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【毎日更新】没落姫と厄災の番犬―すべてを失った夜、檻の底で恐ろしい手をとった―  作者: kamoojun
第2章 鉱山街の死闘と、天才学者

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第16話 冷たい雨と、熱を帯びた番犬

 鉱山街を出立し、次の宿場町へ向かう街道の途中で、私たちは運悪くひどい土砂降りに見舞われた。


「ひゃっ……冷たい!」

「チッ、ただの雨じゃねぇな。……おいルカ、近くに雨宿りできそうな場所はあるか!?」

「あ、あっちです! 森の少し奥に、木こりの廃屋らしきものが……っ!」


 バケツをひっくり返したような豪雨の中。私たちは泥だらけになりながら、森の奥にあった小さな廃屋に転がり込んだ。


「……もう、一歩も、歩けません……」


 鉱山街でのキメラ戦で魔力を使い果たし、さらに雨の中を走らされたルカは、屋根の下に入った途端、濡れた外套にくるまって気絶するように眠ってしまった。彼の体力はもう限界だったのだ。


「ルカ、風邪をひいちゃうわよ……くしゅっ!」


 彼に毛布をかけてあげようとした私自身も、盛大なくしゃみをして身震いした。薄手のブラウスは雨水を吸って重くなり、氷のように冷たくなって私の体温を奪っていく。


(寒い……。指先の感覚が、なくなってきたわ……)


 ガタガタと震える肩を両手で抱え込んだ、その時。


「……チッ。貧弱な体しやがって」


 舌打ちと共に、ぐいっ、と強い力で腕を引かれた。


「えっ……きゃあっ!?」


 バランスを崩した私の体は、そのまま大きな男の腕の中へとすっぽりと収まった。


「リ、リル……?」

「大人しくしてろ。お前、唇が真っ青だぞ」


 背中から抱きすくめるように私を包み込んだリルは、自らの分厚いマントを広げ、私と彼自身をすっぽりと覆い隠した。彼の人間の体は、元が巨大な神狼であるためか、まるで暖炉の火のように熱かった。凍えていた私の体に、彼の異常なほどの高い体温がじんわりと、けれど確実に伝わってくる。


「でも、リルだって濡れてるのに……」

「俺の体温を人間と一緒にするな。これくらいの雨、どうってことねぇよ」


 リルはそう言い捨てると、廃屋の中に落ちていた比較的綺麗な麻布を手に取り、私の濡れた頭からバサッと被せた。


「ちょっと、痛い……!」

「あ、悪ぃ。……人間の力加減ってのは、どうも難しくてな」


 乱暴に拭こうとして私の抗議を受けたリルは、気まずそうに目を逸らすと、今度は触れているかどうかも分からないほど優しい手つきで、私のはちみつ色の髪を拭き始めた。

 大きな、ゴツゴツとした無骨な手。 けれど、その指先からは「絶対に私を傷つけない」という不器用な優しさが伝わってくる。


 廃屋の屋根を打つ、激しい雨の音。ルカの静かな寝息。そして、私の背中から伝わってくる、リルの『トクン、トクン』という力強い心臓の鼓動。

 彼の腕の中に閉じ込められ、密着しているせいで、彼のワイルドな獣の匂いと、雨の匂いが混ざり合って鼻腔をくすぐる。


(なんだか、心臓の音がうるさい……。これ、リルの鼓動? それとも、私……?)


 顔がカッと熱くなるのを感じながら、私は小さく呟いた。


「……ごめんなさい、リル。私、足も遅いし、すぐに風邪をひきそうになるし……。足手まとい、よね」


 私の弱気な言葉に、髪を拭くリルの手がピタリと止まった。 彼は深い溜息をつくと、私の頭にポンッと大きな顎を乗せ、耳元で低く囁いた。


「バカか。お前が弱くて、一人じゃ何もできないお姫様だってことくらい、最初から分かってる」

「うっ……それは、そうだけど」

「だから、俺が守るって決めたんだ。……お前はただ、俺の腕の中で大人しく守られてりゃいいんだよ」


 不器用で、乱暴で、どうしようもなく甘い言葉。私の胸の奥がきゅっと締め付けられ、同時に、言い知れぬ安心感が全身に広がっていく。


「……ありがとう、リル。すごく、あったかい」


 私が力を抜いて彼の広い胸に背中を預けると、リルは満足そうに鼻を鳴らし、さらに強く私を抱きしめた。外の雨はまだ止む気配がない。けれど、この熱を帯びた番犬の腕の中だけは、世界で一番安全で、温かい場所だった。


 やがて私は、彼の心地よい体温と鼓動に包まれながら、深い眠りへと落ちていった――。

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