玩具の件
今、少し、うまく喋れないので、聞き取りにくかったなら、申し訳ありません。
私は玩具をいじるのが好きでした。
車だとか、びっくり箱だとか、ブリキのロボットだとかを集めて分解して、また組み立てるのが好きだったんです。
特に好きだったのは人形や、ぬいぐるみでした。
それも、他人のものが欲しくなるのです。女の子とか、小さい子供が大事にしている人形を、こっそり盗んできては解体して、動物と人間を組み合わせたり、熊のぬいぐるみに手足を増やしたり、内部にガラス片や釘をいっぱいに詰め込んでみたり……。
私は風采の上がらない男だったと思います。
高校生の頃に父親が死に、自動車の修理工場を受け継ぎましたが、人を使うことに慣れず、資金繰りやら取引先とのやり取りもうまくできず、工場はすぐに傾いていきました。土地は自分たちのものだったので運転資金はさほどかからず、私一人が生きていく分には何とかなりました。
ですが、常に仕事は乏しく、対人関係に悩むことが多く、生きているだけで鬱屈が溜まる日々でした。
30を越える頃、あの良くない遊びを再開していました。あちこちから玩具を盗んできて、解体して繋ぎ直して遊ぶのです。
私は異形を好みました。
なるべく生命としてのカタチから逸脱した造形を、それでいて内臓の位置や動き方などが察せられるものを。
どんな意図で生み出されたか分からず、どんな材料で作ったのかも分からないものを。
分解して、縫い合わせて、泥や薬品で風合いをつけます。
人形はですね、盗んできた直後は、まだ生きているのです。
ええ、そうとしか言えないのです。セルロイドの肌は脈を打ち、手足には脂がある。解体するとやがて死ぬのですが、素早く、正確に縫合すれば、生きたまま繋ぐことができるのです。
私はたくさんの人形を作りました。まともな生き物の形をしているものは一つもない。異形で、不気味で、そう、妖怪とも神仏とも呼べそうなものです。
私の中でその垣根はありませんでした。恐ろしいものと尊いものは、同じようなものでした。
私はある時、とてもひどい材料を使いました。ひどいものこそ素晴らしく、素晴らしいものこそ最悪です。垣根はないのです。
かりかりと、小さな音が聞こえました。
最後のひと針を縫ったところでした。内部でしゃべるような音がするのです。材料になった二つの人形は、どちらもモーターもギアも内蔵していないというのに。
ななくにの からたたちわけたかに いいにしひは かたぶきふるひて のちのわにおりき
歯車がきしむような音。凧糸をこすりつけるような音。不思議なことに理解できました。それは予言でした。
大きな会社が倒産する予言。日本中が大騒ぎになりましたね。まったく予兆も予測もできない電撃的な事態だったそうじゃないですか。私のように株の空売りで大儲けした人間は、たぶん、珍しかったと思います。
私は浮かれたものでした。凄いものを作ったと、予言してくれる人形だなんて。
ですけどね、証券会社から家に帰ると、その人形は腐っていました。
ええ、腐っていたのですよ。ただの布と綿の塊が、泥のように、悪臭を放つ汚泥に変わっていたのです。
私は、たいそううろたえたと思います。家の外まで付いてきている誰かにも、気づかないほどに。
ええ、私の経験したことはそれが全てです。
あれは偶然の産物で、二度と同じようなものは作れないでしょう。予言を聞いたからって、それをうまくカネに変えられるわけでもない。
きっと、予言なんてものに振り回されれば、不幸を招くだけなのです。
だからもう、勘弁してもらえませんか、何も知らないんです、もう作れないんです、予言をする妖怪だとか、件なんてものは。
本当にもう、語ることなど、歯がなくて、喋るのがつらいんです、これ以上は――。
記録者備考
S県T市において自動車修理工場を経営していた「製作者」は、同じくS県内の山中にある山小屋にて尋問を受けていたと思われる。
記録はこの後も続いているが、ほぼ同内容の繰り返しであるため、付託資料4から17番までを参考にされたし。
「製作者」の身体にあった外傷のほぼ全てに生活反応があったことから、尋問は長期間に及び、かなり手慣れた人物により行われたと察せられる。
「製作者」はすべての質問に可能な限り答えたようだが、ただ一つ、件という存在の材料になった「ひどい材料」とは具体的に何なのか、その言及だけは行われていない。
生きた人間、生きた動物、その発想は当然あり得るが、S県T市内、「製作者」の行動範囲において誘拐事件などは発生していない。根本的に考え方が異なるのかもしれない。
「ひどい材料」とは何なのか。なぜ「製作者」は答えなかったのか。
件の再現のため調査を継続する――。




