍置いて、卓の空気がまた止まる。
「今さら?」
僧侶の女が呆れたように言った。
「お前、この間も同じこと言ってたぞ」
大男――ガルドが鼻を鳴らす。
「そのあと自分で“回復役が厚いのは悪くない”とか納得してただろ」
「知らないよそんなの」
本音がそのまま口をついた。今度こそ、全員の目が俺に集まる。
「ほんとに変だよ、レイ」
リリアがさっきより少しだけ心配そうな顔をした。
「ぼーっとしてたかと思ったら、わたし急に知らない人みたいな顔してるし」
「知らない人みたい、じゃなくて……」
そこで言葉が詰まる。
何をどう説明すればいいのか、まるで分からなかった。卒業式の最中にわけの分からない存在に呼ばれて、固定メンバーだの口外禁止だのと脅されたあと、気づけば酒場でお前たちとしばらく組んでいたことになっている――そんなことを言って、信じるやつがいるわけがない。
しかも、口外禁止だ。言えば死ぬ。あの時点で、説明の道は最初から塞がれていた。
俺は安酒の入った杯を手に取って、一口飲んだ。渋みが強く、舌に残る。現実感だけは嫌なくらいはっきりしていた。
「……とりあえず確認する」
全員の視線が集まる。
「俺はレイ。今日から、お前らのまとめ役ってことらしい」
「今日から? らしい?」
僧侶の女が眉をひそめた。
「いや、そこ突っ込むな。こっちも今かなり色々きつい」
「何だそれ」
「俺も知りたいよ」
ガルドがつまらなそうに酒を置いた。
「で、明日はどうすんだ」
その言い方で、少なくとも俺がまとめ役であること自体は既定路線らしいと分かった。そこに逆らえる感じはしない。
「……明日の依頼は?」
聞き返すと、今度は僧侶の女が呆れたようにため息をついた。
「街道沿いの野盗の件でしょう。昼間、自分で受けてたじゃないですか」
「そうだったか」
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない気はしてる」
荷物持ちが真面目な顔で頷いた。
「それはそうでしょうね」
こいつにまでそう言われると、いよいよ駄目な気がしてくる。
そこで酒場の隅から、大声が聞こえた。酔っ払い達が騒いでおり、そのうちの一人がこちらを見た。いや、正確にはガルドを見て、下卑た笑みを浮かべた。
「おいおい、ずいぶん物騒なの連れてんな兄ちゃん」
面倒だなと思った、その瞬間だった。ガルドが立ち上がる。
「おい、待て」
止める間もなく、拳が飛んだ。酔っ払いは椅子ごと吹き飛び、壁に頭を打ってそのまま崩れ落ちた。
酒場が静まり返る。
俺は額を押さえた。
「……何してんだお前」
ガルドは手首を軽く振りながら、何でもないことのように言った。
「ムカついたからよ」
その一言で、俺ははっきり理解した。
仲間になった経緯が分からないとか、記憶がどうとか、それ以前の問題だった。
ああ、だめだ。
このパーティー、絶対に普通じゃない。もちろん悪い意味で。




