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【毎日更新】没落姫と厄災の番犬―すべてを失った夜、檻の底で恐ろしい手をとった―  作者: kamoojun
第3章 呪いの代償と、交わした誓い

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第20話 静かなる決別と、王女の背中

 張り詰めた地下室の空気の中で、ザックは私を値踏みするように、ただ無言で睨み返していた。


「……ゲホッ、ゲホッ」


 その重い沈黙を破ったのは、隠れ家の奥から聞こえてきた、小さな咳き込む音だった。


「リリ! なんで起きてきたんだ。お前は寝てろって言っただろ!」

「ごめんなさい、ザック……でも、外が騒がしくて……っ、痛っ!」


 ザックが血相を変えて駆け寄った先には、ボロボロの服を着た十代前半の少女が、壁に手をついてうずくまっていた。彼女の右足は赤黒く腫れ上がり、素人目に見ても尋常ではない状態だった。


「その足……どうしたの!?」

「……数日前、この街の関所で宰相の兵士どもに難癖をつけられて、鉄靴で蹴り砕かれたんだ。傷口から熱が入ってるが……俺たちには、治癒士を呼ぶ金もねぇ」


 ザックが悔しそうに唇を噛み切り、ギリッと拳を握りしめる。


「そんな……!」


 私が顔を青ざめさせた、その時だった。


「あーあ。あんまりこういう貧乏くじは引きたくないんですけどねぇ」


 やれやれと肩をすくめながら、ルカが少女の前に進み出た。彼が中指でくいっとメガネを押し上げると、暗い地下室でレンズが鋭く光る。


「おい、何する気だ! 勝手に近寄るな!」


 ザックが大剣に手をかけた瞬間、横にいたリルが「動くな」と低く唸り、再びその場を圧倒的な威圧感で縫い留める。


「安心してください。僕はしがない魔導学者であって、高位の聖職者じゃありませんが、応急処置ぐらいはできます」


 ルカはそう言いながら、少女の腫れ上がった足元にしゃがみ込み、指先で宙に複雑な図形を描くと、淡い緑色の光の陣が浮かび上がった。


「まずは患部の殺菌、次いで神経への干渉による痛覚の遮断、そして最後に、細胞分裂を促進させる基礎魔法の重ね掛けです」


 ルカの精密で理にかなった魔力操作によって、光が足に吸い込まれていく。 たちまち傷口の赤黒い腫れが引き、熱がスッと引いていくのがわかった。


「うそ……痛くない! ザック、私、足が全然痛くないよ!」


 ルカの魔法術式を応用した応急処置によって、リリの腫れ上がっていた足はすっかり熱を引き、彼女は嬉しそうに立ち上がった。


「……基礎魔法の組み合わせだけで、ここまで完璧な処置を……」


 信じられないものを見るような目でルカを見ていたザックだったが、やがてフッと短く息を吐き、重い大剣から手を離した。


「……リリの足の礼は言う。あんたらがタダモノじゃないってことも分かった」


 ザックは鋭い三白眼で、真っ直ぐに私を射抜いた。


「だが、協力はできない。あんたがどれだけ立派な覚悟を持ってようが、俺たちの命を王族の権力争いの『駒』にする気はねぇ。……出て行ってくれ」


 冷たく、一切の妥協を許さない拒絶の声。 地下室の空気が再び凍りついた。


「——テメェ」


 私の隣で、リルが地鳴りのような低い唸り声を上げた。 黄金の瞳が縦に裂け、むき出しの殺気がザックの喉元に突きつけられる。


「俺の主が直々に頭を下げてやってんのに、その態度はなんだ。……死にてぇなら、その大剣ごと噛み砕いてやるぞ」

「いいのよ、リル。彼らの言う通りだわ」


 今にも飛びかかりそうな最強の番犬を下がらせると、警戒して身構えるザックたちに向けて、もう一度深く頭を下げた。


「無理を言って、ごめんなさい。……短い間だったけれど、あなたたちの本当の声を聴けてよかったわ。リリ、足、お大事にね」


 言い訳も、泣き落としも、王女としての権力を振りかざした恫喝もしない。私はあっさりと踵を返し、薄暗い地下下水道の出口へと歩き出した。


「……えっ」


 予想外の私の態度に、ザックが虚を突かれたように間抜けな声を漏らす。王族なら「無礼者!」と怒り狂うか、護衛に命じて力ずくで従わせようとするのが当たり前だとでも思っていたのだろう。


「あーあ。せっかく交渉成立かと思ったのに、骨折り損でしたね。ほら、野生児くん、姫様が行っちゃいますよ。僕の荷物、少しは持ってくださいってば!」


 ルカが魔導銃の入った大荷物を少し持ちあげて、肩をすくめる。


「誰が野生児だ。テメェのそのデカい鉄クズごと、ドブ川に沈めてやろうか」

「やれるもんならやってみてくださいよ。僕の計算式によれば、君が動くより先に眉間を撃ち抜けますけど?」


 ギャーギャーと犬猿の喧嘩を始める二人を連れて、私は一度も振り返ることなく、隠れ家を後にした。



「……行っちまった」


 静まり返った地下室で、ザックはアニエスたちが消えた暗い通路を、呆然と見つめていた。彼女が去った後には、スラムに似つかわしくない、微かな甘い花の香りだけが残っている。


(なんだ、あのお姫様は……)


 拒絶されたことへの怒りも、見下すような哀れみも、彼女の瞳には一切なかった。ただ、自分たちの境遇を真っ直ぐに受け止め、静かに去っていった、あの小さな背中。ザックの胸の奥に、得体の知れない『引っ掛かり』が、小さな棘のように残っていた。


「……ザック。あのお姉ちゃんたち、悪い人じゃなさそうだったよ……?」


 リリが不安そうに裾を引っ張る。ザックはギリッと奥歯を噛み締め、その迷いを振り払うように自身の頬を強く叩いた。


「バカ言うな。俺たちが信じるのは、俺たちの力だけだ」


 ザックは傍らに置いていた大剣を背負い直し、レジスタンスの仲間たちに向き直った。


「いいか野郎ども! あんなお飾り姫に頼らなくたって、俺たちだけで関所を抜ける物資を奪い取ってやる! 予定通り、今夜、宰相軍の武器庫へ奇襲をかけるぞ!!」

『おおおおおっ!!』


 雄叫びが地下室に響き渡る。しかしザックはまだ知らなかった。その武器庫の警備が、彼らの予想を遥かに超える『宰相直属の特務部隊』によって固められているという、絶望的な事実を——。


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