第14話 地下金庫の激闘と、天才の魔力弾
「バカとは失礼ね! ルカの言う通り『最適解』で通り過ぎようとしたけど、あの領主の悪行を見たら、一国の姫としてとして見過ごせなかったのよ! だから一番被害が少なくて済むように、地下から直接——」
「壁をぶち破ったら大被害だろ!! ほら見ろ、警備兵が来ちまったじゃないか!」
ルカが涙目で指差した先。彼が苦労してピッキングで開けた分厚い鋼鉄の扉が、バンッと外側から乱暴に蹴り開けられた。
「ええい、何事だ! 私の愛しい金庫室に侵入したネズミはどこのどいつだ!」
現れたのは、先ほど大広間でふんぞり返っていた丸々と太った豚——いや、悪徳領主だった。その後ろには十数人の完全武装した兵士たち。そして、領主の手には太い鎖が握られていた。
「グルルルルッ……!」
鎖の先から姿を現したのは、ただの猟犬ではない。ライオンのような巨体に、硬い鱗のような皮膚を持ち、口から酸の涎を垂らすおぞましい化け物——合成魔獣だった。
「ひっ!? な、なんだあのバケモノは!」
「宰相様から下賜された、私の可愛い番犬だよ。おい、あの盗人どもを食い殺せ!」
領主が鎖を放つと、キメラは鼓膜を劈くような咆哮を上げ、私たちに向かって跳躍した。 巨大な爪が、真っ先に前に立っていたルカに迫る。
「ヒッ——!」
「どいてろ、ヒョロガリ!」
腰を抜かしたルカの襟首を掴み、リルが後方へ放り投げる。同時に、リルはキメラの振り下ろした巨大な前足を、自らの両腕をクロスさせて正面から受け止めた。
——ドゴォォォンッ!!
「ぐっ……! 重てぇな、クソ犬が!」
「リル!」
人間の姿のまま、巨大な魔獣の押し潰すような力と拮抗するリル。しかし、キメラの口からポタポタと垂れた酸の涎が、リルの肩の肉をジュッと焦がす。
「チッ、近接戦だとあの酸が厄介だな……」
「なら、僕の出番だ! 恩に着ろよ、野生児!」
後方にしりもちをついていたルカが、怒涛の勢いで『魔導銃』を構え直した。 カチャッ、とシリンダーが回転し、銃口に青白い魔力が収束していく。
「森の時は熱暴走したが、今は地下の冷気で冷却は完璧だ! 食らえ、僕の最高傑作!!」
ルカの引き金と共に放たれた極太の魔力弾がズドンと重たい音を立てて、キメラの胴体に直撃した。
「ギャウッ!?」と悲鳴を上げ、キメラの巨体が大きく吹き飛ぶ。森の時とは比べ物にならない、凄まじい威力だ。
「すごい! やったわね、ルカ! やっぱり天才!」
「ふははっ! 当然だ、僕は天才だからね!」
ドヤ顔で眼鏡を押し上げるルカ。しかし、吹き飛んだキメラはすぐに身をよじって立ち上がった。鱗が焦げているだけで、致命傷にはなっていない。
「バケモノめ、なんて硬い皮膚だ……!」
「アニエス、あれは外からじゃダメだ! 柔らかい『内側』を狙わねぇと!」
狩りの作法が身体に染みついているリルの言葉に、私は瞬時に頭を回転させた。分厚い皮膚。酸を吐く口。ルカの強力な魔法弾。リルの圧倒的な腕力。
「……ルカ! もう一度、撃てる!?」
「エネルギーはまだあるが、あの動き回るバケモノの口の中にピンポイントで当てるなんて無理だ!」
「大丈夫、リルが止めるわ!」
私はリルの背中に向かって叫んだ。
「リル、あの魔獣の上顎と下顎を掴んで、口をこじ開けて!」
「あ? 酸で手が溶けるかもしれねぇぞ!?」
「絶対に溶かさせない! 私を信じて!」
私の迷いのない声に、リルは「……ったく、人使いの荒い主だぜ」とニヤリと笑い、地を蹴った。
「おらぁっ! おとなしく口を開けろ、駄犬!!」
キメラが酸を吐こうと大きく口を開けた瞬間、リルがその懐に飛び込み、上下の顎を両手でガシッと掴んだ。「ジュッ」とリルの手に酸が触れそうになった、その時。
(お願い、指輪……!)
私が両手を組んで強く祈ると、右手の王家の指輪が微かに黄金の光を放った。その光は瞬時にリルの両手を包み込み、薄い光の膜となって、魔獣の酸からリルの肌を守った。
「……! おう、熱くねぇ! これなら……!」
「今よ、ルカ!!」
リルが力任せにキメラの口を限界までこじ開けた、そのど真ん中へ。
「僕の頭脳と火力を思い知れ!!」
ルカの魔導銃から放たれた最大出力の魔力弾が、キメラの無防備な口内へと吸い込まれ、大きな音を立てて内部で大爆発を起こした。
今度こそ、キメラは断末魔を上げる間もなく光に包まれ、黒焦げとなって床に崩れ落ちた。
「ひ、ひぃぃぃっ!?」
腰を抜かした領主が、後ずさりして壁に背中をぶつける。土煙が晴れた金庫室。リルの武力、ルカの魔導銃、そして私の指輪の光。三人の力が初めて完璧に噛み合った瞬間だった。
「さて……」
私は腕まくりをして、ガタガタと震える領主を見下ろした。
「ここにある麦と金貨は、全部村の人たちに返してもらうわよ。豚領主さん」
「ひぃぃっ! わ、わかった! 麦も金貨も全部返す! だから命だけは……!」
黒焦げになったキメラの残骸と、リルの鋭い牙を前に、豚領主は完全に腰を抜かして命乞いをした。




