第18話 はぐれ者たちの夜番と、厄介な引力
翌朝。私たちは宿の女将さんに礼を言い、朝霧が深く立ち込める宿場町を出発した。 久しぶりのベッドでぐっすり眠れたおかげで、体は驚くほど軽い。
城塞都市へと向かう街道の途中のことだった。鬱蒼とした森を抜ける手前で、私たちは不運にも、飢えた『影狼』の群れに遭遇してしまったのだ。
「グルルルルッ……!」
木々の影から現れたのは、馬ほどもある巨大な漆黒の狼たち。その数は十匹近い。彼らは俊敏な動きで私たちの周囲をぐるぐると回り、今にも一斉に飛びかかろうと牙を剥いていた。
「……チッ。すばしっこくて鬱陶しい連中だな」
リルが私の前に立ち塞がり、不機嫌そうに舌打ちをする。影狼一匹の力ならリルには遠く及ばないが、これだけ数がいて、しかも四方八方から同時に襲いかかってこられれば、彼一人で私を守りきりながら全滅させるのは難しい。
(どうしよう、私が結界を張って……!)
と指輪に手をかけた、その瞬間。
「リルさん! 三時の方向の三匹を牽制します。あなたは七時の方向の群れを!」
「あン? 俺に指図すんじゃねぇ!」
背後から、ルカの鋭い声が飛んだ。ガシャンッと小気味よい金属音と共に魔導銃が構えられ、青白いレーザーの雨が影狼たちの足元を正確に撃ち抜く。致命傷にはならないが、計算し尽くされた着弾の衝撃と閃光に、影狼たちがパニックを起こして一箇所に固まった。
「……ハッ。悪くねぇ援護だ」
リルはその一瞬の隙を見逃さなかった。地を蹴り、人間離れした剛腕を振るう。凄まじい風圧と共に、固まっていた影狼の群れがまとめて吹き飛ばされ、大木に激突して次々と沈黙していった。残った数匹も、あまりの戦力差に恐れをなし、キャンキャンと情けない声を上げて森の奥へと逃げ出していく。
「ふう……。僕の誘導弾の計算と、あなたの脳筋パワー。意外と相性がいいかもしれませんね」
ルカが眼鏡を押し上げながら、魔導銃の銃身をフッと吹く。
「てめぇの小細工がなくても、俺一人で十分だったんだよ」
リルは悪態をつきながらも、どこか楽しげに口角を上げていた。
その日の夜。城塞都市を目前にした森の開けた場所で、私たちは野営の焚き火を囲んでいた。私は連日の長旅の疲れからか、食事が終わるなり、リルの大きなマントにくるまってスースーと深い眠りに落ちてしまっていた。
「……不思議なものですね」
パチパチと爆ぜる焚き火の音の中。見張りのために起きていたルカが、ふと口を開いた。
「神話に名を残す『厄災の神狼』が、ただの小娘一人のために、こうして大人しくお座りをして見張りをしているなんて」
「あン? ぶっ殺されてぇのか、三流学者」
リルが不機嫌そうに黄金の瞳を細める。しかし、その鋭い殺気を含んだ声のトーンは、アニエスを起こさないようにしっかりと落とされていた。
「事実でしょう。……あなたはあの姫様のために、何度も呪いを身代わりで受け、この間の戦いでも盾になっている」
ルカは手元の魔導銃を磨く手を止め、眼鏡の奥から真剣な眼差しを向けた。
「あの姫様のためなら、本当に世界中を敵に回す気ですか」
ルカの問いに、リルは鼻で笑った。
「世界、ねぇ。……そんなもん、俺にとっちゃどうでもいい」
リルは揺れる焚き火の炎を見つめながら、ぽつりとこぼした。
「俺は何百年も、真っ暗な地下牢で鎖に繋がれてた。人間全員を憎んで、いつか皆殺しにしてやりたいと思ってた。……でも、あいつだけは違った」
リルの脳裏に、泥だらけで地下牢に通い、鼻先を撫でてくれた小さな姫の姿がよぎる。
「あいつが笑ってくれるなら、俺は犬にでもバケモノにでもなってやるよ。……それにお前だって、ただの打算で俺たちについてきてるわけじゃねぇだろ」
「……」
「今日の戦いだってそうだ。お前のそのガラクタ(魔導銃)、撃つたびに魔力回路が焼け焦げそうになってんじゃねぇか。計算高い学者先生にしては、随分と割に合わねぇ『非合理的』な戦い方だぜ」
リルの指摘に、ルカは痛いところを突かれたように少しだけ目を丸くし……やがて自嘲気味に眼鏡を押し上げた。
「……ええ。僕も、王宮から追放されたただの『はぐれ者』ですからね。最初は、あなたたちの規格外の力を利用して、宰相にひとあわ吹かせてやろうと思ってた。でも……」
ルカは、マントにくるまってすやすやと眠るアニエスの寝顔を見やった。
「あんなに泥だらけで、不器用で、どうしようもなく甘いのに……なぜか、あの人が歩く後ろには、誰もがついていきたくなる。僕の完璧な魔導理論でも計算できない、厄介な引力ですよ、あれは」
「ハッ。お前みたいな理屈っぽいインテリには、一生かかっても理解できねぇだろうな」
「なんですって? 少なくとも、すぐ力任せに物を壊す脳筋の犬よりは、僕の頭脳の方がよっぽど姫様の役に立ってますよ!」
「あン? てめぇのそのガラクタ、今すぐスクラップにしてやろうか」
「やれるもんならやってみなさい! 僕の最新型魔力シールドで……」
「……んん……リル……?」
毛布の中で、アニエスが寝返りを打ちながら小さく寝言を漏らす。
「「…………」」
その瞬間。厄災の神狼と天才学者は、ピタリと口喧嘩を止め、息を潜めて石像のように固まった。アニエスが再び静かな寝息を立て始めるのを確認すると、二人は同時にホッと安堵の息を吐く。
「……チッ。いいか、足手まとい」
リルが忌々しそうにそっぽを向きながら、低く唸った。
「俺の背中は預けてやる。てめぇ絶対に、アニエスを守れよ」
「言われるまでもありません。あなたのその無駄にでかい図体も、僕の援護で死なせないようにしてあげますよ」
焚き火を挟んで。 決して交わるはずのなかった二人の異端児は、悪態をつきながらも、確かに笑い合っていた。




