番外編 血の雨の裏で…… (2)
大変長らくお待たせしました。
すぐに出すはずだったのに、何でこんなに時間が掛かってんだ?
と、思ったら、予定の倍以上の字数、10,000字を越える事が判明。
あ、ヤベ……という事で、二分割にしました。
「寝言は寝て言え」
大変身勝手な憤りを喚き散らす死刑囚に対し、そう冷たく言い捨てると、戸惑う執行人の手から奪われた斧が振り下ろされる。
次の瞬間、耳に痛いほどの静寂が支配する空間に赤い花が開き、その代償に首が一つ落ちた。
我が国において『斬首刑』の際に用いられる道具は二種類あります。
一つは肉厚の剣。こちらで刑を執行された者の死は戦死と同等と見做され、その尊厳が護られる事によって残される遺族も護られます。
対して、今回使用されている斧はといえば、死刑囚は完全に賊と見做され、親類縁者がいればそちらにも罪科が波及する事となります。
おそらく、彼らに親兄弟恋人妻子がいれば、それらの者達は今後監視対象となり、何か……具体的に言えば公爵家や国に不満があると見做されれば、人知れず事故に遇う事になるでしょう。
尤も、王都南の平原において武装蜂起し、正規軍である第二騎士団と武力衝突したとなれば、『国家反逆罪』と見做されるのも、ガラティーン公爵家から切り捨てられて賊軍という扱いを受けるのも、当然と言えば当然ですね。
まさか、あの男の息が掛かった集団だったとは知りませんでしたが……今となってはあれほど愚かだったのも納得できます。
そうこうしている内に、次々と血の花が咲き、怨嗟に歪む首が落ちていきます。
最早、この蛮行を止められる者はいません。
何せ、責任者達を置き去りにして、部外者が首を狩っているのですから蛮行も蛮行。法的に言えば殺人ですね。一応。
「う……ッ!」
まさに眼と鼻の先で繰り広げられる惨劇に耐えかね、とうとうグレイシア様が口元を抑えて走り……いえ、歩み去ります。
今気付きましたけど、あんなにすぐ傍で血飛沫が上がっているのに、グレイシア様には返り血がかかっていません。
その代わり、間に立って盾となっていた殺人犯──まぁ、キャストン様なんですけどね──が赤く血に染まっています。
「お嬢様!」
顔面を蒼白にして立ち去ったグレイシア様を追おうと、侍女──確か、サラと言ったかしら──が動き出す。
「リジー。その侍女を抑えろ」
「ん」
鋭く発せられたキャストン様の指示に、ほぼ条件反射と言っても良い反応でリジーが動く。うぅん、その辺りに関して、私はまだまだですね。
「何を!? 放してください!」
「ダメ」
身を捩って抵抗を試みるものの、特に鍛えている様子も無い彼女に、リジーの拘束を解く事はできません。
その間、キャストン様はというと、彼女に見向きもせずには別の方向を向いていました。
そして、その視線の先には教国の一団がおり、その中から一人の男の子が弾かれたかのように駆け出します。
なるほど、そういう事ですか。
グレシア様の後を追って駆け出したのは、彼女の婚約者となったクレメンテ様です。
実は、私との戦闘後、気を失っていたグレイシア様のお見舞いに伺われたそうですが、侍女によって素気無く返されたそうです。
「結婚前の女性の寝姿を、殿方に見せる訳にはいかない」という彼女の主張も、当然と言えば当然なのですが……使用人として、あまり褒められた態度ではなかったそうです。
そんなこんなで責任者不在のまま、死刑囚全てが乱入者に殺されるという類を見ない結果となりました。
ガラティーン公爵家の、グレイシア様の面子を潰す事になる訳ですが……まぁ、これは仕方ないですよね……。
責任者たるグレイシア様が指揮不能に陥った以上、誰かが引き継がなければいけない訳ですが……公爵家の人間が誰も動かないとあっては、筋違いであろうと誰かが動かざるを得ませんでした。
「行くぞ」
「はい」
血塗れの斧を肩に担いだままキャストン様が戻ってこられると、簡潔に次の行動を指示されました。
私はさも何事も無かったかのように返します。
「リジーはそのままその女を連れて来い」
「了解」
侍女の腕を極めたままリジーが追随するので、痛がりながら、文句を言いながらも、侍女は連行されてきます。
すると、思い出したかのように背後が騒がしくなりました。
死刑囚以外の罪人──分隊長以下の平騎士──達が騒ぎ出したようです。とはいえ、詠唱できないようにされているので、何を言っているかまでは聞き取れませんが。
その途端、キャストン様は肩に担いでいた斧を上空に放り投げました。
回転する事で不気味な風斬り音を鳴らしながら空に消えた斧は、狙い澄ましたように──いえ、「ように」ではなく、実際狙ったのでしょう──罪人集団の眼前に落下。
再び静寂が辺りを支配しました。
◇
「さて、交渉……いや、『雑談』といこうか」
場所をガラティーン公爵家の本営天幕に移し、席に着くなりキャストン様が尊大に口を開きます。
「雑談、ですか……」
「何が雑談ですか! 騎士ニール、あなたもガラティーン公爵家に仕える騎士ならば、この無礼者を取り押さえるなりする事があるでしょう!」
対する席に座る者は無く、その席の後ろには護衛である騎士と侍女が一人ずつ立って控えています。
こちらも同じように、キャストン様の背後に私とリジーが左右に立って控えています。
「いやいや、相手は伯爵様ですよ?」
「何が伯爵ですか!? この男は──」
「それ以上はダメですよ?」
侍女が思わず続けようとした言葉に対し、騎士が声に威圧を込めて止めました。
それにしても、彼女はどうしたのでしょうか?
私の知る限り、サラという女性は侍女として十分な教養があったと思うのですが、今の彼女からは冷静さが欠如しているように思います。
……訓練の結果とはいえ、グレイシア様が大怪我を負った事実に、未だ動揺が抜けないとか?
「くっ……ですが、お嬢様が取り仕切っていた処刑を妨害したのは事実です」
「それは──」
「そんな事をした覚えはないな」
なおも食い下がろうとしたサラに対し、ニールが何かを言おうとしたようですが、そこに割り込んで堂々と言い放つキャストン様。
「んなッ?! そのような血塗れの格好でよくもぬけぬけと!」
それに対してサラは憤慨し、食って掛かります。
そうして、理由は判然としませんが、今の冷静さを欠く彼女は見え透いた罠に飛び込んでしまいました。
そう、キャストン様はあえて着替える事無く、この場に臨んでいらっしゃいます。
従者としてお召し替えを促したのですが、やんわりと断られてしまいましたので、相手に指摘させたかったのでしょう。
グレイシア様の侍女を務める以上、本来であればサラもその事に気付き、迂闊に罠に飛び込んだりはしなかったと思います。
「あぁ、これか? 王都からここへ来る途中、10人を越す賊を見かけてな。多勢に無勢故生かして捕えるのを諦め、一人残らず仕留めた時の返り血だ。確か……12人だったか、アイリ?」
「……はい。確かそうだったかと」
唐突に話を振られましたが……そういう事ですか。
当然ながら、私がこちらへといらっしゃっる道中のキャストン様に、何があったかなど知るはずもありません。
何せ、私達が襲撃を受けたという報せを聞いた為に、単身駆けつけてくださったのですから。
それは彼らも承知している事実です。
にもかかわらず、キャストン様は私に確認なさいました。
その意図がどこにあるかと言えば……。
「そういう訳で、後ほど諸君らに死体の回収をしてもらいたい」
「は?」
未だにサラは理解できていないようですが、ニールの方は理解できたようです。苦虫を噛み潰したような表情になっていますから。
「あぁ、いや、帰り道で12人の賊に襲われたのだったかな?」
「何をバカな──」
「えーっと、伯爵様、俺には決定権がありませんので、それはどうか──」
「ニール。これはあくまで雑談だ。交渉でも会議でもなく雑談だ。雑談の中で君は俺の身に起こった話を聞き、公爵家に仕える騎士として事実を確認するために人を動かし、賊12人分の死体を処分した。公爵閣下に正式に報告するとしたらたったそれだけだ」
韜晦するキャストン様に食って掛かろうとするサラ。
それを途中で遮ったニールですが、彼自身も途中でキャストン様によって遮られてしまいました。
キャストン様が仰っている事を非常に簡潔に要約するなら……「ガタガタ言わずに家の者に手を出そうとした連中を差し出せ」という事です。
「王都からここへ来る途中」というのは、王都からこの訓練地に来るまでの道中……などではなく、このガラティーン家の本営天幕に入るまでの全ての期間を指しています。
なので、「10人を越す賊」というのは、斬首刑に処される13人を含める事が可能です。……解釈の上ではですが。
つまり、この解釈でいくと、今回の事件は『ガラティーン騎士団による武装蜂起』ではなく、『非常に大規模な盗賊団の討伐作戦』と言い張る事ができます。
そうなれば、周囲に腹を探られても痛くありません。
それをキャストン様から提案する事で、「当家は今回の件に関して目を瞑る」という事を暗に示しています。
但し、その条件として、「来る途中の道でその一味である12人の賊──つまりは、私達を襲撃した騎士──に襲われた」という事にして、「帰り道でこちらに始末させろ」……という訳です。
勿論、これほどの事を一介の騎士が勝手に決める事はできないでしょう。
仮にグレイシア様がこの場にいたとしても、彼女の性格から決断するには難しかったと考えます。
……その為に、グレイシア様をこの場から遠ざけたのかもしれませんね……。
「それにしても、こんな王都のすぐ傍に賊が現れるなど、第一騎士団の戦力低下は酷いようだな。そうは思わないかニール?」
「へ? あ、あぁ、そう、ですねー……うへぇ、そっちもっすか……」
返す言葉が見つからない内に、続けてニールに問いかけるキャストン様。
そして、有耶無耶の内にガラティーン騎士団護衛小隊を除く470名が賊と認めさせられてしまった騎士ニール。
ブリタニア王国には、第一から第四までの正規騎士団が存在し、王都とその周辺を管轄としているのが第一騎士団です。
因みに、第三騎士団は王家直轄領の治安維持を、第四騎士団は国境線の守備を担っています。
「先の遠征に出征した者は、一人を除いて誰も還って来ないというのだから、それも宜なるかな」
約10,000名の騎士によって構成されていた第一騎士団。
儀仗騎士団とも揶揄される原因である、半数を占める反主流派貴族出身の騎士達が、戦場の露と消えて既に3ヶ月。
王都という、最重要拠点の守護を管轄とする第一騎士団の再編成は、遅々として進んでいません。
理由の一つとして、第一騎士団に入団する事もできず、燻っていた貴族出身の冒険者──自称【自由騎士】──達約2,000名も先の遠征に同行した結果、諸共に壊滅し、予備と目されていた彼らから補充する事が出来なくなったという事情があります。
そして──
「こうなった以上、他騎士団からの編入に難色を示し、再編を遅らせていた者達が責任を追求されても仕方ないと思うのだが、宰相閣下はどうお考えになるのだろうな?」
──二つ目の理由として、第一騎士団の再編に反対する者達の存在があります。
それは、反主流派の中でも、第一騎士団を地盤としていた武断派と呼ばれる貴族達です。
第一騎士団の半数はこれまで、キャメロット学園を卒業する反主流派貴族子弟の受け皿として浪費されてきました。
彼らにとっては非常に重要な地盤だった訳です。
当然、そんな重要な地盤を失いたくない彼らは、あの手この手で第一騎士団の再編に反対し、長い時間を掛けてでも従来通り、学園卒業生で補充しようとしています。
なので、キャストン様は今回の一件を利用して、第一騎士団の再編にも手を付けられるようにと雑談を続けていらっしゃるのでしょう。
「それとも、ただの賊ではなく、貧乏男爵家の小倅風情が、アンブロシウスを名乗る事に不満のある者達が送り込んだ刺客だろうか?」
そう言うと、キャストン様はちらりとサラの方に眼を向けました。
それに対し、彼女は口にこそ出しませんでしたが、表情までは隠しきれていません。
先程から見せる彼女の敵意は、それが理由だというのでしょうか?
ガラティーン公爵家令嬢の侍女という立場にある人間が、国王陛下の定めた人事に不快を表すという事がどういう事か……分からないとも思えないのですが……。
何にせよ、これでキャストン様は第一騎士団再編のきっかけを作りつつ、ある程度──気休め程度ですが──ご自身の安全も確保なさいました。
今回の一件を要約すると、「叙爵されたばかりのアンブロシウス伯爵が、第一騎士団の管轄内で襲撃を受けた。時期的に考えて、襲撃したのはただの賊ではなく、彼の叙爵に不満のある者達の仕業である可能性もある。え? 公爵家の反乱疑惑? 何それ? 夢でも見たの?」となります。
これにより、管轄内に賊の跋扈を許してしまった第一騎士団の再編は急がれ、更にはキャストン様に手を出すと、今回の濡れ衣も着せられかねず、躊躇う者も出てくるでしょう。本当に気休め程度ですけどね。
無論、これはあくまで雑談の席で出てきた意見であり、ただの言い掛かりです。
ですが、貴族社会において、上位者の言い掛かりとは非常に重いものでもあります。
そして、この雑談に上がった話題を重視するか否かは、宰相閣下や国王陛下が決める事であり、どうなるかは分かりませんが……。
さて、一国の頂点による言い掛かりを退けられる者が、果たしてこの国にどれだけいるか……。
拙い作品にお付き合いくださり、ありがとうございます。
今年は諸々の事情で筆が進みませんでした……。
紛れもなく作者の不徳故、来年はより一層の精進を心がけていきたいと思います。
それでは、来る年の皆様のご健勝とご多幸をお祈りし、今年最後の挨拶とさせていただきます。