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BF


この世のたいていの仕事はクソであり、その数少ない例外がデスゲームの運営側だ。クソ以下の仕事があるならまさにこれだろう。


かつては羽振りのいい業界だったらしい。

城のようにでかい処刑装置や、博物館から高額で買い取った拷問器具。本物の殺人鬼との鬼ごっこ。撮影も中継もテレビ局なみ、そんな時代もあったそうだ。


今はそうでもない。デスゲームを企画したり、舞台をこしらえたり参加者を集めたり、その送迎をしたり時には処分したり護衛したり。そういうもんは専門の請負業者の仕事になって、デスゲームは特別さを失っていった。


今はロシアンルーレットだとか、死なない程度に毒を飲むとか、アイスピックで互いの体を突き刺していくとか、デスゲームというよりマフィアのリンチのような卑俗な見世物に堕落したのだ。


今のデスゲームはまあ、言ってみれば模倣品フェイクだろう。俺は時代劇みたいな燕尾服をかっちり着こんで、ポケットチーフを波の形に整えて革靴は毎日磨いて、そんなところを気にもしないセレブたちに給仕をする、あるいは給餌だろうか。この装いはフェイクであり、料理もフェイクであり、セレブたちもきっとフェイクなのだろう。皮肉なことだ。設定と中身が一致しているのは、鉄柵の向こうのあの連中だけなのだ。


鉄柵の向こうにはあらゆる人間が集まる。


男も女も、愚鈍なやつも小賢しいやつも、若いのから老人まで色々いる。多重債務の果てに落ちてきたのか、あるいは一攫千金とやらを夢見ているのか。

心身を欠損させ、尊厳を失って、命を賭けの皿に乗せて果敢に勝負を挑む。あいつらの叫びが飯の種になり、あいつらの叫びで飯を食う妖怪どもがいる。


参加者に誇りはあるのだろうか。

きっとあるのだろう。少なくとも俺以上には。俺は燕尾服に設けられた内ポケットを意識する。ささやかなものだが、そこには俺の誇りが入っている。


「何が楽しいんでしょうねえ」


部下の一人が小声で言う。

俺にもわからん。繰り広げられるのは英雄譚でもないし、貧乏人が一発逆転して大金を掴む爽快な話でもない。そんなドラマを演出できなくもないが、単純に面倒だし、観客はそんな複雑なドラマを求めない。


「ただグロいだけじゃないですか、しかもホラー映画のほうがずっとグロいでしょう」

「知らんよ」


デスゲームを飾る神秘性は、幸福の王子みたいにすべて剥ぎ取られている。そのあとに残るのは、つまり地獄絵図だ。


参加者は何も得られず、得たとしても大した金ではなく、他者の享楽のために体を削り、命を消費される。苦痛と叫びを搾り尽くされ、時には敗者の衣まで着せられる。

そんなふうに、ドラマの一つも残さず死んでいく姿こそデスゲームの実像に近いとも言われる。実像に近かったら何か素晴らしいのか? 俺には分からない。


俺はステーキの皿を出して料理の説明をする。この一皿で俺の家賃が払えるエグい肉だ。魚料理やらワインやら覚えることは多い。


絶叫が鉄柵を震わせる。

臨死の声か絶命の声か、俺は絶叫を関心の外側に置こうとする。鉄柵は、その声だけは防いでくれない。


若者が一人、運ばれていく。鼻から赤黒い汁を流しながら。

年老いた女が運ばれていく。両足がクッキーのように砕けて。

たとえ勝利したとしても得るのは数百万ってところだろう。およそマトモではない。この空間にマトモなものなど1つもなく、マトモでないことを非難する者もいない。おそらくは鉄柵の向こうの連中も、真剣に向き合ってなどいない。命に、人生に誠実に向き合ったなら、こんな場所に到達するはずはない。俺に人のことなど言えるはずもないが。


13番のテーブルに予約客が来た。俺はそちらに向かう。


その席だけは他のテーブルから離れて設置されており、黒い衝立や花瓶で目隠しもされている。他の客に見られたくない人間が座る席だ。


その人物は小柄だった。140あるかどうか。水色のロングドレスに白のハイヒール、同じく白い帽子を体の前に抱えている。俺は帽子を預かって客を先導する。


俺が椅子を引くと、客はテーブルのへり・・に手を這わせ、蜘蛛のように椅子に渡らせ、そっと体を動かして座る。あらゆる所作に音が少ない。


BF。その客はそう呼ばれていた。


どこかの店でそう呼ばれていたらしく、この店にもその名が伝わったのだ。

由来は知らない。Blue fairyなのか、Blind fanaticianなのか、それともBig fishつまり政財界の大物なのか大立物なのか。


BFは奇妙な客だった。変態であるとかサディストであるとかあるいはマゾヒストであるとか、この世の快楽をしゃぶり尽くした老人たちのような、ありふれた変態性では説明がつかない。端的に言えば俺にはBFが理解不能だった。


BFは顔じゅうに包帯を巻いて、ドレスの袖からのぞく細い腕にもやはり包帯がある。目は特に厳重に、ゴムバンドのような分厚い目隠しで覆われていた。


目が見えない人間が、デスゲームを提供する店に来る。

その事を説明できる言葉は、まだない。





デスゲームについて語りたい人間は多い。


社会がどうの、哲学がどうの、宗教観がどうのという話をよく振られる。俺は適当に相槌を打つ。


ジョン・スチュアート・ミルの愚行権。マルキ・ド・サドの加虐趣味。中国の古典、どこかの先住民のことわざ、あるいはオマル・ハイヤームのルバイヤートまで、あらゆる言葉を使ってデスゲームを説明しようとする。そのように議論のタネにされることも参加者の宿命だろう。彼らはカネを奪い合うギャンブラーではなく、命を興行のネタにする芸人、あるいは自己決定という罪を背負った罪人であると誰かが言う。俺の中でそんな言葉は長く形をとどめず、崩れて溶けて、どこかへ流れ去る。


BFはまた来ている。いつも静かに食事をして、食後酒を飲むとしばらくして帰ってしまう。ともも連れずに、白杖なども持たず、それでいて迷いなく歩く。


俺はBFに興味を持っていた。なぜBFはここに来るのか。どんな背景を持つ人間なのか。そしてなぜ、鉄柵の方を見ないのだろう。


13番テーブルにおいて、BFは鉄柵に対して真横を向くように着座する。そのように指定されているのだ。BFはすべての皿に対して側面に一度だけ触れ、あとは普通の客と変わらない速度で食事を行う。何かしらのマジックのようだ。目が見えていないとはとても信じられない。


そして何度か、舞台の方を見る。舞台に顔を向ける。


目が見えないということは、きっと耳が鋭敏なのだろう。参加者の絶叫を、身体が傷つけられる音を聞いてデスゲームの盛り上がりを感じとり、ここぞという場面で舞台の方を向くのか。起こっていることを両耳で正確に捉えるなら、舞台の方を向くことが望ましいから。


その解釈は、何かが違う。


当たり前すぎるという気がする。どこか正しい理解から遠ざかっている。そもそも俺にBFを理解することなど可能なのだろうか。彼女が何者なのかも知らないのに。


燕尾服の内ポケットを意識する。そこには俺の誇りのかけらがある。誇りさえあればどんなセレブとも対等になれる。少なくとも、この店の中だけは。


そのとき、部下が話しかけてきた。


「チーフ、あの話聞いてますか」

「なんだ?」

「警察じゃないとこが、デスゲームを潰そうとしてるとか」

「ああ」


論ずるまでもないがデスゲームは違法だ。だが裏組織との力のバランスだとか、この国の政情不安だとかで取り締まりが追いついていない。警察内部は腐敗しきっており、武装している組織にわざわざコトを構えようとは思わない。世界のどの国も似たような状況だ。


噂されているのはそれ以外の勢力。デスゲームそのものを憎悪する集団がいるらしい。


それは命を落とした連中の遺族なのか、宗教的バックボーンを持つ十字軍か、あるいは海外の裏組織がこの国の市場を乗っ取ろうとして差し向けた兵隊か。


そういう話は噂以上のことは流れてこない。店同士の交流などほとんどないし、客は基本的には一つの店だけに通うのがマナーとされる。他の店について語るようなお喋りな客は、やがて暗いところに引きずり込まれる。


俺は少し考えて、最小限の指示を出すにとどめる。


「戦う準備はしとけ」

「はい」


俺達はいつか退治される悪鬼だろうか。それとも生涯の終わりまで悪徳を積み増す超人だろうか。


少し考えれば明白な気もする。だがまあ、それを考えないこともまた、俺の仕事の一部だろう。





その日は忙しかった。


このところ急に新顔の客が増えた。潰された他所の店から流れた客かもしれないし、どこかの組織が送り込んだスパイかもしれない。身分は運営元の組織が確認してるはずだが、しょせん俺達は模造品フェイクだ、どこまで万全にやれるものか。


デスゲームは凄惨の度を増している。舞台を汚すのはおよそ人体に流れる液体のすべて。とてつもない悪臭の中で、セレブどもは肉を食らい、酒を煽り、俺たちは笑顔を絶やさない。

残虐性が上がっているのは何らかの流行なのか、あるいは単に針の振れ幅というだけか。少し経てば揺り戻しがあって、今度は精神的に追い詰めるやつか、それとも限りなく淫靡なものが流行るのか。


BFは店に来ている。あの水色のドレスと、体を覆う白い包帯は鉄柵の向こうの残虐性から浮き上がって見えた。


「チーフ、そういえば分かりましたよ」

「何がだ」

「BFが何の略かって話です。Boogeyman's fortressですよ」

「何だって?」

「英語です。boogeymanってのは子供をさらう小鬼で、fortressが要塞。小鬼の要塞って意味らしいです」

「なぜそんな異名が?」

「あの人、よそでかなり鳴らしたプレイヤーらしいですよ。数え切れないぐらいのデスゲームで生き残ってきたとか」


生き残った?


デスゲームで生き残る。それはまあ、そんなやつは毎日出ている。懲りずにまた挑戦するやつも、大怪我を負って二度と出られなくなったやつもいる。いちいち覚えてもいない。


勝った連中、そういえばそれは俺の興味の外だった。何回も、何十回も勝つというのは誰も想定しない存在なのだ。それは何というか、摂理に反している。空想上の獣のようだ。


「どのぐらい勝ったんだ。まさか、その勝ち金でうちの店に通ってるのか」

「そうなんじゃないですか? いくつかの店を渡り歩いたらしいですけど、聞いたところじゃ10とか20とか、あるいは」


爆発音がした。デスゲームの進行とは関係なくだ。


すぐさま壁の電話を取って確認する。地下の食材倉庫で爆発があったらしい。大した被害ではないらしく、数人が消火器を持って対応に向かったとか。


「待て、消しに行く人数は最小限でいい、残りは武器を持って待機しろ」


食材倉庫で爆発など不自然だ。原因は、おそらく爆発物。どこかから持ち込まれたものか。

それでこの建物が吹き飛んでいないなら、狙いは陽動。俺は電話を置いてから部下に呼びかける。


「おい、客は帰らせろ、裏口からだ」

「客が騒ぎませんかね」

「トラブルの際は店の指示に従うことになってる。デスゲームも2戦ほど見せたんだ、十分だろう」


客たちはといえば、爆発音にざわついており、露骨に怯えてるやつもいた。俺は笑顔を崩さず、空調のトラブルだと説明して客を追い払っていく。大半の客が店を出るまで7分、スタッフの動きもよかった、普段からの仕込みの賜物だ。


そして案の定、連続的な銃声、正面の方からだ。


BFはまだ座っている。混乱に巻き込まれないように最後に避難するつもりだろうか。俺は彼女のテーブルに向かう。


「お客様、申し訳ありませんが、先ほどの説明通り退出願います」


BFは答えず、ただじっと座っている。まさか眠っているわけでもないだろう。俺は彼女の肩に触れようとして。

だん、と。包帯に覆われた白い手が投げ出される。手の平が上に向けられている。


「……?」


まさか。


いや、そんなはずはない。


いくらなんでも、そんなことが。


俺の指は少し震えていたかもしれない。BFの手の平に文字を書く。


――耳が、聞こえないのですか。


BFは手を握り、今度は自分の指でテーブルに文字を書く。


――そうです。


まさか。


BFは、いたずらをした子供のように、ちろりと舌を出す。


その舌の色を見て、俺は2歩ほど下がった。

この人物は、BFは。


目も耳も、そしておそらく舌も、声も。


俺は奥歯を噛み締め、何とか体勢を立て直す。


――トラブルが発生しました。本日は終了となります。


BFが、空いている方の指を動かす。


――わかりました。


五感の多くを失った人間だって、何かを鑑賞しようと外出することもあるだろう。デスゲームの勝利者であるというなら、身体に感じるわずかな振動や、ほとんど塞がっている五感からのわずかな情報でもデスゲームをたのしむ可能性もある。


いや、違う。


そんなことは俺の解釈に過ぎない。俺はまだ、BFの理解からとてつもなく遠いところにいる。


俺は遠くの銃声に耳を澄ます。こちらの応戦の音も聞こえるが、向こうの銃器のほうが性能が良さそうだ。短機関銃か。


俺は、BFの手に文字を書く。


――なぜ、そんな体になるまで、デスゲームを。


BFは。

よく見ればその皮膚はあちこち岩のように硬化し、火傷のようなただれのような、あるいはメドゥーサの呪いを受けたような、そんな肌のBFは。


にやりと、笑ったかもしれない。



――いいえ・・・私は・・



ああ。


ああ、ああ、そうか。


BFが、BFだけが、模造品ではない。そういうことなのか。


銃声が迫る。警備の連中は薙ぎ散らされたか。


――この場に、座っていてください。


俺はそう指示する。やつらの狙いは運営側だ。BFは無事だろう。


この仕事をやる以上は、心に刻んでいるものもある。


誇りというほど誇れるものではなく、掟というほど心を縛るわけではない。


一種の打算。妥協。そうしたほうが合理的というだけの話。デスゲームを潰そうとする組織がいるなら、俺から何か聞き出そうとするだろう。どんな手を使ってでも聞き出そうとするはず。


俺は物陰に隠れているスタッフたちを呼ばわる。


「おい、お前たちは抵抗するな、短機関銃で武装してる。冷凍庫に行って立てこもれ、運が良ければ応援が来る」

「チーフは?」

「これも契約に入ってる」


俺は服の内側から銃を取り出す。手の平に収まるほどの大きさ。4ミリ口径だが弾頭が特殊であり、内部に散弾が入っている。


頭部に撃ち込めばすみやかに脳を撹拌してくれるが、密着させなければ頭蓋骨を貫通しにくい。用途が1つしかない銃だ。他のスタッフたちが退避するのを見送って、銃をこめかみにあてる。


絶好の機会だと思った。


BFがそばにいる。わずか1メートルの距離に座っている。この世のすべての憂いと、この場にあるすべてのけがれから無縁に思える。あるいはその逆、彼女は、俺たちなど及びもつかない深みにいる。


BFは反応するだろうか。銃の生み出す振動を、それとも俺が倒れる振動に反応するのか。それとも。


そうだ、それとも。


BFは、何を見ていたのか。何を聞いていたのか。これでわかる。


見てほしい。BFが寄り添っていたもの。


響いてほしい。この場でBFが感じようとしていたもの。


会場の入口に、武装した連中が現れる。


俺はそっちを見ていない。


銃口を頭にあてて、指に力を込める。


その一瞬。


小さな撃鉄が落ちる直前。BFが俺を。俺の方に意識を向けた。


ああ、やはり、ある・・


そして俺のすべてが、拡散して。



あとに残るのは、真実のみ。



7つの奇妙な物語、お付き合いいただきましたこと感謝いたします。


生と死の境目には、この世のすべてがあるのでしょうか。


それとも、この世のすべてよりも、もっと大きな世界が、眠っているのでしょうか……。

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