第21話 王の意地と、デタラメな共闘
その夜。城塞都市の片隅にある宰相軍の武器庫前は、一方的な蹂躙の舞台と化していた。
「くそっ……! なんで、特務部隊の黒鎧どもがこんなにウジャウジャいやがるんだ!!」
大剣を振るいながら、ザックが血を吐くように叫ぶ。彼らの奇襲は、完全に読まれていた。手薄だと思われていた武器庫の周囲には、宰相直属の特務部隊が幾重にも包囲陣を敷き、高所からは無数の魔力銃がレジスタンスたちを狙い撃ちにしていたのだ。
「ザック! もうダメだ、囲まれた!」
「退路も塞がれてる……ッ!」
次々と仲間たちが傷つき、地に伏していく。ザックも肩と足に矢を受け、ついにその場に膝をついてしまった。冷酷な笑みを浮かべた特務部隊の隊長が、ゆっくりと剣を抜き、ザックの首元へと歩み寄る。
「……愚かなネズミ共め。貴様らの浅知恵など、宰相閣下にはとうにお見通しだ」
「……ッ、この、クソッタレが……っ」
ザックが悔しさに顔を歪め、死を覚悟して強く目を閉じた。
その絶望的な光景を、私たちは少し離れた路地裏の暗がりから目撃していた。
「いやぁ、姫様。これはラッキーですね」
重厚な魔導銃を背負ったルカが、メガネを中指で押し上げながら淡々と告げた。
「あいつらが派手に囮になって、特務部隊の注意を完全に引きつけてくれています。今なら、手薄になった裏口から、僕たちだけで安全に関所を抜けられますよ。さぁ、さっさと行きましょう」
それは、あまりにも合理的で、無駄のない『生存への最適解』だった。 隣にいるリルも、「……チッ、身の程知らずのバカどもが。勝手に死なせておけ」と、興味なさそうに鼻を鳴らしている。身分を隠して逃げ延びる。それこそが、命を狙われている逃亡者の私にとって一番正しい選択だ。
——でも。
「……ダメよ」
「え?」
ルカが呆けたような声を漏らす。
私は、はちみつ色の髪を夜風に揺らしながら、震える足を一歩、前へと踏み出した。
「あの人たちを見捨てて逃げるような真似、絶対にできない。……ここで民を見捨てたら、私は一生、胸を張って『王都を取り戻す』なんて言えなくなる!」
「ちょっ、姫様!? 脳筋くん、止めなさいよ!」
「……ハッ。俺の主は、一度言い出したら絶対に曲げねぇんだよ」
ルカの焦った声を背中で聞きながら、私は躊躇いもなく戦場へと飛び出していた。
「……死ね、ネズミの親玉」
宰相特務部隊の隊長の凶刃が、膝をついたザックの首めがけて無慈悲に振り下ろされる。 死を覚悟したザックが、強く目を閉じた——その瞬間。
「——はぁ。本当に、ウチの主は世話が焼けるぜ」
ひどく呆れたような、気怠げな声と共に、凄まじい衝撃音が夜空に響き渡った。
ザックの目の前に、銀色の髪を揺らす大きな影が、突如として割り込んでいた。リルだ。リルの剛腕が隊長の剣を真横から面倒くさそうに殴り砕き、その余波だけで周囲の兵士たちをまとめて十メートル近く吹き飛ばした。
「な……っ!? なんだ、このバケモノは!」
「やれやれ、僕もバカ犬くんに完全同意ですよ」
後方から、ルカが巨大な魔導銃をガシャコンッと構えながらため息をついた。
「どっっかん! とね」
ルカの放った極太の閃光が、リルに襲いかかろうとしていた敵の後衛部隊をまとめて吹き飛ばした。
土煙が舞う戦場に、私は息を切らしながら駆け込んだ。
「ザック!!」
振り返ったザックは、信じられないものを見るように目を見張った。そこには、はちみつ色の髪を夜風に揺らし、泥だらけの戦場に立つ私の姿があった。
「お、お前……なんでこんな危ねぇところに姫様が出てきやがる……っ! ここはあんたが来るような場所じゃねぇだろ!」
「酷い怪我……っ。大丈夫、ザック?」
怒鳴る彼に、私は顔をしかめてしゃがみ込み、彼の傷だらけの肩にそっと手を伸ばした。自分の身の危険など微塵も気にしていない、純粋な心配の声。それを受けたザックは、バツが悪そうに顔を歪めると、私から顔を背けて自らの大剣を強く握りしめた。
「……ッ、なめんな。こんな掠り傷、痛くも痒くもねぇよ」
ザックはゆっくりと、だが力強く立ち上がった。王族の庇護など受けず、ずっと泥水をすすって生きてきたスラムのリーダーとしての、強靭な意地と誇り。
「野郎ども、意地を見せろ!! お飾り姫に心配されて寝転がってる場合じゃねぇぞ!!」
『おおおおおっ!!!』
ザックの咆哮に応え、傷ついたレジスタンスたちが一斉に立ち上がる。
「オラァッ!!」
ザックが巨大な剣を風車のように振り回し、迫り来る特務部隊の重装兵の鎧ごと、豪快に叩き斬った。リルの理不尽な暴力、ルカの重火器援護、そしてザックを筆頭にしたレジスタンスたちの怒濤の猛攻。 圧倒的不利だった戦況は、三つの力がデタラメに噛み合ったことで完全にひっくり返り、特務部隊は次々と地に伏していった。
「はぁっ……はぁっ……!」
ザックが大剣を振り抜き、最後の兵士を殴り倒す。
「……あらかた、片付いたか……」
ザックが荒い息を吐きながら、油断して大剣を下ろした、まさにその瞬間だった。
瓦礫の陰で死んだふりをしていた一人の暗殺兵が、音もなく跳ね起きた。その手には、どす黒い短剣。毒を塗ってあるのだろうか。狙いは、完全に隙を見せたザックの背後だ。
リルは少し離れた場所で敵を蹴り飛ばしており、ルカは魔導銃の排熱中で動けない。ザック自身も疲労で反応が遅れている。
誰も、間に合わない——!
(——あぶない!!)
「アニエス!」というリルの叫びよりも速く。私は弾かれたように、ザックの背後へと飛び出していた。目を閉じ、両手を強く握り合わせて祈る。
——カッ!!!
私の右手にはめられた王家の指輪が眩い黄金の光を放った。光は瞬時に広がり、私とザックの背後を護る黄金の盾となって展開される。
暗殺兵の毒刃が、大きな音を立てて黄金の盾に激突した。
しかし、急造で展開したためか、あるいは相手の殺意が強すぎたのか。バキィッ! という音と共に、盾にわずかな亀裂が入る。
「……うぐぅッ!」
盾を通した凄まじい衝撃が私の体にダイレクトに伝わり、小さな体は弾き飛ばされた。 石畳に激しく打ち付けられ、はちみつ色の髪が泥にまみれる。指輪の力で致命傷は免れたものの、額から一筋の鮮血が流れ、私は衝撃でそのまま意識を手放してしまった。
「アニエス様!?」
背後で護られたことに気づいたザックが、血相を変えて叫ぶ。
そして。
「……アニエス?」
敵を蹴り飛ばしていたリルの動きが、ピタリと止まった。振り返る彼の目に映ったのは、泥の中に横たわり、血を流して動かない主の姿。
「…………アニエスッ!!!」
その瞬間、城塞都市全体が震えるほどの、地獄の底から響くような獣の咆哮が轟いた。
リルの黄金の瞳が完全にどす黒い殺意に染まり、人間の姿が、伝説の厄災へと変貌を始めようとしていた——。




