第31話 将軍の包囲と、ルカの選択
「国軍の部隊です! 宰相が放った将軍が率いる正規軍が、この街を完全に包囲しました! 奴ら、本気で街ごと僕たちを焼き払う気だ!」
息を切らして飛び込んできたルカの言葉に、私たちは弾かれたように窓の外を見た。 宿屋の窓から見下ろす大通り。そこには、漆黒の重鎧に身を包んだ国軍の兵士たちがズラリと並び、逃げ惑う市民たちに剣を向けていた。
その先頭に立つのは、巨大な鋼の大盾と大剣を持った、見上げるほどの大男——国軍最強と謳われる将軍だった。
『グランヴェルの市民に告ぐ! 我々は、王を呪った大罪人・アニエスを捕縛しに来た!』
将軍の野太い声が、魔導拡声器を通して街中に響き渡る。
『姫を匿えば、この街を反逆者の巣窟とみなし、火を放つ! だが、姫を差し出せば、街の安全は保障しよう!』
「そんな……私のせいで、関係のない街の人たちまで……っ」
私は窓枠を強く握りしめた。逃げ道はない。このままでは、街が火の海になってしまう。私が自ら出頭するしかない。そう決意して部屋を飛び出そうとした、その時だった。
「待ちなさい、アニエス殿下!」
「ルカ、止めても無駄よ! 私が行かなきゃ——」
「行く必要はありません。僕に考えが——」
「……触るな、裏切り者」
ルカが私の腕を掴もうとした瞬間。リルが恐ろしい殺気を放ち、ルカと私の間に割り込んだ。その黄金の瞳は、これまでにないほど冷たくルカを睨みつけている。
「アニエス、こいつから離れろ。また、裏切り者の匂いがプンプンしてやがんだよ。今度は誰と会ってきた」
リルの言葉に、ルカの肩がビクッと跳ねた。裏切者……。……それって、さっきガラン卿が言っていた、王宮の情報を宰相に売った内通者のこと?
「ル、ルカ……? あなた、ずっと何かを隠してたの……?」
「……ッ」
私が震える声で問うと、ルカはバツが悪そうに目を伏せ、奥歯を強く噛み締めた。図星だと言わんばかりのその態度に、私の目の前が真っ暗になる。嘘でしょ。一緒に笑い合って、ここまで旅をしてきたのに。
――足元から突き上げるような激しい揺れが、私たちの硬直を強引に引き裂いた。
爆発でも起きたかのような凄まじい衝撃波が部屋を吹き抜ける。私たちが息を呑む隙に、宿屋の一階の壁が内側に向かって無惨に弾け飛び、跡形もなく粉砕されていた。木片と石の礫が嵐のように舞い散り、視界が白い粉塵に飲み込まれる。
やがて、むせ返るような土煙を真っ二つに割って現れたのは――巨大な鋼の大盾を構えた将軍だった。
「見つけたぞ、反逆者の姫君。……そして、元・第一席のルカ殿」
「……チッ」
将軍は兜の奥で目を細め、私ではなく、ルカに向かってニヤリと笑いかけた。
「ルカ殿! 貴様が裏社会でコソコソと嗅ぎ回っていることは筒抜けだ! さあ、姫をこちらに引き渡せ。そうすれば宰相閣下が、貴様を宮廷魔導研究所のトップに戻し、すべての罪を不問にすると言っている!」
将軍の言葉に、私は息を呑んだ。
(ルカが、裏社会で嗅ぎ回っていた……? 宰相との取引……?)
「ルカ……あなた……」
リルが低く唸り声を上げ、今にもルカの首を噛みちぎろうと身構える。将軍が勝ち誇ったようにルカへ手を差し出した。
しかし。ルカは静かに息を吐き、眼鏡をクイッと押し上げると——フッと、小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「宰相だと? 笑わせるな」
「……なに?」
「今の王宮の本当の支配者は別にいるんだろう? 偉そうに交渉を持ちかけるなら、お飾りの宰相じゃなく、その、裏にいるご主人様を連れてこい。……こっちはもう、そこまで知っているんだよ」
将軍の顔から、余裕の笑みが消え去った。
「……」
「さらに言うならね」
動揺する将軍をよそに、ルカは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
「もし僕が姫を売り飛ばす気なら、あのケチな宰相の条件なんか飲まない。王都を落とす大軍をくれる商会に、この傀儡の契約書を渡した方が、よっぽどマシな最適解だ」
「貴様……我々より、商会の条件を飲む気か……!」
絶句する将軍。息を呑む私。そして次の瞬間。ルカは商会との契約書を空中に放り投げ、背中に背負っていた巨大な魔導銃を恐ろしい速さで構えた。
——ズドンッ!!
放たれた青白い魔力弾が、空中の羊皮紙を木っ端微塵に吹き飛ばし、そのまま将軍の巨大な大盾に直撃する。
「僕の天才的な頭脳は、姫をここで引き渡し、研究所を取り戻すのが絶対的な最適解だと計算を弾き出している。だがな!!」
爆炎の中で将軍が怒鳴る中。ルカは震える足を踏みとどまり、私を背中に庇うようにして、魔導銃の銃口を真っ直ぐに将軍へと突きつけた。
「僕のプライドが、王宮に隠れてコソコソしているような『臆病な裏切り者』や『強欲な商人』に傅くことを激しく拒絶しているんだよ!」
ルカは声を張り上げ、一度だけ私を振り返って、ニヤリと笑った。
「僕の王は、正体も明かせないような腰抜けじゃない。……こんな死地でも、街のために自ら飛び出そうとする、あのバカ正直な姫君だけだ!」
ルカの宣言に、私の目からポロリと涙がこぼれ落ちた。ルカは、最初から私を売る気なんてなかったのだ。一人で何かを抱え込み、必死に私たちを守ろうとしてくれていた。
「……ふんっ」
私の隣で、殺気を放っていたリルが、ふいっと鼻を鳴らした。
「少しはいい匂いがするようになったじゃねぇか、ヒョロガリ」
私たちは互いに背中を預け合い、最強の敵へと立ち向かっていった。




