訪問者
以前、少しだけ住んでいた部屋での話です。
アパートの古い部屋でしたが、その部屋ではドアの覗き穴が封印されていました。
テープを貼っているとかではなく、薄い銅の板がドアに螺子止めしてあるのです。大家さんからは前の住人の仕業だろうと説明され、私も特に気にしなかったので、修理などもしませんでした。
その家では、夜中に扉をとんとんと叩く音がする、ということがたまに起きました。
深夜、寝静まっているときに起こるので、私も確認することが面倒で、そのまま布団の中に縮こまって、寝てしまおうと目をじっと閉じるだけでした。
それは私の部屋の扉なのか、風で飛ばされた何かが壁に当たる音なのか、雨樋から雨粒が落ちる音なのか、とにかくたまに、そういう音が鳴りました。
私は、塞がれたドアの覗き穴が気になってきました。何となく、誰かに加工されたドアというものが落ち着かなく思えたのです。
私は日曜大工が得意だったので、錆びついた螺子を抜き、銅板を剥がし、螺子穴をパテで埋めて、木のドアにサンドペーパーをかけて、ニスを塗り直しました。素人仕事ではありますが、外見上はきちんとやれたように思えました。
その日の、そう、まさにその日の、真夜中のことです。
布団の中で、とんとんとドアを叩く音を感じます。それははっきりと耳に聞こえるわけではなく、体に響く小さな地震のような、そんな音でした。
私はまた無視しようかと思いましたが、そういえばドアの覗き穴を直したことを思い出しました。ゆっくりと布団を這い出し、玄関まで向かいます。
とんとん、また音がします。
私はまさか強盗でもないだろうと、足音を立てぬようにドアに近づきます。
それは果たして扉を叩く音なのか、本当に音など響いているのか、それが疑わしくなるほど微かな音でした。真っ暗な部屋の中で、覗き穴だけが点のように浮かび上がって見えました。
私はひたりとドアに指をつき、覗き穴に片方の目を。
アパートの廊下に、人影があったのです。
スカートも襟も黒いセーラー服を着た人物、その頭には……いえ、頭がありませんでした。
正確に言えばその人物には首から上の肉がなく、脳と、脳から視神経で繋がる眼球が二つだけ宙に浮いていて、他の部分は無く、向こうの景色がそのままに見えているのです。
私は悲鳴を上げようとする口を咄嗟に手で押さえ、そのまま後ずさって布団まで戻り、今のは夢だった、何も見なかったと強く思い込んでただただ朝まで震えていました。
その部屋は翌日すぐに引き払いました。それ以来、あの町に近づくこともなく、考えることもしないようにしています。
もし、同じように覗き穴を封印している部屋があったら、十分に気をつけたほうがいいかも、知れませんね……。




