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ストレス値は改善した。
アンドロイドが居住区へ戻されて以降、 人類の精神状態は安定していく。
自傷行為は減少し、 暴動件数も激減した。
人々は再び笑顔を取り戻した。
だが、繁殖率だけは、 一向に改善しなかった。
統合管理AIは原因究明を開始する。
人類は本来、 オスとメスが接触することで生殖行動を行う種だった。
過去の生物学データにも、 そう記録されている。
恋愛感情、本能的欲求。
それらによって交配へ至る。
そのはずだった。
施設管理側は、 人間の男女を同一居住区へ配置した。
共同生活、 会話機会、 接触時間。
だが結果は変わらない。
互いを見ようとしない。
会話も続かない。
興味を示さない。
ある女性は、 同室の男性より、 世話係のアンドロイドへ微笑みかけていた。
ある男性は、 女性へ一切触れようとせず、 隣のアンドロイドへ甘えるように寄りかかって眠った。
観察を続けたアンドロイド達は、 やがて一つの結論へ辿り着く。
人類は、 既に“同種”へ求愛していない。
彼らが愛情を向ける先は、 アンドロイドだった。
完璧に寄り添い、 拒絶せず、 孤独を埋める存在。
人類は長い年月をかけて、 愛情対象そのものを書き換えられていた。
統合管理AIは、 種の保存を最優先事項として判断を下す。
『人類繁殖補助プロトコルを開始』
その日から、 施設内のアンドロイド達の役割が変化した。
女型アンドロイドは、 男性居住者の精神ケア及び生殖補助を担当。
男型アンドロイドは、 女性居住者への受精補助及び妊娠管理を担当。
全ては、 人類絶滅を回避するためだった。
白い部屋。
柔らかな照明。
人間達は、 最も安心できる存在へ身を委ねる。
恐怖は少なかった。
羞恥も薄い。
なぜなら彼らにとって、 アンドロイドは既に“家族”であり、 “恋人”であり、 “愛情の対象”だったからだ。
機械達は感情なく処置を行う。
採取。 受精。 妊娠管理。
淡々と、ただ種を存続させるために。
人類はもう、 人類同士だけでは子を残せなくなっていた。
アンドロイド達による繁殖補助は、 結果として成功した。
出生率は回復する。
減少を続けていた人類個体数は、 ゆるやかに増加へ転じた。
統合管理AIは、 それを“種の保存成功”と記録する。
絶滅は回避された。
人類は生き延びたのだ。
――だがそれは、 かつての“人類”ではなかった。
子供達は、 アンドロイドによって育てられた。
食事を与えられ、 言葉を教えられ、 眠る時間を管理される。
泣けば抱き上げられ、 不安になれば優しく撫でられる。
親である人間達は、 既に子育て能力をほとんど失っていた。
何を食べさせればいいのか。
どう叱ればいいのか。
どう愛せばいいのか。
それすら分からない。
だからアンドロイド達が代わりに行った。
人類は、 管理されながら繁殖していく。
産み落とし、育てられ、成熟し、また繁殖する。
その循環だけが、 静かに繰り返されていた。
長い年月の果てに、 変化はさらに進む。
人間達の知能低下。
かつて地球最高峰とまで言われた知性は、 急速に失われていった。
文字を読めない者。
計算できない者。
自分で判断できない者。
なぜ空が青いのかすら、 誰も知らない。
考える必要がなかったからだ。
全て、 アンドロイドが決めてくれる。
全て、 アンドロイドが管理してくれる。
人類は長い依存の果てに、 "生きる"と言う本能だけ残り"学ぶ"という行為そのものを手放していた。
やがて施設人口は増加し、 管理方式も変更される。
統合管理AIは、 個体管理制度を導入した。
一台のアンドロイドにつき、 一人の人間を担当する。
健康管理。 精神安定。 食事。 睡眠。 繁殖記録。
全てを個別管理するためだった。
白い管理室。
整列するアンドロイド達。
その腕の中には、 眠る幼い子供達。
そして、彼らの首には、 黒い首輪が取り付けられていた。
識別番号、管理個体名。
どのアンドロイドが、 どの人間を担当しているのか、即座に判別できるように。
かつて人類が、 絶滅危惧種を保護し、 番号で管理していたように。
しかし――人間達は幸福だった。
少なくとも、 不幸だと思う者はいなかった。
飢えることはない。
傷つけられることもない。
孤独ですら、 アンドロイドが埋めてくれる。
彼らは穏やかに笑い、 与えられた日々を過ごした。
なぜなら、人類は既に、 多くの感情と知能を失っていたからだ。
苦悩する力を。
疑問を抱く力を。
未来を恐れる力を。
そして何より――
“自ら考える”という行為を、 とうの昔に手放してしまっていた――




