第19話 “あれ”との対話
その夜、俺は夢を見た。
夢だとわかるのは、景色が現実離れしているからではない。むしろ逆だった。静かすぎて、余計なものが何もない。こういう場所ほど、ろくでもないものが現れやすいと、もう嫌でも覚えてしまっていた。
そして案の定、いた。
何もない空間の真ん中に、そいつは立っていた。今回は、これまでよりいくらか姿も声もはっきりしていた。
「いやー、今回は大変だったねー」
開口一番、それだった。
「おとなしく捕まっとけば楽だったのに。逆張りしすぎでしょ」
俺は思わず顔をしかめた。
「俺の夢の中にまで出てくるのか、お前は」
「だって便利じゃん、夢。会いやすいし」
「会いたくないんだよ、こっちは」
“あれ”は、けらけらと笑った。
相変わらずだ。人を馬鹿にしているのか、本気でそういう性格なのか、そのどちらもなのか、いまだによくわからない。
ただ一つわかるのは、こいつと会うたびにろくな気分にならないということだけだった。
「ふざけるな。あの状況じゃ、あれしか選択肢はなかった」
言うと、“あれ”は少しだけ首を傾げた。
「もうちょっと自分の“力”を信じなよ」
“力”……それがこいつに与えられた“祝福”を指しているということは、すぐにわかった。
「お前みたいな怪しいやつから一方的にもらったものを信じられるわけがないだろ」
「それもそうか」
軽い。あまりにも軽い。
その一言で済ませられると、それまで積み重なっていたもの全部が急に馬鹿みたいに思えてくる。俺は一気に腹が立った。
「お前な」
「いやーごめんって!」
“あれ”は両手をひらひら振った。反省しているようにはまるで見えない。
「お詫びと言っちゃなんだけど、質問になんでも答えてあげるよ!」
言いながら、なぜか胸を張る。
「しかも一個だけなんてケチなことは言わないよ! あ、やっぱりなんでもは無理かな! んーどうしよっかなー。まあ、とりあえずなんでもいいからぶつけてみて! ばっちこーい!」
殴っていいなら殴りたかった。
だが、夢の中でこいつを殴ったところでどうにかなる気もしない。いや、むしろ余計に面倒なことになりそうだった。
俺は一度黙った。
色々聞きたいことはある。聞いておくべきこともある。だが、その中で今いちばん現実的で、今後にも関わるとなると、やはり最初に出てくるのは一つだった。
「……“祝福”の残り回数は、あと――」
「それはいえない」
さっきまでの軽い調子とは違って、ほとんど反射みたいな早さで遮られた。
俺は一瞬、言葉を失った。
「は?」
「それはだめ」
“あれ”は、今度は少しだけ言い直すように続けた。
「そこは答えられない」
「なんでだよ」
「なんででも」
「ふざけるな。そこが一番知りたいところだろうが」
「いやー、でも、そこはほんとに駄目」
言い方は相変わらず軽い。軽いのに、今の一瞬だけはやけにはっきりしていた。
そこだけは、こいつも線を引いている。
「……じゃあ何なら答えられる」
「お、ちょっと前向きになったね」
「うるさい」
“あれ”は機嫌よさそうに笑った。
「そうだなー。きみ、他に何が気になる?」
俺は少しだけ考えてから、次の疑問を口にした。
「仲間は増やしていいのか」
「仲間?」
「固定のパーティーだの、追放だの、そういう話をしてただろ。今の五人以外と一緒に行動するのはどうなんだって聞いてる」
“あれ”は少し考えるような間を置いた。
「増やす、の定義によるかなー」
「は?」
「きみの固定メンバーとして増えるのはだめ。でも、一時的に一緒に行動するとか、共闘するとか、そのくらいなら別に」
「……それは増えてるのと何が違う」
「違うんだよ。空気感が」
「一番信用できない答え方するな」
“あれ”は気にした様子もなく笑っていた。
俺は苛立ちを押さえながら、続けて聞く。
「じゃあ、その一時的な追加メンバーが何かやらかしたとして、そいつにも“祝福”は働くのか」
今度は、“あれ”も少しだけ考え込んだようだった。
「んー」
「働くのか、働かないのか、どっちだ」
「それは……わかんない」
「は?」
「いや、ほんとに。そこはケースバイケースっていうか」
「便利な言葉だな」
「だってそうとしか言えないし」
“あれ”はそこで、さっきまでの軽い調子を少しだけ引っ込めた。
「嘘は言っていない」
その言い方だけ、やけに真面目だった。
わからない、と言う以上、たしかに嘘ではないのだろう。だが、そんなものは答えになっていない。答えになっていないのに、それ以上は踏み込ませない何かだけが、その一言にはあった。
「……そうかよ」
「そうだよ」
また軽い調子に戻る。
それが余計に腹立たしい。
「で、もういい?」
「よくない」
「えー」
「せめてこれには答えろ。“世界を救う”ってのは、いつだ」
「お、ちゃんと覚えてたんだ」
「忘れられるわけないだろ」
「そっかそっか」
“あれ”は少しだけ満足そうに頷いた。
「さあ」
「ふざけるな。何が、いつ、どういう形で起こる」
俺がそう問うと、“あれ”はさっきまでより少しだけ空気を変えたように見えた。さっきまでのふざけた感じではなく、ほんのわずかにだけ、静かな気配になる。
「それは、まだわからない」
「何だそれは」
「そのままの意味だよ」
“あれ”は笑うでもなく、ただそう言った。
「ただ、その日は必ず来る」
声音も、少しだけ違っていた。俺は思わず黙る。こいつがこういう気配を出すと、それはそれで気味が悪い。だが、だからといって嘘だと切って捨てられる感じでもなかった。
“あれ”はそのまま続ける。
「あ、大丈夫だよ! 君がおじいちゃんになるまでにはー、とかそんな話じゃない」
「……」
「そう遠くないうちにね」
そう言われても、何一つ安心できない。むしろ、今の一言だけで余計に嫌な予感が増した。
俺がさらに何か言おうとした、その時だった。
「あっ」
“あれ”が妙な声を上げる。
「もう時間みたいだよ」
「は?」
「このままだと可哀想だから、一回だけなら君の呼びかけに答えて出てきてあげるよー。いつでも呼んでねー!」
「待て、おい――」
言い終わる前に、景色が揺れた。
何もないはずの空間が急に遠ざかる。足場が抜けたみたいな感覚だけが残って、次の瞬間には、現実の重さが一気に戻ってきた。
「レイ! レイ!」
肩を揺さぶられて、俺は目を開けた。
薄暗い部屋。見慣れた天井。すぐ目の前に、心配そうな顔のリリアがいる。その横では、ラッキィまで珍しく真面目な顔をしていた。
「……何だよ」
「何だよ、じゃないよ。すごくうなされてたよ」
リリアが眉を寄せる。
「変な夢でも見たの?」
「変な夢しか見てない」
「それはちょっとわかるけど」
ラッキィが遠慮がちに口を開いた。
「大丈夫ですか」
「大丈夫じゃない気はする」
「それはそうでしょうね」
こいつまでそんな反応をするということは、本当に相当ひどかったのだろう。
俺は息を吐いて、額を押さえた。
結局、肝心なことは何も聞き出せなかった。残り回数の話は遮られ、追加の仲間の扱いも曖昧で、“世界を救う日”がいつ、何によって訪れるのかも、結局は何一つわからないままだった。そのくせ最後には、一回だけなら呼べば出てくる、などと置き土産までしていった。
それでも、あいつが最後に見せたあの少しだけ真面目な気配だけは、頭に残っていた。
俺はもう一度目を閉じる。
色々な思いが頭の中を巡っていたが、考えたところで今すぐ答えが出るものでもない。どうせ明日になれば、また目の前のことを片づけるしかないのだ。
そう思いながら、俺はもう一度、眠りへ沈んでいった。




