第12話 カラクリの銃と、ヘタレな学者
リルの先導で街道を外れ、森の開けた場所に出た瞬間。私は、目の前で起きた光景に息を呑んだ。
「くそッ、くそッ! このポンコツ銃め! 僕の計算では、この出力なら野盗の鎧なんてバターみたいに溶けるはずだったのに……!」
そこには、一人の青年がいた。 全身に複雑な歯車や真鍮のパイプが張り巡らされた、奇妙で巨大なカラクリ武器——『魔導銃』を構え、数人の野盗に囲まれていた。
「おいおい、ヒョロガリ。そのおもちゃ、音が大きいだけで全然効かねぇぞ!」
「ハハッ! そんなおもちゃで僕たちに勝てるとでも思ったのかい?」
野盗たちが、怯える青年を嘲笑いながら、剣や斧を構えて距離を詰めていく。
青年が引き金を引くたび、銃口からは青白い魔力の弾が放たれる。しかし、その弾は男たちの鎧に弾かれるか、あるいは明後日の方角へと飛んでいってしまう。
「っ、この魔力回路、オーバーヒートしやがった……! 僕の設計が、完璧じゃなかったっていうのか……!?」
青年が魔導銃の装填口を必死に回そうとした、その隙だった。野盗の頭目が、青年の隙を突いて斧を振り下ろす。
「あぶない!」
私は思わず叫んだ。青年が斧で叩き潰される、そう確信した瞬間——
「……あ?」
青年の目の前で、斧を持った野盗の頭目が、木の葉のように吹き飛んだ。壁に叩きつけられた頭目は、白目を剥いて動かなくなる。
リルの、強烈な拳だ。彼はいつの間にか青年の前に割り込み、ボロボロのマントをはだけて黄金の瞳を爛々と輝かせていた。
「あ? ヒョロガリ。その面白ぇおもちゃ、音がうるさくて野生の勘が鈍るんだよ。やるならもっとスマートにやれ」
リルの冷ややかな声に、青年は絶句した。野盗たちも、突然現れた大男の圧倒的な暴力に、恐怖で足がすくんでいる。
「な、なんだこのデカい男は……!?」
「ひ、ひるむな! 全員でかかれ!」
残りの野盗たちが、リルに向かって一斉に襲いかかる。しかし、結果は一瞬だった。
「遅ぇ。獲物を狩る『匂い』が全くしねぇな」
リルは飛んできた剣を軽々とかわすと、そのまま低い姿勢で野盗の懐に潜り込み、強烈な拳をみぞおちに叩き込んだ。
白目を剥いて倒れる男。それを見た残りの野盗たちは「ひ、ヒィィッ! バケモノだ!」と悲鳴を上げ、武器を放り出して蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「……チッ、逃げ足だけは一丁前か」
リルはつまらなそうに鼻を鳴らすと、乱れたボロマントをバサッと翻し、青年の方を振り返った。
「おい、ヒョロガリ。生きてるか? お前、さっきから脚がガクガク震えてるぞ」
「ふ、震えてなんかないッ!」
青年は顔を真っ赤にして叫び、重そうなカラクリ銃——『魔導銃』を必死に抱え直した。泥で汚れた外套に、少し神経質そうな細い銀縁の眼鏡。整った顔立ちをしているが、目の下にはひどいクマができている。
「……助けていただいたことには、感謝します。ですが! 僕の最高傑作であるこの『魔導銃』を『おもちゃ』と呼ぶのは訂正していただきたい! これは王宮の旧弊な魔導士たちには絶対に作れない、次世代の術式機構なんだ!」
命を救われた直後だというのに、青年は早口でまくしたてた。リルが「あ? なんだコイツ、面倒くせぇな」と眉間にシワを寄せた、その時だった。
「すごい……! 本当にすごいわ!」
私はたまらず、青年の前へと歩み出た。彼が抱える魔導銃。真鍮のパイプと幾重にも重なる歯車、そして複雑に彫り込まれた魔力回路。
「ねえ、これあなたが一人で作ったの!? お兄様の……王宮の地下書庫で、失われた古代の図面を見たことがあるけれど、それを本当に形にするなんて。あなた、もしかして天才魔導具師なの!?」
目を輝かせて近づく私に、青年は一瞬ポカンと口を開け、それからみるみるうちに顔を赤くした。
「て、天才……!? いかにも、ぼくは王宮魔導研究所・元第一席、天才魔導具師。名前はルカ。王宮の頭の硬い連中は『こんな鉄クズに魔力は通らない』って僕を研究所から追い出したけど、君はなかなか見る目がある——って、ちょっと待て」
得意げに眼鏡を押し上げようとした青年が、ハッと息を呑んで私を指差した。
「君のその顔……まさか、今朝方から手配書が回っている『国王夫妻を呪った反逆者の姫』……!?」
「っ!」
私はハッとして、マントのフードを深く被り直した。リルが瞬時に私の前に立ち塞がり、青年に向かって低く唸り声を上げる。
「……おいヒョロガリ。テメェも宰相の犬なら、ここで首の骨を折るぞ」
「ま、待て待て待て! 誤解だ、野生児!」
青年は慌てて魔導銃を横に置き、両手を上げて降伏のポーズをとった。そして、ため息をつきながらクイッと眼鏡を押し上げる。
「少しは頭を使え。あの温室育ちの姫君が、国王夫妻を呪う? そんな非効率でメリットのないことをするわけがない。宰相の腐れ外道にハメられたんだろ?」
「え……? あなた、どうしてそれを」
警戒を解けない私に、青年はポンポンと自分の頭を指差した。
「手配書が出回るのが異常に早すぎたのさ。それに、あの手配書の人相書き……どう見てもクーデターの前に用意されていた精巧なものだった。少し考えれば、誰が絵図を描いた陰謀かなんてすぐに分かる」
青年はニヤリと、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「宰相……あのクソ野郎には、僕もたっぷり返したい借りが山ほどあるんだよ。僕の研究を潰して王宮から追放したのも、あいつの差し金だからね」
「それじゃあ、あなたも……」
「……敵の敵は味方、ってやつさ」
青年——自らを天才魔導具師・ルカと名乗った彼の言葉には確かな知性と、宰相への強い怒りが滲んでいた。
「ルカ、お願いがあるの。あなたのその『天才的な頭脳』、ぜひ私たちの旅に貸してほしい」
私が笑顔で手を差し出すと、ルカはフッと鼻で笑い、顎に手を当てた。
「おや、勘違いしないでいただきたい。僕は天才だけど、お尋ね者の姫君と野蛮な犬の『子守り』までする義理はありません。僕には僕で、あの宰相に奪われた研究機材を取り返すという重要な目的があるんでね」
「あ? テメェ、命拾いしたくせに偉そうに……ッ」
「ストップ、リル。噛み付かないの」
唸り声を上げるリルを「待て」と片手で制し、私はルカを見つめ返した。
「そう。道中が賑やかになると思ったけれど……残念だわ。それじゃあ、気をつけてね」
「……えっ?」
私があっさりと引き下がって背を向けると、ルカは拍子抜けしたような顔をした。
「ちょ、ちょっと待て! 君たち、本気でこのまま街道を真っ直ぐ進んで王都に向かうつもりか!?」
「ええ。地図だとこれが一番の近道みたいだから」
「手配書が回っている以上、この先の関所はすでに宰相の兵で封鎖されているに決まってるだろ。……やれやれ、これだから温室育ちは」
ルカはわざとらしく肩をすくめると、地面に木の枝で簡単な地図を描き始めた。
「野盗から助けてもらった借りもあるし、賢いルートを教えておく。この街道を外れて北へ向かうと、谷底に『鉱山街』があるんだ。あそこは宰相の息がかかった強欲な領主が支配している」
「強欲な領主……?」
「うん。自分の私腹を肥やすことしか頭にない豚だよ。だから、警備兵はすべて山の上の『領主の館』に集中していて、麓の労働者区画は完全に放置されている。つまり、検問もザルだ」
ルカは木の枝を放り捨て、ポンと手を叩いて埃を払った。
「いいか、くれぐれも騒ぎを起こさず、夜の間に麓の裏道を通って街を抜けるんだ。余計な好奇心は捨てて、息を潜めて通り過ぎること。それが、お尋ね者が生き延びる唯一の最適解なんだから」
「労働者区画の裏道を静かに……分かったわ。貴重な情報をありがとう、ルカ」
「フン。まぁ、せいぜい捕まらないように祈ってるよ。じゃあな、野生児も」
ルカは言い捨てると、自分の背丈の半分ほどもある巨大な魔導銃を「よっこらせ」と持ち上げた。肩に担ごうとして、その重さに少しだけよろけている。
「……おいヒョロガリ。手伝ってやろうか?」
「余計なお世話だ!! 天才の計算された筋肉を舐めるな!」
ルカは顔を真っ赤にして怒鳴ると、必死に強がりながら森の奥へと去っていった。その後ろ姿が見えなくなるまで見送り、私は小さく息を吐いた。
「変わった人だったわね。でも、悪い人じゃなさそう」
「あ? あんな理屈っぽいヒョロガリのどこがいいんだ。肉も満足に狩れねぇ匂いがしたぞ」
「リルはすぐにお肉で判断するんだから」
私はクスッと笑い、改めてルカが教えてくれた北の方角——鉱山街へと視線を向けた。
最適解。息を潜めて通り過ぎる。それが頭では分かっていても、強欲な領主に虐げられているというその街のことが、胸の奥で小さく引っかかっていた。
「行きましょう、リル。まずはその街を目指して」
「おう。俺はお前が命令する通りに動くだけだ」
リルの頼もしい返事を聞きながら、私たちは新たな目的地へと歩き出した。




