第1話 館長さん(後)
ライルはため息をつきたい気持ちを押し殺し愛想笑いを浮かべていた。こんなことは40歳になる今日までに何度も会ったことだが、相変わらず面倒なことだと思わずにはいれなかった。
マリーとアルトネイシアを館長さんの所へ送り出して暫く経った頃、ドレンと名乗る男をリーダーとする三人の冒険者風の男たちがライルの下に案内されてきた。冒険者などが村を訪れた時には村長のライルか村唯一の宿屋である青い鯨亭に案内するのが慣習になっているのでそれは良い。大概は『図書館』へ行く為に村に情報を求めてきた者たちであり、彼らには案内人を紹介することになる。アルトネイシアのような研究者もいるものの、そのほとんどは冒険者だ。冒険者とは良く言えば危険なことも頼める何でも屋であり便利な存在なのだが、一方で山賊に比べればまだマシな荒くれ者としか言えない者たちも存在する。
それでも王の直轄地であるこの村で無体を働くものは少ないのだが、どうしても頭の悪い輩というのは居る。そんな時には青い鯨亭の店主であるロイドが団長をしている自警団で対応することになるのだった。
今回の男達は案の定冒険者と名乗ったのだが、どうやら久々に厄介なのが来たらしいとライルはため息をつきたくなった。これは自警団を集めるしかないかもしれん、ソファにどっかりと座りこみだらしなく笑う男に対し、いかにも怯えている様を演じながらこれからどうするかを思案する。
「つまりその……この村の護衛をしてくださると?」
「ああ、敗残兵の盗賊がこの辺りに来たって噂だからな。こんなちっぽけな村なんざ放っておいたらあっという間に皆殺しにされちまうぜ?」
「そうそう、兄貴がいう通りだぜ。俺らがたまたま近くにいたのを感謝してくれなきゃいけねえよ」
ライルと向かい合ってソファに座っているリーダー格であるドレンに窓際の手下の男が追従した。残る一人は扉の外、廊下で邪魔が来ないように見張っているようだった。全員薄汚れた皮鎧を着ており武装もしている。昨日の青年などは部屋にいる間は腰から剣を外していたのだが、目の前の男たちはその辺りの礼儀を気にもしていない。圧力をかけて交渉を進める為なのだろう、なんとも手慣れている。ちなみに敗残兵が王国北部に潜んでいるとの噂は確かにあった。今のところ被害を受けた村の話などは聞かないのでどこまで本当なのかはわからないが、男達がまったくの嘘をついているわけではないので頭から否定するとかえって付け込まれかねない。
「お話はとてもありがたいと思います……ただ」
「ただ?」
「あの、この村は王国の直轄地ですので騎士団の方が見回りに来てくださるのです」
「騎士団だと?」
「は、はい。ガーベラ騎士団の方に聞いてみませんと我々にはなんとも……」
「へえ、そうか…なら」
この話もまた嘘ではなかった、月に1~2回ではあるは治安維持の為に東の国境を守るガーベラ騎士団が北方辺境の見回りをするのだ。ライルの話を聞き、ソファに座るドレンが手下に目配せする。さて、荒事にならずに済ませられるかここからが村長としての腕見せどころだな、そう思い姿勢を正した瞬間ライルの膝に手下が何かを投げた。
それは小さな楕円形の茶色い物体が幾つも通された鉄の輪だった。とっさに受け止めた茶色い物体をまじまじと見たライルは引きつった声を上げそれを放り投げる。
「おいおい、人の戦果を粗末に扱うんじゃねえよ」
ソファの男が嫌な笑みを浮かべ拾い上げたそれには、干からびた人の耳が幾つも繋がれていた。
「こいつは此処に来る時に見つけた盗賊をブチ殺した証拠だ。しかもよ、この村を狙ってたらしいぜ……当然、礼はしてくれるんだよなぁ?」
馬鹿な、そんな何時のものかも分からないものが証拠になるわけがない!
ライルの心の叫びは声になることはなかった。戦場では武功を示す目的で時に行われることではあるが、人の耳を斬り離して集めるなど普通の村人であるライルには考えられない異常であり、それを楽しげに振りかざしている目の前の男がまるで怪物かなにかのように思えたのだった。
「そんな……う、嘘だ……」
ライルはそれでもなにか言わなければと思っても口を開くが、口からは掠れ声しか漏れない。だが、その掠れ声を聞きリーダーの男が立ち上がった。
「嘘だと? 元龍牙傭兵団の一隊を任されていた俺の話が嘘だってのか? 俺の腕を疑うってのならここで見せてやるぞ!」
男は躊躇なく剣を抜き目の前のテーブルに叩きつけた。テーブルは木造りとはいえ十分に厚みもあり頑丈で簡単に壊れるようなものではないのだが、その一撃で破片を撒き散らし両断されてしまった。
「アンタも聞いたことがあるだろう、先の内乱で活躍した傭兵団のことをよ。お国の為に働いてきたこの俺たちを嘘つき呼ばわりとはいい度胸じゃねえか。こりゃあ侮辱してくれた謝罪も貰わなきゃならねえようだなあ」
嫌らしい笑みを浮かべ鎧の胸に付けられた紋章を指し示すドレン。
ここに至りライルは完全に自分が失敗したことを理解していた。一人で会うべきではなかった。この三人組は初めからこうして金を脅し取るつもりだったのだ。金を奪った後はライルを殺すなり縛り上げるなりしてさっさと村を後にする腹積もりなのだろう。もしやこの男達が噂の敗残兵の一部なのかもしれない。ロイドを呼んでおけば助けを呼ぶ時間を稼ぐぐらいはしてもらえたのにと悔やんだ時、扉の外で何かを話す声が次いで大きな音がして扉が開かれた。
「なるほど、騙りの時点で碌でもない奴らだとは思っていましたが、予想よりもクズでしたか」
「か、館長さん?」
現れたのは仮面の青年、室内を一瞥し剣を抜いている男や両断されたテーブルを見ても動じることなく堂々と入ってくる。ライルは意外な人物の登場に驚いたがそれでも助けを求めようとして、戸惑ってしまう。昨日とは青年の雰囲気が違った。にこやかに笑っていた目元は鋭く、その言葉の端々に嫌悪感がにじみ出ている。突然の侵入者を怒鳴りつけようとしたドレンですら視線を向けられただけでその動きを制されてしまい、張りつめた空気が室内に広がった。
「さて村長さん。なんとなくわかりますが、どういう状況か手短にお願いします」
「え……わ、私ですね。はい、これは……」
ドレンと睨み合ったままに聞いてくる青年の問いに、ライルはなんとか答えていく。とても話を整理する余裕はないがもともと単純な話だ。一分も経たずに状況を伝えることができた。
「なるほど、騙りの上に脅しですか。とことんクズのようですね」
「なんだとテメェ!」
呆れたように言う青年が視線を緩めると、とたんにドレンが怒鳴り出した。
「俺達は正当な報酬をもらってやるってんだ。大体どうやって入ってきやがった、ボイドは何やってやがる!」
「言い訳ですか見苦しい。それと、扉の前に居たお仲間なら邪魔なので眠っていただきました」
「なんだと……ちっ、あの役立たずが」
ドレンは不甲斐ない手下に文句を言いながらも目の前の仮面の青年を観察していた。先ほどは機先を制されたからか、つい黙って状況を見守ってしまったが、一度動き出せば今まで感じていた不思議な圧力も感じない。手下のボイドを怪我もせずに倒したということはそれなりに使える相手なのだろうが、こちらは二人いるのだ。ケチがついた以上、欲をかかずにさっさと仮面の青年と村長を殺したら金目の物を奪って村を出た方が良い。そこまで思い、窓際からじりじりと青年の脇へ移動してきていた手下に目配せをした。もちろん生きているかも分からないボイドを助けることなど考えてもいなかった。
「では、話せなくなる前にせめて名前だけでも聞いておきましょうか?」
高まる緊張に気付いてもいないのかノンビリと話し続ける仮面の青年にドレンはじりじりと近づきながら自分に注意を向けるよう答えた。
「いいだろう、教えてやるよ。俺は……元龍牙傭兵団のドレンだ!」
一瞬の出来事だった。
ドレンの言葉が終わる前に青年の横手から手下が斬りかかり、ドレンも剣を振りかぶる。そして……青年が剣を鞘に収めた音が響いたときには斬りかかった筈の手下が糸が切れた人形のように崩れ落ちていた。
「なん……だと……」
ドレンの目には青年が剣を抜く瞬間も、手下に攻撃を仕掛ける瞬間も見えなかった。気が付いた時にはすでに剣を収める所だった。まさにマバタキをしたその時には終わっていたとしか思えなかった。
「龍牙の名を名乗るにしてはお粗末すぎますね」
剣を振りかぶったまま硬直していたドレンを青年の視線が貫いた。それは牙を剥く獣を模したその仮面のままに怒りに満ちた視線だ。とたんにドレンの額に汗が浮かび、息が詰まる。もし今頭上に掲げた剣を振りおろしたら自分は殺される。その事実を否応なく告げるような視線だった。
「貴方は大きな罪を犯した。無論こうして平和な村の方を脅かしたこともですが、それと同様、僕にはとても許せない罪を……」
再び室内の空気が張り詰める。今度は先ほどと比較にならぬほど急激に濃密に……。
青年が一歩前に、そして柄に今一度手をかけた所でドレンが動いた。自分の意思ではなかった、理性を越えた恐怖に突き動かされて剣を振らされたのだ。
瞬間、ドレンの眼前に銀線の十字が咲いた。青年は抜刀の勢いのままに横一文字、止まらずに跳ね上げた長剣を縦一文字に振り下ろした。
そして、ドレンの剣は半ばから切り離され宙に舞い胸に刻まれた紋章が十字に切り裂かれ……青年の今だ怒りを含んだ声を聞きながらドレンは意識を失った。
「龍牙の紋章を穢した罪、その身をもって償うが良い」
剣を収める青年。その青年が背負っていた盾には紋章が描かれていた。
牙を剥く龍の紋章が……。
なんだかんだでほとんど書きなおしました、書きなおして良くなったかは疑問ですが~。
1話は主人公及び村の人の登場編です。
2話はやっと図書館が登場します。
次回更新は来週予定です。




