第10話 青いガラスと、余裕の番犬
朝の光が差し込む宿の部屋。私は鏡台の前で、櫛で梳かしたはちみつ色の髪をサイドでまとめ、昨日もらった青いガラスの髪飾りを、そっと留めた。
(……うん。すごく綺麗)
動くたびに青いガラスがキラキラと光を反射して、少しだけ気分が弾む。
「……おい」
不意に、背後から低い声が降ってきた。 振り返る間もなく、大きな影が私の背後をすっぽりと覆い隠す。鏡越しに、ベッドから起き上がったリルが、私の背後に立ってこちらを見下ろしているのが見えた。
「おはよう、リル。……どう? 変じゃない?」
私が少し照れくさく笑って髪飾りを指差すと、リルはスッと目を細め、鏡の中の私と真っ直ぐに視線を絡ませた。
「…………」
何も言わず、彼のでかくてゴツゴツとした指先が、私の髪に留められたガラスの髪飾りにそっと触れる。獣の鋭い爪が私の頬を掠め、背筋がゾクッとするような、けれど甘い熱が伝わってくる。
「……あぁ。よく似合ってる」
耳元で、獲物を撫でるような低い声が囁かれた。照れも誤魔化しもない、純粋な雄としての真っ直ぐな肯定。至近距離でジッと見つめてくる彼の、ひどく熱を帯びた瞳に射抜かれ、私の顔は一瞬でカッと熱を持った。
(な、なによ……急に、そんな真っ直ぐ見つめてこないでよ……っ)
彼ではなく、私の方が限界になり、たまらずプイッと視線を逸らしてしまった。それを見て、リルは喉の奥で「クックッ」と低く、意地悪そうに笑った。
宿を出た私たちは、リルが手に入れた『お釣り』を使って、乗り合いの馬車を手配した。しかし、乗り込んだ馬車の中は想定外に狭く、二メートル近い長身のリルが座ると、それだけで向かいの席まで膝がぶつかってしまうほどだった。
「チッ……なんだこの狭苦しい箱は。俺が走って運んだ方がよっぽど速ぇぞ」
「ダメよ。目立たないように移動しなきゃいけないんだから。……きゃっ!?」
ガタッと馬車が大きく揺れた瞬間。不機嫌そうに舌打ちをしていたリルの太い腕が、私の腰に巻きついた。そして、そのまま軽々と持ち上げられると——私は、リルの頑丈な太ももの上に、すっぽりと横向きに座らされていた。
「り、リル!? なにして……っ!」
「狭ぇんだよ。……お前がそこに座ってると邪魔だから、俺の上に乗ってろ」
「じゃ、邪魔って……でも、こんなの恥ずかしくて……!」
ジタバタと暴れようとする私を、リルは太い腕でガッチリとホールドして逃さない。
「暴れんな。落ちるぞ」
そう言って、リルは私の肩に自分の大きな顎をゴツンと乗せると、そのまま目を閉じてしまった。彼にとっては、ただ『スペースを空けるため』の合理的な判断なのかもしれない。だが、密着した背中からは彼のがっしりとした筋肉の硬さと、とんでもなく高い体温が伝わってきて、私の心臓はさっきから早鐘のように鳴りっぱなしだった。
「……リル、あの……」
「ん……静かにしてろ。俺は寝る」
私の抗議は、彼の低く心地よい寝息にかき消されてしまった。
顔を真っ赤にしたまま、私は彼の腕の中で、結局大人しく馬車の揺れに身を任せるしかなかった。




