第11話 馬車の終わりと、番犬の過保護
職人の街を出発して数日。私たちの乗った馬車は、街道を順調に進んでいた……はずだった。
ガコンッ!!
「きゃっ!?」
突如として馬車が大きく跳ね、車体が大きく傾いた。
リルの太い腕がとっさに私の腰を抱き寄せてくれたおかげで床に放り出されることは免れたが、馬車はそのままギシギシと嫌な音を立てて完全に停止してしまった。
「……おい。どうなってんだ」
リルが不機嫌極まりない低い声で唸ると、小窓から御者の申し訳なさそうな顔が覗いた。
「お客さんたち、本当にすまねぇ! 馬車で行けるのはここまでだ。これ以上進むと、車輪が泥にハマって完全にぶっ壊れちまう」
「ここまでって……まだ街道の途中じゃない」
私が尋ねると、御者は深くため息をついて、荒れ果てた街道の先を指差した。
「あぁ。だが、見ての通り道が完全に死んでるんだ。最近魔獣が暴れまわるようになって、道路をぶっ壊しちまってるところが多いんだ。この先、とても馬車が通れるような道じゃなくなってるようだ」
「そんな……」
呆然とする私をよそに、御者は「運賃は半分返すから、ここからは歩いてくれ」と足早に荷物を降ろし、そそくさと引き返していってしまった。
(最初に立ち寄った村と同じだ……。リルが言っていた、王都から嫌な空気が流れてるから、魔獣たちがパニックを起こしてるって)
王都に巣食う宰相と魔導士。その明確な悪意の痕跡を目の当たりにして、私はギュッと拳を握り締めた。
「……チッ。だから最初から俺が走った方が速ぇって言っただろ」
こうして私たちは、職人の街でもらったなけなしの地図を頼りに、自らの足で街道を進むことになった
馬車から降りたリルが、大きな体を思い切り伸ばしている。
「ご、ごめんなさい、リル。まさかこんなに道が荒れているなんて思わなくて……」
「別に謝れとは言ってねぇよ。お前は足が遅ぇんだから、日が暮れちまうぞ。……ほら、乗れ」
リルがひょいっとしゃがみ込み、彼自身の広い背中をポンポンと叩いた。
「だ、大丈夫よ! 歩けるわ!」
先ほどの馬車の中での密着を思い出し、私は慌てて首を横に振った。
「馬鹿言え。そんなお姫様みたいな華奢な足で、この獣道を歩けるか。マメが潰れて泣きベソかかれても面倒だからな」
ぶっきらぼうな口調だが、その黄金の瞳には明らかな心配の色が浮かんでいる。私はクスッと笑い、彼から買ってもらったばかりの『青いガラスの髪飾り』にそっと触れた。
「ありがとう、リル。でも、少しだけこのまま歩かせて。……天気が良くて、木漏れ日がすごく気持ちいいから」
「……あっそ。勝手にしろ」
リルは呆れたように息を吐いたが、私の歩幅に合わせて、いつもよりずっとゆっくりと歩いてくれた。彼の人間の体は大きくて少し不器用だけれど、その背中のすぐ後ろを歩いているだけで、不思議なほどの安心感があった。
「歩きにくいね……」
泥に足を取られながら進んでいると、不意に、前を歩いていたリルがピタッと足を止めた。
「……おい姫、なんかあっちの方で、変な『匂い』と『音』がするぞ」
リルの野性的な嗅覚が、街道の先、森が少し開けた場所にある「異変」を嗅ぎ取った。 彼が不器用な二本足で立ち止まり、黄金の瞳を細める。
「変な音……?」
私が耳を澄ますと、風に乗って——パチッ、パチッ——と、まるで魔法陣が起動する時のような、硬い音が聞こえてきた。
「行ってみましょう、リル!」
私たち二人は、その音のするほうへ急いだ。




