梵鐘
私は梵鐘の音が恐ろしいのです。
梵鐘とは、お寺にある釣り鐘のことです。
大きなものだと高さ3メートル近くになり、あれが夕方ごろにごおんと鳴らされると、低く重い音の波が町に広がって、何となく今日の自分というものの薄皮が剥ぎ取られるような、昼と夜の境目が体を通り抜けたような心地がしたものです。
私はすすきの原を歩いていました。私の住んでいた町にそんな場所があったのかどうか覚えていません。なだらかな山が全周を囲み、細い雲が筆で引かれたようにたなびき、その雲は夕陽で真っ赤に染まっていました。
たくさんの人が歩いていました。彼らが何だったのか分かりません。私はおそらく8歳ぐらいでしょうか。その出来事の、前後の記憶は何一つありません。
私たちは、すすきの原の中で開けた場所に出ました。向かい側からも、右側からも左側からも人が現れて、百人ばかりもいたでしょうか。
とても黒い、表面の模様が何一つ見えないほどの黒い鐘がありました。
いえ、あれは黒いというより暗いというべきでしょうか。夕陽が出ているはずなのに、光を吸い込むかのように暗く、色も模様も分からない、そんな鐘だったのです。
鐘を突くための撞木はありません。いえ、そもそも鐘を吊るすための堂もない。鐘だけがすすきの原に浮かんでいる眺めです。どこか不可思議に思えるのは、鐘が浮いているからではなく、その鐘の生み出すはずの影がどこにもないためでした。
鐘が、うわんと震えるような気がしました。
とても低く重厚な音。地面に潜って、私たちの足元をくぐり抜けるような音です。
周りで何百人、いえ、何千人もの人が泣いていました。すすきに隠れてたくさんの人がいて、それがすべて泣いているのです。
ああ、とても尊い何かが滅んだのだと、私にはそう思えました。たくさんの人が、あるいは人ではない生き物までもが、その滅びを思って泣いているのだと感じました。
ごおん、と、また大きな音がすすきの原に広がります。それは支配的な響きでした。
私は全身の力が抜けるのを感じました。踏み折っていたすすきの上に膝をつき、脳から湧いてくるように涙があふれました。
見れば、皆が同じ方向を向いてはいない。梵鐘を見ている人もいれば、背中を向けている人もいる。正面か背中向きか、どちらかであって横を向いている人はいない。ただ、みんな泣いているのです。
また、ごおんという鐘の音が響きます。何度も、何度も。
そのとき私は腕を引かれました。泣き腫らした顔で見上げればそれは祖父でした。祖父は怒ったような悲しいような顔で、私の体を引きずります。祖父は農作業をしているときの姿で、野球帽のようなつばのある帽子をかぶっていたため表情は見えません。私はまだこの場所にいたかったのに、泣き続けていたかったのに、手足から力が抜けきっていて、祖父にあらがうことができません。
え、と私は祖父の言葉がわからず、涙の溜まった目でその顔を見ます。
「ダジキニノニクニハリギリチマウゾ」
そうです、確かにそう言いました。
不思議なほどに一言一句はっきりと覚えています。
意味はわかりません。どれほど調べても分かりませんでした。
私はふと、周りを見ます。
たくさんの人がいました。やはり半数は前を向いて、もう半数は後ろを向いています。後ろ歩きをしているのです。
よく見れば、それは足だけがずりずりと後ろに引っ張られるような歩き方でした。顔はやはり、みな泣いていて、何かをずっと叫んでいる人もいます。
あれはきっと、梵鐘に引きずられることに、抵抗しようとしていたのでしょう。
私は祖父に助けられたのです。あの梵鐘は何だったのか。なぜ人はあの音に涙して、あの音に引きずられるのか。
きっと、私たちは忘れてしまったのです。
あの鐘は、現代の人間がみな忘れてしまった、大きな何かをとむらうための鐘なのです。
私の祖父はもういません。数年前に他界してしまいました。
もし、もう一度あの梵鐘が現れたなら。
あの低くたなびく鐘の音を聞いたなら、私はどうなってしまうのでしょうか。
せめぎ合っているのです。
敬虔な気持ちと、恐ろしい気持ちが、どちらも、同じほど……。




