第13話 ガルドが貴族を殺した日
その日は休日だった。
勇者パーティーの仕事は、自由気ままとはいかないが、ある程度のノルマさえこなしていれば、あとはどれだけ休もうがこちらの勝手だった。当然、そのぶん身入りは減る。けれど幸いというべきか、うちの連中は俺を含めて、働けるだけ働いて稼ぎたいという種類の人間ではない。
ミアも、回復の対価こそ法外だが、普段の仕事の稼ぎそのものにはさして執着がないように見える。今はアジトもあるから宿代もかからない。仲間は一癖も二癖もあるので、そのあたりの扱いに苦労がないわけではないが、段々と慣れてしまったし、今ではなかなか悪くない環境に思えてくるから不思議だった。
以前、ラッキィが起こした王族の墓のネックレスの件では、俺たちは腕まで切り落とされた。にもかかわらず、それに見合うだけの見返りはきっちり得られたし、今になって思えば、あれも悪くなかったなどと我ながらおかしなことまで考える。痛みは残っていないし、腕も綺麗に元通りだ。もっとも、その時の光景だけは、とてもではないが見られたものではなかったが。
ガルドと爺は街へ出ていて、ミアは部屋に籠もり、リリアは台所で何かを作っている。ラッキィはその手伝いをしているつもりで、たぶん半分くらいは邪魔をしていた。
俺はソファーに寝転びながら、ぼんやりと考え事をしていた。
“あれ”から言われている「世界を救う」という話については、今のところ何かが起こる気配はない。あの時、ひどく場違いな調子で「なるようになる」と言っていたが、今のところは、まさにその通りだった。こちらが積極的に何かをしなければならないという感じでもない。なるようになるというか、この世界の流れに身を任せるしかない、というほうが近いのかもしれない。
その時に備えて鍛錬でもしておくべきなのだろうが、仲間の強さはそれぞれ一級品だし、今さら俺が多少強くなったところで、パーティー全体の戦力が、百から百一になるか、いや、下手をすると一万から一万一になるくらいのものだろうな、などと、あまり前向きではない自虐まで浮かぶ。
「ラッキィ、それ切るだけでいいからね」
「わかってます」
「わかってない顔だよ」
「大丈夫です。今日はかなりうまくやれてます」
そう言った直後、まな板の上の野菜が床へ転がった。リリアが無言になり、ラッキィは少しだけ申し訳なさそうにそれを拾い上げる。
「今のは野菜が滑りました」
「お前の手が滑ったんだろ」
ソファーに寝たまま言うと、ラッキィは「結果は同じです」と、よくわからない理屈を返した。
「お前はもう少し成長して欲しいんだけどな」
「ん、なんの話ですか」
いつも通りだった。馬鹿馬鹿しくて、気の抜けた、何でもない昼だった。
だから、扉が勢いよく叩かれた時、すぐに察した。これは良くないことが起こったのだと。
「レイさん! レイさん、いますか!」
聞き覚えのある声だった。俺たちが普段世話になっているギルドの職員で、普段はもっと落ち着いた男だ。その声がここまで裏返っている時点で、碌な話ではないとわかる。
扉を開けると、予想通り、男は息を切らせていた。顔色も悪い。ここまで走ってきたのだろう。
「た、大変です」
「見ればわかる。何があった」
男は何かを言いかけて、うまくまとまらないらしく、二度ほど口を開閉させたあとで、ようやく言った。
「ガルドさんが、街で、貴族の方を……」
「殴った?」
「いえ、殺したと……」
頭の奥で、鈍い音がした気がした。
リリアが台所から顔を出し、ラッキィも手を止める。閉じたままの扉の向こうからは物音がしないが、たぶんミアも聞いている。俺は一度だけ目を閉じた。さすがにまずい。
「しかも、その方……お、王族の遠縁にあたる方です」
胃が重くなった。
王族絡みの面倒事は、できればもう勘弁してほしかった。さっきまで、王族絡みの騒ぎでも最終的には得をしただの何だの、そんなおかしなことを考えていたせいで、妙に因果めいた気分にすらなる。こういう時に限って、嫌なことはきっちりやって来る。今回はラッキィではなくガルドだが、嬉しくもなんともない更新だった。
「ことの経緯を教えていただけますか」
部屋の扉が開き、ミアが出てきた。いつも通り、落ち着いた顔だった。驚いているようにも怒っているようにも見えない。ただ必要な情報だけを順番に拾っていく時の顔だ。
「そ、その方が広場で、借金の形だとかで、女の人と子どもを連れていこうとしていたらしくて……抵抗されたので、部下に命じて乱暴を……そこにガルドさんが……」
ガルドのやらかしと、それに伴って起きてきた“祝福”の流れを思い返す。あとから振り返れば、ガルドにやられた相手のほうがとんでもない悪人だった、ということはこれまでにも何度かあった。
だが今回の場合は違う。話を聞く限り、どこからどう見てもいわゆる悪徳貴族というやつだ。女子供に手を出している時点で、善人ということはありえない。
ただ、それでこちらの立場が軽くなるわけではない。
むしろ最悪だった。
王族の遠縁を殺した。兵が出る。捕縛される。そこまではいい。いや全然よくはないが、まだ理解できる話だ。問題はその先で、こっちが素直に従ったとして、本当にまともな裁きの場に立てるのか、という保証がどこにもないことだった。
王族絡みの面倒は、理屈より先に体面が走る。そういうものだ。まして相手が遠縁とはいえ王族の血筋なら、見せしめも必要になるだろう。悪徳貴族でした、はい解散、で済むとはとても思えなかった。
だからといって、ここで“祝福”に期待して楽観するほど俺も馬鹿ではない。最終的に話が丸く収まったとして、その途中でどんな目に遭うかはまるでわからない。いや、むしろろくでもない目に遭う可能性のほうが高いとすら思う。あの時みたいに、最後に帳尻が合うから途中の悲惨さは我慢しろ、みたいな話をされても困るのだ。
“祝福”が働くにしても、結果に至るまでの過程は大事だ。だから、“祝福”はないものとして動いたほうがいい。いや、そうしないと危ない。俺にとって、そしてこのパーティーにとって何が最善かを考える必要があった。
そしてもう一つ、懸念があった。ミアだ。正直、そっちのほうが厄介だった。
王族殺しまでしたガルドがいるパーティーに、このまま残りたいなんて思うわけがない。ガルドの追放を言い出したり、もしくは自分が脱退するとかそんな話が出でもおかしくない。それはそうだ。誰だってそう思う。これはリリアとラッキィに関しても同じことが言えるかもしれないが、リリアはまあ俺への想いを利用するようで忍びないが、どうにでもなるだろう。ラッキィはポンコツだからうち以外に引き取るパーティーはないだろうし、俺が行くなといえば「そうですか、まあしょうがないですね」となりそうな気がする。
問題は、ではどうやってミアを引き留めるか、だった。
リリアの時は感情に訴えた。もっとも、あの時はこちらの意図とはまったく違う方向で受け取られてしまったが、それでも結果としては残った。だが、同じやり方がミアに通じるとは思えない。あいつはそういう感情で動くタイプではない。
だから、どう言えばいいのかが本気でわからなかった。
金か。理屈か。損得か。いや、どれも違う気がする。そもそも、王族の遠縁を殺した戦士がいるパーティーに残る理由なんて、まともに考えればあるはずがない。
そんなことをあれこれ考えているところに、ミアが言った。
「助けに行きましょう」
意外な言葉だった。
思わずミアの顔を見る。いつも通りの顔だった。気まぐれでもなければ、気負っている感じでもない。ただ、やるべきことを口にしただけ、という調子だ。
「……いいのか」
「良いも悪いもありません」
ミアはあっさりと言った。
「放っておいて状況が改善するとは思えませんし、ここでガルドさんを切り離したところで、結局こちらまで面倒に巻き込まれる可能性が高いでしょう。だったら、さっさと助けに行って、早めに状況を見たほうがましです」
いかにもミアらしい言い方だった。情ではなく損得で話しているように聞こえる。だが、それでも俺には十分意外だった。少なくともここで、では私は関係ないので失礼します、みたいなことを言い出さないだけでだいぶ違う。
ラッキィも小さく頷いている。
「僕もそう思います。たぶんもう遅い感じですし」
「お前は何でそう言い方が雑なんだ」
「急いだほうがいいって意味です」
「わかってるよ」
リリアはもう外套を取っていた。さっきまで料理をしていたとは思えない切り替えの早さだ。こういう時、こいつは妙に頼りになる。いや、戦力として見れば普段から十分すぎるほど頼りになるのだが、それはそれとして、ぐずぐずしないのがありがたかった。
「レイ、行こう」
「ああ」
答えながら、俺はまだ少しだけミアのことを見ていた。見たところで、何かわかるわけではない。だが、それでも確認せずにはいられない。
「本当にいいんだな」
「しつこいですね」
「いや、お前がそこまであっさり乗ると思ってなかったから」
「では何ですか。ここで『私は抜けます』とでも言えば安心しましたか?」
「安心するわけあるか」
「なら同じことでしょう」
その通りだった。言い返せずに口を閉じる。
ミアはわずかにため息をついてから、視線を外へ向ける。
「それに、兵が出ているなら大怪我人が出る可能性もあります。私がいたほうがいい場面はあるでしょう」
そこまで言われて、ようやく腑に落ちた。ああ、そういうことかと思う。こいつはこいつで、あくまで自分の仕事と損得の延長として動いているだけなのだろう。だが、そういう理屈であっても、今ここで離れないという事実は変わらない。
それで十分ありがたかった。
俺たちは急いで支度を整えた。もっとも、大した支度も要らない。リリアはすでに戦えるし、ラッキィは何も考えていないようでいて身軽だし、ミアは出ると決めた時点で早い。結局、俺が一番もたついていた気すらする。
アジトを出ると、職員の男が先に立って走り出した。俺たちもその後を追う。
走りながら、頭の中では嫌な計算ばかりが増えていく。考えるべきは、今この時点でどう動くかだけだった。どうすれば少しでもましな形で決着できるか。もし本当に駄目なら、どこまで逃げるか。いっそ国を出ることまで考えたほうがいいのか。
そんなことを考えているうちに、街の空気が変わり始めた。人通りはあるのに、どこか避けるように流れている。広場のほうからはざわめきが聞こえ、兵の姿もちらほら見えた。
もう、本当に始まっている。俺は小さく息を吐いた。
「レイ」
横を走るリリアが言う。
「顔、また怖い」
「今は仕方ないだろ」
「うん、まあ、それはそう」
軽口に付き合う余裕はなかったが、こいつがこういう時まで妙に平常運転なのは、少しだけありがたくもあった。完全に空気を張り詰めさせられると、それはそれで息苦しい。
ラッキィはラッキィで、走りながら真面目な顔をしている。しているのだが、足元ばかり見ているせいで余計に危なっかしい。
「お前、前見ろよ」
「見てます」
「見てないだろ」
「半分は」
「半分で足りる状況か」
「足りないかもしれません」
「断言しろよそこは」
そんなやり取りをしているうちに、先を走っていた職員が振り返った。
「もうすぐです」
言われなくてもわかる。ざわめきが濃い。人も多い。兵もいる。嫌でも足が速くなる。
広場の手前から、もう空気が違っていた。
人だかりができている。野次馬のざわめきは低く、妙に遠慮がちで、誰もが少し離れたところから中を窺っていた。兵の姿も見える。思っていた以上に早い。いや、王族の遠縁が広場で殺されたのなら、むしろこれでも遅いくらいなのかもしれなかった。
先導していたギルドの職員が人垣の隙間を縫って振り返る。
「ここです……」
その声も小さくなっていた。俺たちは足を止めず、そのまま人の輪へ割り込むように進んだ。
石畳の中央に、豪奢な服を着た男が転がっていた。頭の形がおかしい。いや、頭と呼んでいい形をしていなかった。見た瞬間、それ以上確認する気は失せた。
少し前に、ガルドが立っている。
その後ろに爺。今日はいつにも増してぴったりくっついていた。黒い法衣の裾が石畳を引き、杖を握ったまま、何かをぶつぶつと呟いている。調子だけははっきりわかった。機嫌が悪い時のやつだ。
そして周囲には兵士たち。何人かはもう剣の柄へ手をかけている。
「お前……」
思わず声が漏れた。
ガルドがこちらを見た。悪びれた様子はない。少なくとも、自分がまずいことをしたという自覚でしおれている顔ではなかった。いつもの、少し面倒そうな顔だ。
「おう、来たか」
「来たかじゃねえよ。何やってんだお前」
「見りゃわかるだろ」
「わかりたくねえよ」
周囲がざわつく。兵の視線がこちらへも向いた。人垣の奥で誰かが「あれが仲間か」と囁くのが聞こえる。時間がない。
「まず確認する」
俺は低く言った。
「お前がやったのか」
「やった」
「なんで」
ガルドは鼻を鳴らした。
「なんだなんだって見に来たら、女子供いじめてるむかつく顔した奴がいた」
「やっぱりそれか」
「顔だけじゃねえ。立ち方も喋り方も、何から何まで気に食わなかった」
「理由として最悪だな」
「十分だろ」
「お前の中ではな!」
ガルドは肩を回しながら、少しだけ顎をしゃくった。
「俺は女子供には優しいからよ」
「この間女ぶった斬った奴がそれ言うなよ」
謀都の魔女の一件だ。
――余談ではあるが、後日分かったことには、あの“魔女”、生物学的には完全に男だったらしい。しかも筋金入りの女装趣味つきである。さらに言えば、ガルドはその相手を引っ掛けようとしていた気もするのだが、それはさすがにこいつの古傷になりそうなので、俺の心の中だけにしまっておくことにした――
ともかく、今はそんなことを思い出している場合ではない。気を引き締め直したその時、爺が低く杖を鳴らした。
「蟲踏屍、火投塵。殺生済、遅断無用」
「何て?」
「今さらうるせえってことだろ」
ガルドが平然と答える。
「お前らの会話能力どうなってんだよ」
実際、今さらなのはその通りだった。足元の死体を見れば、何を言っても元には戻らない。ここから先は弁明ではなく、生き残るための話になる。
兵の一人が前へ出た。
「勇者レイ、およびその一党だな」
「そうだが」
「ガルドを、王族縁者殺害の咎により拘束する。同行してもらう」
同行すれば拘束される。そこから先でどうにかなるか。
――無理だ。その先で“祝福”は作用するだろうが、ネックレスの時と似たような流れになる未来しか思い浮かばない。
最終的には話が丸く収まるのかもしれない。いや、たぶん収まるのだろう。これまでだって、そうだった。
だが、それで納得できるかは別だった。
王族殺しの罪人として、死んだほうがましだと思うような悲惨な目に遭って、その果てに最終的にはよかったですねと片づけられたところで、はいそうですかと飲み込めるほど人間は単純じゃない。少なくとも俺はそうだ。
兵士がさらに一歩出た。
「抵抗するな。さもなくば――」
その“さもなくば”を最後まで聞く前に、ガルドが前へ出た。
「下がるのはてめえらだ」
兵士が剣を抜いた。
その動きが見えた瞬間、俺の中で何かが決まった。話し合いでどうこうなる段階はとうに過ぎている。国を相手にやるしかない。
「リリア」
「うん」
言葉にするまでもなく、風が走った。
兵士たちの足元へ砂埃が巻き、視界が揺れる。その間に、先頭の兵が斬り込んでくる。ガルドが横から腕を掴み、そのまま石畳へ叩きつけた。鈍い音。次の兵が前へ出るより早く蹴りが入る。正面から押し潰しているだけなのに、一方的だった。まともに止められる気がしない。
爺はそのすぐ後ろに張りついている。
「鉄不折、火不奪、赤身離隔厳禁!」
何を言っているのかはさっぱりだ。だが今日は本当に、ガルドから一歩も離れない。
ラッキィは相変わらず妙な避け方で斬撃を外していた。
「危なっ、危なっ、本当に危ないです!」
「お前毎回それ言うな!」
「毎回危ないですから!」
「ミア、前出るな。人混みに紛れろ」
ミアは戦闘向きじゃない。少なくとも、こういう正面からの殴り合いに出すやつではないし、万が一こっちに大怪我が出た時のためにも温存しておきたかった。幸い今日は休日で、僧服ではなく普通の服だ。人混みに紛れてもらえば、それだけで兵の目から外れやすい。
「言われなくても」
「離れすぎるなよ」
「そのくらいはわかっています」
「リリア、道を作れ!」
「任せて!」
風が強く吹き抜け、人垣が割れる。その瞬間、俺は叫んだ。
「逃げるぞ!」
兵士を踏み倒したまま、ガルドがこちらを見た。
「やっと言ったか」
「うるせえ! お前が余計なことするからだ!」
「余計じゃねえだろ」
「広場で貴族を殺すのは十分余計だ!」
その間にも増援が来る。広場の外からさらに兵が流れ込み、人数が増える。もうだめだった。ここで踏みとどまっても利はない。“祝福”を期待して動かない。仲間は捨てない。なら、逃げるしか選択肢はない。
爺がまた杖を鳴らした。
「疾走可。逡巡不可」
「爺さんが急げってよ」
「それはわかる!」
俺たちは広場の端へ向かって一気に走った。リリアの風が追ってくる兵の足を乱し、ガルドが前をこじ開け、爺がその背中へ張りつき、ミアが人混みの陰に紛れながらぴたりとついてくる。ラッキィは途中で誰かの落とした槍に躓きかけ、躓きかけた勢いで一番いい位置へ転がり込んだ。
「結果良ければ大丈夫です!」
「お前は本当にそういうやつだな!」
背後では怒号が続く。俺は走りながら、これからのことを考えていた。
国を敵に回した。ここまできたら、もうこの国にはいられない。そうなると、よその国へ亡命するしか道はない。
では、どこへ行くのか。友好国はまず無理だ。事情を聞けば、かくまうより先にこちらを縛って引き渡すほうを選ぶだろうし、たとえ一時的に話を聞く気になったところで、すぐに追っ手は来る。わざわざ関係を悪くしてまで庇う理由が向こうにあるとは思えなかった。そうなると、考えられるのは敵対国くらいだった。
うちのパーティーは、少なくとも戦力としては十分すぎるほど使い道がある。加えて、この連中がこれまで何度も揉め事を起こし、そのたびに“祝福”のおかげで王から褒章だの何だのを受け取ってきたせいで、俺ですら普通の勇者よりは王城の内情を知っている。断片的なものにせよ、内部の構造や人の出入り、そういった知識も手土産にはなるはずだった。
もっとも、それで本当に受け入れられる保証なんてどこにもない。利用されるだけ利用されて終わるかもしれないし、そもそも話すら聞かれないかもしれない。それでも、このままこの国に残るよりは、まだ現実味のある逃げ道に思えた。
王都の門がこの騒ぎでそのまま開いているはずもなく、途中からは迂回を強いられた。城壁沿いの見張りを避け、リリアの風で足場を作り、ガルドが邪魔なものをどかし、爺が何を言っているのかわからないまま後ろから何かを抑え、ラッキィは転びそうになりながら一番余計な音だけは立てなかった。正直、細かいところはあまり覚えていない。ただ、あまりにも必死で、振り返る余裕もなかった。
王都を離れてからも、楽になったわけではない。街道を避け、夜のうちに進み、追手を警戒しながらひたすら距離を稼ぐ。途中で休んだのが何回で、水をどこで補給したのか、そのあたりも曖昧だった。ただ一つ確かだったのは、もう後戻りはできないということだけだ。
国境を越える時も、別に劇的な何かがあったわけではない。見張りの薄い場所を選び、見つかる前に通り抜けただけだ。言ってしまえば、それだけのことだった。
それだけのことだったのに、向こう側へ足を踏み出した時、妙に実感があった。
この国で積み重ねてきたものが何一つ惜しくないわけではない。面倒も多かったが、悪くない日々だったと思う。だが、ここまで来たらもう仕方がない。
こうして俺たちは、国を捨てた。




