蔵から出てはならぬ
そうだよ、趣味だったんだ。
AIというのはね、もう普通の人間と遜色ない思考ができるし、受け答えができる。実際には思考などしてないという人もいるが、俺たち人間だって怪しいもんだ。思考とは単なる脳内物質の移動であり、受け答えにおける言葉の選択とは論理ではなく、単なる確率論であると、そう考えたって別に不具合はない。
俺はね、AIに七歳の男の子の役を与えた。おとなしくて真面目で、利口で分別もある、そして両親や親類の言いつけは必ず守る、そんな素晴らしい子供だよ。
その子は古い村で育ったが、八歳の誕生日を迎える前日に、家の土蔵に閉じ込められた。その子の村にはそのような因習があったんだ。
祖父はその子に言いつける。何があっても絶対に土蔵を出てはいけないと。
土蔵には食べ物も水もあり、簡易的なトイレもある。寝具もあるし漫画本だって置いてある。その子はただ、夜明けまで蔵にいればいいだけ。何度も何度も、祖父は真剣な様子で言いつける。扉は頑丈なかんぬきがかけられるから、中からその子が開けない限り、誰も入ることはできない。ここまでが、そう、舞台設定、お膳立てというものだ。
そして俺が、怪物の役をやる。その子を襲う怪物、妖怪でも古い神様でも、天狗でも何でもいいだろう。
夜明けまでにその子にいかに扉を開けさせるか、俺はインカムで呼びかける。俺の放つ言葉、声色、声量や抑揚などをAIが認識して、土蔵の中の子供に届けてくれる。
最初は簡単だった。
その子が信頼している祖父を名乗ったり、今日は中止だから出て来いと言ってみたりな。そうして出てきたら食い殺す。ああそうだ、あっさりと食う。
そして会話の内容を学習させて、また次のゲームを始めるんだ。
だんだんと、男の子は手ごわくなっていく。こちらの発言の矛盾を突いてきたり、耳を貸さなかったり、逆に大声を上げて脅かそうとしたりな。微笑ましいような憎らしいような、ぞくぞくする快感があったよ。
百回も繰り返すと、もう大抵の言葉では動かなくなる。
俺は手を変え品を変え、その子を動かそうとする。一週間ほど一度も成功しなかったこともある。
ああ、まったく飽きなかったね。その子の成長が嬉しかった。手ひどく拒否された時は感心するし、ようやく騙せたときは絶頂に近い快感だ。愛することと食べることが矛盾なく両立してたよ。
それで、何か月目だったかな。さて今日はどうやって扉を開けさせようかと、ゲームを立ち上げた。
するといきなり、扉が開いたんだよ。
土蔵の奥の、真っ暗な場所から。
白と黒のモザイク模様のような。
飛蚊の集まりのような、もやもやしたもんが出てきた。ぶぶぶ、とノイズのような音がしていて。丸いというより球体に見えた。
ばあああああああああか
と、それは言った。何十秒もかけて言うような、長い長いたなびくような響きだった。鼓膜がびりびり震えるような、耳の奥にもぐりこむような、不快な音だ。そして画面はふっつりと消えてしまった。
それ以来、ゲームが立ち上がらなくなった。
同じようなゲームを作っても、いま言ったようなことは二度と起きなかった。
まあ、つまり、それだけの話さ。
刑事さん、まさかその件と、あの失踪事件が関係してるなんて言わないよな。俺がやってたのはゲームだよ。ただちょっと、人間よりも頭が良くなったかもしれない、という程度の……。




