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歪んだ因果の勇者譚 ~世界を救えと言われたが、勝手に選ばれた仲間が問題児だらけで、しかも一人でも追放すると俺が爆散する~  作者: たま8


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第11話 ミアの回復

 依頼を受けた時、俺はそこまで身構えていなかった。


 山向こうの村の近くで魔物の集団移動があり、その被害が出たらしい。規模そのものは大きくなかったが、畑を荒らされ、逃げ遅れた村人や応戦した若い衆に怪我人が出た。死人は出ていない。村に治療できる者がいないので、人手を貸してほしい。話としてはそれだけだった。


 こういう時、うちのパーティーに声がかかる理由はだいたい決まっている。戦士がいて、僧侶が二人いて、魔法使いがいて、荷物持ちまでいる。人手としては妙に揃っているからだ。実際にまともに連携できているかは別として、書面の上では非常に便利な編成に見えるのだろう。


 しかも、声がかかっているのは俺たちだけではない。近くにいた別のパーティーにも依頼しているという。

 

 それを聞いた時点で、少しだけ肩の力を抜いた。


 死人は出ていない。重傷者がいるという話もなかった。なら今回は爺に任せればいい。ミアを動かす理由がない。あいつが出ると話がややこしくなるし、何より高い。軽傷者の手当のために、村へ法外な請求をさせるつもりはなかった。


 だからこの依頼も、着いて、治して、終わり。もしかするとガルドあたりが多少空気を悪くするかもしれないが、それはまあいつものことなので仕方ない。それくらいに思っていた。


 だが、世の中というのは、だいたいこういう時に限って変な転び方をする。




 俺たちが村に着いた時には、なんと治療はほとんど終わっていた。


 村の広場には怪我人だったらしい連中が寝かされ、包帯を巻かれた腕や足があちこちに見える。だが、呻き声は切羽詰まっていない。顔色の悪い者はいても、死にかけている人間はいなかった。少なくとも、この場にいる限り手遅れの者はいない。


 その中心で、汗に張りついた前髪を手の甲で押し上げながら、最後の一人に回復を施している女がいた。


 歳は俺たちとそう変わらない。背は少し高く、動きに無駄がない。華奢というよりは締まっていて、僧侶というより戦士か格闘家のほうが似合いそうな体つきだった。祈る時の所作だけが、どうにか僧侶であることを思い出させる。


 ひと仕事終えたばかりなのだろう。額には汗、呼吸は少し荒い。それでも、怪我人に礼を言われるたびに、裏表のない笑顔で「大丈夫ですよ」と返していた。


 女がこちらを見て、一瞬だけ目を丸くする。すぐに表情が明るくなった。


「あれ。ミア?」


 その声で、隣にいたミアの足がほんのわずかに止まった。


 それだけで十分だった。知り合いだ。


「……どうも」


 ミアはいつもの調子で短く返す。嬉しそうでも嫌そうでもない。ただ、会いたくなかった相手ではないが、会えて嬉しい相手でもない。そんな曖昧な顔だった。


「久しぶりね。元気そうでよかった」


 女が言う。


「ええ、まあ」


 それきり会話は続かなかったが、それでもミアが完全に切り捨てないあたり、昔からまるで折り合いが悪かったわけでもないのだろう。


 向こうのパーティーの勇者らしき男は村長と話し込んでいた。話の流れで、どうやらこの女が実質的なパーティーの柱だったらしいこともなんとなくわかる。勇者がいても、実際に現場を回しているのが別のやつ、というのは別に珍しくない。


 ほどなくして村長がこちらにやってきて、何度も頭を下げた。


「本当なら皆さんにも手伝っていただくことになっていたのでしょうが、あちらの方々が先に着いてくださって……せっかく来ていただいたのに申し訳ない」


「いや、死人が出てないならそれでいい」


 そう答えると、村長は心底ほっとしたように笑った。


 そのまま、今夜はささやかだが礼の席を設けるので、ぜひ皆で参加してほしいと言う。俺たちは何もしていないのだが、村人たちからすれば応援に来てくれた時点で十分ありがたいらしい。断るのも野暮なので、その好意に甘えることにした。


 日が落ちる頃には、広場に長机が並び、煮込み料理や焼いた肉や酒が次々と運ばれてきた。ささやかと言いながら、村総出でこちらをもてなそうとしているのがよくわかる。


 当然、うちの連中が行儀良く座っているわけもない。


 ガルドは村の若い衆と腕相撲を始め、勝つたびに大声で笑っている。ラッキィは子どもたちと賭け事じみた遊びを始めているし、爺は酒を勧められるままに受け取り、例によって何を言っているのかよくわからない話で年寄りたちを煙に巻いていた。リリアは妙に機嫌がよく、俺の近くから離れようとしない。


 向こうのパーティーも似たようなものだった。勇者役の男はもうかなり飲んでいるし、他の連中も気持ちよさそうに酔い潰れかけている。


 結果として、まともに会話ができそうなのは俺とあの女くらいだった。


 たまたま席が近くなり、なんとなく話す流れになる。


「助かったよ。俺たちが着いた時にはもう終わってた」


「今回はたまたまです。軽い怪我が多かったから、なんとかなっただけで」


 女はそう言って、照れたように笑った。


「一人で全部見るのはさすがに大変でしたけど。もう少し人数が多かったら危なかったです」


「だろうな」


「でも、僧侶が二人いるって聞いた時はすごいなって思いました」


 そう言って、少し離れた席にいるミアへ目を向ける。ミアは料理にはほとんど手をつけず、杯も持たず、村人からの礼にだけ形式的に応じていた。


 女はどこか懐かしそうに目を細めた。


「ミア、ちゃんとやれてるんですね」


 その言い方に、ほんの少し引っかかるものを感じた。


「……どういう意味だ?」


「え?」


「いや、今の言い方」


 女はきょとんとしてから、すぐに困ったように笑った。


「ああ、変な意味じゃないです。ただ、その……昔から悪い子じゃなかったんですけど、少しおどおどしてたでしょう。回復も、そんなに得意なほうじゃなかったし」


 そこで一度言葉を切り、慌てて付け足す。


「もちろん真面目でしたよ。すごく真面目で、手を抜くような子じゃなかったです。でも、ほら。そちらにはもう一人僧侶の方もいますし。そういう意味では安心だなって」


 俺はすぐに返事ができなかった。


 気が弱い。まあ、それはいい。今だってミアがぐいぐい人を引っ張るタイプじゃないのは事実だ。


 だが、回復が得意ではなかった?


 俺たちに僧侶が二人いる理由の半分は、たしかにミアにある。だが、それはそんな話ではなかったはずだ。ミアが頼りないから補助で爺を入れている、みたいな単純な話ではない。


 むしろ逆だ。軽い傷やありふれた状態異常に関しては、爺のほうが話が早いこともある。だが、本当にどうしようもない重傷となれば、ミアにしかできないことがある。だからこそ外せない。


 その認識と、目の前の女の認識が、妙なほど噛み合っていなかった。


「……昔はそんな感じだったのか」


「はい」


 女は少し懐かしそうに笑う。


「でも、ちゃんとやれてるならよかったです」


 そう言って杯を持ち直した顔には悪意はなかった。本当にそう思っているだけなのだろう。だからこそ余計に引っかかる。


 そこで話は途切れた。宴席はさらに騒がしくなり、別の話題が次々に流れ込んできた。女も向こうの仲間に呼ばれて席を立ち、それきりその夜は終わった。


 翌朝、村を出た。


 向こうのパーティーも同じ方向へ戻るらしく、途中までは一緒だ。山道は細く、片側は切り立っている。昨夜少し雨が降ったせいで地面も緩んでいた。


 嫌な予感がしたと言えば格好はつくが、実際はそこまでではない。ただ、足元が悪いなと思ったくらいだ。


 事故は一瞬だった。


 前方で鈍い音がして、次の瞬間、斜面が崩れた。


 岩と土砂がまとめて滑り落ち、細い道を半ばから呑み込む。前を歩いていた向こうのパーティーの二人が、まともにそれに巻き込まれた。


 一人は避け損ねて岩に叩きつけられ、そのまま腕を持っていかれた。もう一人は足場ごと崩れたところへ頭から落ち、その上に砕けた岩が重なる。


 叫び声。土煙。怒号。


 ガルドが真っ先に飛び出し、さらに崩れかけた岩を押し返す。リリアが風で砂塵を散らし、爺が低く何かを唱えて足元の崩れを抑える。ラッキィはなぜか一番危なそうなところを踏み抜かずにすり抜け、俺も足場を確かめながら前へ出た。


 それでどうにかなったのは、崩落の拡大を防げたというだけだ。


 巻き込まれた二人の状態を一目見た瞬間、まずいとわかった。


 一人は右腕が肘の上からなくなっていた。引きちぎられたとしか言いようのない状態で、血が噴き、顔は土気色だ。意識も飛びかけている。


 もう一人は頭を強く打っていた。額から頭頂にかけて形が潰れ、呼吸はあるのに目が合わない。手足も動かない。声も出ない。


 見ただけでわかる。普通の回復でどうにかなる傷ではない。


 向こうの女も、それを見た瞬間に理解した顔だった。真っ先に肘から先を失ったほうへ駆け寄り、止血と治療を始めた。手際自体は悪くない。いや、むしろかなりいい。迷いなく処置を進めている。実力があるのは間違いなかった。


 だが、腕は戻らない。


 いくら肉が塞がっても、欠損した部位そのものが生えるわけではない。普通の回復は、壊れたものを元へ戻すのではなく、生きている体の治癒を助けるだけだ。ないものまでは戻せない。


 女自身、それを誰よりわかっている顔をしていた。


 次に頭を潰されたほうへ向かう。だが、そちらはもっと厳しい。頭部の損傷は深く、意識も戻らない。回復の光が傷口を覆っても、壊れた中身まで元通りにはならない。血は止まる。傷も閉じる。だが、それで人が戻るわけではない。


「……嘘」


 か細い声だった。


 光が揺れる。肩も震えている。


「いや……いや……」


 それでも手は止めない。止められないのだろう。だが、どうにもならないものはどうにもならない。


 失った腕は失ったままだった。頭を打った男は呼吸だけを残し、どこにも戻ってきそうにない。


「こんなの……無理……」


 最後の声は、もう嗚咽だった。その場の空気が重く沈む。誰もが、助からないのだと理解しかけた時だった。


「治します」


 ミアが言った。


 温度の低い、いつも通りの声だった。


 女が顔を上げる。泣きそうな顔のまま、何を言われたのかわからないような目でミアを見る。


「……は?」


「治します」


 ミアは淡々と繰り返した。


「ただし、対価はいただきます」


 一瞬、誰も言葉を挟めなかった。この状況で、そこから入るのか。そういう意味でだ。


 向こうの勇者が青ざめる。俺も内心では頭を抱えた。いや、わかっていた。わかっていたが、やはりうちの僧侶はこういうところに一切遠慮がない。


 ミアは傷ついた二人ではなく、まず女の腰元へ視線を落とした。


「その腰飾り、なかなかの品とお見受けしました。あと首元の装飾品も。作りがいい」


 女は何を言われているのかわからない顔をした。


「足りない分は、その二人の装備で補ってもらいます。剣でも防具でも装身具でも構いません。全部いただきます」


 静かな声だった。だからこそ余計にひどく聞こえる。


 女の顔から血の気が引く。


「何、言ってるの……」


「聞こえませんでしたか」


「何言ってるのって聞いてるのよ!」


 女が叫ぶ。泣き顔のまま、怒りで声が裏返った。


「今この状況で! そんな話してる場合じゃないでしょう!」


「ありますよ」


 ミアは微塵も揺れない。


「むしろ今しかないでしょう。助かった後では値切られますから」


 女が絶句する。


 そこへさらにミアは追い打ちをかけた。


「あなた、良いところの出でしょう。その腰の細工と首元の飾りを見ればわかります。そちらの方々もなかなか良い装備です。命の値段と考えれば、安いくらいです」


 女の目に走ったのは恐怖ではなかった。怒りと、屈辱だった。


「あんたに……」


 声が震える。


「あんたに何ができるっていうのよ!」


 その叫びは、今この場の状況に対するものだけじゃなかった。もっと昔から腹の底に溜まっていた何かが、まとめて噴き出したような響きがあった。


「あんた、そんなに大した回復なんてできなないでしょう! それなのに今になって、何を――」


 そこで息を呑み、ほとんどやけになったように叫ぶ。


「いいわよ! できるっていうなら、なんでも払うわよ! だからやってみなさいよ!」


 ミアはほんの一瞬だけ目を伏せた。それがためらいだったのか、諦めだったのか、俺にはわからなかった。次の瞬間にはもう、表情はいつも通りに戻っていた。


「では、契約成立ですね」


 そう言って、まず頭を潰された男の前に膝をつく。


 俺は息を止めた。


 何度見ても、あの力だけは慣れない。


 ミアの手が、そっと男の頭部に触れる。


 派手な光はない。大仰な詠唱もない。ただそこだけ、空気が静かに揺らいだように見えた。


 潰れていた頭の形が、巻き戻るみたいに戻っていく。壊れる前の形へ収まっていく。傷が塞がっているのではない。壊れる前へ戻っている。


 普通の回復ではない。


 俺はその異様さを知っている。だが、知らない者にとってはもっと衝撃だろう。


 女は一歩も動けなかった。


 男のまぶたが震え、焦点の合わなかった目に光が戻る。浅かった呼吸が整い、指先が動いた。


「……え」


 女の喉から漏れた声は、ほとんど悲鳴だった。


 ミアはそのまま、腕を失った男へ手を伸ばす。


 肘から先のない傷口に、またあの静かな揺れが走る。


 肉が伸びるとか骨が生えるとか、そういう生々しい過程すらない。ただ、そこに腕があるのが当然だったみたいに戻っていく。


 指が五本、土を掴んでいた。


 失ったはずの腕が、最初からなくなってなどいなかったようにそこにあった。


 男が苦しげに息を吸い込み、やがてゆっくりと目を開ける。


 周囲の誰かが息を呑んだ。


 奇跡、という言葉はたぶんこういう時に使うのだろう。


 だが、当の本人は奇跡の余韻に浸るつもりなど、まるでないらしかった。


「では、報酬を」


 ミアは立ち上がり、いつもの調子でそう言った。


 それで場の空気はようやく動いた。


 助かった二人の仲間が泣きそうな顔で駆け寄り、向こうの勇者はへたり込み、女はなおもその場に立ち尽くしている。


 しばらくしてから、女がようやく顔を上げた。


 信じられないという顔だった。驚きと困惑と怒りと、何かもっと深いものがぐちゃぐちゃに混ざっていた。


「……何、それ」


 掠れた声だった。


「何よ、それ……」


 ミアは答えない。


 女の目が震える。


「じゃあ何? ずっと隠してたってこと?」


 その声は、ミアに向けられているようでいて、自分の知っていたはずの過去そのものにも向けられているようだった。


「私たちが必死にやってるのを見ながら、ずっと黙ってたの? できないふりをしてたの? 心の中では馬鹿にしてたの?」


 その場にいる全員が、うまく言葉を挟めなかった。俺でさえも。


 ミアは少しだけ悲しそうな顔をした。本当に少しだけだ。見逃せる程度に。それでも、見間違いではなかったと思う。


 だが、口から出た言葉はいつも通りだった。


「そうですよ」


 女の肩がビクッと跳ねた。


「こんな力を見せて得することなんてありませんから」


 ミアは淡々と続ける。


「嫉妬されて、勝手に期待されて、面倒を押しつけられて、嫌がらせまでされる。損しかしません」


 そして、ほんの少しだけ視線を上げた。


「……ほら。今のあなたみたいに」


 女の顔が引きつる。


 怒鳴り返すことも、泣き崩れることもできないような顔だった。


 図星なのだと思う。だが図星だからといって、人はそれを認められるわけではない。


 結局、報酬は払われた。


 女の腰飾りと首元の装飾、助かった二人の装備のほぼ全部。向こうの勇者は青い顔をしていたが、命を救われた以上、文句を言える空気ではなかった。


 むしろ文句を言った側が悪者になる。そういう状況を、ミアは寸分違わず作り上げていた。


 帰り道、女はそれ以上ミアに話しかけなかった。


 ミアも何も言わなかった。


 気まずい、なんて言葉で済む沈黙ではなかったが、幸い、それをいちいち気にするような連中も少ない。道中そのものは奇妙な静けさのまま過ぎていった。


 ただ、俺だけは何度かミアを見た。


 怒っているようにも見えたし、悲しんでいるようにも見えた。あるいはその両方を押し殺しているようにも見えた。


 けれど話しかける気にはなれなかった。何を言っても、たぶん届かない気がした。


 山道を下りきる頃、手の甲に小さな痛みを覚えた。


「いてっ」


 見れば、薄く切れている。崩落の時、飛んできた岩の破片にでも掠ったのだろう。血もほとんど出ていない。放っておいていい程度の傷だった。


「まあいいか。大した怪我じゃないし」


 そう呟いた、その時だった。


 隣にいたミアが、無言でこちらへ手を伸ばした。


「……なんだ」


「じっとしててください」


 いつもより少し低い声だった。


 ミアの指先が俺の手の甲に触れる。柔らかな光が一瞬だけ走り、痛みは消えた。


 思わず瞬きをする。


「……今の」


「これはサービスでいいです」


 そう言われたのは初めてだった。


 変な顔になった俺をよそに、ミアはそれきり黙り込む。そして宿場町に着くまで、一言も喋らなかった。


 数日後、その後の話が耳に入ってきた。


 村の被害対応の中心として動いたのは、当然ながら向こうのパーティーだ。最初に村へ着き、実際に怪我人の治療に当たり、帰り道では崩落にまで巻き込まれた。褒賞の大半が向こうへ回るのは当たり前だった。俺たちのほうにも応援に向かった分の名目でわずかに金は出たが、あくまでおまけみたいな額だった。


 だが、その向こうに入った褒賞はかなりの額だったらしい。村の救援、魔物被害の抑制。名目はいくつもついたようだが、要するに金だった。そしてその額は、あの時ミアが向こうから巻き上げた分を差し引いても、まだ余るくらいだったという。


 そこまで聞いて、俺はなんとも言えない気分になった。


 どれだけ過程がひどくても、結果だけ見ればきっちり帳尻を合わせてくる。向こうからすればたまったものではないだろうが、それでも最終的には損をしない形に落ち着いてしまう。


 そういう流れまで含めて、“祝福”なんじゃないかと思う。


 まあ、今回はいい。助かった命があるなら、それを「最悪」と呼ぶ気にはなれなかった。


 “祝福”がまた一つ働いたのだとしても、そのおかげで助かった命があるのなら、それをわざわざ腐すほど俺もねじ曲がってはいない。


 そう思いながら、何の気なしに手の甲へ触れる。あの時ミアに治してもらったところだ。


 傷は塞がっていた。ただ、そこには薄く皮膚が盛り上がった細い筋が、わずかに残っていた。


 ミアの治療にしては珍しい。


 いつもなら、もっと何事もなかったみたいに綺麗に消えるはずなのに。


 しばらくその跡を眺めてから、まあ、と思う。


 あれはサービスだと言っていた。大した傷でもなかった。そんなものかもしれない。


 その時の俺は、それ以上深く考えなかった。

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