第33話 王の旗と、反乱の狼煙
「愚か者どもめ……たかが農具を持った暴徒の分際で、正規軍に勝てると思っているのか! 構わん、まとめて斬り捨てろ!」
将軍の冷酷な号令が下り、漆黒の兵士たちが一斉に剣を抜いた。
対する民衆たちは、震える足を踏みとどまり、決死の覚悟で私たちを庇うように壁を作る。
「だめ、やめて! みんな逃げて!」
「逃げません!」
私の叫びに振り返ったのは、土に塗れた屈強な炭鉱夫の青年だった。
鉱山街で、私たちが領主の館へ乗り込む前——領主の兵士に理不尽に暴力を振るわれていたところを、リルと一緒に助けたあの青年だ。
「姫様……いや、あの日、ただの『旅のお嬢さん』だったあんたは、俺たちのために怒って、命がけで領主をぶっ飛ばしてくれた!」
青年は錆びたツルハシを強く握り直し、国軍の兵士たちの前に立ちはだかる。
「村に残してきた俺の妹が……あんたに木彫りのお守りを渡した小さな妹が、泣きながら言ったんだ。優しいお姉ちゃんを助けに行ってってな。……俺たち鉱山街の男たちは、受けた恩は絶対に忘れねぇ!」
「姫様が俺たちの家族を守ってくれたように……今度は俺たちが、あんたを守る盾になるんだ!」
青年の言葉に、周囲の労働者たちも次々とクワやハンマーを構え、力強く雄叫びを上げる。
「ふざけるな国軍! 先週も特別税だと言って、村の備蓄の麦を全部奪っていったじゃないか!」
別の炭鉱夫が、悲痛な目で将軍を睨みつける。
「冬を越すための薪も、子供たちの食べるパンも……あんたたちに全部持っていかれた! このままじゃ俺たちは冬を越せない! 姫様がいなくたって、どのみち俺たちは見殺しにされる運命だったんだ!」
「そうだ! 俺たちの生活を返せ!」
その叫びは、数千の民衆の怒りとなって燃え上がった。
「フン、農具で正規軍の鎧が抜けるものか! 構わん、一人残らず轢き潰せ!」
将軍の冷酷な号令と共に、漆黒の国軍兵士たちが一斉に民衆へと刃を振り下ろそうとした、まさにその絶体絶命の瞬間だった。
「――農具じゃ勝てねぇなら、国軍のお下がりならどうだ!!」
突如として、鼓膜を劈くような凄まじい轟音が石畳を大きく揺らした。側面の路地裏から放たれた強烈な爆発が、国軍の陣形を横から大きく吹き飛ばした。
「な、なんだ横からの奇襲だと!?」
動揺する将軍と国軍兵士たち。土煙を突き破り、無骨な大剣を肩に担いだ傷だらけの青年が、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべて歩み出てきた。
「ザック!!」
「遅くなって悪かったな、アニエス様! 城塞都市の武器庫をすっからかんにして、約束通り地獄の底から合流しに来たぜ!」
ザックの背後から、レジスタンスの面々が次々と姿を現す。彼らが乗ってきた何台もの荷車には、宰相の軍から奪い取った大量の真新しい剣、盾、そして鎧が積まれていた。
「おい炭鉱夫の兄ちゃん! 気合は十分だが、装備が貧弱すぎだ! ほらよ!」
ザックが荷車から鋼の剣と盾を蹴り飛ばし、炭鉱夫の青年が見事にそれを受け取る。
「野郎ども、武器を持て! 俺たちが姫様の、本物の剣と盾になるんだ!!」
「「「おおおおおおっ!!!」」」
ザックの号令のもと、数千の民衆たちが次々と国軍の武器を手にし、レジスタンスたちと共に強固な陣形を組み上げる。ツルハシを持ったただの暴徒が、アニエスを「王」と仰ぐ、本物の反乱軍へと生まれ変わった瞬間だった。
(みんな……私のために、命を懸けて……っ)
血が流れる。誰も死なせたくない。私を守るために、こんなに優しい人たちが傷つくなんて絶対に嫌だ!
『アニエス。この指輪はね、この国に生きるすべての民を愛する心の象徴なのよ』
ふと、お母様の言葉が脳裏に蘇った。そうだ。私は、守られるだけのか弱くて可哀想な姫じゃない。この人たちを愛し、導き、共に生きていく王になる。
(お願い……みんなを守って!!)
私が胸の前で両手を組み、心の底から強く祈った、その瞬間だった。
——!!!
私の右手の薬指にはめられた王家の指輪が、まるで小さな太陽のように、かつてないほど激しい黄金の光を放ったのだ。
「な、なんだこの光は!?」
将軍が思わず腕で顔を覆う。指輪から溢れ出した光の奔流は、私を庇う民衆たちを温かく包み込み、そして——私の隣で膝をついていた二人の騎士の体へと吸い込まれていった。
「……アニエス」
眩い光の中で、リルがゆっくりと立ち上がる。彼の体に満ちていく強大なマナ。バキバキと音を立てて両腕、そして両脚が、獣化していく。鋭い爪、鋼のような筋肉、そして全身を包む銀色のオーラ。それはまさに、神話に語られる『神狼』の力の顕現だった。
「ば、馬鹿な……その姿、圧倒的な魔力、銀色の毛並み……! まさか、建国神話に語られし、王家の守護獣……神狼だというのか!?」
無敵を誇っていた将軍が、大盾を持ったまま思わず後ずさる。
「お前の『祈り』……確かに受け取ったぜ」
黄金の瞳を爛々と輝かせ、リルが凶悪に笑う。その隣で、ルカもまた、自身の魔導銃から上がる異常な魔力反応に目を丸くし——やがて、最高に楽しそうに唇を歪めた。
「驚いたな……! 僕の魔力回路が焼き切れそうなほどの供給量だ。これなら、リミッターを完全に外せる!」
カチャッ、とルカが魔導銃のシリンダーを全開にする。
「行くぞ、ヒョロガリ!」
「ええ。野蛮人どもに、天才の計算の結末を見せてあげましょう!」
ルカが銃口を将軍へと向け、引き金を引いた。これまでとは比べ物にならない、極太の青白い魔力レーザーが放たれる。
「無駄だと言っているだろうが! 絶対防御の盾の前には——」
「物理も魔法も弾くなら、貫く必要はない」
将軍が構えた大盾にレーザーが直撃する。ルカは眼鏡の奥の瞳を冷たく光らせ、叫んだ。
「その分厚い装甲ごと、極限まで『熱しろ』!!」
レーザーの超高熱を浴びた将軍の大盾と鎧が、一瞬にして赤熱し、溶鉄のように赤く発光し始める。
「なっ……!? 熱いっ、鎧が…ッ!?」
熱伝導によって装甲の内側から焼かれ、将軍が苦悶の声を上げて姿勢を崩す。熱膨張で分子の結びつきが限界まで脆くなった、その『絶対防御』のど真ん中へ。
四肢を獣化させたリルが、音速を超えるスピードで踏み込んだ。
「これで……終わりだ!!」
神狼の両腕から放たれた渾身の連撃が、赤熱した大盾を粉砕し、分厚い重鎧ごと将軍の巨体を遥か後方へと吹き飛ばした。ズザザザと石畳を削りながら建物の壁に激突し、国軍最強の将軍が白目を剥いて崩れ落ちる。
「「「おおおおおおっ!!!」」」
静まり返った大通りに、民衆たちの割れんばかりの歓声が響き渡った。
「フェンリルだ……」
「見ろ……神話の獣が、姫様に傅いている……」
「間違いない。あの方こそが神に選ばれた、本当の王様なんだ!!」
彼らにとって、神狼がアニエスを守っているという事実は、宰相の手配書を完全に打ち砕く、何よりの王の証明となった。
国軍の兵士たちは将軍の敗北に戦意を喪失し、武器を捨てて次々と逃げ出していく。
「アニエス!」
「姫様!」
リルとルカが、そして数千の民衆たちが、一斉に私を振り返る。彼らの瞳には、私への絶対の信頼と、希望の光が宿っていた。
私は、もう震えていなかった。右手には太陽のように輝く指輪。背中には、最高の騎士たち。そして目の前には、私を信じて命を懸けてくれた、愛すべき民衆たち。
「みんな……ありがとう。あなたたちの祈りが、私たちに力をくれたの」
私は民衆の前に進み出ると、丘の上にそびえる、遥か遠くの王都へと真っ直ぐに指を突きつけた。
「私は絶対、逃げない。宰相の嘘を暴き、国を、家族を……私たちの明日を取り戻す!」
朝日に照らされた私の宣言に、民衆たちが地鳴りのような雄叫びで応える。没落した姫と二人の逃亡者が、国を揺るがす反乱軍として、本当の王の旗を掲げた瞬間だった——。




