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第1話 館長さん(前)

 『遺跡』と呼ばれる場所は大陸各地に点在している。

 神聖帝国の聖都にある『大聖堂』など多くの人々が訪れる『遺跡』もあれば、北部三帝国の中央に位置する『ゴルドアの地下迷宮』のように冒険者くらいしか訪れるものの居ない『遺跡』もある。市井の人々からすれば身近な存在でありながら物語に出てくる英雄たちの冒険の舞台でもあるそれらが地元にあるというのは郷土の誇りであった。

 数年におよぶ混乱を抜け、内乱が終わったラ・ジェント王国でもそれは同じであり、国内唯一の遺跡は辺境にあるにもかかわらず建国以来300年以上にわたり国が管理、維持に努めていた。

 だが、前国王ドルティニス二世の治世となり状況は一辺した。軍の強化に力を入れる為に多くの資金が必要になり真っ先に文化的活動が凍結され、『遺跡』の管理も放棄されてしまったのだった。その為前国王を打倒して二カ月、王太子の戴冠式も終わり国の安定の目途がついたところで長らく放置されてきた国内唯一の『遺跡』を管理をするべきとの声が出てきたのは必然とも言えた。

 新国王や宰相を始めとした国の中枢部からすれば他に優先すべきことは山ほどあったのだが、新国王の統治が前国王とは違うということをハッキリと目に見える形で分かりやすく民衆や諸外国に伝えることが出来るとの考えの下、『遺跡』の管理を早急に進めることとなったのだった。

 とはいえ治安の回復や住民の把握管理、諸外国との国交改善、そしてなによりも行政と軍の再編などやるべき事は多く人は足りない。王国首脳部は遺跡の管理を信頼できる民間の人間へ依頼することに決定した。

 遺跡の名は『ラ・ジェント王立北方図書館』、大陸はもとより世界中の神話や民話、歴史は勿論、世界の真実すらも記された書物が納められていると言われている大陸東北部に位置するラ・ジェントの最北端、海上に建つ常に雪に包まれている白き館だ。

 人々はその図書館を親しみを込めて『辺境図書館』と呼んでいた。


◇


 王都から徒歩の旅で二週間ほどの場所、海沿いの漁村であるリーベント村は人口三百人程の小さな村だ。冷たいラ・ジェント海で採れる海産物が名物の長閑な村なのだが、国内だけでなく国外にもその名を聞いたことがあるものは多い。『辺境図書館』にもっとも近い村、それがリーベント村だ。

 いかんせん多くの人を呼ぶような遺跡ではない為、今では冒険者や研究者が月に何人か訪れるかどうかではあるのだが、それでも訪れた人は最低でも1週間程度は滞在してお金を落としてくれる上、彼らの語る冒険譚や王都の様子を聞かせてもらうのが村の大きな娯楽であったりもした。さらに言えば、歩いて一時間ほどの距離なので村の人間は子供の頃から一度ならず『図書館』に行ったことがあり、地元の名所として以上の親しみを持っている。村にとって『図書館』は大切な物であった。

 その為、国が急に再び館長以下の職員を派遣し管理する旨を連絡してきた時も、多少の戸惑いはあっても歓迎こそすれ嫌な顔をするものは少なかった。

 村長のライルも歓迎した一人だった。現在の『図書館』の姿は彼からすればなんともやりきれないものがあったのだ。国が放棄してすでに20年以上、村の有志で簡単な清掃や保持こそしていたものの一般図書区画は兎も角、特殊図書区画を管理できるものは居なかった。時折命知らずの冒険者が忠告を無視して侵入していたようだが、荒らすだけ荒らして逃げてくるか行方不明となるか……ライルが子供の頃に親しんだ、あの活気ある図書館の姿をもう一度見られるかもしれないと思うと年甲斐もなくワクワクするのだった。勿論、派遣されてくる人物達が誰かも分からなかった為に多少の心配はしていたが、それも王の直轄地にあるこの村ではあまり無体なことはされないだろうと楽観的に捉えるようにしていた。

 そして連絡が来てからおよそ一カ月経ち、実際に派遣されてきた館長さんと話したライルは無駄な心配だったらしいことを多いに安堵したのだった。

 

「いやはや、館長になられる方が来たというので、どんなお貴族様が行列を連れてやってきたのかとビクビクしていたのですよ」

「それでこの若輩者が一人では、さぞかしガッカリなさったでしょうね」

「いやいや、そのお若さで重要な職務を任されるのですから大したものですよ。ましてやそれが我々と同じ平民の方となれば、大歓迎です」


 たった一人訪れたその若者はどこからどう見てもただの旅行者にしか見えなかった。いや、一点だけ不審な点があるにはあったのだが、それも冒険者であればその程度の者はたまに居る。長年にわたり多くの冒険者を迎えてきたこの村の人間は耐性が出来ていた。


「そう言っていただけると有り難いのですが、僕はまあ、ちょっとした伝手があっただけなので」


 ライルは恥ずかしげに頬を掻く青年をあらためて見やった。黒い髪に緑の瞳、年の頃は十七~十八歳だろう。長旅でいささか砂っぽくなった簡素な服に荷物は背負い袋と剣、盾だけ。特徴的かつ不審なのは顔の上半分を覆う黒い仮面だが、穏やかに笑う目元と口元が見えていること、洗練された丁寧な物腰と言動であることから危険な雰囲気はない。盾に紋章が書かれていることを考えると何処かの騎士団に所属しているのかもしれない。短い時間話しただけだが、なかなか好感がもてる青年だとライル思った。


「それで案内人なのですが」

「ええ、もちろん手配させていただきます。そうですね、明日の昼前に宿に向かわせるということでよろしいですか?」

「ええ、十分です。些少ですが礼金も用意していますのでよろしくお願いします」


 それから二人は世間話を交えながら明日以降の打ち合わせを行った。

 旅慣れた人間ならば一人でも問題なく『図書館』に辿り着けるだろうが、問題はその後だ。十分に注意すればなんら危険のない場所だが、万が一規則を破るようなことがあれば大事になってしまう。十分に慣れた人間に同行させるべきだった。

 そうして打ち合わせと『図書館』の簡単な説明を終えるころには既に日が落ちており、ライルは自分の家に泊るように勧めたのだが、そこまで甘えられないと言うポーランに村で唯一の宿を紹介したのだった。


◇


 リーベント村にたった一軒の宿屋である『青い鯨亭』の主人ロイドの朝は早い。日の出る前に起き出すと、宿の裏手にある井戸でその日必要な水を汲み、前日割って準備しておいた薪を納屋から厨房に運ぶ。そして朝の漁から帰ってくる漁師に魚を分けて貰う為に桟橋に向かうのが、18歳で宿を継いだ日から5年間続けている日課なのだ。

 その日もロイドは何時ものように水を汲む為に井戸に向かった。短い夏はすでに終わり季節は冬へと向かっている為、早朝はとても寒く吐く息が白い。せめて太陽が登っていれば多少は暖かいのだが、海に近いというのにほぼ塩分を感じない水の出る良質な井戸があるので、明るくなれば各家庭が井戸に水を汲みに来る。子供たちが水瓶を持ち並んでしまう前に必要な分を確保しなければならないのである。

 そんなわけでいつもならば人っ子一人いない筈の井戸のある広場なのだが、その日は先客がいた。簡素なズボンと布靴を履き、上半身は裸だ。右手で剣を左手で盾を持ち、一心不乱に剣を振るっている青年はそんな時であっても黒い仮面を付けていた。昨日から青い鯨亭に泊っている宿泊客の青年だった。

 長旅の疲れが出たのだろう、宿泊の手続きを終えると簡単に夕食を済ませ部屋に入ってしまったので碌に話をしていないのだが、そういえば井戸で水浴びをしても良いかと聞いていた。ついでに朝の鍛練をしているのだろうと判断したロイドは邪魔をしては悪いかと思い足を止め青年を観察する。

 その動きはあまりにも遅くとても剣の鍛練をしているようには見えなかった。どちらかと言えば舞踏のようにも見える動きだが、村一番の戦士を自負しているロイドが見てもその体の使い方は洗練されており、一分の隙もない。間違いなく戦う人間の動きだった。つい魅入られたように見つめていると、大きく剣を斬り払い鞘に戻して一礼した青年が振り向いた。


「おはようございます。随分早いのですね」

「あ、ああ、いやその……悪いな、邪魔をしたか?」

「いえ、丁度切り上げるところでしたのでお気になさらないでください」


 なんとなく気まずくしどろもどろに返事をすると、青年は苦笑しつつ井戸へと向かった。武具を置き、一度二度とつるべで水を引き上げ湯気が上がる肌を冷ますように頭から水をかぶる。この寒いのにさらに冷たい井戸水をかぶるかね、ロイドは想像して思わず体を震わせた。


「こんな時間から剣の鍛練とは熱心だな」

「旅をしている間はなかなか時間が取れなかったので、久しぶりに満足するまでやれてスッキリしました」


 そう言う青年は実に満足そうで、濡れた身体を拭いた後にはロイドの水汲みまで手伝ったのだった。どうやら体を動かすことに厭う人間ではないようだ。

 ちなみに朝食の準備を始めていたロイドの妻カトリーヌは楽しそうに水汲みをする宿のお客さんという珍しい光景に、見た目通り変わった青年だとロイドにこぼし、ロイドはその言葉を否定出来なかった。



 青い鯨亭の一階は食堂兼酒場になっている。決して大きい村ではないが、それでも夜には多少の客がやってきて賑わう村の社交場の一つだ。とはいえ朝からやってくる客は少なく、今日に限って言えば昨夜から泊っている仮面の青年が食事を終えたった1人でのんびりとお茶をすすっているだけだった。


「ふう、朝から美味しい焼き魚、それも秋刀魚が食べられるとは思いませんでした。ごちそうさまです」

「今日は秋刀魚が大漁だったんで安かったんだよ。一人で三匹も食べるとは思わなかったが、気にいってもらえたようでなによりだ」

「秋刀魚なんて数年ぶりでしたから、つい夢中になってしまいました」


 今の時代、冷却系魔法を使用した保存技術もあるにはあるがかなり貴重な技術なので、海産物が内陸部で食べられる機会は少ない。特に戦続きで治安の悪かったラ・ジェンド王国では物流自体が悪くなっていたのでなおさら無理もない話だった。


「館長さんは暫くこの村に滞在するんでしょう? でしたら幾らでも海の幸をお出ししますんで期待してくださいね」

「それは嬉しい、カトリーヌさんは料理上手ですから尚更期待できますよ」

「あらやだ、お世辞を言ってもなにもでませんよ」

「いえ、昨日と良い本当に美味くて感動しました。まず今日の夕食はその烏賊を期待させていただきます」

「おう、その烏賊は船から上げて直ぐ生きてる内にタレに漬けた逸品だ。ぜひ期待してくれ」


 長旅をしていた者が新鮮な食材に飢えていることを知り尽くしているやり手の二人が青年と村の名産について話していると取り付けられている鈴の音を鳴らして扉が開かれた。入ってきたのは10代半ばんの少女と20代に見える女性の二人連れだ。

 一人は茶色の髪をショートカットにしたいかにも町娘といった格好で、小柄な体に元気がいっぱいに詰まっているような明るく活発な印象の少女だった。リーベント村の村長であるラルフを見たことがある人ならば丸い顔に大きな瞳がそっくりだと言うだろう。

 もう一人は水色の長い髪とアーモンド形の目、木の葉型の長い耳を持つ美しいエルフ族の女性だった。エルフ族はヒト族主体のラ・ジェンド王国では珍しい存在だ。種族的に魔法の才能に優れ身のこなしも軽いので冒険者などに向いているのだが、基本的に出身集落の自然を深く愛し守ろうとする為に国から離れることが少なく、緑の少ないラ・ジェンド王国にはそもそもエルフ族の集落自体が無いこともあってほとんど見かけることはない。


「こんにちは、館長さんいらっしゃいますか?」

「こんにちはぁ」


 元気よく入ってきた少女は村長の娘マリー、そしてエルフの女性は神話研究者のアルトネイシアと名乗った。二人が村長に頼まれてやってきた案内人だということだった。マリーは幼い頃より幾度となく『図書館』に利用しており、アルトネイシアは村に家を買いすでに1年間以上『図書館』の書物で神話の研究をしているとのことで、要するに『図書館』の常連さんというわけだ。


「一般図書区画なら庭みたいなものですから任せてください」

「丁度路銀が怪しくなってきたとこだったからぁ、臨時収入は助かるわぁ」

「ちょっ、アルトさん! お金なんて二の次ですよ! もっと大事なことが!」

「あらあら、お金のことをちゃんと出来ないと良いお嫁さんには慣れないのよぉ」


 『図書館』の為にと意気込み過ぎているように見えるマリーとノンビリしながらもなかなか現実的なことを言うアルトネイシア。二人のテンションを足して割ると丁度良いかもしれない、とロイドと青年は顔を見合わせて苦笑する。ともあれ、互いに自己紹介を終えた三人はカトリーヌお手製の弁当を手に青い鯨亭を後にした。


「ところで館長さん?」

「はい、なんでしょう」

「えっと……館長さんは何故そんな仮面を付けているのかしらぁ」


 街道に出る為に村の出入り口へ向かっているとアルトネイシアが至極当然な疑問を口にした。マリー共々村長のライルから仮面のことを教えられていたので出来るだけ気にしないようにしていたのだが、やはり気になって気になってしかたなく、結局は聞いてみることにしたのだった。口を大きく開けている獣を意匠化したその仮面は青年の顔の上半分にピタリと隙間なく装着されており、こうして話していてもなんら不自然なところがない。あり得ないことだがコレが素顔だと言われればそうかもしれないと思いかねないほどに青年に馴染んでいた。アルトネイシアの知る限り、常に仮面を付けて生活する人々というのはそれほど多くはないが存在する。それは例えば雷龍などの獣王を祭る神殿の司祭と巫女であったり、西方辺境にすむ部族の出身者だったりするのだが、目の前の青年はそのどれにも当てはまらない。学者としての知的好奇心は少ない自制心を軽く突破してしまったわけだ。

 ちなみに村長である父親に無礼な真似をしないよう言い含められていたはずのマリーもアルトネイシアを止めることなく目を輝かせて青年の答えを待っていたのは若気の至りというものだろう。

 好奇心いっぱいに見つめてくる二人に青年は苦笑する。正直に言えばすでにこの仮面はその役目を終えている。だが、それでも捨てることが、外すことが出来ない。今の自分である為に必要なものであり、同時に弱さの象徴でもある。それを説明する気にはなれなかった。

 さて、なんと言おうか。青年は並んで歩く二人から目を逸らし、考えながら何気なく周囲を見回した……と、その歩みが止まった。


「館長さん?」

「あら、どうしたのかしらぁ?」


 急に立ち止りじっと一点を見つめる姿に問いかけながら二人は青年の視線を追った。そこには村共同の厩舎で馬具を外されている三頭の馬がいた。

 

「見かけない馬ですね」

「あら、冒険者の方かしらぁ」

「って館長さん? どうしたんですか」


 今度は急に歩き出した青年にマリーが声をかけるが、青年はそれに構わず馬へ……いや、外した馬具を運ぶ男へと近づいて行き、静かに尋ねた。


「それを見せていただけますか?」


予約しながら見返していたら後編でミス発覚です。

後編は2~3日後になると思われます。


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