40 現実世界へ
びゃあびゃあ泣きながらひっついてくるみーちゃんは、コアラのように両手両足を使って私にしがみ付いていた。泣き喚く声量からセミかもしれない。いや気持ち的に抱き返すならコアラだ。私もやっとかえってきた重みにほっとする。
くそ、この重さに安堵するとか。
重たいだるいって思ってたのに、この重さが丁度よくなっちゃったからには抱っこしないわけにもいかない。
みーちゃんの顔はぐしゃぐしゃで、泣き続けた所為か身体は驚くほど熱かった。あと抱っこで気付いたけど、泥が乾いてパサパサしてるな? 服にしっかり染み付いてなんか茶色い。
そうやってみーちゃんの状態を確認していたけど、それが不満らしいみーちゃんに怒られた。
「ちゃんとぎゅってして!!」
「はいはい」
「放しちゃだめでしょ!」
「うんうん」
「迷子はおいてかれちゃうのよ!」
「置いてかれちゃうのか…」
「まおちゃんきらい!」
「魔王ザマァ」
大人げないとか知らねぇ。
みーちゃんはキイキイと魔王…まおちゃんにたいする不満を訴える。半分以上聞き取れてなかったけど、いじわるをするまおちゃんはきらいらしい。きらいきらいと怒るみーちゃんは初めて見た。
(…というか、そのまおちゃんはどこ?)
真っ暗で、何も見えない。
星でできた光の道が照らした先にも小さな人影は見えない。空も大地も花畑も姿を消した真っ暗な空間には、泣いているみーちゃんと私しかいない。
――まさか、もう溶けてしまったのだろうか。
役割を終えて、マナに還った?
存在の消失にぞっとして、みーちゃんを強く抱きしめる。小さくて柔らかい命は、応えるように私の胸を握り返した。
おい胸を握りしめるな。こっちのうさちゃん握りしめてろ。
しかしそんな無遠慮なみーちゃんの挙動にほっとしていた私の頭上に…ズドンと雷が落ちた。
落雷の衝撃。
音が震動となって全身を揺らす。
灼けるように白く染まった視界が、バチバチと途切れた。
雷の直撃。
そんなの即死だ。感電死だ。
だけど私は生きていた。
全身を硬直させ、さび付いた関節を無理矢理曲げて頭上を確認した私は…相変わらず私の頭上でキラキラ星をこぼすハートリングが、ぐわんぐわん周りながら雷を相殺しているのを見た。
(…奇跡優秀すぎんだろ!)
私を守るという強い意志が、過不足なく私を守ってくれている。
多分恐らくどこかから、まおちゃんが放った攻撃は、みーちゃんの奇跡によって阻まれた。
見えないが、どこかにいる。いるのはわかったが、殺傷力の高い攻撃に頭が上手く働かない。働かない頭が現実逃避を開始した。
(…私、もしかして、隕石が落ちて世界が滅んでも無事だったかもしれないな…)
この奇跡、魔王の攻撃も防ぐ。
「…また、いじめた…」
雷を落とされた衝撃で呆然としていた私の腕の中で、声を上げて泣いていたみーちゃんが歯を剥き出しにして唸った。ぎゅっと握りしめたうさちゃんが歪に歪んで、まるで今から食べられる憐れな小動物のようになっている。
みーちゃんはどこからどう見ても小動物だったはずなのに、なんか幼い肉食獣が出すすごみを感じる。
「つむちゃんいじめた。まおちゃんきらい。きらい、きらい、きらい――――!」
「みーちゃん!?」
みーちゃんが叫ぶ。叫び声に連動して、みーちゃんはバリバリと放電した。
不思議なことに抱えている私に影響はない。影響はないが、このままではやっと落ち着いたのに幼児大戦争が再開されてしまう。
みーちゃんだけでなく、まおちゃんも落ち着かせないとこの戦争は終わりそうにない。
だが。
(まおちゃんがどこにいるのか全然わからないし見えないし何も聞こえないんだが!)
みーちゃんが放電しても、周囲の暗さは変わらない。まおちゃんの保護者もどこにもいない。
(ちゃんと見てろ保護者!)
奴の場合、近くにいてもみているだけの可能性があるのでいても役に立たないかもしれない。
(みーちゃん一人でも手一杯なのにもう一人とか無理だけど!?)
マジで、無理。
私は放電しているみーちゃんを抱え直して、星の道を逆走した。突然走り出した私に、怒りに燃えていたみーちゃんがきょとんとする。
「つむちゃんどこいくの?」
「お、そ、と!」
精神世界の外。現実世界。
私はみーちゃんを、現実に連れ戻しに来たのだ。
幼児の喧嘩は止められない。片方の姿が見えないのだから止めようがない。なんなら声だって聞こえない。
ラスボスやセバスチャンは、精神世界が崩壊するのと同時に二人分の攻撃が現実世界に放たれることを危惧していた。それを止めるために私はここまで来た。みーちゃんはなんとかなるかもしれないが、止めただけでは終わらない。
ちゃんと現実まで連れて帰らないといけない。
(帰れるなら地球に帰りたいけど!)
今はこの、繋がっているだろう道を走るしかない。
走る私の後ろに雷が落ちた。雷の落ちた場所の星が崩れていく。
行くなといわんばかりに、私を…私に抱かれたみーちゃんを引き留めるように、雷がズドンズドンと落っこちてくる。
うっわこっわ!
ファンシーなハートリングが守ってくれているとしても、継続時間もわからない。回数制限があるかもしれない。威力が上がれば感電するかもしれない。火傷だってあり得る。
雷は容赦なく降ってくる。私が足を止めた瞬間ぶち当たる。それくらいすれすれに、みーちゃんを連れていく私を狙った攻撃は続いていた。
みーちゃんは威嚇するように歯を剥き出しにするが、放電はしなかった。走る私にしがみ付いて、私から振り落とされないよう必死になっている。
きゃーぁあと子供特有の甲高い悲鳴が、落雷と一緒に響いた。
――いかないでいかないでつれていかないでやだやだつれてかないでみーちゃんみーちゃんみーちゃんやだやだいかないでここにいてずっとずっとずっとずっとここにいて!
見た目幼児のわりに低くて渋いまおちゃんの声は、姿が見えない状態で聞けばいい大人が駄々をこねているように聞こえる。
視界の端で真っ暗な空間が捻れた。闇が蠢いて、まるで影が伸びるように巨大な手が私たちを引き留めようとする。
胃がきゅっとひっくり返りそうになったが、私は立ち止まらず駆け抜けた。私が走り去った星の残滓が握りつぶされて、小さな光は闇に食い潰される。
――いやだいやだまってまってまっていかないでいかないでいかないでいかないで!
この道こんなに長かったっけ?
終わりが見えなくて目前の闇に目を凝らした。進むべき道は見えるのに、その先に何があるのか全然見えない。なんなら引き留めようとする声が、手が暗闇から伸びてきてめちゃくちゃ怖い。
ここに来てホラー展開とかマジやめろ。
――なんでなんでなんでなんで!
地団駄を踏んでいるのか光の道がぐらぐら揺れた。
――ずっとここにいてよ!!!
「や――――――っ!!!」
抱えていたみーちゃんが、突如甲高く叫んだ。
ぎょっとして思わず立ち止まりそうになったけど、ぎゅうっと力強くしがみ付く手足になんとか踏み止まった。
みーちゃんは叫ぶ。
「みーちゃんかえる! おうちかえるー!!」
みーちゃんは泣いていなかった。ぎゅっと顔のパーツを全部真ん中に集めたようなしわくちゃな顔で、いーっと威嚇しながら叫ぶ。
「おうちかえるもん! お母さんといっしょがいいもん!」
私にしがみ付くのに必死になって、耳だけ掴まれたうさぎが揺れて走りにくい。
「つむちゃんいじめるまおちゃんとは、もーあそばないもん!!!!!!」
雷が落ちた。
私たちにではなく、真っ暗な空間に稲妻が走る。
ぱっと照らされた一瞬、愕然とした少年の顔が見えた気がしたが、そんなことはどうでもいいのだ。
私が抱えられるのはたった一人。
みーちゃんだけだ。
私は走った。みーちゃんを抱えて、遠雷の音を聞きながら走った。
走って走って走って。
気付いたら。
半壊した王宮の部屋にいた。
(…なんで!)
一緒に遊ぼうには頷けるけれど。
ずっと一緒にいては頷けないみーちゃん。
子供慣れして優しい人間だったらまおちゃんを探して慰めたかもしれないけど。
睦美は抱っこしたみーちゃんを必ず連れ帰ると決めていたから、みーちゃんで手一杯だから、まおちゃんは探さないし抱っこできない。




