39 きらいだ!
みーちゃん視点です。
抱きついていた温もりが、ぱっと消えた。
みーちゃんは椅子に尻餅をついて、そのままコロンとひっくり返った。背中から落っこちるのは大変危険なことだが、何故か椅子が滑り台のように坂に変形したのでコロコロと転がって花畑に寝転がった。何が起きたのかわからず呆然としたみーちゃんは、走ってきたまおちゃんが満足そうに笑う理由がわからない。
ぽけっと口を開いたまま起き上がり、前を見る。
目的の人物がいなくて首を傾げ、左右を確認。
身体ごと捻って後ろを向く。
いない。
「つむちゃんいない」
なんで。
お昼寝でぽっこりお腹を出して寝ちゃったときみたいに、お腹がすうすうする。
つむちゃんどこ。
いたいいたいしたつむちゃんが、やっと起きたのに。みーちゃんに心配をかけたつむちゃんは、責任を持ってみーちゃんをぎゅってしないといけないのに。
いけないのに。
いない。
なんで。
満足そうに、まおちゃんが笑う。その隣で、やっちまったぜといわんばかりにぼっすんが顔を覆っていた。
「邪魔者はいなくなったな。遊ぼうみーちゃん!」
じゃまもの。
じゃま。
いなくなった。
だれが。
なんで。
頭の中でぱちっと、おばあちゃんが買ってくれた組み立てる玩具をはめ込んだときみたいな音がした。
――まおちゃんが、つむちゃんを追い出した。
みーちゃんは何が起きたのかを理解した。
次の瞬間。
「やだ――――――っ!!」
甲高い絶叫が青空を切り裂いて、空は一気に黒に染まった。
きらいきらいきらいきらい!
まおちゃんきらい!
つむちゃんいじめるまおちゃんきらい! つむちゃんいじめる人、みんなきらい!
みーちゃんにいじわるする人ばっかりで、つむちゃんをいじめる人ばっかりで、まおちゃんはみーちゃんよりお兄ちゃんだから優しくしてくれていたのに、まおちゃんもつむちゃんいじめた!
つむちゃんのことぽいってした!
やだ! いじわるするまおちゃんきらい!
みーちゃんは声の限り泣き叫んだ。顔をしわくちゃにして手足をばたつかせて、こっちに来るなと全力で訴えた。手に当たったものはとにかく投げて、ぎゃあぎゃあと高い声で喚き続ける。きらいきらいと訴えた。
遠くでまおちゃんの泣き声が聞こえた気がしたが、慰めてあげない。だってまおちゃんが悪い。つむちゃんをいじめるまおちゃんが悪い。
ばちんばちんと大きな音が聞こえたが、そんなの全然気にならなかった。
まおちゃんは一緒に遊んでくれたのに、たっくんみたいになったからもうきらいだ。
保育園でもいじわるな子がいた。お外で遊ぶのが大好きな、足の速いたっくん。たっくんはみーちゃんにいじわるばかりする。
みーちゃんはずっとやだやだと訴え続けた。先生は「あの子はみーちゃんと仲良くなりたいのよ」っていったけど、みーちゃんはいやだった。
だって仲良く遊ぼうとしても、髪を引っ張ったり服を引っ張ったりするのだ。みーちゃんがやめてって言うと笑うのだ。みーちゃんが泣きそうになると弱虫って騒ぐのだ。
先生は叱ってくれるけれど、でもみーちゃんにも仲良くねっていう。仲良くしたくないのに。みーちゃんにいやなことをしてくることは仲良くしたくない。仲良しのむっちゃんとめいちゃんと遊んでいたい。
お母さんは仲良くしなくていいよって。先生ともお話するねっていってくれた。教えてくれてありがとうって。伝えてくれたらちゃんと守れるから、何でも言ってねって。お母さんが言ったのに。
なんでこんなに泣いているのにお母さん来ないの?
たくさん呼んでいるのになんで?
つむちゃんがいたいいたいしたときも呼んだのに。なのにお母さん来ない。
つむちゃんもいない。今まで泣いたら来てくれたのに、つむちゃんやっと起きたのに、まおちゃんがまたぽいってしたから。つむちゃんまた迷子になっちゃう。
お母さん、みーちゃんにいじわるするたっくんのこと、めってくれたから、つむちゃんにいじわるする人達のことも、めってしてほしいのに。
なのにお母さんが来てくれない。
助けてよう助けてよう早く来てよう。なんで来てくれないの。なんでなんでなんで。みーちゃんのこと忘れちゃったの? なんで迎えに来てくれないの。
早く来てよ。ここだよ。おっきな声聞こえてないの?
みーちゃんのことどうでもよくなっちゃったの。
みーちゃんがんばったんだよ。つむちゃんにいじわるするおじさんもやっつけたよ。つむちゃんをいじめるまおちゃんだってやっつけられるよ。えいってできるよ。みんなばちばちってうごけなくなるんだよ。たたいちゃだめっていってたけど、みーちゃんたたいてないよ。たたいてないけどやっつけられるんだよ。えいってできるんだよ!
ねえほめてよ! だっこして! なでなでして! えらいねっていって! ごめんなさいして! みーちゃんを一人にしたの、ごめんなさいして! ぎゅってちゅーして! はやく! はやく! はやく!!
お母さんお母さんお母さんお母さん!
なんで来てくれないの!!!
ぎゅってしてくれないお母さんなんかやだ! やだ! やだ!
「やだぁああああああああああ!!」
やだやだやだ! やだぁー!!
ジタバタしてゴロンッて転がった。お花畑は強風に煽られて花弁が散ってしまい、潤っていた大地は干からびている。真っ黒い空では稲妻が走り回り、微かに色の違う二つがぶつかり合っている。その余波は大地を割って、みーちゃんが転がった場所からヒビが入った。
そんなことに気付かず、みーちゃんは地面に突っ伏して泣き叫んだ。
「おぎゃあざああぁああああああっ」
枯れた声で母を呼ぶ。
叫びすぎて頭がクラクラする。そのクラクラが、地面の揺れるぐらぐらだとみーちゃんは気付かない。気付かずにひたすら叫んだ。
早く来てよ。みーちゃんはここだよ。ねえ聞こえているでしょ。
ねえ! ねえ!
ひとりぼっちはやだ!
やだよう!!!
「みーちゃん!」
名前を呼ばれて顔を上げる。
ひび割れた地面。枯れた花。文字通り空が裂け冒涜的な渦を巻いているその下で星が輝く。
まおちゃんにぽいってされたつむちゃんが、走ってくる。
みーちゃんを呼びながら走ってくる。
お母さんじゃない。
お母さんがいい。
お母さんじゃないとやだ。
だけど――とっても寂しかった。
「づむぢゃああああああああ!」
みーちゃんは走ってくるつむちゃんに手を伸ばした。
ひとりぼっちはやだ。
もうはなさないで。
「つむちゃんのばか! おててはなしちゃだめでしょお!!!」
ぎゅっと抱きしめてくれるつむちゃんの胸に、今度こそ放さないと全力でくっついた。
精神世界は崩壊しかけていましたがどうやら時間の流れが曖昧だったので、大人達の長話にも対応。
ただしもうちょっとぐだっていたら、みーちゃんぐれてた。
みーちゃんがんばってるよ!! のイイネと評価をお願い致します!