第0話
<起>
二人の女性がその村の惨状に気付いたのは偶然だった。
二人は傭兵兼冒険者として旅をしていた。国境の通行が制限されていたので人里離れた山に入り国境を越えた頃にはすでに夜となっており、仕方なく山腹で野営したのだった。そして深夜、二人の眼下に広がる平原には炎に包まれた村落があった。
真夜中の出来事だったとはいえ炎に照らし出されたその光景に、どうやら軍隊らしき集団に襲われたらしいと判断した二人は、それでも危険を顧みずに翌朝その村落に向かっていた。もし生き残りがいるのならば助けたいとの思いもあり、襲撃者の手掛かりを見つけなけれならないとも思ったからだった。決して平和なご時世ではないとはいえ、村一つを壊滅させるような大規模な戦闘集団がいるなど正常な状態ではありえない。自分たちが安全に旅を続ける為にも必要なことだった。
だが、山村に到着した二人が見たものは徹底的に破壊され炎に燃やしつくされた村の惨状だった。いまだ燻ぶる炎が煙を発し、その場にいるだけでも辛い。各所に積み上げられた死体は老若男女の区別もなく、村人は皆殺しにされたか連れ去られた者がいるのかも分からなかった。
それでも一軒一軒焼け残った家々を見て回った二人は一人の少年を見つけることが出来た。
涙すら枯れ果てた様子で声を出さぬよう食いしばった口元からは血を流し、煤に汚れたその少年はそれでも生きていた。よほどの恐怖にさらされたのか言葉も発せないほど衰弱した少年を保護した二人は、この悲劇を伝える為に急ぎ近くの街へと向かったのだった。
そしてたどたどしく語られた少年の話は驚くべきものだった。この国の王が遊興中に見かけた一人の美しい娘を見染め、連れ去る為だけに兵を動かし数十人が住まう村を襲ったというのだ。
この話は当然の如く緘口令がひかれることになったがこれほどの事件だ、すぐに噂は国中に広がりさらには暴君として知られる王の新たな罪として近隣の国々でも語られるようになった。そして圧政に耐えかねた民衆の反乱を皆殺しにすることで鎮圧したことを弾劾した王太子が暗殺される、という信じがたい事態が起こったことで混乱は加速、やがて内乱が勃発することとなった。
ある者はこの時少年が死んでいればあれほどの内乱が起こることはなかったと嘆き、ある者はこの時少年が助からなければ暴虐の時代がさらに続いていたと安堵した。
そして知恵ある者はその少年がこの世界へとやってきた意味ことこそが、暴虐の時代を終わらせ発展の時代を迎える為の契機だったのだと語った。
最後に心優しき者が嘆いた。それでは役割を終えた少年はどうなるのだろう、と。世界が平和になることは実に結構なことだが、彼の平穏はどこにあるというのか、彼の幸せはいつ訪れるというのだろうか……。
これは理不尽な運命に抗い生き続け、その役割を終えた少年のその後の物語。
<結>
王城の一角、王の間へと続く回廊でポーランは迫る刃を盾で受け止めた。しかし相手の騎士はあらかじめ受け止められることを想定していたのだろう、斬るのではなく叩きつけられた長剣は力でポーランを吹き飛ばした。
ポーランは無理に堪えることなく自ら地を蹴りなんとか体勢を保ったが、三メートル近く宙に飛ばされたその瞬間は、明らかに相対する騎士にとって必殺の一撃を決めるまたとない機会……とはならなかった。
「くっ、貴様!」
騎士は右膝を地に着き、顔を歪めていた。よほど今の一撃に自信があったのだろう、反撃されたことが信じられないと表情が語っていた。
そんな顔をしていても、何度見ても美しい女性だった。白磁の肌は戦闘の高揚に赤みを増し兜の脇から流れ出る金糸の如き長髪は窓から差す夕陽を浴びて輝いていた。王家直属の近衛騎士であることを示す白銀の鎧の所々に生じた傷や体の各所から流れる赤い血すらも彼女の美しさを引き立てているようで、唯一暗い光を宿す翠の双眸がもったいないとポーランは思った。
とはいえその美しい人は見事なほどの強敵としてポーランの前に立ちはだかっているのだ。吹き飛ばされる寸前に一か八か足を狙った剣が上手いこと当たってくれたことに感謝しながら二度三度後ろに跳び退り吹き飛ばされた勢いを止め、次の攻撃に備えた。
「っと……あら、これは不味いですね」
そこでやっと左腕が上がらないことに気付いた。鉄で補強してある強固な木の盾が真っ二つに割れて吹き飛んでおり、どうやら左前腕から肘にかけて折れたかどうかしたようだ。
ポーランが傭兵団の一員として参加したこの内乱の最終決戦が始まりすでに数時間が経過していた。疲労はとうの昔に限界を越えており、怪我をしては治癒魔法で回復、を何度も繰り返していたことで痛みにも鈍くなっていたらしい。ため息をつきながら左腕にぶら下がる盾の残骸を剣で叩き落とし前を向くと、騎士も立ち上がり剣を構えていた。
震える左足でそれでもしっかりと大地を踏みしめ頭上に剣を掲げ持つ。獅子の型を呼ばれるこの国の騎士たちが好んで使う一撃必殺の構えだ。
その目に先ほどまでの暗さは無かった。何時の間に何を思い何を決断したのかポーランには分からないが、どうやら彼女の中で何かが変わったらしいことだけは理解した。その目は今までに何度も見てきた、そして今の今まで目の前の騎士にはなかった戦士の目だった。
ポーランはすでに10分近く戦い続けている美しい人が、自分よりも強いことを確信していたから、これは不味いなと再びため息をついた。ポーラン自身、自分が弱いとは思っていない。今だ若輩とはいえこれでも5年以上を傭兵として過ごしてきたのだ。敵の強さくらい分からなければ生き残ることなど出来はしない。それなのにこの10分間で死なずに済んでいたのは目の前の騎士の戦意が低かったからだろう。
それはそうだろうと思う。
彼女が守るべき主は近隣諸国に暴君として知れ渡る暗愚の王だ。
そして彼女が戦うべき敵は王の嫉妬によって暗殺されたはずのこの国の王太子なのだ。
まともな人間であればあるほど、これで戦意を維持しろというほうが難しいだろう。
それでもこの内戦が1年近く続いていたのは王が貴族の特権を守る立場にあり、政と軍の上層部のほぼ100パーセントが貴族の人間だったからだ。近衛兵である目の前の騎士も家と家族を守る為に必死に己を奮い立たせて戦っていたのだろうが、それでもその心は剣に迷いを持たせてくれていた。だというのに……ここに来てその迷いが消えていた。
「我が名はサラ・アーベント、ラ・ジェント王国近衛騎士隊副長サラ・アーベントだ。貴殿の名を聞かせてもらえるかな」
静かな、鈴を転がすような声が回廊に響いた。見た目にくらべ随分とかわいらしい声だ。そして見た目通りに強い意志を感じさせる声でもあった。
「この愚かな戦に終わりに、せめて貴殿のような使い手と戦えたことを神に感謝したいのだ」
ポーランが黙っているからだろう、強い輝きを宿す瞳に少なくない痛みを一瞬浮かべサラは言葉を重ねた。その様子にポーランは三度目のため息をついた。
「……ポーランです。僕は龍牙傭兵団のポーランと言います」
「ほう、貴殿が独眼龍の愛弟子というわけだな……なるほど、相手にとって不足なし!」
実を言えばサラが足を負傷したのを見たポーランは、さっさと逃げる機会を探っていた。
戦況はすでに決している。仲間を先に行かせるためにサラの足止めをしていたポーランの役割はすでに終わっているとも言えた。生き残る秘訣は欲張らないことだと傭兵団の先輩方にしつこいほどに教え込まれていることもあり、引き際を計っていたのだが……。
「戦士がここで引くわけにはいきませんよね」
頭を切り替え、ポーランもまた必殺の構えを取った。
武器を持ち戦う道を選んだものは二つに分かれるとポーランは思っていた。
一つはただ殺す道具として武器を持つ者、ただ暴力と恐怖、憎しみだけが続く修羅の道。それが悪いというわけではない、争いの絶えないこの世界ではある意味必然ともいえる生き方なのだ。だがそんな彼らにとって他の武器を持つ者は敵でしかあり得ない。仮に協力したとしてもそこには利害の一致があるだけであり、次の瞬間には敵対しているかもしれないのだ……それはあまりにも悲しいとポーランは思う。
だからポーランはもう一つの道を選んだ。それは自らの戦士としての誇り全うする道。誰かと同じである必要はない、ただ自分を恥じることなく戦い生きていく為の規範とも言うべきもの持つということ。武器を持ち戦う技を鍛え上げることは同じでも、戦うべきときに戦い、戦うべきでない時には戦わない。それは理想でしかないけれど、それでも自分を信じて進むべき道。一言で表すことは出来ない、騎士道あるい武士道と呼ばれるものとも違う、ポーランが自分に課した規範。ただ軟弱なだけだとなじられることもあったが、武器を持ち、命を奪い始めてから一度たりともそれに反することをしたことは無かった。
そんなポーランの戦士の誇りにかけて、目の前の騎士から逃げ出してはいけないと思った。傭兵としては失格だろう、おそらく団長を始めとした仲間たちがいたらさっさと逃げろと説教されるだろう、それでも今は戦うべきときなのだと自らに喝を入れた。
互いに必殺の構えで向かい合い、わずかに距離を詰める二人の顔には笑みが浮かんでいた。今まさに殺し合っていたというのに、次の一撃で互いの命を奪おうというのに、二人は確かに笑っていた。
そして。
二人は呼応するように地が震えるほどの一歩を踏み込み、互いに迅雷の如き必殺の技を放ちあった。
長く続いた内戦が終わったのは、二人の戦いに決着がついたほんの数分後のことだった。
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